Losts

幽零

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イカれた街に祝福を

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崩壊した建物、白昼堂々誘拐に銃乱射に薬物取引。

世界最大のスラムにして世界最高の犯罪率を誇る世界最悪の街『ロスト・シティ』

この街が生まれてから、世界の悪や闇はこの街に集中し、世界全体で見れば治安が良くなったのだから、なんとも皮肉だ。

そんな街の、ひび割れたアスファルトの上を歩く人影が2人……





「ここら辺に金持ちはいるか?」

「あぁん?」

建物の破片が飛び散った道路で、メイド服の女がホームレスに話しかけていた。

メイド服と言っても、丸い色つきのサングラスに口元にはフーセンガムを浮かべている姿から、どう見ても本職ではないように思える。

「金持ちィ?…んなのバトロ一家いっかじゃねぇの?ここら辺仕切ってるマフィアだ」

「あぁそう。ありがと。じゃ」

「おい待て嬢ちゃん」

ホームレスがメイドの腕を掴む。

「まさかこの街で情報聞き出しといて、ハイサヨナラが通用するとは思ってねぇよな?」

「なーにィ?金払えっての?ホラかも知れない話にぃ?」

「金でも良いが……嬢ちゃん上玉だからなぁ…見たところ、東洋人だろぉ……してくれよ…へへっ…」

ホームレスが下卑た顔をすると、メイドはサングラスの下で呆れた顔をする。

「後悔するよ?」

「強がるなって……どれどれ…その服の下はどうなって……」



バチュッ…





伸ばしたホームレスの腕が、落ちる。


地面に。




「あ………?」


一瞬何が起きたか理解出来ていないようだったが、すぐあとに絶叫が響いた。


「だーから言ったジャーン。後悔するって。丸腰のまま来る訳無いじゃなーい。バッカじゃねー」

メイドが手に握っているのは、日本刀サムライソードだ。

「お…おっお……」

片腕を失って、悶絶するホームレスは最後の抵抗か、白目を向いてこちらに突進してきた……



…………が。


突如、メイドの背後から現れたガタイの良い黒スーツの男に、頭を鷲掴みにされそのまま道路に叩きつけられた。ホームレスはしばらく痙攣した後に動かなくなった。


「…………」

メイド服より幾分か背が高く、スタイリッシュな黒スーツに、フルフェイスのメカメカしいヘッドギアをつけた男が近付く。

「………怪我は?」

「ないよー無い無い。割り込んで来なくても良いのにー」

「………見てられん」

「そのための日本刀これだっての。まーいーや」

「………目当ての物は?」

「あーうん。やっぱそう見たい。バトロ一家がここんとこアレしてるみたい。えっとーアレアレ」

「……勢力の拡大」

「そう!それ!」

黒スーツヘッドギア男にグラサンフーセンガムメイドがビシッと指を指す。

「んじゃ行こっかー『ネメシス』」

「…………あぁ『アマネ』」


寡黙な黒スーツヘッドギア男『ネメシス』は、グラサンフーセンガムメイド『アマネ』の後について行くように歩いていった。





『バトロ一家』あらゆる汚い金を取引しまくって、勢力を拡大した最近ノリに乗っているマフィアだ。

そんなでかい家の門番は、まぁいかにもハットにそれっぽいスーツに腰元に拳銃という、まぁまぁそれっぽい格好をしている奴だった。


「こんちわー、メイドっすー」

「……あ?」


見張りはポカンとして葉巻を一瞬落としそうになってから、拳銃を構える。

「お前、ここがどこだか知っての……」

「………向けたな」

「……あ?」

門番とアマネの前に、ネメシスが割って入る。その腕は門番の腕を掴んでいた。


……いや、「掴んでいた」では生ぬるい表現かも知れない、ネメシスは「掴んで、砕いた」、見張りの男の腕を骨ごと。


「ぎゃぁァァァッッッ!?!?」


男は腕を押さえて、その場にうずくまる。押さえていた腕は青黒く変色していた。その様子を見たアマネはつまらなさそうにガムを噛みながら呟く。

「おーいおい、ネメシスぅ、これどーすんだよ~」

「…………」

「き、貴様らこんなことしてタダで済むと思う……」

ズグリュッ!!っと、男が言い終わる前に、肉肉しい音が響いた。アマネの持っている刀が見張りの男の首を落とした音だ。

