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一章「ラビリンスゲーム」
命よりも
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朝は良い。今日と言う日を無事に迎えられた事を実感できるからね。
さて、今日は何をしようか?読書をしてもいいし、なんなら久々にカフェに行くのもいいかも知れない。あぁ、そうだ、そろそろ刃君を起こして……あぁ、いけないいけない、刃君は今いないのだったなぁ……う~ん、心配だね…ともあれ、言葉ちゃんは起こしてこなくては、あの子はどうも朝が苦手みたいだからね。
「う~ん、でも言葉ちゃんももう中学生だし、男の僕が勝手に入るのもねぇ~…」
と、言うわけで、オニオンスープを作って待ってようかな。言葉ちゃんは朝ごはんを欠かした事はないからね。香りにつられて起きて来るかな?
キッチンへ向かい、オニオンスープを作る。なぜこれなのか…っといった理由は特にない。
少ししてから部屋に良い香りが漂い始めた。すると、階段をトントン降りてくる音が聞こえてきた。半目開きに寝癖のついた状態で言葉はリビングに入ってきた。
「おはよ~ござまぁす…。朝はオニオンスープですかぁ~?」
……寝ぼけているのに、的確に当ててくるあたり流石だなぁ~……私の妹にそっくりだ……
「そうだよ。言葉ちゃんが起きてくるかな。っと思ってね」
にこやかに笑いながら彼は話す。
「ふむふむ、おじさんの作戦に引っかかりましたかぁ~。でもまぁ、相手がこれならやむなし」
言葉は椅子につくなりぼんやりと目を輝かせて、目の前の彼のスープを飲み始める。
言葉が学校にいったあと、彼は黒いトランクを持って外に出かける。
アスファルトには懸命に花が咲いており、空には鳥がさえずっている。うん、いい日だね。平和だ。
今日は仕事がないので、一日好きに過ごそうかと決めていたのだが、いざ、こうして外に出てみると、何をしようか迷ってしまう事がよくある。
「う~ん、久々に外に出たけど、どうしようかな」
特に何も考えず、見慣れた街を散歩していると、灰色のセダン車が止めてあるのが目についた。
「おや?」
セダンの向こう側からスーツをきた男女の2人組が歩いてくる。
「このあとは別の支部に行ってそこで、仕事だ。そのあとは紺道博士のところに『贈り物』だ」
「え、またあの人のところですか……」
「文句を言うな銅元。お前1人で歩いて行かせてもいいんだぞ。いいかげん免許をとれ。いつまで私に運転させる気だ」
「いやだって『処理課』にほぼ休みないじゃないですか!いつ取れと!?」
「有給使え」
「僕の有給自動車免許に費やされるんですか……」
「はは、新人君にその先輩ってトコかな?がんばれ新人君」
陰ながら新人君を応援したところで、一つよるべき場所が思い浮かんだ。
「そういえばあの店には、確か新人が入ったとか言ってたかな?うん、そこに向かってみよう」
しばらくご無沙汰だったが、寄ってみよう。
見慣れた街の風景を楽しみながら歩いていると、ちょうど目的の店が見えてきた。扉を開けると、カランころんとベルが音を立てる。
「いらっしゃいませ……ておやおや、久々じゃあないかい?」
エプロンをつけた若すぎず、かといって老けてもいない落ち着いた女性が彼に気がつく。
「やぁ、久々に一日空いてね。せっかくだから来てみたよ」
「へぇ~嬉しいこと言ってくれるじゃないか~?」
カウンターの台に肘をつきながらこの店のマスターは微笑む。
「さて、じゃあいつものを頼もうかな。あ、そうそう、君のところに新人が入ったそうじゃないか」
「はいはい、いつものね。それで、あなたはあの子を見に来たのかしら?」
あの子、とマスターが指さすと、そこにはショートヘアの女の子が懸命にコーヒーか何かを入れる練習をしていた。
「ふ~ん、私じゃなくてあの子に会いに来たんだぁ~?」
「はは、そんなつもりはないさ?」
しばらくすると、いつも通り上品なカップに良い香りのする紅茶が注がれて出された。
「にしても、あなた随分落ち着いたじゃない?」
「まぁねぇ、平和な日々が送れて何よりだよ」
彼は出された紅茶を一口飲むと、マスターに話しかける。
「君の方はどうなのさ?この店も繁盛しているかい?」
目の前のカウンターで相変わらず肘をつきながらマスターは答える。
