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二章「シーカーゲーム」
新たな勢力。
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「………」
黄島と土田、そして翡翠も、誰もが話せなくなっていた。
ツラツラと語られた紫月の過去は、凄惨なものだった。
どうにも彼の家は超絶富豪だったらしい。家広く、庭なんか庭園のようだったと言う。
彼の両親は自衛隊と警察官だったため、家にいる方が珍しいような家庭だった。
ある日、自分の誕生日のため両親共に無理やり休みを取って自宅にいた際、放火魔にあった。前もってガソリン等の可燃性の液体でもまかれていたのか、火の広がりが異常に速かった。彼の両親は至って冷静だった。伊達に国を守る仕事をしている訳ではない。
しかし、火の手の中から、何人もの強盗が出て来た。どこから持ってきたのか、やたら装備の整った集団だった。
連中は紫月の両親を殺害し、金目の物をありったけ盗んで去っていった。
紫月は刺された両親を助けようと必死になった、しかし、この火事の中、刺された両親を彼一人で運び出すことは出来ない。このままでは全員に死んでしまうと感じた彼の父は紫月に言った。
『俺達は助けなくて良い。その代わり、お前が俺達の分まで人を助けるんだ』
火の手は無情にもその勢いを増していく。このままでは誰も彼も皆燃えてしまう。
父の考えを読み取り、涙を枯らしながら紫月はその場から逃げ出した。
この一連の事件は大々的には取り上げられなかった。それどころかニュースにすらならなかった。
まるでどこからか圧力がかかっているような、そんな感じだった。
ともあれ、この話はここでおしまい。
……ただ、強いて続きを言うとしたら、とある企業の資料室に、この事件を起こした強盗集団は『パンドラ』と記載されていた。
「う~ん、分からないなぁ~」
黙っていた3人の中で1番最初に口を開いたのは黄島だった。
「分からないって何がだい?」
「いや、そこまではわかったよ?黄島さんが分からないのはそれからの話よ」
紫月は眉をひそめる。
「なんでそこまで強いのに、こんなところに居る訳よ?ミツルギさんの強さならあんな黒服達追い返せたんじゃないのー?」
黄島がそういうと、土田もハッとする。
「そういえばそうね。私やそこのサイコならともかく、アンタみたいな人が簡単に捕まるとは思えないわ」
土田は上半身だけを起こすような姿勢で紫月に問いかける。紫月は少し困ったふうに笑うと話はじめる。
「うーん、まぁ気がついたらここに居た……が一番近いかな?」
「???」
黄島が頭の上にクエッションマークを3つほど浮上させていると、紫月は続けた。
「なんか、気配を感じなかったんだけど、後ろからゴンッ……ってね」
紫月は自分の後頭部をパシッと手のひらで叩く。
「ミツルギさんにも気配を悟らせないって、暗殺者かよー」
「まぁ、もしそうだとしたら僕はここにいないだろうけどね」
あわや命を落としかけたというのに、紫月は呑気に答える。
「でよ、俺はいつまでここにいれば言い訳?」
紫月に付き合わされていたエトラが、不機嫌という文字をそのまま顔に貼り付けたような顔をし始めた。
「ん?エトラさんまだ自己紹介してないじゃないですか」
「ハァッッ!?!?俺もするのかよ!?」
変わった髪型の金髪をなびかせながら叫ぶ。
「そりゃ、この方たちが話てくれたのだからこちらも話すのが礼儀でしょう?」
紫月はにこやかに話す。
紫月が無理やりエトラをこの場にいさせたのは、恐らくこのためだろう。なかなか良い性格をしている紫月である。
エトラは舌打ちをすると、机の上に組んだ足をドカッと乗っけて話始めた。
「イエローだ」
不貞腐れたようにいうと、黄島がツッコむ。
「ねぇねぇ、君『エトラ』とか『イエロー』とか言われてるけどなんでー?気になるぅ~」
「あ゛?」
不機嫌そうな顔をしているのに、それを気にせず好奇心で突き動くあたり、やはり黄島というべきか。