「まーやっちゃったモンは仕方ないかー。行こーぜーネメシス。ってねー」

「………あぁ」

門番の亡骸を背に、異質な2人は歩みを進めた。





古風で実に使い古された言い回しだが、実に伝わりやすいから使わせてもらう。


『どっかーん』


バトロ一家の入り口にあった扉が、音を立ててぶっ壊れた。そこに立つのは二人の影。片方は肩に日本刀サムライソード、片方は片腕から硝煙を纏って現れた。

「ナンダァ!?」

「天下のバトロ一家と知ってのカチコミかぁ!?」

「おーい聞いたかネメシスぅ?天下だってよ。天下取れてねー自覚はあるみてーだ」

アマネがケラケラ笑うと、ネメシスは表情を(ヘッドギアをしているから表情もクソもないが)変えずに答える。

「……アマネ、楽しむな」

「わかってるさー。じゃあーまぁー、とっととく太郎」

アマネは日本刀を構えて前へと疾走する。かちあったマフィアはアマネに向けて発砲するが、アマネには当たらない。彼女が走り去った後には、急所を切られた死体と、真っ二つになったがポロポロと落ちていた。

……銃弾である。



「よっとー」

「ぎゃぁぁぁ!!」

通路にいたマフィアを切り捨てたあと、アマネは日本刀をビュッと振り、付着した血を遠心力で振り払った。

「終わりー?」

ちゃくちゃくプーっと口の中でフーセンガムを膨らませるアマネ。その背後に……

「し、死ねぇぇぇぇッッ!!!」

隠れていたマフィアがナイフで切りかかる。完全に背後の隙をつかれたアマネは……



焦ることもなく、フーセンガムを膨らませながら歯と歯を合わせてニッとしていた。次の瞬間、マフィアの眼球が横にぶれる。脳天にオレンジ色に光る何かが、ジュッとそこを貫通していった。アマネに不意打ちしようとしたマフィアは、グルンと白目を剥いてその場に倒れた。


「ナーイスネメシス~」


通路の奥にいたネメシスは、こちらに右腕を向けて手のひらから硝煙を出していた。


「……アマネ。出過ぎだ……フォローしきれん」

「いやー、でもしてくれたじゃないのーさー」


サングラスにフーセンガムを咥えた顔をにこやかに歪ませながら、肩に日本刀を乗せつつネメシスに向けて指をさす。


「『超小型核融合炉搭載型ちょうこがたかくゆうごうろとうさいがたサイボーグ』だっけ?ネメシス。人体を使った機械化兵器なんて国際法的に違反だろーけど、搭載された兵器の威力とテクノロジーを評価されて、『lostsロストズ』にいるんだからー。「ふぉろーできまちぇんでちた。てへっ☆」なーんて、つーよーしないっしょー」

アマネが意地悪く揶揄からかうが、当のネメシスは特に意に介さず。

「………常に想定外は考えて動け」

「ヘイヘーイ」




少し進んだ通路の先に、いかにも厳重なロックのかかった鉄の扉があった。


さて、それを。


ネメシスは両腕から展開されまくった銃火器で、蜂の巣にしてエンド。


ガラガラーんっと鉄扉が瓦解した。中には、高そうなスーツを着ている男に、取り巻きが数人。


「ろ…『losts』ッッ!!」

一番高そうなスーツを着ている男が、ネメシスとアマネに向かって叫ぶ。

「んー、そだヨ。こんちゃー、メイドっすー」

「………『losts』の名において、バトロ一家現当主、『エニグマス・バトロ』。貴方を処刑する」

「……何も……何も知らないのかッ!!」

一番高そうなスーツを着た男…エニグマスが怒鳴る。

「………」

「私は……私が『losts』にいたのは!この街を少しでも良くしようと思っていたからだ!!だが……それは建前だった!!」

エニグマスは、訴えるように続ける。

「『losts』は、この街の監視及び秩序の維持の為の組織だと私は信じていた!だがッ……本当の目的は……『ロスト・シティ』ののために設立されたに過ぎないッッ!!」

エニグマスの取り巻きは、銃火器をアマネとネメシスの二人に向ける。

「お前たちの事は調べた……その為にマフィアを立ち上げたんだ……」

エニグマスは手のひらを顔に当てて続ける。

「『アマネ』……本名は『まどか あまね』……円財閥の第三令嬢にして、円財閥一家惨殺事件の唯一の生き残り。そして『ネメシス』…正式名称『No.1V1.SSナンバー151 スーパースペック』…核兵器研究機関に造られたサイボーグ。後に研究機関を脱走し今に至る……」

