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穢神戦争編
79話
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筆舌しがたい状況であることはわかる。
フヌゥムはまさに鬼神の如き強さを見せていた。
「んにぃ~…あ、提案~!」
「……なんですか花車、僕は今奴の隙を見つけるのに忙しいんですが」
「アイツをノックダウンさせるのってどう?」
「…また、突拍子もない事を言いますが…」
「あら、でも面白そうじゃない?やってみましょうよ御影」
「……姉さんがそう言うなら」
「…私は式神で援護ですかね」
「貴方も乗るとは驚きですが……」
「……屈辱な事に、あの野蛮人に影響されたのでしょう」
「んじゃ~とりあえずワンダウン狙うってことで!」
(満身創痍なんですが…)
フヌゥムは大鉈を振りかぶり始めに真陽に狙いを定めた。しかし、『死者の園』で召喚された腕やら脚やらがフヌゥムに向かっていく。
「ほう…其方、珍しいな」
「私に触れて良いのは谷透様だけですので。あぁ、穢らわしい」
「そうか、想い人がいるのだな」
フヌゥムはとんでも無い速度で鉈を振り回し、四肢を捌く。
「……だが、諦めて貰おう」
一瞬の隙を突いて腕をかわすと、音と同速で真陽に向かっていく。
(この者を屠るだけなら二割もいらんな)
焦るな、先ずは1人。
そこでふと、フヌゥムの思考が止まる。
………何故、笑っている?
ぐさり。
「……ッ…」
フヌゥムは視線を下にすると、そこにはおどろおどろしい波紋の浮かんだ刀を、こちらの足に刺している死人のような顔付きの男がいた。
「あら御影、そこにいたのね」
「えぇまぁ。姉さんの考えてる事は大体わかるので」
「……気配を消していたのか」
フヌゥムが腕を使って御影を殴ろうとするが、それより速く御影は刀…斬鉄剣を引き抜いて下がる。
「……ほう…」
途中まで目で追っていたはずだが、消えた。
「よそ見注意だってにぃ~!!」
「……ヌッ…」
ガコンッと大斧が膝目掛けて飛んでくる。
片足に命中し、フヌゥムは体勢を崩す。
「そーれッ」
見逃す真陽では無い。すかさず腕を上から召喚し押しつぶす。
体勢を崩していたフヌゥムは反応が一瞬遅れ、その隙に質量攻撃をくらってしまった。
しかし……
「ぬぅっ!」
押しつぶされていたフヌゥムは片手でそれら全てを持ち上げて押し返しながら立ち上がった。
「あら?足りなかったかしら?」
「……持ち上げるだけなら、三割も要らん」
「でも両手使えないよにぃ~?ちゃーんす!!」
花車がフヌゥムに音と同速で向かっていく。フヌゥムは片手で巨岩の大鉈を持ち、片手で真陽の四肢を受け止めているので、両手が塞がっているのだ。
「……甘い」
フヌゥムは立った状態で、片足を地面に突き刺し、その足を持ち上げる。そして抉った地面ごと蹴り飛ばしてきた。
「グギッッ!!?」
直線で加速していた花車は、土手っ腹に直撃。そのまま勢いで弾き飛ばされる。
「良い連携だ。人の身でなせる領域を軽く越え始めているな」
フヌゥムは抉った地面に足を添えて、続ける。
「数多くの武人に敬意を。そして……」
足を蹴り上げて、地面ごと吹っ飛ばす。真陽の視界が遮られる。
「……どこに…」
フッと、真横にフヌゥムが現れる。大鉈を振りかぶって。
「そして、別れを告げよう」
「姉さ…ッッ!!」
庇った御影ごと弾き飛ばし、真陽もろとも吹っ飛ばされる。
壁に衝突するが、御影が庇ったおかげか真陽のダメージは少なかった。
「御影ッ!御影ッッ!」
「姉さん、僕は大丈夫ですが……」