「ま、常連のお客様はもちろんいらっしゃるわよ?ほら、私の目の前にも」
しっとりとした声でマスターは言う。
「そうかそうか、それは何よりだねぇ~」
「ところで、さっきから気になっていたのだけど」
と彼の話を遮るようにマスターが話しかける。
「そんなに大きいトランク抱えて歩いてたのかしら?」
マスターは彼の足元に置いてある荷物を指さして言う。
「はは、『どんな時も』備えは必要だろう?」
「ふ~ん。なら私も、私に何かあった時お店を閉ざさないために伴侶を備えなくちゃねぇ~?」
マスターは彼を見ながら言った。
「はは、よせよせ。私は独身貴族でいたいのさ」
「何よぅ、つれないわね~。お互い『逃げた者』同士じゃないの~」
「『抜けた』と言って欲しいものだね?」
彼は紅茶を続けて飲む。
「もう戻る気はないのかしら?勝利を約束されるカラス様?」
「ふふっやめてくれ、君こそ戻る気はないんだろう?」
ゆったりと時間が流れる。彼とマスターはお互いにしかわからないような話に花を咲かせていた。
彼は紅茶を飲み干し、トランクを持ってお店を出る支度をする。
「さて、かなり長いこと居座ってしまったね。姪が待ってると思うから私は帰るよ。また、来たときにでも口説いてみてくれよ」
「んもう、そんな気はないんでしょ?」
「ははっ、バレたか」
「まぁ、またいらっしゃい?『マユキ』」
「あぁ、また来るさ『タマヨ』」
外はもう暗くなっていた。
帰宅途中、彼の後をつける人影が二つあった。彼が家の近くにくると、2人は素早い動きで彼に近づく。
「ふむ?君たちは何かな?」
彼は振り返ることも無く、にこやかに話す。
「………引退したとはいえ、さすがだな」
「何、追いかけ方が雑だったからね?」
笑顔を崩さず彼は話すと、2人はほぼ同時に動き、1人は彼のこめかみに銃を突きつけ、1人は喉元にナイフを突きつけた。
「おやおや、随分物騒だねぇ?」
「一つだけ言う。まだ、私たちには貴方の力が必要だ。戻ってくる気はないのか」
「さてね?なんのことやら」
「とぼけるな!素性はわかっているんだ。朱常 繭紀(セキジョウ マユキ)……いや、『八咫烏』!!」
銃を突きつけている男が叫ぶ。
「……仮に僕みたいなのがそのナントヤラだとして、君たちはたった2人できたのかい?」
「ふん、そんなわけないだろう?」
と、その言葉が合図だったのか、周囲から一斉に黒いコートをきた男女がそれぞれの武器を朱常に突きつける。
「すまんが、拒否権はないと思ってもらいたい。武器もない貴方にこれだけの人数相手は無理だろう?」
「命より大事なものはないだろう?八咫烏。引退したとはいえ、その力は我々の誰よりも上回っている。その力をもう一度振るってみないか?」
「ちなみに、あなたがついてこなければ、あの家で寝ている子を殺すわ」
……やれやれ。
「確かに命より大事なものはないなぁ…」
「賢明な判断だ。だが、武器は突きつけたままにさせてもらう」
「ふ~む、なぁ、君。ずっと私に銃を突きつけているが……それには弾薬が入ってないぞ?しっかり確認してから人に向けないと…脅しにもならんよ?」
「……え?」
と、こめかみに突きつけられた銃の力が緩んだ途端、朱常は顔をのけぞらせて、ゴンと頭突きをする。その拍子にできた隙で、銃を掴み、パンパン!と近接武器を持った数人の足に向けて発砲する。
朱常は何事もなかったかのようにトランクまで歩くと、それを開く。ガチャガチャと言う音が少し響いたかと思うと、朱常はあっと言う間に全身に黒いローブを羽織っていた。そして手には、爪で引っかかれたようなデザインの仮面を持っていた。
「一つ言い忘れていたけど、確かに命より大事なものはないさ、でもそれと同等に大事なものがないとは……言ってないよ?」
すると、ゆっくりした動作で仮面をつける。右目は丸い模様、左目には3本の平行線の模様があった。右目からは静かに、だが鋭く殺気が溢れていた。
「さぁ、全力で、本気で、殺す気でくるといいよ。あの世じゃあ言い訳できないからね?」
ローブの中からゆっくりとした動作で、二本の十字の長剣をだす。剣は黒く塗られており、闇夜ではその形を見ることも難しい。
「や、やばい……に、にげっ……」
「いや、八咫烏も引退して弱くなっている!」
「逃げるな!戦え!」
「あ…あぁ…。終わりだぁ!」