「あのよー、確かにテメェの過去には驚いたぜ?流石の俺でもびっくりしたわ。けどな?だからってなんで俺がテメェの言う事なんざ……」
っとここまで言って、エトラの動作が止まった。正確には横目で紫月を見た。
「エトラさん?」
紫月はとても爽やかな笑顔なのだが、その実紫月は笑いながら怒る人間なのだ。
怒り顔で怒られるよりよっぽど怖い。
「………エトラ、フルネームは『イェル・エトラ・ロフェット』。だからイエローだ」
苦虫でも噛んだような顔をしながら、イエローは続ける。
「俺はこの名前が嫌いだ。どこの生まれかもわかんねーし、親の顔だってしらねぇ。気づけばスラムの道端にこの名前が書かれた札と一緒に置かれてた」
それからの日常は、彼女が土田に言ったように地獄のような日々を送ったのだろう。
彼女はその後この国に不法入国し、それがバレて捕まったらしいがそこへある人物が現れ、一旦は事なき得たがその人物に連れられる途中で意識がぱったりと途切れたらしい。
「その人の名前なんてーのーか覚えてる~?」
黄島が聞くと、イエローはイライラした様子で答え始める。
「ハーギョー?だかそんな名前だったな」
「ハ行?ハヒフヘホ?」
「違うでしょ……」
ともあれ、イエローはその『ハーギョー』なる人物についていった矢先意識が途切れたのだから、もしかしたらその『ハーギョー』という人物は黒幕の可能性がある。
「さて、あとは蓮見くんですが彼は気分屋でしてね。私が代わりに話しましょう……」
「ちょっと待ったー」
紫月が言い終わる前に上からぶら下がっているハンモックから声が聞こえる。
「まー確かにその方が楽できると思ったんだけどサ。気が変わったよー。そこのキジマーのこと聞いてね」
蓮見はにや~っと笑い、ハンモックの上から黄島のことを指差す。
「はにゃ?黄島さん?」
「そーよー?なーんかにてそうだなぁって思ってサ」
ニヤニヤ笑う顔は確かに黄島とよくにている。
「まぁ、君から言ってくれるのなら助かりますね」
紫月がそういうと、蓮見は話始めた。
「まー、僕はネー。なんていうかなー捨て子でさ。あ、そのこと自体は別に恨んでないよ?何も僕だけが不幸って訳じゃないからネ。でも強いていうならそうだネ、捨てられた場所が悪かったかな?」
蓮見は人差し指を上に向けてくるくる回す。
「まー僕が育ったのは『地下闘技場』っていえばいいかな?人が普通に死ぬ賭け事みたいな感じだよ。そこの駒だった訳だ」
蓮見は現代でも秘密裏に行われている賭け事、『地下闘技場』の選手だったらしい。平和な現代だからこそ、金を持て余した人間は安全に見物できる残酷なゲームを楽しみたいのだろう。
そんなアングラな場所で彼は育った。負けることは死ぬ事に直結し、勝てば会場に投げられる多額の紙幣と称賛が全て自分のものになる。
彼はそんな生き方しかできなかった。もっといえば、そんな生き方しか知らなかったのだ。
「んでね、ある富豪にもっと稼げる方法があるとか言われてついていったら背後からガンってやられてここよ。まぁここら辺は団長とにてるかもネ」
「なんでそんな事になったん?」
黄島が口を3の形にしながら聞くと、蓮見はなんのけなしに答える。
「んー、まぁ僕が『勝ち続けた』のが問題だったんだろうネ。金持ち達にとっちゃアレは『娯楽』でぶっちゃけ一強のゲームは萎えちゃうからサ。邪魔になったんだろうネ」
蓮見には世間の常識がない。物心ついた時にはもう地下の薄暗い空間が世界の全てになっていた。だからこそ、彼は『手加減』や『情け』というものが分からない。地下闘技場の負けは自分が死ぬ事に直結する。だから一度戦いが始まれば、女子供だろうが躊躇なく拳を振り、たとえ老人だろうが病人だろうが一歳容赦をしなかった。当然だ、負ければ死ぬのだから。彼にとっては『手加減』をする意味がわからなかった。何より相手もこちらを殺す気でくるのだから、その必要はないと考えていたのだ。
だからこそ、彼には『油断』というものが無かった。それが彼を地下闘技場で立ち続ける強者たらしめた理由だった。
……だが、それがダメだったのだろう。その強さを鬱陶しく思った金持ちは彼を消したのだ。