エニグマスの言葉を、アマネはガムを膨らましながら、ネメシスは無言で聞いていた。

「……この街は、何かを失った人間…又は何かを失いたくて来た人間が集まるような街だ……だから私は、かき集めた財力と、この力を駆使して、この街を少しでも整えようとしたッッ!!彼らのような人達を救う為にッッ!」

エニグマスの周りにいる取り巻きが、構えている銃火器から放たれるレーザーポインターを二人に向ける。

「彼らはこの街でも指折りの実力を持つ賞金稼ぎだ。君たち二人でも………少々きついと思うがね?」

エニグマスはハットを傾けながら、二人に言い放つ。

「君たちの中に、まだ良心があるのであれば…私と手を組まないか……?『losts』きっての実力者が二人もこちらに加われば、『losts』相手にも戦うことが出来る」

エニグマスは片手を前に出して、勧誘のポーズを取る。対して、答えたのはネメシスだった。

「………寝返るとして、何が望みだ」

「手始めに『losts』の解体を頼みたい。武力行使が出来るのならば、手っ取り早いからな」

「…………」

少しばかりの沈黙。そして。





ちゃくちゃくプ~




アマネがフーセンガムを膨らませた。

「はーん流石、元『losts』の情報担当って訳だー。大したものだと思うよー実際」

アマネは「んぱっ」っと膨らませたガムの風船を宙に放つ。浮かんだ風船は、そのまま部屋を漂い始める。


「……で、『losts』がこの街の現状維持の為に結成された…とか言ってたっけー?」

アマネは新しいガムをメイド服の中から取り出すと、口の中に放り込んで続ける。






アマネが指をパチンと鳴らすと、浮かんでいたガム風船が割れる。


「そもそもだけどさー、『ロスト・シティ』がなんでこんな「世界最悪のスラム街」になってるかー、知らない訳ー?」


流れが変わる。


「『ロスト・シティ』…外の世界から見れば、異世界みたいに見えるだろーね。でもさ、なーんで世界中からなーんにも言及されないんだと思うー?」


ちゃくちゃく…プ~


「『losts』がそうしてるからだよ。世界中の秩序・治安の向上の為、敢えてこの街を「世界最悪のスラム街」のままにしてんの。他の国とかがナーンも言って来ないのだってー、、でしょーよ」


エニグマスは固まっていた。アマネの口から語られる真実に。

この女一人ならば、ただの冗談だのブラフだので片付けられただろう。だが横にいるあの男は、こういう時「デタラメをいうな」と口を挟むはずだ。同じ組織にいたのだからそれぐらいは分かる。そういうやつだった。

そんなネメシスが……

それだけで、真実味が増してしまう。




『ロスト・シティ』の秩序・治安向上の為では無く、に、この街の無秩序と混沌を存続させる存在。


それが、『losts』


「な、ならば何故、私を『losts』に入れた!!」

さっきまでとは変わって、追い詰められているのはエニグマスの方だった。対して、アマネは軽く応える。

「情報戦力としての期待でしょー。まー、あのリーダー何考えてるか分からないしー、本当の事は知らないけどさー。ま、有り体に言えば「お前は知りすぎた……キラっ☆」て奴ぅ?優秀過ぎたんだろーね、君ぃ」

