アンダーグラウンドゲーム

幽零

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一章「ラビリンスゲーム」

それぞれの過去(2)

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アタシは極々平凡な家庭に産まれた。強いて平凡じゃ無いことをあげれば、父がやたら格闘技術を教えてくることだろう。

幼い頃から何故か格闘技術を教えられ、中でも特に蹴り技を覚えさせられた。父曰く、「女の子も男より強ければ危険な目に会う確率は減る」だそうだ。

それと、おそらくもう1つ父には理由があった。私の『目』の事だろう。アタシの目を見て、『青眼の化け物』何て呼ぶ人もいた。周りの大人からは、珍しい物でも見るような目で見られた。父は日頃から気にしなくていい、言う奴には言わせておけ、と言ってくれた。


アタシが中学に上がった時だった。右目の色が違うことで周りから気味悪がられた。父から格闘技術を教えられた時についたアザも重なって、喋りかけてくる人は決して多くなかった。それにせっかく話しかけてくれても、周りからあの子はやめといた方が良いと吹き込まれ、離れていった。しかし、アタシのためを思って教えてくれた父を恨む気にもなれなかった。


……それでもアタシに話しかけてくる奴が1人居た。

「ねー、久呼(ヒサコ)ちゃんさー、なんで待ってんのに先帰っちゃうの?」

「……別にアタシを待つ必要アンタにはないでしょ」

そいつはいつも無気力で、やる気の無い目をしていた。そいつもアタシと同じく何故か気味悪がられて周りに友人の居ない奴だった。

「いやーひとりぼっち同士仲良くしようよー」

「…別にアタシと仲良くなる必要なんてないでしょ」

こうして毎度毎度冷たく返すのだが、コイツは何も思ってないのか、毎回こういう風に話しかけてくる。



時間は流れて、アタシは高校生になった。

「やー、久呼ちゃんおはよぉー」

「なんでアンタと同じ学校なのよ」

「いや、だって俺他に友達居ないもん。それにさ、ここ勉強しなくても入れると思ったからさ」

…アタシは寝る間も惜しんで勉強したってのに…頭にくる奴……


そんなこんなでコイツとは腐れ縁と言えなくもない仲になった。


そして高校2年生の秋、ある事件が起こる。

「ひ、久呼さん!…ぼ、僕と付き合ってくれないかな!?」

クラスでも人気で、彼の事を好きな女子は大勢居そうな感じのする男子に告白された。何でアタシなのよ……と、聞いてみたところ、何でも一匹狼な感じがカッコよかったから、らしい。

確かに人の良さそうな顔をしているが、誰とも付き合う気の無かったアタシはこの告白を断った。すると、案外あっさり引いてくれた。嫌がられてまで付き合いたくない、と。本当に良い奴なのだろう。

……ただ、これが問題の始まりだった。

次の日から女子生徒に嫌がらせをされるようになった。机に落書きされたり、私物が勝手にゴミ箱の中に入っていたりと、まぁなんと言うか幼い感じのする嫌がらせだった。

特に反応もせずに過ごすと、それが気に食わなかったのか、嫌がらせはエスカレートしていった。

それでも、特に反応することも動じることもなく過ごしていると、遂にリーダー格の女子が直接手を出てきた。


何故か給湯室に呼びされる、行く義理なんてないのだが、逃げたと思われるのもなんか癪なので、とりあえず行く事にした。

「来たわね、このクズが」

リーダー格の女子とその取り巻き2人が囲むように立つ。

「なんで、銅元(ドウモト)君はこんなやつ好きなったのよ!私の方がずっと先に好きだったのに!!」

アタシの顔を見るや否や、そいつはヒステリックに叫び始めた。

「なんだ嫉妬かよ、アタシに言うな。アイツに直接聞けば良いだろう?」

その態度が気に入らなかったのか、リーダー女子はギャアギャアわめき出した。しかし、お湯が沸騰する音を聞いて静かになると、アタシの顔を見てニヤリとする。その顔がウザかったので蹴り飛ばそうと思ったが、実はこの女子の親は地主だが何だが、とにかく社会的に偉い立場にいるらしい。コイツに手を挙げるとアタシだけでなく、父にも迷惑をかけてしまう。そう思って手は出さなかった。