「う~ん、って事はさー、その金持ち連中の中にラビリンスゲーム作った黒幕がいるってことかな?」
黄島は腕を組んで適当な調子で言う。その言葉に紫月が答えた。
「いや、そういう人達は自分から直接手を下すような事はしないよ。恐らく、そういう立場の人に頼んだんじゃないのかな」
へぇ~っとまたもや適当な調子で答える黄島。
「あぁ、そういえばなのだけど」
紫月が何か思い出したように話し始めた。隣に座っていたイエローはもうここから離脱する事を諦めたのか、ハットを傾けて組んだ足を机に乗せ寝る姿勢に入った。
「『黒い武装集団』には気をつけてくださいね」
「……『黒い武装集団』とはなんであるか?」
翡翠が尋ねると、紫月は真剣な表情で答え始める。
「あぁ、私がいつも通り見回りに言っていた時の事なんだけど……」
その集団には、彼がいつものように人助けのために迷宮内を見回りしていた時に鉢合わせたらしい。なんでも、狂人の集団に襲われている人を助けようとした際、横の通り道から突如として10名ほどの人間が現れあっという間に狂人達を殲滅したらしい。
「ヘェ~、紅谷の旦那とかミツルギさん以外の人も慈善活動してんだねー」
黄島がそういうと、紫月はどこか困ったような顔をする。
「いや、そうなんだけど……あれはなんて言うかな……」
「何かまずいことでもあったのであるか?」
「いやね、狂人をあっという間に倒したのはすごいんだけど、その後その人が連れて行ってほしいとリーダーみたいな男に言っていたんだけど……」
その際、『黒い武装集団』のリーダーのような男はこう答えたらしい。
『付いてきても良いけど、足手まといなら置いていく。それでも良いなら来れば?』
……っと「役立たず」を切り捨てるような発言をしたらしい。『人助け』と言う行為を信念を持って行っている紫月にとってはありえないような発言だった。
「僕もその男に声をかけようとしたんだけど……」
「したんだけど?」
「まぁ、連中の動きが読めなくって結局奴らが去った後にその人には声をかけたよ」
「アンタあんだけ強いんだから強引にいけばよかったんじゃないの?」
土田が口を挟むと、紫月は残念そうに答える。
「確かに普通の10人なら余裕だと思う。だけどね『黒い武装集団』は多分全員が手練れなんだ」
確かに、先ほどような発言をするリーダーに付いていく集団であるのならば、全員が強いことになんら不思議はない。
「中でもそのリーダーの男と、その横にいた副リーダーのような女性は多分私と同等かそれ以上だよ」
黄島を一蹴するような強さを持つ紫月がここまで言うということは、その『黒い武装集団』のリーダーという男はとんでもない強さなのではないか?土田は考えた。
しかし、土田はそれほど危険視はしていなかった。その『黒い武装集団』が、例えば瑠璃垣のように人を物のように扱う集団なら厄介だろう。しかしそのリーダーは、一見冷たい発言をしているが、狂人を倒し助けた人に選択肢を与えている。それに10人程度の集団がこのおかしい迷宮を遊撃しているとなると、危険も伴う。『付いてきもいいが、命の補償はしない』このリーダーは暗にそう言っているのだ。
………それにだ。
こちらの陣営には、あの男がいる。
成り行きで助けてくれたが、いまだに味方なのかも若干怪しいあの男、蒼桐真刀だ。
土田にはあの男が負けるような場面を想像できなかった。果たしてこの迷宮内にあの男を超える強さを持つ人間がいるのだろうか?そう考えると、なんか大丈夫そうだと楽観視してしまう。
「少し、長く話し過ぎたね。向こうの部屋で休んで行くと良いよ。子供たちには入らないように言っておくから」
紫月はそういうと、2段ほど階段を上がった先にある部屋に行ってしまった。イエローは机に足を上げたままもう寝ていた。
「まぁ、その『黒い武装集団』って勢力は一応気をつけた方がいいかもねー」
「そうね」
黄島の言葉に土田が相槌を打つ。
「ともあれ、語るに語ったな。ここは御剣殿の言葉に甘えて私たちも休むのが良いと思うのである」
翡翠がそういった途端、二人は急に疲労感が湧き出てきた。意識したからだろうか?