視線の先の斬鉄剣は、折れてしまっていた。
(魔淵の技術も…ここまでですか……)
「姉弟愛…と言うものか……此方には眩く見える」
フヌゥムが歩み、2人の前に立つ。
「……惜しいが、ここまでだ」
巨岩の大鉈を振りあげ…そして……
バッと、横から風切が入る。
(トドメの大振り……直線距離。回避不能…)
手元には、一切れの和紙。
「『雷虎』ッッ!!」
パリッと静電気がはしった後、和紙を引き裂いて帯電する虎が飛び出る。
「……ヌッ!?」
フヌゥムは初めて焦りを見せた。
バチィッ!!と突進が直撃する。
(『焔鴉』も『潮龍』も、私の力ではもう召喚できない……『潮龍』が出せれば……)
《やれやれ、頑丈な神だな》
「……驚いた。其方、話せるのだな」
チラリと風切に視線を移す。
肩で息をしており、膝も震えている。あろうことが鼻から血まで出ていた。
「……成程、其方は常人とはかけ離れた方法を使っているな」
(……見破られたか……)
師との戦いの際、『潮龍』を召喚した時のダメージが抜けていない。あれは水を媒介に召喚した龍。しかし、その強大さ故に術者への負担が半端ない。理論構築した式神故、通常の式神とは何もかも異質。
『潮龍』はその特質上、召喚している間術者本人の塩分濃度が上昇し続けるデメリットがあった。風切はあの戦いの最中、内側から徐々に体を破壊されていた。
そして、調伏過程を保留にした2回目の『雷虎』
身体への負担は決定的なものとなり……
故に、直撃するタイミングで『雷虎』を放つ必要があった。
どしゃりと、膝から崩れ落ちる風切。
「……先に其方から始めるとしよう」
フヌゥムの手が風切に延びようとした瞬間、再び大斧がフヌゥムの体を掠める。
振り返ると、そこには腹と頭から血を流しながら、花車が威風堂々立っていた。
「まだ…終わって無いんだよにぃ~…」
フシュ~ルルル……と、蒸気機関が排熱するような音で呼吸する花車。
「……見事だが…」
フヌゥムは、一瞬で立っている花車の背後に回り込むと裏拳で殴る。
「今の其方は二割すら要せぬ。もう良い。もう其方達は充分奮闘した」
どしゃっと地べたに倒れる花車。
「……よもやここまでとは…」
フヌゥムは目元を覆っている帯をさする。
(…これを出すか此方が迷ったのは何百年ぶりだろうか…)
すると……チッと何かが目元を覆う帯を掠めていった。
フヌゥムがバッと振り向く。どうやら先ほど倒した男が這いつくばりながらこちらにクナイをなげて来たらしい。
「やれやれ…一矢報いてやろうと思ってたんですがな…掠めただけになっちまった…」
四方が死力を尽くして投げたクナイは、目を貫くに至らず。
「ずっと隠してるから…何かあるんじゃあねぇかと思ってたんですがね」
ボロボロの男は、よろよろと立ち上がる。
帯が切れ、するりと落ちる。するとフヌゥムは慌てて目元を手で覆った。
「……ぬぅ」
「やっぱそこがぁ弱点ですかい?ハハっようやく一手ってなもんで」
「………これは…此方は使わぬと、そう決めていた…だが…」
フヌゥムは眼を覆っていた手を動かす。
「……今こそ、其方に語ろう」
フヌゥムは手をどかすと、眼を閉じた状態で四方の正面に立つ。
「始めに言っておこう。此方は神だが、産まれた時から神通力が無い」
「………は?」
呆気に取られた四方を気にせず、フヌゥムは続ける。
「知っているか?稀に妖力や神通力を、別の何かにもっていかれる神や妖がいる事を」
フヌゥムは、ついに開眼する。
「……此方の信念が霞む故、出来れば見せたくは無かった」
その瞳は………
死にたくなるくらいに、絶望的だった。
「………ッッ!?……ッッ!!?……」
