15 / 68
一章「ラビリンスゲーム」
笑顔
しおりを挟む
壁と壁の隙間に隠れるようにある狭い通路をを奥に進んだところに非常口のような扉があった。扉には『NO.13』と書かれていた。13番非常口って事だろうか?
「ここだ、ここに蒼桐さんともう1人いる」
黒須さんは緑川を背負いながら扉を開ける。錆び付いているのか、ギィ…と耳障りな音を立てる。
「もう1人…ですか?」
「あぁ、まぁ蒼桐さんが死にかけのやつを連れてきたらしい」
「へぇ!蒼桐さんって人、優しいんですね!」
黒須さんの言葉に白石さんが反応する。しかし黒須さんは何故か難しい顔をした。
「あー…蒼桐さんは優しいと言うか…まぁ会えばわかると思うぜ」
黒須さんは何故か茶を濁した。
「な、なんか…ひ、秘密基地みたい…ですね…」
「そッスよね~、まぁこんな怪しい場所にあるっスからねぇ~」
「あ、いえ…素敵な雰囲気だな…って思って……」
桃井も歳の近そうな女子がいて少し緊張がほぐれた様子だ。
中に入ると、レンガ造りのような部屋だった。地味にソファや、テーブル、キッチンまであるので食料さえあれば十分立てこもれる場所だ。
「さて、俺は蒼桐さんを紅谷君に会わせるために説得してくる。それまではここでくつろいでいてくれ。緑川、何か食べ物と飲み物を出してあげろ」
指示された緑川は眠そうに床に転がりながら答えた。
「え~…黒須さんの指示でこの人たちに貴重な食料とかあげて、蒼桐さんに何か言われるのはヤダっスよ~?」
「その時は俺が怒られる」
その言葉を聞くと緑川はササッと立ち上がりキッチンにスタスタと歩いていく。先程までの眠そうな仕草は全く感じない。
「で、お客さん方は何が飲みたいっスか~?割と品揃え豊富っスから要望あれば答えるっス~!」
「お前…怒られないからって好き勝手すんなよ……」
「うい~ッス、程々にしとくッス~」
そう言うと黒須さんは部屋のさらに奥の扉に入って行った。見かけより広いらしい。
しばらくすると、全員分の紅茶が出された。しかし、何故か白石さんだけミルクティーだった。
「え、白石さん…何で1人だけミルクティーなんですか…」
「えー?だって要望があればーって緑川ちゃん言ってたじゃない」
「いやそうですけど…もう少し遠慮ってものが…」
会話を聞いていた緑川は再び眠そうにソファに寄りかかって話に入ってきた。
「あー、大丈夫ッスよ~遠慮しなくて。どうせ怒られるのは黒須さんッスから~」
緑川はヒラヒラと手のひらを振るとそのままぐでーっと深く寄りかかった。
「あの…所で…緑川さんはおいくつなんでしょう…か…?」
(桃井さんも最初よりかはだいぶ緊張が無くなってきたみたいだ。うん、やはり歳の近い子がいると安心するのだろうな)
桃井に年齢を聞かれた緑川はまだ眠そうに瞼をゴシゴシしながら答えた。
「あーウチッスか~?ウチは20ッスよ~」
その場にいた全員が凍りついた。
「わ~!このミルクティー美味しい~!」
……訂正、白石さん以外が凍りついた。
「え…俺より年上!?」
「おや~?赤毛君年下ッスか~。じゃ赤毛後輩君ッスね~?」
中学生だと思い込んでいた俺は衝撃を受けてしまった。
「え、え…え?えー!?」
聞いた桃井が1番驚いている。そりゃそうだろうな、自分と同じぐらいの身長の人がまさか年上だったなんて。
(桃井さんの身長は…150ぐらいかな?緑川さんはそれと同じか…下手したらそれより小さい……僕も危うく年下扱いするところだった…)