すると、取り巻きの2人が上からアタシを押さえ込んだ。リーダー女子は話し始める。

「ねぇ…アンタさぁ、母親がいないんだってね?なんでもアンタを産むために死んだって言うじゃない?『化け物』のために死ぬなんてアンタのお母さんは気の毒ねぇ?」

そう言うと、リーダー格の女子はふつふつと沸騰したお湯の入っているヤカンを持ち上げる。

「アタシがアンタの母親の代わりに悪魔を浄化してやるわ!」

咄嗟に顔をそらしたので、右側だけにしかお湯はかからなかったが、それでも痛みと熱さに同時に襲われ、呼吸が乱れた。

「……アァァッ……」

「アハハっ!ざまぁないわ!」

そう言うとリーダー格の女子と取り巻きはそそくさと部屋から出ていった。


しばらくして、痛みがおさまると、保健室へ向かった。保健の先生には自分で転んだ際に誤ってヤカンを落としてしまったと説明した。

失明はしなかったものの、顔の右側に広範囲で火傷を負った。


その日は父にも保健の先生に言った事と同じ事を言い、遅くなる事を伝えた。


辺りは夕方になり、空はオレンジ色に染まっていた。

正門に歩いていると、見覚えのある影が見えた。

「………何でアンタが居んのよ」

「いやー、遅くなると危ないでしょー…ってわぁー、どうしたんそれ」

コイツにも説明するのか……まぁ、でもコイツにだけは本当の事を言っておこう。



「……って事があったのよ。ま、嫉妬ね。面倒ったらないわ」

「へぇ~…」

コイツはいつも無表情で無感情なのだが、この日は珍しく不機嫌そうな顔になった。まぁ、いつもの真顔とほとんど変わらないが。

「ねぇ、それ誰かに言ったら?」

「言ったところでどうせアイツのお家にもみ消されるわよ」

「ふぅ~ん……あ、しまった。忘れ物したー。ゴメンだけど先帰ってて良いよー」

「何よそれ…」

そう言うとソイツは教室の方へ向かって言った。

……あ、そう言えばアイツにあげた黒いヘッドホン……気に入ったのかしら?

アイツのカバンの中にそれが入っているのがチラリと見えた。長めに使っていたものだが、古くなったので買い換えた時にアイツに渡した物だ。

「…ま、気に入ってんなら良いか」

使い古しを渡すのはなんか嫌だったが、とりあえず気に入ってるのなら良しとしておく。

夕日に照らされた道をまっすぐに帰る。父は今頃心配しているだろう。






……時を同じくして、誰も居なくなった教室に3人の女子がいる。

「これでもう学校にも来れないねーアイツ」

「顔に火傷したし、銅元も嫌いになるんじゃない?」

「でもさ、どうする?今回のことバレたら?うちらやばくない?」

「あー、それは大丈夫よ、私の親がもみ消すから。それに…」

リーダー格の女子は土田の机や椅子に画鋲をばらまく。

「来たらきたでうちらで傷物にすればいーしね」

そう言うと彼女達はクスクスと笑った。



…そこへ、1人の男子生徒がゆらりと現れる。

「あー、やっぱり君たちかー…何となく最近久呼ちゃんの近くウロウロしてると思ってたけどさぁー…」

カギをかけていたはずの扉がバキンッと音を立てて外れ、『彼』はゆらゆら教室に入っていく。

「な、何よアンタ…」

「俺が何だって良いでしょー。その前にさぁ…君たち何してたの?その机に」

『彼』は3人に近付く。

「べ、別に何もしてないわよ!」

「ふーん」

そう言うと『彼』はリーダー格の女子の手を掴む。

「な、何よ!!」

『彼』がリーダー女子の腕を振ると、袖から画鋲の箱がボトリと出てきた。

「な、何よ…アンタには関係ないでしょ!」

『彼』は画鋲の箱をじーっと見つめると、無気力な顔で3人に言う。

「俺もさぁ…『化け物』とか言われててさぁ…」

そう言うと『彼』はリーダー女子の手を握る。すると、ボキボキッ!と音をたて、リーダー女子の指が不規則に曲がった。

「ギァァァァッ!」

「俺はさ、異常に腕の力…主に握力が人より強いんだって…だからさ、探してたんだよねー…」

そう言うと『彼』は夕日を浴びながら、珍しく笑った。

「『本気』で握手できる相手をさぁ」


夕日の指す教室に悲鳴が響く。





翌日、学校に行くと、女子3人とアイツの姿が見えなかった。なんでも女子の方は腕や指の骨が複雑骨折して、とても登校できる状態じゃないらしい。『彼』は『特別な事情』により、退学したらしい。


…その日から『彼』に会うことは無かった。




「……って事よ。これ話すのはアンタが最初で最後よ紅谷」

「お前も辛い過去があったんだな」

「別に同情なら要らないわ」

そう言うと、土田はぷいっと顔をそらした。

「喋りすぎて疲れたわね、アタシは寝るわ」

そう言うと、土田はソファに深く寄りかかり足を組んで目を閉じた。

「……俺も休むか、ここに来るまでに体力使ったからな」

紅谷も土田の隣で目を閉じる。時計が無いので適当に……1番早く起きたやつが起こしてくれるだろう。




高級ホテルのような部屋の隅っこでは、黒いヘッドホンをして目をつぶっている影があった。

「あの、夜透さん、起きてます?」

夜透は話しかけられるとゆっくり目を開けて答える。

「あれ?君はたしか…『7番』とか言われてた人かな?どうしたのー?」

「いや、瑠璃垣さんに夜透さんにアイテムを探して来いって伝えろと言われまして」

「そっかぁ、また俺かぁ…」

そう言うと夜透は、音楽の流れていないヘッドホンを外して外へ向かう。その途中、7番と呼ばれた男に話しかけられる。

「あの、なんで夜透さんはそんなものを大事に持ってるんですか?」

聞かれた夜透は振り返ると、僅かに笑って答えた。

「大事な物だからだよー」

一言言うと、夜透はヘッドホンを首にかけ、迷宮へと向かった。




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