アンダーグラウンドゲーム

幽零

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一章「ラビリンスゲーム」

最終決戦:黄島vs紅谷

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ナイフと鉄塊刀がギリギリと鍔迫り合いをしている。質量でいえば鉄塊刀の方が圧倒的なのだが、それに対してたった2本のナイフで応戦できているのはひとえに黄島の技量だろう。

赤髪の少年が目の前の少年に向かって言葉を放つ。

「黄島!!俺たちはお前を助けに来たんだ!なのになんでアイツの言いなりになってる!」

黄島の目は虚ろとしていた。まるで事件のショックで放心状態になってしまった人のようだ。

「……旦那ァ…俺ぁもう…ダメなんです…」

黄島がフードの奥でつぶやく。

「俺は…あの人オモチャだった……数年もあったのにあの人の呪縛から逃れられなかった…」

「黄島……」

「人殺しだった俺には……助けを乞う資格なんて無い……その通り、『助けて』って言っても…誰も来やしなかった……」

「来たじゃないか!」

「じゃあ……なんでもっとはやく来てくれなかったんだッ!!」

「……ッ!?」

黄島は自分の言っていることが身勝手だと言うことは自覚している、しかし、瑠璃垣の悪意にひたすらに晒され、犯され、それでも「助けて」と振り絞って言った……だが、結果としては、助けはすぐには来なかった。そして、そのまま瑠璃垣の悪意に晒され続けた。


「旦那ァ……アンタはヒーローでしょう……誰かが助けを求めたら、絶対助け出す……そんな理想的なヒーローだ…」

黄島は奥歯を噛み締める。

「なのに……なのにッ!!何で俺の時には来てくれなかった!!!!」

「……ッ!!」

結果として、紅谷は黄島を助けに来たがそれは遅かった。


黄島は自身が最低な殺人鬼だと自覚している。しかし、彼は未だ自分のやった事に救いを求めていた。母親と義父をその手で刻んだあの日からずっと。彼は彼自身の『好奇心』によって、かろうじて一線を保っていた。それが悪い方向であれ、自分を繋ぎ止めていた。『それ』があったから、まだ瑠璃垣の悪意にも耐えられていた。

……しかし、今回は違った。

彼の『好奇心』すら封じられた状態で、彼は救いを求めた、「助けて」と。

そして、すぐに助けは来なかった。それが彼自身から溢れ出る『何か』を繋ぎ止めていたものを一気に崩壊させた。

『殺人鬼』に救いはない。

『悪役』に助けは来ない。

その事実が彼を、ギリギリで保っていたものを瓦解させてしまった。


「アンタはッ!ヒーローなのに!!俺は『殺人鬼』だからッ!『悪役』だからッ!助けなかったんだろう!!」

それは無責任とも取れる発言だった。自分でついて行っといて、「助けを呼んだから助けにこい」と言っているようなものだ。

それでも、今の黄島はそんな事を考えている余裕がなかった。


黄島の目は殺意で溢れている。紅谷は鉄塊刀を反転させて、平たくなっている刀身で黄島をはねとばす。

しかし、黄島は持ち前の運動神経を使い、空中で回転して綺麗に着地する。そして着地すると同時に床を蹴って、再び間合いを詰める。

(ナイフか!?)

紅谷はナイフを警戒し、その鉄塊刀で防ごうとするが、鉄塊刀に対して、黄島はナイフではなく、体重をのせた蹴りを放った。

「ぐ!?」

ナイフを受け止める気でいた紅谷は予想外の衝撃に耐えきれず、後ろに下がる。鉄塊刀を持ち直し、体勢を立て直そうとするが、黄島はするりと鉄塊刀を避けるように再び蹴りを放つ。