皆が衝撃を受ける中、白石さんだけはのんびりとミルクティーを飲んでいた。
「まぁ、ウチは低身長って感じっスからねぇ~。あ、ちなみに今はフリーターッス」
緑川さんは頭は良いが、眠くなってしまう『体質』が影響して、出席日数がギリギリだったらしい。何とか高校を卒業し、専門学生になったは良いが、例の『体質』のせいで授業に集中出来ず、結局一年で専門学校を辞め、フリーターとして暮らしていたらしい。
「あの~気になってたんですが、緑川さんは何でそんな『体質』なんでしょうか?」
気になって聞いてみると緑川さんはなぜだか嬉しそうな顔でニヤ~っとした。まぁ眠そうな顔なのは変わらないが。
「良いっスね~赤毛後輩君~。年上と分かった途端ちゃんと敬語になるのはいい事ッスよ~」
「あ……あの…すいません…」
「素直なのも良いっスね~。で、え~とウチの『体質』についてでしたっけ?ん~…ウチは説明が下手なんスよね~…」
緑川さんは眠そうにう~んと唸ると、何かを閃いたようで、閉じかけていた目を開いた。半開きだけど。
「そッスね~…じゃ赤毛後輩君、ウチの事殴ってみると良いっス~」
「は?いや、怪我しますよ?」
「大丈夫ッス~じゃウチの顔に当てることが出来たら貴重なエナジードリンク1本あげちゃうっス~♪」
「そんな貴重なものを簡単に貰っても大丈夫なのかい?紅谷君は緑川さんが思ってる以上に強いよ?」
紺道さんが不安そうな顔をすると、緑川さんは欠伸混じりの声で答えた。
「ふぁ~…大丈夫ッスよ~何かあったら黒須さんのせいにしとくッスから」
(黒須さん…絶対苦労してるだろうな……白石さんのマイペースの方が可愛く見えるぞ…)
「で、どうするッスか~?赤毛後輩君。こんな場所でエナドリなんて滅多に手に入らないッスよ~?」
「…わかりました。ただ怪我しても知りませんよ?緑川さん」
「それは心配しなくて良いっスよ~」
なにかにぶつけてしまうといけないと思い、少し広めのスペースでやる事にした。
「じゃ、行きます」
「ハイハイ~いつでも良いっスよ~」
緑川が言い終わるや否や、紅谷は自身が出せる最速の速度でストレートを放つ。橙坂を吹っ飛ばした、あの一撃だ。
…しかし緑川はそんな紅谷の渾身の一撃を難なく避けた。
「紅谷君のあの一撃を避けた!?」
紺道さんはありえないような顔をした。多分俺も今同じような顔になっているだろう。
紅谷は続けて同じ速度で2、3発殴るが、緑川はそれをヒョイヒョイと難なく避け続けた。
「あ、当たらない…」
「ね~?だから大丈夫って言ったじゃないっスか~」
緑川は眠そうな顔で笑いながら、フーッ疲れた~と再びソファに深く腰掛けた。
「…って凄いのはわかりましたけど、これと緑川さんの『体質』になんの関係があるんですか!」
「ん~?だから今その原因を披露したじゃないっスか~。あー…それとも伝わってない感じっスかね~?」
緑川は相変わらず眠そうに起き上がると、言葉で説明し始めた。
「ウチは昔っから目の前の物体の動き方を頭の中で勝手に計算しちゃうみたいなんスよ。まぁ、物理演算ってやつっスかね~?ウチの場合、それがなんか凄いもんだったみたいで、数秒の間なら高速同時物理演算が出来るみたいなんスよ。まぁ、簡単に言えば『短い間だけ未来予知が出来る』みたいなもんっスかね?それの影響で常にウチの脳は疲れてて、何故か糖分じゃ無くて睡眠を要求するようになったみたいっスね~」
……つまり、目の前の動きを全て計算してしまうから脳が疲労して、常に眠いと…?この人は人間なのか?