四方は痙攣していた。久しく忘れていた感覚、『死』への本能的恐怖。
「『邪視』と呼ばれているらしい。見た相手は死に対する圧倒的な絶望を叩きつけられ、耐え切れなくなれば、自ら命を断つ………誇りも、名誉もない……下らぬ力よ…」
フヌゥムは開眼しつつ、四方を見据える。
「だが……震えるだけで済んでいるとは…其方は流石だ。『邪視』を受けて自害をしなかった者は久しく見ていなかった」
フヌゥムは、自分の眼を指差し続ける。
「『死に耐性がある者』や『死になれている者』は効き目が弱くはなる。また、此方と力の差が開いていれば効かぬ事もある。神通力で防がれる事もあったが……それは稀だな」
要するに『邪視』に対抗するには、死になれる、フヌゥムより強くなる、または神通力で防ぐの三つのパターンがある訳だが……
「………ッッ……ッッ!!………」
相当な場数を踏み、数々の死を見てきたであろう四方ですら、痙攣して声が出ないのだ。
どうやら、相当に強い能力らしい。
四方は、震える手で……短刀を振りあげ……
ドスリと、自分の足に刺した。
「ッッ……はぁ、自傷してなんとか気を逸らすしかないと……厄介極まれりですわ……」
下を向きつつ、四方は声を大気に落としていく。
「聞いたな!?『邪視』とはそういうものらしいですわ!」
四方の声が響くや否や、潰したはずの六武衆たちがよろりと起き上がる。
「はぁ……正直、僕は次死んでもおかしくないですが…」
「いやーミカゲちはいつも死んでるような顔してんじゃーん…」
「軽口とは余裕ね、まぁ貴女が元気無いのは、それはそれで調子狂うわね」
「先ほど、吐血し体内の血液を循環させました。吐いた分は生理食塩水で足してます」
「風切……君は、その……色々とおかしくなっている事を自覚してますか?」
「てか、どっから持ってきた生理食塩水」
「………成程、自らを囮に時間を稼いでいたのか……」
フヌゥムは巨岩の大鉈を両手で構えると、言葉を放つ。
「良い……実に天晴よ、素晴らしき武人らに心から敬意を」
「ありゃー?どうやら追いついたようなのですー」
一瞬、盤上が硬直した。雰囲気に似合わぬ、抜けた声。
(……仄って言ったかしら?)
(あれ…仄…でしたっけ)
(ん~?あ、仄だにぃ~)
(なんでいるんだ!?仄!?)
(抜け出してきたんですかい?ありゃー…)
「………誰だ?」
「ん~?名前を聞くならそっちが先に名乗るのですー」
「……あぁ、此方はフヌゥム。四堕神の一柱」
「仄なのです~」
「…仄様、今はそういう雰囲気ではないか……と……」
面をつけた男、猿谷は1人の男と眼が合うと、言葉が途切れた。
「……筆頭……?」
言葉の先にいたのは、四方だった。
様子を見ていたフヌゥムは呟く。
「……つまり援軍か、良い。此方は構わぬ」
一瞬で目の前に移動すると、フヌゥムが大鉈を振る。しかし、控えていた猿谷、眞雉、戌亥の三人が一斉に攻撃を受け止める。だが、衝撃で吹っ飛んでしまった。
「さて……仄と言ったな。此方は……力なき…者……に……?」
フヌゥムの動きが止まる。その眼は、仄の眼に釘付けになっているようだった。
事情を知っている六武衆は咄嗟に動いた。
仄の異能力は『鏡合わせ』
眼を合わせた相手と自分の行動を硬直させる異能力。
ここで、今一度確認しておく。
元来、人の宿す『異能力』や妖の扱う『妖術』は全開で放ったとしても、『神通力』を持つ神には足止め程度にしかならない。
仄の使っている『鏡合わせ』はあくまで異能力、神通力が基盤になっているフヌゥムの『邪視』相手では、格下も良いところだった。
………しかし…
(この娘……何か…何かおかしい……異能力…だけでは無い何か……混じっている?)