「そうね……悪いんだけど翡翠、肩を貸してくれる?まだ体が痛くて…」
「お安い御用である」
「えー黄島さんに頼めばいいのにー」
「アンタ胸触るでしょ絶対」
「おーよくわかっ………」
蟻の巣部屋に、鈍い音が響いた。
黄島と土田、そして翡翠も、誰もが話せなくなっていた。
ツラツラと語られた紫月の過去は、凄惨なものだった。
どうにも彼の家は超絶富豪だったらしい。家広く、庭なんか庭園のようだったと言う。
彼の両親は自衛隊と警察官だったため、家にいる方が珍しいような家庭だった。
ある日、自分の誕生日のため両親共に無理やり休みを取って自宅にいた際、放火魔にあった。前もってガソリン等の可燃性の液体でもまかれていたのか、火の広がりが異常に速かった。彼の両親は至って冷静だった。伊達に国を守る仕事をしている訳ではない。
しかし、火の手の中から、何人もの強盗が出て来た。どこから持ってきたのか、やたら装備の整った集団だった。
連中は紫月の両親を殺害し、金目の物をありったけ盗んで去っていった。
紫月は刺された両親を助けようと必死になった、しかし、この火事の中、刺された両親を彼一人で運び出すことは出来ない。このままでは全員に死んでしまうと感じた彼の父は紫月に言った。
『俺達は助けなくて良い。その代わり、お前が俺達の分まで人を助けるんだ』
火の手は無情にもその勢いを増していく。このままでは誰も彼も皆燃えてしまう。
父の考えを読み取り、涙を枯らしながら紫月はその場から逃げ出した。
この一連の事件は大々的には取り上げられなかった。それどころかニュースにすらならなかった。
まるでどこからか圧力がかかっているような、そんな感じだった。
ともあれ、この話はここでおしまい。
……ただ、強いて続きを言うとしたら、とある企業の資料室に、この事件を起こした強盗集団は『パンドラ』と記載されていた。
「う~ん、分からないなぁ~」
黙っていた3人の中で1番最初に口を開いたのは黄島だった。
「分からないって何がだい?」
「いや、そこまではわかったよ?黄島さんが分からないのはそれからの話よ」
紫月は眉をひそめる。
「なんでそこまで強いのに、こんなところに居る訳よ?ミツルギさんの強さならあんな黒服達追い返せたんじゃないのー?」
黄島がそういうと、土田もハッとする。
「そういえばそうね。私やそこのサイコならともかく、アンタみたいな人が簡単に捕まるとは思えないわ」
土田は上半身だけを起こすような姿勢で紫月に問いかける。紫月は少し困ったふうに笑うと話はじめる。
「うーん、まぁ気がついたらここに居た……が一番近いかな?」
「???」
黄島が頭の上にクエッションマークを3つほど浮上させていると、紫月は続けた。
「なんか、気配を感じなかったんだけど、後ろからゴンッ……ってね」
紫月は自分の後頭部をパシッと手のひらで叩く。
「ミツルギさんにも気配を悟らせないって、暗殺者かよー」
「まぁ、もしそうだとしたら僕はここにいないだろうけどね」
あわや命を落としかけたというのに、紫月は呑気に答える。
「でよ、俺はいつまでここにいれば言い訳?」
紫月に付き合わされていたエトラが、不機嫌という文字をそのまま顔に貼り付けたような顔をし始めた。
「ん?エトラさんまだ自己紹介してないじゃないですか」
「ハァッッ!?!?俺もするのかよ!?」
変わった髪型の金髪をなびかせながら叫ぶ。
「そりゃ、この方たちが話てくれたのだからこちらも話すのが礼儀でしょう?」
紫月はにこやかに話す。
紫月が無理やりエトラをこの場にいさせたのは、恐らくこのためだろう。なかなか良い性格をしている紫月である。
エトラは舌打ちをすると、机の上に組んだ足をドカッと乗っけて話始めた。
「イエローだ」
不貞腐れたようにいうと、黄島がツッコむ。
「ねぇねぇ、君『エトラ』とか『イエロー』とか言われてるけどなんでー?気になるぅ~」
「あ゛?」
不機嫌そうな顔をしているのに、それを気にせず好奇心で突き動くあたり、やはり黄島というべきか。
「あのよー、確かにテメェの過去には驚いたぜ?流石の俺でもびっくりしたわ。けどな?だからってなんで俺がテメェの言う事なんざ……」
っとここまで言って、エトラの動作が止まった。正確には横目で紫月を見た。
「エトラさん?」
紫月はとても爽やかな笑顔なのだが、その実紫月は笑いながら怒る人間なのだ。
怒り顔で怒られるよりよっぽど怖い。
「………エトラ、フルネームは『イェル・エトラ・ロフェット』。だからイエローだ」