「ま、脳の要求が糖分じゃ無くて良かったスよ~。こんな所に甘いものなんて滅多にないでしょうッスから」
そう言うと、緑川さんは疲れたんで寝るっス~と言って、またソファにぐでーっとなるとスヤスヤと寝始めた。白石さん並に寝るのが早い…
少しすると、黒須さんが奥の扉から戻ってきた。
「すまない、少し時間がかかった。紅谷君、付いてきてくれ」
黒須さんに言われて立ち上がると、白石さんと一緒に立ち上がった。
「あ、じゃあ私も行くー!」
「あ、すまない。蒼桐さんからは紅谷君だけしか入れてはいけないって言われてるんだ。白石さんはすまないがここで待っててくれ」
「えー…私も会いたかったのに~」
白石さんはムゥ~…と唸っていたが、諦めてミルクティーの残りを飲み始めた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
遂に黒須さん達のリーダーである、蒼桐という人物に会える。聞いた限り、死にかけの人を助ける優しい人みたいだが、黒須さんの反応を見るに、ただの『優しい』人ではないだろう…気を引き締めて行くか。
部屋の1番奥のさらに奥に扉があった。どういう作りの部屋なのだろう…
黒須さんはその扉をノックすると、声をかけた。
「蒼桐さん、黒須です。紅谷君を連れてきました」
すると扉越しに、優しい声が聞こえてきた。
「あぁ、来たのかい?入るといいよ」
扉を開けようとすると、黒須さんが小声で話しかけてきた。
「それじゃあ、有意義になるといいな」
そう言うと黒須さんは来た道をもどって行った。
扉を開け、中に入る。中は何もない無機質なコンクリートで出来た小さな部屋で、真ん中に椅子が二つと隅の方に簡易ベットだけしかない部屋だった。
蒼桐さんは真ん中の椅子に腰掛けていた。
「さて、君が紅谷君かな?まずは黒須君と緑川君のこと、お礼を言いたい。彼らを助けてくれたんだってね?」
とても穏やかで安心出来る声が室内に響く。
蒼桐さんはタンクトップに深緑の薄いコートをはおり、兵隊がかぶっているような帽子を深くかぶっていた。顔立ちは若く、整っているが、仕草は厳かで年齢をさし測るのが難しい。そして、座っている椅子には刀が立て掛けられいた。信用はされていないと言うことだろう。
「はい、俺が紅谷です。黒須さん達からお話を聞き、1度会いたいと思いました」
そう言うと、蒼桐さんは自分の前にある椅子を指さした。
「まぁ、座ると良いよ」
言われた通りに椅子に腰掛ける。
「それで?君は僕に何を聞きたいのかな?」
蒼桐さんはニコリと笑顔になった。ただ、俺はその笑顔に寒気を覚えた。どこか人すら殺せそうな笑顔に俺は寒気が止まらなかった。
「いや…えと……蒼桐さんはそれで目を開いてるんですか?」
すごい間抜けな事を聞いてしまったが、背筋に走る悪寒を精一杯抑えていて、他に何も思いつかなかった。
「おや、最初の質問がそれかい?フフッ…あぁ、すまないね、馬鹿にした訳じゃないよ?僕はこれでもちゃんと目は開いてるんだ。まわりからはよく寝てるのか起きてるのか分からないと言われたね」
蒼桐さんはフフっと静かに笑った。
「それじゃあ、僕も君に聞いていいかな?」
「は、はい、何でしょう?」
蒼桐さんは少し間をおいて聞いてきた。
「君は自分の生死を分ける瞬間に咄嗟に動ける人間かな?」
…生死を分ける瞬間?自分が死にかける時って事か?
「…はい、俺はここに連れてこられる前、額を切りつけられ死にかけました。もう一度同じ事になるとしたら、俺はその死にかけるかもしれない瞬間に動けると思います」
答えると蒼桐さんはふむ、と小さく唸った。
すると突然喉元を刀が貫いた。蒼桐さんの横にあったはずの刀が反応もできない速度で飛んできた…!?俺は死んだのか………?喉元から冷たい感触が広がっていく……
……いや、本当に俺は刺されているのか…?額を切られたあの時は、もっと冷たく、そして熱かったはず……
「…………ッハァ!!?……ハァ…ハァ…」
「ほう、これで気を失わないとは…君は本当に死にかけた事があるみたいだ」
自分の喉をみると、刀は刺さっておらず、今も蒼桐さんの横に立てかけてあった。動悸がおさまらず、全身から嫌な汗が吹き出した。息はまだ整のっていない。
「ハァ…蒼桐…さん?…一体何を……?」
蒼桐さんは手のひらを合わせて申し訳なさそうにした。