どこかで感じたような、まるで神のような力…しかし神ではない。そんな力を感じる。
(……なんか、いつも以上に調子が良いのですー)
時は少し遡り、仄が燼人に刺された時、神人であるヒミコは、自らの核を使い、仄を蘇生した。
これは仄本人ですら気が付いてない。
………混ざっていたのだ
神の模造品たる神人と、仄の身体が。
神人は神通力を宿している。それがきっかけかは不明だが、仄の『鏡合わせ』がこれにより強化されているのは間違いない。
(……これは……予想外だ……)
相対した年端もない少女1人に、行動を封じられている。
(((((殺ったッ!!)))))
六武衆は、一斉にフヌゥムの首目掛けてカッ飛ぶ。
そして……遂に……
フヌゥムの命に、手が………
「シトド、鳴け」
寸前で、全員の視界が爆ぜる。
衝撃が収まった後、御影はゆらゆら立ち上がり確認する。
「……今度はなんですか……」
爆風の方を向くと、そこには1人の男が三日月のような笑みを浮かべていた。
「……あ、あの男は……」
猿谷が指を刺しつつ声を落とす。
「………其方…」
フヌゥムは直感した。
この男、ずっとこの時を待っていたのだ、と。
『認識阻害』の異能を使いつつ、ただひたすらに潜伏に専念。満を持してこの瞬間に現れた。
「いやぁー、お互い満身創痍みたいだし?六武衆って確か強いんだよねー?じゃあ殺して奪うには持ってこいのタイミングって訳だ」
左肩に乗る、泣き女の口に指をツッコミながら、男は笑う。
「それじゃあ……リベンジ?って事で」
四堕神 燼人が、再び盤上に現れた。
三日月の狂笑が、再び返り咲く。
フヌゥムはまさに鬼神の如き強さを見せていた。
「んにぃ~…あ、提案~!」
「……なんですか花車、僕は今奴の隙を見つけるのに忙しいんですが」
「アイツをノックダウンさせるのってどう?」
「…また、突拍子もない事を言いますが…」
「あら、でも面白そうじゃない?やってみましょうよ御影」
「……姉さんがそう言うなら」
「…私は式神で援護ですかね」
「貴方も乗るとは驚きですが……」
「……屈辱な事に、あの野蛮人に影響されたのでしょう」
「んじゃ~とりあえずワンダウン狙うってことで!」
(満身創痍なんですが…)
フヌゥムは大鉈を振りかぶり始めに真陽に狙いを定めた。しかし、『死者の園』で召喚された腕やら脚やらがフヌゥムに向かっていく。
「ほう…其方、珍しいな」
「私に触れて良いのは谷透様だけですので。あぁ、穢らわしい」
「そうか、想い人がいるのだな」
フヌゥムはとんでも無い速度で鉈を振り回し、四肢を捌く。
「……だが、諦めて貰おう」
一瞬の隙を突いて腕をかわすと、音と同速で真陽に向かっていく。
(この者を屠るだけなら二割もいらんな)
焦るな、先ずは1人。
そこでふと、フヌゥムの思考が止まる。
………何故、笑っている?