苦虫でも噛んだような顔をしながら、イエローは続ける。
「俺はこの名前が嫌いだ。どこの生まれかもわかんねーし、親の顔だってしらねぇ。気づけばスラムの道端にこの名前が書かれた札と一緒に置かれてた」
それからの日常は、彼女が土田に言ったように地獄のような日々を送ったのだろう。
彼女はその後この国に不法入国し、それがバレて捕まったらしいがそこへある人物が現れ、一旦は事なき得たがその人物に連れられる途中で意識がぱったりと途切れたらしい。
「その人の名前なんてーのーか覚えてる~?」
黄島が聞くと、イエローはイライラした様子で答え始める。
「ハーギョー?だかそんな名前だったな」
「ハ行?ハヒフヘホ?」
「違うでしょ……」
ともあれ、イエローはその『ハーギョー』なる人物についていった矢先意識が途切れたのだから、もしかしたらその『ハーギョー』という人物は黒幕の可能性がある。
「さて、あとは蓮見くんですが彼は気分屋でしてね。私が代わりに話しましょう……」
「ちょっと待ったー」
紫月が言い終わる前に上からぶら下がっているハンモックから声が聞こえる。
「まー確かにその方が楽できると思ったんだけどサ。気が変わったよー。そこのキジマーのこと聞いてね」
蓮見はにや~っと笑い、ハンモックの上から黄島のことを指差す。
「はにゃ?黄島さん?」
「そーよー?なーんかにてそうだなぁって思ってサ」
ニヤニヤ笑う顔は確かに黄島とよくにている。
「まぁ、君から言ってくれるのなら助かりますね」
紫月がそういうと、蓮見は話始めた。
「まー、僕はネー。なんていうかなー捨て子でさ。あ、そのこと自体は別に恨んでないよ?何も僕だけが不幸って訳じゃないからネ。でも強いていうならそうだネ、捨てられた場所が悪かったかな?」
蓮見は人差し指を上に向けてくるくる回す。
「まー僕が育ったのは『地下闘技場』っていえばいいかな?人が普通に死ぬ賭け事みたいな感じだよ。そこの駒だった訳だ」
蓮見は現代でも秘密裏に行われている賭け事、『地下闘技場』の選手だったらしい。平和な現代だからこそ、金を持て余した人間は安全に見物できる残酷なゲームを楽しみたいのだろう。
そんなアングラな場所で彼は育った。負けることは死ぬ事に直結し、勝てば会場に投げられる多額の紙幣と称賛が全て自分のものになる。
彼はそんな生き方しかできなかった。もっといえば、そんな生き方しか知らなかったのだ。
「んでね、ある富豪にもっと稼げる方法があるとか言われてついていったら背後からガンってやられてここよ。まぁここら辺は団長とにてるかもネ」
「なんでそんな事になったん?」
黄島が口を3の形にしながら聞くと、蓮見はなんのけなしに答える。
「んー、まぁ僕が『勝ち続けた』のが問題だったんだろうネ。金持ち達にとっちゃアレは『娯楽』でぶっちゃけ一強のゲームは萎えちゃうからサ。邪魔になったんだろうネ」
蓮見には世間の常識がない。物心ついた時にはもう地下の薄暗い空間が世界の全てになっていた。だからこそ、彼は『手加減』や『情け』というものが分からない。地下闘技場の負けは自分が死ぬ事に直結する。だから一度戦いが始まれば、女子供だろうが躊躇なく拳を振り、たとえ老人だろうが病人だろうが一歳容赦をしなかった。当然だ、負ければ死ぬのだから。彼にとっては『手加減』をする意味がわからなかった。何より相手もこちらを殺す気でくるのだから、その必要はないと考えていたのだ。
だからこそ、彼には『油断』というものが無かった。それが彼を地下闘技場で立ち続ける強者たらしめた理由だった。
……だが、それがダメだったのだろう。その強さを鬱陶しく思った金持ちは彼を消したのだ。
「う~ん、って事はさー、その金持ち連中の中にラビリンスゲーム作った黒幕がいるってことかな?」
黄島は腕を組んで適当な調子で言う。その言葉に紫月が答えた。
「いや、そういう人達は自分から直接手を下すような事はしないよ。恐らく、そういう立場の人に頼んだんじゃないのかな」
へぇ~っとまたもや適当な調子で答える黄島。
「あぁ、そういえばなのだけど」
紫月が何か思い出したように話し始めた。隣に座っていたイエローはもうここから離脱する事を諦めたのか、ハットを傾けて組んだ足を机に乗せ寝る姿勢に入った。
「『黒い武装集団』には気をつけてくださいね」
「……『黒い武装集団』とはなんであるか?」
翡翠が尋ねると、紫月は真剣な表情で答え始める。
「あぁ、私がいつも通り見回りに言っていた時の事なんだけど……」