「いやぁ、すまないね。君が本当に死にかけた事があるか試しておきたかったんだ。今僕は君に対して殺気を飛ばしてみたんだ。言わば、死の疑似体験だね。ただ、本当に死にかけたりした人間は『嘘の死』が通用しない。君が耐えられたのは『嘘の死』に違和感を覚えたからなんだよ」
…確かにあの時、喉に刺さった感触に多少の違和感が芽生えた。あの時の感覚はもっと寒く、熱かった。
「自身の死に直面して咄嗟に動ける人間は本当にひと握りだよ。僕の殺気で気を失わなかった君は強い人間だね」
蒼桐さんは満足そうに話すと、椅子に深く腰掛けた。
「さて、君が強い人間である事は分かった。それだけで僕は満足かな。さて、ここからは君が僕に聞きたいことを聞くといいよ」
そう言うと、蒼桐さんは再び穏やかな顔になった。
(もう少し話したかったが、この人の雰囲気に飲まれて、何も思い付かない…)
「あ、このぐらいで大丈夫です…何か今はもう体調が…」
「そうか、じゃあ少し休んでまた来ると良いよ」
蒼桐さんは終始笑顔だったが、その度に寒気を覚えた。平気で人を殺せる人間は、案外こういう人なのかもしれない…
「それじゃ…すいません、お言葉に甘えて体調が整ったらまた来ます…」
「うん、君との会話は有意義になりそうだから、是非そうして貰いたいね」
蒼桐さんの部屋をあとにして、先程のテーブルのある部屋に戻ってきた。
戻って来るとそこには黒須さん以外の人が見当たらなかった。
「おぉ?大丈夫か?紅谷君…顔色があんまり良くないような…?」
黒須さんは心配そうによってきてくれた。
「……ほかのみんなは?」
「あぁ、疲れてたみたいだから寝室に案内したよ。今頃はもう寝てるんじゃないかな?」
どうやら俺が蒼桐さんと話している間に黒須さん以外の人はみんな寝てしまったらしい。
「黒須さん……」
「ん?なんだい?」
「蒼桐さんって……『優しい』とは違う気がします…」
そう言うと、黒須さんはものすごい同情したような顔になり、肩をポンっと叩いてこう言った。
「……だろ?」
冷や汗は、まだ止まらなかった。
「ここだ、ここに蒼桐さんともう1人いる」
黒須さんは緑川を背負いながら扉を開ける。錆び付いているのか、ギィ…と耳障りな音を立てる。
「もう1人…ですか?」
「あぁ、まぁ蒼桐さんが死にかけのやつを連れてきたらしい」
「へぇ!蒼桐さんって人、優しいんですね!」
黒須さんの言葉に白石さんが反応する。しかし黒須さんは何故か難しい顔をした。
「あー…蒼桐さんは優しいと言うか…まぁ会えばわかると思うぜ」
黒須さんは何故か茶を濁した。
「な、なんか…ひ、秘密基地みたい…ですね…」
「そッスよね~、まぁこんな怪しい場所にあるっスからねぇ~」
「あ、いえ…素敵な雰囲気だな…って思って……」
桃井も歳の近そうな女子がいて少し緊張がほぐれた様子だ。
中に入ると、レンガ造りのような部屋だった。地味にソファや、テーブル、キッチンまであるので食料さえあれば十分立てこもれる場所だ。
「さて、俺は蒼桐さんを紅谷君に会わせるために説得してくる。それまではここでくつろいでいてくれ。緑川、何か食べ物と飲み物を出してあげろ」
指示された緑川は眠そうに床に転がりながら答えた。
「え~…黒須さんの指示でこの人たちに貴重な食料とかあげて、蒼桐さんに何か言われるのはヤダっスよ~?」
「その時は俺が怒られる」
その言葉を聞くと緑川はササッと立ち上がりキッチンにスタスタと歩いていく。先程までの眠そうな仕草は全く感じない。
「で、お客さん方は何が飲みたいっスか~?割と品揃え豊富っスから要望あれば答えるっス~!」
「お前…怒られないからって好き勝手すんなよ……」
「うい~ッス、程々にしとくッス~」
そう言うと黒須さんは部屋のさらに奥の扉に入って行った。見かけより広いらしい。
しばらくすると、全員分の紅茶が出された。しかし、何故か白石さんだけミルクティーだった。
「え、白石さん…何で1人だけミルクティーなんですか…」
「えー?だって要望があればーって緑川ちゃん言ってたじゃない」
「いやそうですけど…もう少し遠慮ってものが…」
会話を聞いていた緑川は再び眠そうにソファに寄りかかって話に入ってきた。
「あー、大丈夫ッスよ~遠慮しなくて。どうせ怒られるのは黒須さんッスから~」
緑川はヒラヒラと手のひらを振るとそのままぐでーっと深く寄りかかった。
「あの…所で…緑川さんはおいくつなんでしょう…か…?」