「………もう良いだろう、アマネ。先ほど『エニグマス・バトロ』本人の口から、『losts』への反逆の意思を確認した……」

「………ッッ!!?」

先ほど、エニグマスは自分からネメシスに「『losts』の解体を頼みたい」と口にしている。ネメシスは黒いグローブをキュッと直しながら、言い放つ。

「………任務を開始する」



エニグマスはその言葉に弾かれるように叫んだ。


「撃てッッ撃てーッッ!!」


エニグマスの号令で、取り巻きたちの銃火器が斉射される。


対してネメシスは、左腕を水平に掲げた………だけ。




銃の音が、止まる……そして、銃火器から放たれた弾丸も、

「な、なん……」

「なんだよあれっ!」

「こんな化け物相手なんて聞いてねぇぞ!!」

焦る取り巻きに対し、『losts』の二人はいつも通りだった。

「おーぅ、久々に見たなーそれー、えーっとなんだっけなー、あれだよなあれ、あーっとー」

「『超電磁ちょうでんじフィールド』……強力な磁場を局所的に発生させる事で金属類の武器を一時的に停止させる技術だ……前も話したぞ」

「いやーネメシスに搭載されてる兵器数多過ぎで覚えらんねーんだよーって」

そんなアマネを差し置いて、ネメシスは気が付いたように取り巻き達に向き直り、言葉を紡ぐ。

「…………あぁ済まない、弾丸これを借りたままだったな。返そう」

ネメシスが左手をクイっと動かすと、止まっていた弾丸が元の持ち主たちの元へと、帰って行った。

まるでオレンジ色の豪雨が、横殴りに降ったようだった。音速を超えた弾丸は空気摩擦によって、大気に溶けて無くなったが、着弾した場所は熱したチーズのように溶けていた。

「おーいー、ネメシス~。一撃で減らしすぎだろーマージでー」

「………こうした方が任務は早く終わる」

「楽しくないじゃーんってのー」

「……楽しむな」




まるで……





まるで、ピクニック気分だった。出かけた先で談笑でもするように、人の命を取り扱う二人。


「さぁてっと。残りはーっとぉ?」

ちゃくちゃくプーっとガムを膨らましながら、アマネは悲惨になった室内を見渡す。

「あー、こーりゃ~まぁーもうゲームエンドかなー?」

アマネは日本刀を片手でクルクルと回しながら、適当そうに呟く。

「………アマネ」

「わかってるってさー」

アマネはフッと日本刀で、ネメシスが仕損じた賞金稼ぎ達にトドメを刺していく。最後に残ったのはエニグマスただ一人。


「貴様らは……この街に混沌を望むのか……!!」


エニグマスは崩壊した壁側に立ってアマネとネメシスに向かって叫ぶ。


「まぁーそもそもこっちはそのつもりだしー?『losts』は国際的に認められたー……あー…黙認された?必要悪の組織だしねぃ~」

「…………賛同する訳ではないが、世には事がある」

「……クソッ……!!!」

エニグマスは壊れた机を殴りつけ、懐から歪に大きくなった拳銃を取り出し二人に向ける……が、それより速くアマネの日本刀がエニグマスの拳銃を切断し、両腕を切り落とす。バランスを崩したエニグマスはそのまま床にへたり込むように倒れる。

「私は………間違っていなかった筈だ……」

アマネは日本刀をヒュッと振って血油を振り払い、再びガムを膨らませる。アマネはそのままメイド服の裾を持ち上げると、ゴトンッとスカートの中から手榴弾が床に落ちる。そして抵抗出来ない状態のエニグマスの口に、足で手榴弾を詰め込んだ。

「ごご……っ!?ごぼごごぼぉおぉっっっ!!!」

抵抗できない状態で、口に手榴弾を詰め込まれたエニグマスは悶絶している。

「冥土の土産だー。メイドだけにってなー」

「………悪趣味だぞ」

「ハッハー!知ってる~」


『ロスト・シティ』でも最近ノッていたマフィア、バトロ一家の一室で……


………爆発が起きた。









『ロスト・シティ』では、グループ同士の小競り合いが絶えず、銃やそれ以上のゲテモノ兵器を使用した紛争がしょっちゅう起こる。今回の一件も、この街の住人からして見れば、「いつもの光景」に過ぎない。

この街の住民は、今日を生きるのに今日も必死だ。






ひび割れたアスファルトの上を、メイド服と黒スーツが歩いている。


「………お前、財閥の血筋だったのか」

「まーそうだねー。て言うかネメシスこそ核兵器の研究所で造られてたのかよー」

「…………あぁ」


『losts』の構成員はもれなく全員、自身の過去につながる資料を廃棄される。それこそ徹底的にだ。故に、『losts』のメンバーはお互いに過去を知らない事が殆どだ。自分から言わない限りは知り得ないのだからそうだろう。だが、エニグマスはその徹底的に廃棄されたはずの『losts』構成員の過去資料を探し当てた。


それだけの力を持って、この街を……『losts』を敵に回してでも、整えようとしていた。


それを、呆気なく彼女達は踏み潰した。



「情報戦力としては確かに有能だったと思うけどねー」

「………『losts』の意向だ」

「わかってるってー」




世界の秩序と治安向上の為に、『世界最悪のスラム街』であり続ける『ロスト・シティ』



国際的に黙認されている、必要悪の組織『losts』によって、この街に。



ひび割れたアスファルトの上を歩くグラサンフーセンガムメイドは、味の無くなったガムをプッと吐き出しながら呟く。



「イカれた街に祝福をってねー」




2人の前には、今にも堕ちそうな夕日が、空を橙色に染めていた。



この街の『日常』が、今日も終わりを迎える。





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