それぞれがどよめき、戦う意思をもつ者もいれば、逃げ出そうとした者もいた。しかし、その十数人ほどの間を、風のように突っ切り、『彼』はふわりと着地する。
「私の姪が寝ているかもしれないんだ。すまないが、静かに息絶えてくれたまえ」
両手に持った十字の長剣をビュッ!と動かし、剣についた血を飛ばす。
「あ……が……」
「あえ?……おでの口どこいっ……」
「ご……ごご……?」
その途端、黒コートを着た連中は1人残らずあらゆる部位をすっぱりと斬られ、そのことに気が付かない者もいるまま、全員眠るように死んだ。
「はぁ、やれやれ……」
「ふ~ん、まだまだ現役じゃない?マユキ?」
声のする方を振り返ると、そこにはあの店のマスターが立っていた。
「全く、見ていたなら手伝ってくれてもよかったんじゃないかい?」
「いえいえ~?『八咫烏』様の戦績を汚したくなくて~」
「はぁ、すまないがこれの後片付けを頼むよ?」
「え~、あなたがやったんじゃないの~。なんで私なのよ」
「面倒だから」
「はぁ~あなたは本当、そういうところあるから嫌なのよ~」
「組織から抜ける時に、君は私が居なかったら死んでたんだよ?」
「はいはい、わかったわよ」
死体の処理をタマヨに任せ、家に入る。彼女なら何事もなかったようにしてくれるだろう。
「あぁ~兄~~、そこは危ないのです~……スピー……」
暗くなった部屋に2階から言葉ちゃんの寝言が響く。
「さて、私も寝ようかな」
朱常は一階の自室に入り、椅子に座る。
「……黒鴉……かぁ……」
彼が現役だった頃の黒鴉はそれこそ正義を具現化したような組織だった。しかし、ある企業が黒鴉に接触し、かなりの高額な契約金を出して、当時のリーダーはそれに了承してしまった。それ以来、組織はその企業の言いなりになってしまった。「正義の味方」であるべきだ、と言う朱常を含む極僅かなメンバーは組織を抜けようとしたが、朱常のような、組織の最終兵器のような強さをもつ彼に抜られる事を恐れた当時のリーダーは、彼ら少数派の抹殺にでた。しかし朱常がその追っ手を全員余す事なく切り捨て、少数派は生き残る事ができた。
それ以来、時々こうして狙われる事があったが、結果は全て朱常の圧勝に終わっている。
「……灰城か……」
組織を買収した企業の名前を口に出す。
「まぁ、私が何をしたところで、何も変わらないか」
朱常は当時一緒に逃げた仲間を思い出しながら、眠りについた。
さて、今日は何をしようか?読書をしてもいいし、なんなら久々にカフェに行くのもいいかも知れない。あぁ、そうだ、そろそろ刃君を起こして……あぁ、いけないいけない、刃君は今いないのだったなぁ……う~ん、心配だね…ともあれ、言葉ちゃんは起こしてこなくては、あの子はどうも朝が苦手みたいだからね。
「う~ん、でも言葉ちゃんももう中学生だし、男の僕が勝手に入るのもねぇ~…」
と、言うわけで、オニオンスープを作って待ってようかな。言葉ちゃんは朝ごはんを欠かした事はないからね。香りにつられて起きて来るかな?
キッチンへ向かい、オニオンスープを作る。なぜこれなのか…っといった理由は特にない。
少ししてから部屋に良い香りが漂い始めた。すると、階段をトントン降りてくる音が聞こえてきた。半目開きに寝癖のついた状態で言葉はリビングに入ってきた。
「おはよ~ござまぁす…。朝はオニオンスープですかぁ~?」
……寝ぼけているのに、的確に当ててくるあたり流石だなぁ~……私の妹にそっくりだ……
「そうだよ。言葉ちゃんが起きてくるかな。っと思ってね」
にこやかに笑いながら彼は話す。
「ふむふむ、おじさんの作戦に引っかかりましたかぁ~。でもまぁ、相手がこれならやむなし」
言葉は椅子につくなりぼんやりと目を輝かせて、目の前の彼のスープを飲み始める。
言葉が学校にいったあと、彼は黒いトランクを持って外に出かける。
アスファルトには懸命に花が咲いており、空には鳥がさえずっている。うん、いい日だね。平和だ。
今日は仕事がないので、一日好きに過ごそうかと決めていたのだが、いざ、こうして外に出てみると、何をしようか迷ってしまう事がよくある。
「う~ん、久々に外に出たけど、どうしようかな」
特に何も考えず、見慣れた街を散歩していると、灰色のセダン車が止めてあるのが目についた。
「おや?」
セダンの向こう側からスーツをきた男女の2人組が歩いてくる。