その集団には、彼がいつものように人助けのために迷宮内を見回りしていた時に鉢合わせたらしい。なんでも、狂人の集団に襲われている人を助けようとした際、横の通り道から突如として10名ほどの人間が現れあっという間に狂人達を殲滅したらしい。
「ヘェ~、紅谷の旦那とかミツルギさん以外の人も慈善活動してんだねー」
黄島がそういうと、紫月はどこか困ったような顔をする。
「いや、そうなんだけど……あれはなんて言うかな……」
「何かまずいことでもあったのであるか?」
「いやね、狂人をあっという間に倒したのはすごいんだけど、その後その人が連れて行ってほしいとリーダーみたいな男に言っていたんだけど……」
その際、『黒い武装集団』のリーダーのような男はこう答えたらしい。
『付いてきても良いけど、足手まといなら置いていく。それでも良いなら来れば?』
……っと「役立たず」を切り捨てるような発言をしたらしい。『人助け』と言う行為を信念を持って行っている紫月にとってはありえないような発言だった。
「僕もその男に声をかけようとしたんだけど……」
「したんだけど?」
「まぁ、連中の動きが読めなくって結局奴らが去った後にその人には声をかけたよ」
「アンタあんだけ強いんだから強引にいけばよかったんじゃないの?」
土田が口を挟むと、紫月は残念そうに答える。
「確かに普通の10人なら余裕だと思う。だけどね『黒い武装集団』は多分全員が手練れなんだ」
確かに、先ほどような発言をするリーダーに付いていく集団であるのならば、全員が強いことになんら不思議はない。
「中でもそのリーダーの男と、その横にいた副リーダーのような女性は多分私と同等かそれ以上だよ」
黄島を一蹴するような強さを持つ紫月がここまで言うということは、その『黒い武装集団』のリーダーという男はとんでもない強さなのではないか?土田は考えた。
しかし、土田はそれほど危険視はしていなかった。その『黒い武装集団』が、例えば瑠璃垣のように人を物のように扱う集団なら厄介だろう。しかしそのリーダーは、一見冷たい発言をしているが、狂人を倒し助けた人に選択肢を与えている。それに10人程度の集団がこのおかしい迷宮を遊撃しているとなると、危険も伴う。『付いてきもいいが、命の補償はしない』このリーダーは暗にそう言っているのだ。
………それにだ。
こちらの陣営には、あの男がいる。
成り行きで助けてくれたが、いまだに味方なのかも若干怪しいあの男、蒼桐真刀だ。
土田にはあの男が負けるような場面を想像できなかった。果たしてこの迷宮内にあの男を超える強さを持つ人間がいるのだろうか?そう考えると、なんか大丈夫そうだと楽観視してしまう。
「少し、長く話し過ぎたね。向こうの部屋で休んで行くと良いよ。子供たちには入らないように言っておくから」
紫月はそういうと、2段ほど階段を上がった先にある部屋に行ってしまった。イエローは机に足を上げたままもう寝ていた。
「まぁ、その『黒い武装集団』って勢力は一応気をつけた方がいいかもねー」
「そうね」
黄島の言葉に土田が相槌を打つ。
「ともあれ、語るに語ったな。ここは御剣殿の言葉に甘えて私たちも休むのが良いと思うのである」
翡翠がそういった途端、二人は急に疲労感が湧き出てきた。意識したからだろうか?
「そうね……悪いんだけど翡翠、肩を貸してくれる?まだ体が痛くて…」
「お安い御用である」
「えー黄島さんに頼めばいいのにー」
「アンタ胸触るでしょ絶対」
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ん〜笑
ここからはプロの仕事 様になる言葉だが寒気がするねww
そして桃ちゃんいい感じに壊れててすごい危機感があるw
坊っちゃまどう切り抜けんだろこれ〜
笑
さぁさぁ、各々動き始めて1章が終わったね!!
ここから更にどう盛り上がるのか楽しみだよ!
二章もお楽々~| ᐕ)ノ
うーむ、一件落着かと思いきや…
白井さんめっちゃ愛されとるやーん
え?病んデレですか?
てか瑠璃垣さん?!
あ〜ぁ(;・∀・)これはまた悩みの種になりそうだな〜笑しーらね
全然メイドじゃなかったやばい人だった。
どぉ言う経緯でその職業転職に至ったのやら謎だわ(;・∀・)
彼女の経緯には海よりも多分深い訳が……
ついに再会したか〜(❁´ω`❁)
そんでもって宙を舞うギンザキさん笑
両手ににチェンソーな土田ちゃん笑
乙女は強いわね〜
イオリンも負けてない!!!!