的確に脇腹を捉えた蹴りが紅谷に深く食い込む。

「がァっ!?」

紅谷は鉄塊刀を手放し、横に吹っ飛ぶ。

「……こんなもんか……俺を助けに来たとか言っておいて!こんなもんなのかァァァ!!」

黄島はもはや自分を見失っている。

壁にぶつかって、うなだれている紅谷目掛けてナイフを突き立て、突撃する。


助けに来なかったヒーローに引導を。


ガシュッ!と肉を抉る音が聞こえた。


しかし、それは紅谷がナイフを音だった。

「なァ!?」

紅谷は下を向いた状態でナイフを持っている手にさらに力を込める。


ブチブチブチッと筋繊維が鋭利なナイフによって引き裂かれていく……しかし、紅谷は手の力を緩める気配は無い。


「お前がかは分からない……」

紅谷は頭を上げ、黄島のその目を見据える。

「お前の中で何が崩れたのかは俺には分からない……」

彼は、立ち上がる。

「でも、お前を助けようという気持ちは変わらない」

彼は、黄島から奪い取る。そしてそれを傍らに捨てる。

カラン…とナイフが床に落ちる音が、嫌に鮮明に響く。


紅谷は額に巻かれていた包帯をシュルりと解き、自分の手から出た血で髪の毛をかきあげる。ベッタリした血は紅谷の髪の毛を固め、彼の額の傷を露わにする。


「こい、黄島。お前の溢れた何か、俺が受け止めてやる」



黄島は長年自分のしてきた事に救いを求めていた……彼はこの瞬間、彼の中で淀んでいた何かを吐き出す相手を見つけ、救われていたのかも知れない。


黄島はナイフを使わなかった。正確には、使うに気になれなかったのだ。


故にお互い徒手空拳で殴りあっていた訳だが、橙坂を一撃で吹っ飛ばしたり、鉄塊刀をブンブン振り回しているような相手にかなう訳がなかった。

まさに一撃。たった一撃で肺の空気を全て押し出される感覚に陥った。


黄島は床に大の字で倒れていた。紅谷はそれを覗き込むように立っている。

「……旦那ァ…俺は……」

紅谷は一息置いてから話し始める。

「俺が思うに、お前はオモチャでも人形でもない。お前は『好奇心』に突き動かされる、普通の『人間』だよ」

そういうと、紅谷はナイフで切れた右手を差し出す。

「お前の『好奇心』がどこまで行けるか、俺たちにまた見せてくれ」


黄島の顔はフードで隠れていたが、泣いているように見えた。

その手を取ったか取らなかったかは、言うまでも無かった。



「ひと段落ッスかねぇ~?」

「うむ、目的の人物は色々な意味で救われた。瑠璃垣も無力化に成功した。そして、こちらは誰1人死んでいない。充分以上の結果だろう」

翡翠は処刑針に付着した血を拭うと腰にさしこむ。

螺旋階段の上を見上げると、そこには手すりに体重を預けながら、珍しく力なく笑った銀咲がいた。彼女は遅効性の毒に犯されており、立つこともままならないはずなのだが、彼女に至っては、『銀咲だから』と言われれば納得出来てしまうような気もする。

傍らには、銀咲によって縛られた瑠璃垣が横たわっている。意識は無いが、縄が色んな所にくい込んで、年頃の男子が見れば性癖が歪んでしまいそうな程の艶めかしさがある。

「やれやれ……これで加虐趣味、ショタコンに加えて、マゾ属性までついたらほんとに救いよう無くなるな」

冗談とも本気とも取れない独り言をつぶやく。



「まぁ、とりあえず一件落着って感じかなー?まぁ、こんな感じで再開するとは思わなかったけど、俺は久呼ちゃんと出会えたしー」

「アンタ毎回人を吊し上げながら話してんじゃないわよ……」


瑠璃垣の奴隷たちも頭がやられたと知った瞬間、戦う気は失せたらしい。その場にうなだれる人や、逃げ出す人もいた。




「白石さ~ん、終わったッスよ~起きて~」

「ふにゃ~?あ、終わったの~」

緑川に揺すられると、白石は瞼を擦りながら起きた。こんな騒動の中で寝れるあたり、危機感が無いのか、余程空気が読めないのか、神経が図太いのか……とは言いつつ、彼女も紅谷の身を案じてここまで着いてきたのだ。『いつも通り』でいることで、紅谷に安心感を与えたかったのだろう。


「じゃあ、まぁその…何だ…帰るか」

「正確には戻るッスねぇ~」

「いいじゃん!カッコつけさせてよ!」

「旦那ァいつも通りね~」

「全く、こっちはチェンソー振り回してたのよ……」


そんな談笑している彼らをよそに、影から狙う奴がいた。








「デュフフふふふふふフフ………」

その時紅谷は、自分に銃口が向けられている事など、思いもしなかった………










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