「このあとは別の支部に行ってそこで、仕事だ。そのあとは紺道博士のところに『贈り物』だ」
「え、またあの人のところですか……」
「文句を言うな銅元。お前1人で歩いて行かせてもいいんだぞ。いいかげん免許をとれ。いつまで私に運転させる気だ」
「いやだって『処理課』にほぼ休みないじゃないですか!いつ取れと!?」
「有給使え」
「僕の有給自動車免許に費やされるんですか……」
「はは、新人君にその先輩ってトコかな?がんばれ新人君」
陰ながら新人君を応援したところで、一つよるべき場所が思い浮かんだ。
「そういえばあの店には、確か新人が入ったとか言ってたかな?うん、そこに向かってみよう」
しばらくご無沙汰だったが、寄ってみよう。
見慣れた街の風景を楽しみながら歩いていると、ちょうど目的の店が見えてきた。扉を開けると、カランころんとベルが音を立てる。
「いらっしゃいませ……ておやおや、久々じゃあないかい?」
エプロンをつけた若すぎず、かといって老けてもいない落ち着いた女性が彼に気がつく。
「やぁ、久々に一日空いてね。せっかくだから来てみたよ」
「へぇ~嬉しいこと言ってくれるじゃないか~?」
カウンターの台に肘をつきながらこの店のマスターは微笑む。
「さて、じゃあいつものを頼もうかな。あ、そうそう、君のところに新人が入ったそうじゃないか」
「はいはい、いつものね。それで、あなたはあの子を見に来たのかしら?」
あの子、とマスターが指さすと、そこにはショートヘアの女の子が懸命にコーヒーか何かを入れる練習をしていた。
「ふ~ん、私じゃなくてあの子に会いに来たんだぁ~?」
「はは、そんなつもりはないさ?」
しばらくすると、いつも通り上品なカップに良い香りのする紅茶が注がれて出された。
「にしても、あなた随分落ち着いたじゃない?」
「まぁねぇ、平和な日々が送れて何よりだよ」
彼は出された紅茶を一口飲むと、マスターに話しかける。
「君の方はどうなのさ?この店も繁盛しているかい?」
目の前のカウンターで相変わらず肘をつきながらマスターは答える。
「ま、常連のお客様はもちろんいらっしゃるわよ?ほら、私の目の前にも」
しっとりとした声でマスターは言う。
「そうかそうか、それは何よりだねぇ~」
「ところで、さっきから気になっていたのだけど」
と彼の話を遮るようにマスターが話しかける。
「そんなに大きいトランク抱えて歩いてたのかしら?」
マスターは彼の足元に置いてある荷物を指さして言う。
「はは、『どんな時も』備えは必要だろう?」
「ふ~ん。なら私も、私に何かあった時お店を閉ざさないために伴侶を備えなくちゃねぇ~?」
マスターは彼を見ながら言った。
「はは、よせよせ。私は独身貴族でいたいのさ」
「何よぅ、つれないわね~。お互い『逃げた者』同士じゃないの~」
「『抜けた』と言って欲しいものだね?」
彼は紅茶を続けて飲む。
「もう戻る気はないのかしら?勝利を約束されるカラス様?」
「ふふっやめてくれ、君こそ戻る気はないんだろう?」
ゆったりと時間が流れる。彼とマスターはお互いにしかわからないような話に花を咲かせていた。
彼は紅茶を飲み干し、トランクを持ってお店を出る支度をする。
「さて、かなり長いこと居座ってしまったね。姪が待ってると思うから私は帰るよ。また、来たときにでも口説いてみてくれよ」
「んもう、そんな気はないんでしょ?」
「ははっ、バレたか」
「まぁ、またいらっしゃい?『マユキ』」
「あぁ、また来るさ『タマヨ』」
外はもう暗くなっていた。
帰宅途中、彼の後をつける人影が二つあった。彼が家の近くにくると、2人は素早い動きで彼に近づく。
「ふむ?君たちは何かな?」
彼は振り返ることも無く、にこやかに話す。
「………引退したとはいえ、さすがだな」
「何、追いかけ方が雑だったからね?」
笑顔を崩さず彼は話すと、2人はほぼ同時に動き、1人は彼のこめかみに銃を突きつけ、1人は喉元にナイフを突きつけた。
「おやおや、随分物騒だねぇ?」
「一つだけ言う。まだ、私たちには貴方の力が必要だ。戻ってくる気はないのか」
「さてね?なんのことやら」
「とぼけるな!素性はわかっているんだ。朱常 繭紀(セキジョウ マユキ)……いや、『八咫烏』!!」
銃を突きつけている男が叫ぶ。
「……仮に僕みたいなのがそのナントヤラだとして、君たちはたった2人できたのかい?」
「ふん、そんなわけないだろう?」