ぐさり。
「……ッ…」
フヌゥムは視線を下にすると、そこにはおどろおどろしい波紋の浮かんだ刀を、こちらの足に刺している死人のような顔付きの男がいた。
「あら御影、そこにいたのね」
「えぇまぁ。姉さんの考えてる事は大体わかるので」
「……気配を消していたのか」
フヌゥムが腕を使って御影を殴ろうとするが、それより速く御影は刀…斬鉄剣を引き抜いて下がる。
「……ほう…」
途中まで目で追っていたはずだが、消えた。
「よそ見注意だってにぃ~!!」
「……ヌッ…」
ガコンッと大斧が膝目掛けて飛んでくる。
片足に命中し、フヌゥムは体勢を崩す。
「そーれッ」
見逃す真陽では無い。すかさず腕を上から召喚し押しつぶす。
体勢を崩していたフヌゥムは反応が一瞬遅れ、その隙に質量攻撃をくらってしまった。
しかし……
「ぬぅっ!」
押しつぶされていたフヌゥムは片手でそれら全てを持ち上げて押し返しながら立ち上がった。
「あら?足りなかったかしら?」
「……持ち上げるだけなら、三割も要らん」
「でも両手使えないよにぃ~?ちゃーんす!!」
花車がフヌゥムに音と同速で向かっていく。フヌゥムは片手で巨岩の大鉈を持ち、片手で真陽の四肢を受け止めているので、両手が塞がっているのだ。
「……甘い」
フヌゥムは立った状態で、片足を地面に突き刺し、その足を持ち上げる。そして抉った地面ごと蹴り飛ばしてきた。
「グギッッ!!?」
直線で加速していた花車は、土手っ腹に直撃。そのまま勢いで弾き飛ばされる。
「良い連携だ。人の身でなせる領域を軽く越え始めているな」
フヌゥムは抉った地面に足を添えて、続ける。
「数多くの武人に敬意を。そして……」
足を蹴り上げて、地面ごと吹っ飛ばす。真陽の視界が遮られる。
「……どこに…」
フッと、真横にフヌゥムが現れる。大鉈を振りかぶって。
「そして、別れを告げよう」
「姉さ…ッッ!!」
庇った御影ごと弾き飛ばし、真陽もろとも吹っ飛ばされる。
壁に衝突するが、御影が庇ったおかげか真陽のダメージは少なかった。
「御影ッ!御影ッッ!」
「姉さん、僕は大丈夫ですが……」
視線の先の斬鉄剣は、折れてしまっていた。
(魔淵の技術も…ここまでですか……)
「姉弟愛…と言うものか……此方には眩く見える」
フヌゥムが歩み、2人の前に立つ。
「……惜しいが、ここまでだ」
巨岩の大鉈を振りあげ…そして……
バッと、横から風切が入る。
(トドメの大振り……直線距離。回避不能…)
手元には、一切れの和紙。
「『雷虎』ッッ!!」
パリッと静電気がはしった後、和紙を引き裂いて帯電する虎が飛び出る。
「……ヌッ!?」
フヌゥムは初めて焦りを見せた。
バチィッ!!と突進が直撃する。
(『焔鴉』も『潮龍』も、私の力ではもう召喚できない……『潮龍』が出せれば……)
《やれやれ、頑丈な神だな》
「……驚いた。其方、話せるのだな」
チラリと風切に視線を移す。
肩で息をしており、膝も震えている。あろうことが鼻から血まで出ていた。
「……成程、其方は常人とはかけ離れた方法を使っているな」
(……見破られたか……)
師との戦いの際、『潮龍』を召喚した時のダメージが抜けていない。あれは水を媒介に召喚した龍。しかし、その強大さ故に術者への負担が半端ない。理論構築した式神故、通常の式神とは何もかも異質。
『潮龍』はその特質上、召喚している間術者本人の塩分濃度が上昇し続けるデメリットがあった。風切はあの戦いの最中、内側から徐々に体を破壊されていた。
そして、調伏過程を保留にした2回目の『雷虎』
身体への負担は決定的なものとなり……
故に、直撃するタイミングで『雷虎』を放つ必要があった。
どしゃりと、膝から崩れ落ちる風切。
「……先に其方から始めるとしよう」
フヌゥムの手が風切に延びようとした瞬間、再び大斧がフヌゥムの体を掠める。
振り返ると、そこには腹と頭から血を流しながら、花車が威風堂々立っていた。
「まだ…終わって無いんだよにぃ~…」