(桃井さんも最初よりかはだいぶ緊張が無くなってきたみたいだ。うん、やはり歳の近い子がいると安心するのだろうな)
桃井に年齢を聞かれた緑川はまだ眠そうに瞼をゴシゴシしながら答えた。
「あーウチッスか~?ウチは20ッスよ~」
その場にいた全員が凍りついた。
「わ~!このミルクティー美味しい~!」
……訂正、白石さん以外が凍りついた。
「え…俺より年上!?」
「おや~?赤毛君年下ッスか~。じゃ赤毛後輩君ッスね~?」
中学生だと思い込んでいた俺は衝撃を受けてしまった。
「え、え…え?えー!?」
聞いた桃井が1番驚いている。そりゃそうだろうな、自分と同じぐらいの身長の人がまさか年上だったなんて。
(桃井さんの身長は…150ぐらいかな?緑川さんはそれと同じか…下手したらそれより小さい……僕も危うく年下扱いするところだった…)
皆が衝撃を受ける中、白石さんだけはのんびりとミルクティーを飲んでいた。
「まぁ、ウチは低身長って感じっスからねぇ~。あ、ちなみに今はフリーターッス」
緑川さんは頭は良いが、眠くなってしまう『体質』が影響して、出席日数がギリギリだったらしい。何とか高校を卒業し、専門学生になったは良いが、例の『体質』のせいで授業に集中出来ず、結局一年で専門学校を辞め、フリーターとして暮らしていたらしい。
「あの~気になってたんですが、緑川さんは何でそんな『体質』なんでしょうか?」
気になって聞いてみると緑川さんはなぜだか嬉しそうな顔でニヤ~っとした。まぁ眠そうな顔なのは変わらないが。
「良いっスね~赤毛後輩君~。年上と分かった途端ちゃんと敬語になるのはいい事ッスよ~」
「あ……あの…すいません…」
「素直なのも良いっスね~。で、え~とウチの『体質』についてでしたっけ?ん~…ウチは説明が下手なんスよね~…」
緑川さんは眠そうにう~んと唸ると、何かを閃いたようで、閉じかけていた目を開いた。半開きだけど。
「そッスね~…じゃ赤毛後輩君、ウチの事殴ってみると良いっス~」
「は?いや、怪我しますよ?」
「大丈夫ッス~じゃウチの顔に当てることが出来たら貴重なエナジードリンク1本あげちゃうっス~♪」
「そんな貴重なものを簡単に貰っても大丈夫なのかい?紅谷君は緑川さんが思ってる以上に強いよ?」
紺道さんが不安そうな顔をすると、緑川さんは欠伸混じりの声で答えた。
「ふぁ~…大丈夫ッスよ~何かあったら黒須さんのせいにしとくッスから」
(黒須さん…絶対苦労してるだろうな……白石さんのマイペースの方が可愛く見えるぞ…)
「で、どうするッスか~?赤毛後輩君。こんな場所でエナドリなんて滅多に手に入らないッスよ~?」
「…わかりました。ただ怪我しても知りませんよ?緑川さん」
「それは心配しなくて良いっスよ~」
なにかにぶつけてしまうといけないと思い、少し広めのスペースでやる事にした。
「じゃ、行きます」
「ハイハイ~いつでも良いっスよ~」
緑川が言い終わるや否や、紅谷は自身が出せる最速の速度でストレートを放つ。橙坂を吹っ飛ばした、あの一撃だ。
…しかし緑川はそんな紅谷の渾身の一撃を難なく避けた。
「紅谷君のあの一撃を避けた!?」
紺道さんはありえないような顔をした。多分俺も今同じような顔になっているだろう。
紅谷は続けて同じ速度で2、3発殴るが、緑川はそれをヒョイヒョイと難なく避け続けた。
「あ、当たらない…」
「ね~?だから大丈夫って言ったじゃないっスか~」
緑川は眠そうな顔で笑いながら、フーッ疲れた~と再びソファに深く腰掛けた。
「…って凄いのはわかりましたけど、これと緑川さんの『体質』になんの関係があるんですか!」
「ん~?だから今その原因を披露したじゃないっスか~。あー…それとも伝わってない感じっスかね~?」
緑川は相変わらず眠そうに起き上がると、言葉で説明し始めた。
「ウチは昔っから目の前の物体の動き方を頭の中で勝手に計算しちゃうみたいなんスよ。まぁ、物理演算ってやつっスかね~?ウチの場合、それがなんか凄いもんだったみたいで、数秒の間なら高速同時物理演算が出来るみたいなんスよ。まぁ、簡単に言えば『短い間だけ未来予知が出来る』みたいなもんっスかね?それの影響で常にウチの脳は疲れてて、何故か糖分じゃ無くて睡眠を要求するようになったみたいっスね~」
……つまり、目の前の動きを全て計算してしまうから脳が疲労して、常に眠いと…?この人は人間なのか?