と、その言葉が合図だったのか、周囲から一斉に黒いコートをきた男女がそれぞれの武器を朱常に突きつける。
「すまんが、拒否権はないと思ってもらいたい。武器もない貴方にこれだけの人数相手は無理だろう?」
「命より大事なものはないだろう?八咫烏。引退したとはいえ、その力は我々の誰よりも上回っている。その力をもう一度振るってみないか?」
「ちなみに、あなたがついてこなければ、あの家で寝ている子を殺すわ」
……やれやれ。
「確かに命より大事なものはないなぁ…」
「賢明な判断だ。だが、武器は突きつけたままにさせてもらう」
「ふ~む、なぁ、君。ずっと私に銃を突きつけているが……それには弾薬が入ってないぞ?しっかり確認してから人に向けないと…脅しにもならんよ?」
「……え?」
と、こめかみに突きつけられた銃の力が緩んだ途端、朱常は顔をのけぞらせて、ゴンと頭突きをする。その拍子にできた隙で、銃を掴み、パンパン!と近接武器を持った数人の足に向けて発砲する。
朱常は何事もなかったかのようにトランクまで歩くと、それを開く。ガチャガチャと言う音が少し響いたかと思うと、朱常はあっと言う間に全身に黒いローブを羽織っていた。そして手には、爪で引っかかれたようなデザインの仮面を持っていた。
「一つ言い忘れていたけど、確かに命より大事なものはないさ、でもそれと同等に大事なものがないとは……言ってないよ?」
すると、ゆっくりした動作で仮面をつける。右目は丸い模様、左目には3本の平行線の模様があった。右目からは静かに、だが鋭く殺気が溢れていた。
「さぁ、全力で、本気で、殺す気でくるといいよ。あの世じゃあ言い訳できないからね?」
ローブの中からゆっくりとした動作で、二本の十字の長剣をだす。剣は黒く塗られており、闇夜ではその形を見ることも難しい。
「や、やばい……に、にげっ……」
「いや、八咫烏も引退して弱くなっている!」
「逃げるな!戦え!」
「あ…あぁ…。終わりだぁ!」
それぞれがどよめき、戦う意思をもつ者もいれば、逃げ出そうとした者もいた。しかし、その十数人ほどの間を、風のように突っ切り、『彼』はふわりと着地する。
「私の姪が寝ているかもしれないんだ。すまないが、静かに息絶えてくれたまえ」
両手に持った十字の長剣をビュッ!と動かし、剣についた血を飛ばす。
「あ……が……」
「あえ?……おでの口どこいっ……」
「ご……ごご……?」
その途端、黒コートを着た連中は1人残らずあらゆる部位をすっぱりと斬られ、そのことに気が付かない者もいるまま、全員眠るように死んだ。
「はぁ、やれやれ……」
「ふ~ん、まだまだ現役じゃない?マユキ?」
声のする方を振り返ると、そこにはあの店のマスターが立っていた。
「全く、見ていたなら手伝ってくれてもよかったんじゃないかい?」
「いえいえ~?『八咫烏』様の戦績を汚したくなくて~」
「はぁ、すまないがこれの後片付けを頼むよ?」
「え~、あなたがやったんじゃないの~。なんで私なのよ」
「面倒だから」
「はぁ~あなたは本当、そういうところあるから嫌なのよ~」
「組織から抜ける時に、君は私が居なかったら死んでたんだよ?」
「はいはい、わかったわよ」
死体の処理をタマヨに任せ、家に入る。彼女なら何事もなかったようにしてくれるだろう。
「あぁ~兄~~、そこは危ないのです~……スピー……」
暗くなった部屋に2階から言葉ちゃんの寝言が響く。
「さて、私も寝ようかな」
朱常は一階の自室に入り、椅子に座る。
「……黒鴉……かぁ……」
彼が現役だった頃の黒鴉はそれこそ正義を具現化したような組織だった。しかし、ある企業が黒鴉に接触し、かなりの高額な契約金を出して、当時のリーダーはそれに了承してしまった。それ以来、組織はその企業の言いなりになってしまった。「正義の味方」であるべきだ、と言う朱常を含む極僅かなメンバーは組織を抜けようとしたが、朱常のような、組織の最終兵器のような強さをもつ彼に抜られる事を恐れた当時のリーダーは、彼ら少数派の抹殺にでた。しかし朱常がその追っ手を全員余す事なく切り捨て、少数派は生き残る事ができた。
それ以来、時々こうして狙われる事があったが、結果は全て朱常の圧勝に終わっている。
「……灰城か……」
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