フシュ~ルルル……と、蒸気機関が排熱するような音で呼吸する花車。
「……見事だが…」
フヌゥムは、一瞬で立っている花車の背後に回り込むと裏拳で殴る。
「今の其方は二割すら要せぬ。もう良い。もう其方達は充分奮闘した」
どしゃっと地べたに倒れる花車。
「……よもやここまでとは…」
フヌゥムは目元を覆っている帯をさする。
(…これを出すか此方が迷ったのは何百年ぶりだろうか…)
すると……チッと何かが目元を覆う帯を掠めていった。
フヌゥムがバッと振り向く。どうやら先ほど倒した男が這いつくばりながらこちらにクナイをなげて来たらしい。
「やれやれ…一矢報いてやろうと思ってたんですがな…掠めただけになっちまった…」
四方が死力を尽くして投げたクナイは、目を貫くに至らず。
「ずっと隠してるから…何かあるんじゃあねぇかと思ってたんですがね」
ボロボロの男は、よろよろと立ち上がる。
帯が切れ、するりと落ちる。するとフヌゥムは慌てて目元を手で覆った。
「……ぬぅ」
「やっぱそこがぁ弱点ですかい?ハハっようやく一手ってなもんで」
「………これは…此方は使わぬと、そう決めていた…だが…」
フヌゥムは眼を覆っていた手を動かす。
「……今こそ、其方に語ろう」
フヌゥムは手をどかすと、眼を閉じた状態で四方の正面に立つ。
「始めに言っておこう。此方は神だが、産まれた時から神通力が無い」
「………は?」
呆気に取られた四方を気にせず、フヌゥムは続ける。
「知っているか?稀に妖力や神通力を、別の何かにもっていかれる神や妖がいる事を」
フヌゥムは、ついに開眼する。
「……此方の信念が霞む故、出来れば見せたくは無かった」
その瞳は………
死にたくなるくらいに、絶望的だった。
「………ッッ!?……ッッ!!?……」
四方は痙攣していた。久しく忘れていた感覚、『死』への本能的恐怖。
「『邪視』と呼ばれているらしい。見た相手は死に対する圧倒的な絶望を叩きつけられ、耐え切れなくなれば、自ら命を断つ………誇りも、名誉もない……下らぬ力よ…」
フヌゥムは開眼しつつ、四方を見据える。
「だが……震えるだけで済んでいるとは…其方は流石だ。『邪視』を受けて自害をしなかった者は久しく見ていなかった」
フヌゥムは、自分の眼を指差し続ける。
「『死に耐性がある者』や『死になれている者』は効き目が弱くはなる。また、此方と力の差が開いていれば効かぬ事もある。神通力で防がれる事もあったが……それは稀だな」
要するに『邪視』に対抗するには、死になれる、フヌゥムより強くなる、または神通力で防ぐの三つのパターンがある訳だが……
「………ッッ……ッッ!!………」
相当な場数を踏み、数々の死を見てきたであろう四方ですら、痙攣して声が出ないのだ。
どうやら、相当に強い能力らしい。
四方は、震える手で……短刀を振りあげ……
ドスリと、自分の足に刺した。
「ッッ……はぁ、自傷してなんとか気を逸らすしかないと……厄介極まれりですわ……」
下を向きつつ、四方は声を大気に落としていく。
「聞いたな!?『邪視』とはそういうものらしいですわ!」
四方の声が響くや否や、潰したはずの六武衆たちがよろりと起き上がる。
「はぁ……正直、僕は次死んでもおかしくないですが…」
「いやーミカゲちはいつも死んでるような顔してんじゃーん…」
「軽口とは余裕ね、まぁ貴女が元気無いのは、それはそれで調子狂うわね」
「先ほど、吐血し体内の血液を循環させました。吐いた分は生理食塩水で足してます」
「風切……君は、その……色々とおかしくなっている事を自覚してますか?」
「てか、どっから持ってきた生理食塩水」
「………成程、自らを囮に時間を稼いでいたのか……」
フヌゥムは巨岩の大鉈を両手で構えると、言葉を放つ。
「良い……実に天晴よ、素晴らしき武人らに心から敬意を」
「ありゃー?どうやら追いついたようなのですー」
一瞬、盤上が硬直した。雰囲気に似合わぬ、抜けた声。
(……仄って言ったかしら?)