「ま、脳の要求が糖分じゃ無くて良かったスよ~。こんな所に甘いものなんて滅多にないでしょうッスから」
そう言うと、緑川さんは疲れたんで寝るっス~と言って、またソファにぐでーっとなるとスヤスヤと寝始めた。白石さん並に寝るのが早い…
少しすると、黒須さんが奥の扉から戻ってきた。
「すまない、少し時間がかかった。紅谷君、付いてきてくれ」
黒須さんに言われて立ち上がると、白石さんと一緒に立ち上がった。
「あ、じゃあ私も行くー!」
「あ、すまない。蒼桐さんからは紅谷君だけしか入れてはいけないって言われてるんだ。白石さんはすまないがここで待っててくれ」
「えー…私も会いたかったのに~」
白石さんはムゥ~…と唸っていたが、諦めてミルクティーの残りを飲み始めた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
遂に黒須さん達のリーダーである、蒼桐という人物に会える。聞いた限り、死にかけの人を助ける優しい人みたいだが、黒須さんの反応を見るに、ただの『優しい』人ではないだろう…気を引き締めて行くか。
部屋の1番奥のさらに奥に扉があった。どういう作りの部屋なのだろう…
黒須さんはその扉をノックすると、声をかけた。
「蒼桐さん、黒須です。紅谷君を連れてきました」
すると扉越しに、優しい声が聞こえてきた。
「あぁ、来たのかい?入るといいよ」
扉を開けようとすると、黒須さんが小声で話しかけてきた。
「それじゃあ、有意義になるといいな」
そう言うと黒須さんは来た道をもどって行った。
扉を開け、中に入る。中は何もない無機質なコンクリートで出来た小さな部屋で、真ん中に椅子が二つと隅の方に簡易ベットだけしかない部屋だった。
蒼桐さんは真ん中の椅子に腰掛けていた。
「さて、君が紅谷君かな?まずは黒須君と緑川君のこと、お礼を言いたい。彼らを助けてくれたんだってね?」
とても穏やかで安心出来る声が室内に響く。
蒼桐さんはタンクトップに深緑の薄いコートをはおり、兵隊がかぶっているような帽子を深くかぶっていた。顔立ちは若く、整っているが、仕草は厳かで年齢をさし測るのが難しい。そして、座っている椅子には刀が立て掛けられいた。信用はされていないと言うことだろう。
「はい、俺が紅谷です。黒須さん達からお話を聞き、1度会いたいと思いました」
そう言うと、蒼桐さんは自分の前にある椅子を指さした。
「まぁ、座ると良いよ」
言われた通りに椅子に腰掛ける。
「それで?君は僕に何を聞きたいのかな?」
蒼桐さんはニコリと笑顔になった。ただ、俺はその笑顔に寒気を覚えた。どこか人すら殺せそうな笑顔に俺は寒気が止まらなかった。
「いや…えと……蒼桐さんはそれで目を開いてるんですか?」
すごい間抜けな事を聞いてしまったが、背筋に走る悪寒を精一杯抑えていて、他に何も思いつかなかった。
「おや、最初の質問がそれかい?フフッ…あぁ、すまないね、馬鹿にした訳じゃないよ?僕はこれでもちゃんと目は開いてるんだ。まわりからはよく寝てるのか起きてるのか分からないと言われたね」
蒼桐さんはフフっと静かに笑った。
「それじゃあ、僕も君に聞いていいかな?」
「は、はい、何でしょう?」
蒼桐さんは少し間をおいて聞いてきた。
「君は自分の生死を分ける瞬間に咄嗟に動ける人間かな?」
…生死を分ける瞬間?自分が死にかける時って事か?