(あれ…仄…でしたっけ)
(ん~?あ、仄だにぃ~)
(なんでいるんだ!?仄!?)
(抜け出してきたんですかい?ありゃー…)
「………誰だ?」
「ん~?名前を聞くならそっちが先に名乗るのですー」
「……あぁ、此方はフヌゥム。四堕神の一柱」
「仄なのです~」
「…仄様、今はそういう雰囲気ではないか……と……」
面をつけた男、猿谷は1人の男と眼が合うと、言葉が途切れた。
「……筆頭……?」
言葉の先にいたのは、四方だった。
様子を見ていたフヌゥムは呟く。
「……つまり援軍か、良い。此方は構わぬ」
一瞬で目の前に移動すると、フヌゥムが大鉈を振る。しかし、控えていた猿谷、眞雉、戌亥の三人が一斉に攻撃を受け止める。だが、衝撃で吹っ飛んでしまった。
「さて……仄と言ったな。此方は……力なき…者……に……?」
フヌゥムの動きが止まる。その眼は、仄の眼に釘付けになっているようだった。
事情を知っている六武衆は咄嗟に動いた。
仄の異能力は『鏡合わせ』
眼を合わせた相手と自分の行動を硬直させる異能力。
ここで、今一度確認しておく。
元来、人の宿す『異能力』や妖の扱う『妖術』は全開で放ったとしても、『神通力』を持つ神には足止め程度にしかならない。
仄の使っている『鏡合わせ』はあくまで異能力、神通力が基盤になっているフヌゥムの『邪視』相手では、格下も良いところだった。
………しかし…
(この娘……何か…何かおかしい……異能力…だけでは無い何か……混じっている?)
どこかで感じたような、まるで神のような力…しかし神ではない。そんな力を感じる。
(……なんか、いつも以上に調子が良いのですー)
時は少し遡り、仄が燼人に刺された時、神人であるヒミコは、自らの核を使い、仄を蘇生した。
これは仄本人ですら気が付いてない。
………混ざっていたのだ
神の模造品たる神人と、仄の身体が。
神人は神通力を宿している。それがきっかけかは不明だが、仄の『鏡合わせ』がこれにより強化されているのは間違いない。
(……これは……予想外だ……)
相対した年端もない少女1人に、行動を封じられている。
(((((殺ったッ!!)))))
六武衆は、一斉にフヌゥムの首目掛けてカッ飛ぶ。
そして……遂に……
フヌゥムの命に、手が………
「シトド、鳴け」
寸前で、全員の視界が爆ぜる。
衝撃が収まった後、御影はゆらゆら立ち上がり確認する。
「……今度はなんですか……」
爆風の方を向くと、そこには1人の男が三日月のような笑みを浮かべていた。
「……あ、あの男は……」
猿谷が指を刺しつつ声を落とす。
「………其方…」
フヌゥムは直感した。
この男、ずっとこの時を待っていたのだ、と。
『認識阻害』の異能を使いつつ、ただひたすらに潜伏に専念。満を持してこの瞬間に現れた。
「いやぁー、お互い満身創痍みたいだし?六武衆って確か強いんだよねー?じゃあ殺して奪うには持ってこいのタイミングって訳だ」
左肩に乗る、泣き女の口に指をツッコミながら、男は笑う。
「それじゃあ……リベンジ?って事で」
四堕神 燼人が、再び盤上に現れた。
三日月の狂笑が、再び返り咲く。
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記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。
◆登場人物
・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。
・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。
・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
化想操術師の日常
茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。
化想操術師という仕事がある。
一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。
化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。
クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。
社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。
社員は自身を含めて四名。
九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。
常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。
他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。
その洋館に、新たな住人が加わった。
記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。
だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。
たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。
壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。
化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。
野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。
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