「…はい、俺はここに連れてこられる前、額を切りつけられ死にかけました。もう一度同じ事になるとしたら、俺はその死にかけるかもしれない瞬間に動けると思います」
答えると蒼桐さんはふむ、と小さく唸った。
すると突然喉元を刀が貫いた。蒼桐さんの横にあったはずの刀が反応もできない速度で飛んできた…!?俺は死んだのか………?喉元から冷たい感触が広がっていく……
……いや、本当に俺は刺されているのか…?額を切られたあの時は、もっと冷たく、そして熱かったはず……
「…………ッハァ!!?……ハァ…ハァ…」
「ほう、これで気を失わないとは…君は本当に死にかけた事があるみたいだ」
自分の喉をみると、刀は刺さっておらず、今も蒼桐さんの横に立てかけてあった。動悸がおさまらず、全身から嫌な汗が吹き出した。息はまだ整のっていない。
「ハァ…蒼桐…さん?…一体何を……?」
蒼桐さんは手のひらを合わせて申し訳なさそうにした。
「いやぁ、すまないね。君が本当に死にかけた事があるか試しておきたかったんだ。今僕は君に対して殺気を飛ばしてみたんだ。言わば、死の疑似体験だね。ただ、本当に死にかけたりした人間は『嘘の死』が通用しない。君が耐えられたのは『嘘の死』に違和感を覚えたからなんだよ」
…確かにあの時、喉に刺さった感触に多少の違和感が芽生えた。あの時の感覚はもっと寒く、熱かった。
「自身の死に直面して咄嗟に動ける人間は本当にひと握りだよ。僕の殺気で気を失わなかった君は強い人間だね」
蒼桐さんは満足そうに話すと、椅子に深く腰掛けた。
「さて、君が強い人間である事は分かった。それだけで僕は満足かな。さて、ここからは君が僕に聞きたいことを聞くといいよ」
そう言うと、蒼桐さんは再び穏やかな顔になった。
(もう少し話したかったが、この人の雰囲気に飲まれて、何も思い付かない…)
「あ、このぐらいで大丈夫です…何か今はもう体調が…」
「そうか、じゃあ少し休んでまた来ると良いよ」
蒼桐さんは終始笑顔だったが、その度に寒気を覚えた。平気で人を殺せる人間は、案外こういう人なのかもしれない…
「それじゃ…すいません、お言葉に甘えて体調が整ったらまた来ます…」
「うん、君との会話は有意義になりそうだから、是非そうして貰いたいね」
蒼桐さんの部屋をあとにして、先程のテーブルのある部屋に戻ってきた。
戻って来るとそこには黒須さん以外の人が見当たらなかった。
「おぉ?大丈夫か?紅谷君…顔色があんまり良くないような…?」
黒須さんは心配そうによってきてくれた。
「……ほかのみんなは?」
「あぁ、疲れてたみたいだから寝室に案内したよ。今頃はもう寝てるんじゃないかな?」
どうやら俺が蒼桐さんと話している間に黒須さん以外の人はみんな寝てしまったらしい。
「黒須さん……」
「ん?なんだい?」
「蒼桐さんって……『優しい』とは違う気がします…」
そう言うと、黒須さんはものすごい同情したような顔になり、肩をポンっと叩いてこう言った。
「……だろ?」
冷や汗は、まだ止まらなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜
西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。
彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。
亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。
罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、
そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。
「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」
李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。
「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」
李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
化想操術師の日常
茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。
化想操術師という仕事がある。
一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。
化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。
クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。
社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。
社員は自身を含めて四名。
九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。
常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。
他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。
その洋館に、新たな住人が加わった。
記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。
だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。
たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。
壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。
化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。
野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい
どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。
記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。
◆登場人物
・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。
・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。
・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる