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穢神戦争編
74話
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昔から、『不確定要素』が嫌いだった。
当たり前だ。確定していない事項に身を委ねるなど、愚の骨頂……そう考えていたのだが……
(雷虎の召喚は全くもって想定の外、不確定要素が大半……これ以上ない程のぶっつけ本番)
だが…出来た。
(あぁ……これは全く……)
胸の内から湧き出る、優越感……!高揚感……!!全能感ッッ!!!
「フハハ……」
気がつけば、口元が歪んで笑みが溢れる。
「フハハハッッ!!」
いや、わかる。これは興奮だ。戦闘中の過度な興奮は良くない。分かっている、過度の興奮は正常な判断すら鈍らせるだが!!!
これは全く、面白いッッ!!
風切は片手で顔を押さえているが、その目元は、口元は………笑っていた。
………やってみるか、最大限とやらで。
「民俗伝承より炎を恵みとした文献を一部引用」
「伝説より不死鳥を引用し挿入」
「また鳳凰とフェニックスを同一的と見做し仮定」
「調伏過程、保留」
(また来るかッ!?)
「来てくれ…焔鴉」
風切は小さめの和紙を今度は燃やした。すると、和紙は炎でただれ、中から三本足の巨大な鴉が出てきた。
甲高い声で鳴くと、焔鴉は風切の背後に佇み翼を広げる。すると、風切の体が炎に包まれる。
「……ッッ!?」
破狩は目の前の光景を眺めていた。
(なぜ体を燃やす?いや、訳がわからない。今度はなんだ?理解しろ。理解するんだ)
目を凝らすと、先ほどまで浮かんでいた風切の傷が治っている。
(……回復!?…だが、遅いな…)
すると、風切は今まで見た事ないような速度で破狩に切り掛かる。
「……なるほどッ…!!」
解魔槍を用いて刀を弾きながら、破狩は続ける。
「その式神…回復はあくまでオマケ…真の能力は身体強化ですか!」
「……御名答」
先生と生徒のように、二人は笑いながら会話する。
鳳凰やフェニックスは、不死の伝承がある。風切はその一文を引用し、「不死」ではなく「回復・強化」と書き換えた。
こうして、攻撃能力は低いが、補助として優秀な式神『焔鴉』を召喚した。
(……いきなりの急成長…それも式神二体の『理論構築』……なんて才能…なんて……)
雷を纏う虎の式神『雷虎』と補助特化の式神『焔鴉』のサポートを借りて、畳み掛ける風切。
「……くっ」
苦戦している。解魔槍は確かに強力な武器だが、雷虎には早すぎて当たらない。そしてそこに目を取られていると、身体能力の強化を受けた風切が向かってくる。
(だが………)
破狩の脳裏には、無惨に殺された姉と、託された姪の顔が浮かぶ。
(私は……まだッッ!!)
風切を見据えると、懐に手を入れ再び和紙を取り出した。
(また何か来るッッ!)
破狩が身構えた途端、風切は笑いながらピッと右を指差した。その視線の先には……
こちらに標準を定める雷虎の姿があった。
稲妻の如き猛進が、直撃する。
「………ここは?」
破狩は、見知らぬ場所に立っていた。
村人のような人間が、歩いている。相当昔の時代だろうか?衣服が繊維で作られた粗末な物だ。
「あの…」
「おりゃ、あんの野菜がくべてぇだべ」
「訛りが酷くて聞こえねぇよ…あんだって?」
(……聞こえていない…?というか見えていないのか?)
わからない。その為、見るに徹する。どうやら、こちらから干渉も出来ないようだ。
「あらあら~、精が出るわねぇ~」
穏やかな言葉を並べる、女神がいた。
「あぁ、シキヨ様。んだば、おら達も仕事だでーよ」
「うんうん、毎日偉いわ~」
「あ!シキヨ様だッ!」
「ねぇねぇ僕は!?」
「あ、ぼ、僕もっ!」
「うんうん、君達も偉いわ~」
シキヨは駆け寄って来る子供達の頭を次々と撫でていく。
社に戻ると、着物を脱いで、伸びる女神。
「皆本当に頑張ってるわね~。私も頑張らないとね」
外の社で水浴びをしていると、気配を感じる。
「あらぁ?そこにいるのは誰かしら?」
ガサガサと動く茂みを見て、子供だと確信する。
「怒らないから~、出ておいで?」
シキヨは穏やかに話すと、茂みからトボトボと男の子が出てくる。
「……そ、その」
もじもじする男の子に向かって、シキヨは穏やかに頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫よ。怒らないから」
「…僕、家族がいなくて……」
「……そう」
シキヨは男の子を抱きしめる。
「寂しかったのね。寂しい時はここにいらっしゃい……愛してあげるから」
「ほんと?」
「えぇ、本当よ」
シキヨは人差し指を唇に当てて片目をつぶる。
多分、ここが分岐点だった。
「シキヨ様~おでも愛してくれ~」
「俺も!俺も頑張った!」
「うんうん、皆偉いわね~」
皆が頑張っているのだから、私が皆を愛さなければ……
「僕も!僕も!」
「俺もぉ~」
「俺も愛してぇ~」
蜜に群がる蟻のように、男の腕はシキヨを求め始める。
「うん…うん…愛してあげるわ…」
皆頑張ってるわよね…愛してあげる……
愛して…愛して…愛して……私も…愛し…
「この女神が!男を誑かして堕落させたな!」
「悪魔だッ!この女は悪魔なんだ!!」
「よくも俺たちをッッ!!」
「ち…ちがっ」
「やれ!!」
「殺せッ!!」
あんなに愛してあげたのに……なんで?
愛して…愛して…愛して……愛したのに……
………私は…?
ごぼりと口から何かが這い出てきた…
みるみるうちに、全身を包み込む。
あぁ……なんかとても気持ちが良いわ…
「こ、この女何が……」
「は、早く殺せッ!!」
「…あんなに愛してあげたのに、あなたはアタシを愛してくれないのね」
村人達はすぐに村人だった何かへと変貌した。
ゴボゴボと絶え間なく口から何かが溢れては全身を包んでいく。あぁ…なんか快感だわぁ~…
静かになった村で、シキヨは一人快感に悶えながら、言葉を落としていく。
「はぁ…あぁ…アタシは……私は…なんで…どうやったら」
「……驚いた。此方と同じか」
「あなたぁ…だあれぇ?」
口からひたすら溢れ出る何かを吐き出すと、ねばつく声で言葉を落とす。
「……此方はフヌゥム。恐らくは、其方と同類だ」
「へぇ…あなた、アタシを愛してくれる?」
「知らん。だが、此方と同類を見るのは初めてだ」
目元に帯を巻き、巨岩を削った大鉈のようなものを肩に乗せたその「フヌゥム」とやらは、背を向けると振り返り続ける。
「着いて来たければ、勝手にすると良い」
その後は、一時仲間を得た。確かに、心は一度満たされたかも知れない。だけど、心の底から満たされることはなかった。
《あらぁ?なぁんか見た顔ねぇ~?》
「……どうやら、貴女の記憶を見ていたようですね」
《覗き見とは良い趣味ねぇ?》
「好きで見たわけじゃあないんですがね。所で、なぜ貴女がここに?」
《さぁねぇ?あのタニトーシューヤとかいう男に負けて…気がついたらここだったわ》
「……使っていた神代遺物に吸い込まれたんですかね」
《知らないわよぉ~。それで?アタシの秘密を除いた感想は?》
「…………しは……」
《うん?》
「……私は、貴方を愛せない……ですが、わかろうとする事はできます」
破狩は手を差し出し、シキヨの目を見つめる。
「私は、まだ死ぬ訳にはいかない……力を貸してください」
《……ヘェ~、女神だったアタシに無条件で力を貸せっていうのぉ~?》
「はい、早くしてください」
破狩は悪びれずに即答する。
《早くしてって……まぁ、いいわ。どうせここに居ても何もできないものぉ》
シキヨは破狩の手を取ると、その目を見て続ける。
《一つだけぇ、聞かせてちょ~ダァい?貴方、今愛している人はいるのぉ?》
シキヨの問いに、泣きそうな笑顔で破狩は答える。
「えぇ……たった一人の、愛するべき、忘れ形見がね……」
「……?」
破狩の様子がおかしい。なんだろうか、解魔槍から変な気配を感じる。
(……ッッ!?)
見る見るうちに破狩の持っていた解魔槍からグチュグチュと穢れのようなものが噴き出る。それは破狩に抱きつくような姿勢をとると、粘つく声を発する。
「さぁてぇ……殺しちゃいましょうかぁ~」
「えぇ……いきましょうか」
「……」
粘つく声、女性の裸体、おそらく報告にあったシキヨという個体……
察した雷虎と焔鴉は、風切を守るように寄り添う。
「……このままじゃあ厳しいな」
あげた前髪を再びかきあげると、刀を構える。
「『焔鴉』、『雷虎』、合わせてくれ」
風切の言葉に反応した焔鴉は、炎で風切を補助し、雷虎は放電しながら破狩に標準を定める。
「シキヨ」
「んもぉ~…都合の良い女じゃあないのよぉ~?」
突進する雷虎をシキヨの穢れが受け止め、そのまま弾く。だが、雷虎は雷を纏いながら、連続で突進を続ける。
破狩は、猛進してくる風切を解魔槍と刀で捌いているが、焔鴉の補助を受けた風切は見違えるような速度で切りつけてくる。一手一手が異常に早い。
(……おかしい…ここまで?式神の補助でここまで変わるものでしょうか?私もシキヨの残穢のようなものを解放しているというのに……ッ!?)
風切は、自己評価が低い。だが一人だけ、彼の本質を初見で見抜いた男がいる。
『優等生サマがよ』
何を隠そう、白獅子の名を継承した、あの男だ。
加速していく風切の剣速を弾き続けた破狩は、一瞬の隙をつき、距離を取るとシキヨに命令する。
「合わせろシキヨ」
「んもぉ!」
破狩は風切に解魔槍の先端を向けると、シキヨと同じ言葉を紡ぐ。
「「『解魔槍』…解放」」
「……ッッ!!?」
追撃しようとした風切の慣性は前に傾いていた、回避行動は……
(……間に合わないッッ!!)
シキヨの穢れが上乗せされた解魔槍の一撃が、風切に直撃した。
「……ふふ、さすが『神代遺物』…良い威力ですねぇ」
「あらぁん?アタシの言葉使いが移ったかしらぁん?」
目線の先には、まるで破壊光線でも受けたように、風切が横たわっていた。光線は蔵にでも当たったのだろう、ドボドボと水が建造物から溢れ出ていた。
横たわる体に、冷たい水が地べたを移ろっていくのがわかる。
「……ゴボッ……」
口から血が吹き出た。
コツコツと近づく破狩は言葉を紡いでいく。
「さて、ようやく決着です。中々苦戦しました、成長しましたね。では……」
破狩は悲しそうな表情で、刀を振り上げる。
振り下ろされる直前、風切の口が、裂ける勢いで言葉を発する。
「『雷虎』ッッ!!!」
「ッッ!?」
ズバチィッッ!!と雷が閃き、雷を纏う金色の虎が飛び出してくる。避けられないように、ギリギリまで引き付けていたのだ。
不意を突かれた破狩は、雷虎の突進をもろにくらう。
距離を取ったと確信した風切は、ボロボロの体を起こし、下にできた水溜りを見る。
(………水……)
風切は、ふぅと一息つくと、懐から和紙を取り出す。口に指を入れ、血でもって神社のマークを書くと、下の水たまりに浮かべる。
「……伝説より、竜宮城を引用」
「……民族伝承より、竜を龍に変換」
「……民族文学より、海底を守る龍を引用」
「調伏過程、保留……」
風切は、水たまりの上から移動すると、大きく息を吸い込み叫ぶ。
……これが、私の最大値……
「来いッッ!!『潮龍』ッッ!!」
風切の言葉に応呼するように、水たまりが蠢き、中から巨大な蛇のようなものが勢いよく出てきた。
下の水たまりから半身を覗かせ、風切を見下ろすように巨大な顎を備えている。その龍は一度大きく咆哮すると、破狩をその双眸で見据える。
蛇のようで蛇ではない、建物を越えるように巨大な体。とぐろを巻いて、上から獲物を定めるようにその顎を開く。
舞う水飛沫の中心に、風切は立っていた。
凡人は遂に、龍すら従え、神の脅威に挑む。
当たり前だ。確定していない事項に身を委ねるなど、愚の骨頂……そう考えていたのだが……
(雷虎の召喚は全くもって想定の外、不確定要素が大半……これ以上ない程のぶっつけ本番)
だが…出来た。
(あぁ……これは全く……)
胸の内から湧き出る、優越感……!高揚感……!!全能感ッッ!!!
「フハハ……」
気がつけば、口元が歪んで笑みが溢れる。
「フハハハッッ!!」
いや、わかる。これは興奮だ。戦闘中の過度な興奮は良くない。分かっている、過度の興奮は正常な判断すら鈍らせるだが!!!
これは全く、面白いッッ!!
風切は片手で顔を押さえているが、その目元は、口元は………笑っていた。
………やってみるか、最大限とやらで。
「民俗伝承より炎を恵みとした文献を一部引用」
「伝説より不死鳥を引用し挿入」
「また鳳凰とフェニックスを同一的と見做し仮定」
「調伏過程、保留」
(また来るかッ!?)
「来てくれ…焔鴉」
風切は小さめの和紙を今度は燃やした。すると、和紙は炎でただれ、中から三本足の巨大な鴉が出てきた。
甲高い声で鳴くと、焔鴉は風切の背後に佇み翼を広げる。すると、風切の体が炎に包まれる。
「……ッッ!?」
破狩は目の前の光景を眺めていた。
(なぜ体を燃やす?いや、訳がわからない。今度はなんだ?理解しろ。理解するんだ)
目を凝らすと、先ほどまで浮かんでいた風切の傷が治っている。
(……回復!?…だが、遅いな…)
すると、風切は今まで見た事ないような速度で破狩に切り掛かる。
「……なるほどッ…!!」
解魔槍を用いて刀を弾きながら、破狩は続ける。
「その式神…回復はあくまでオマケ…真の能力は身体強化ですか!」
「……御名答」
先生と生徒のように、二人は笑いながら会話する。
鳳凰やフェニックスは、不死の伝承がある。風切はその一文を引用し、「不死」ではなく「回復・強化」と書き換えた。
こうして、攻撃能力は低いが、補助として優秀な式神『焔鴉』を召喚した。
(……いきなりの急成長…それも式神二体の『理論構築』……なんて才能…なんて……)
雷を纏う虎の式神『雷虎』と補助特化の式神『焔鴉』のサポートを借りて、畳み掛ける風切。
「……くっ」
苦戦している。解魔槍は確かに強力な武器だが、雷虎には早すぎて当たらない。そしてそこに目を取られていると、身体能力の強化を受けた風切が向かってくる。
(だが………)
破狩の脳裏には、無惨に殺された姉と、託された姪の顔が浮かぶ。
(私は……まだッッ!!)
風切を見据えると、懐に手を入れ再び和紙を取り出した。
(また何か来るッッ!)
破狩が身構えた途端、風切は笑いながらピッと右を指差した。その視線の先には……
こちらに標準を定める雷虎の姿があった。
稲妻の如き猛進が、直撃する。
「………ここは?」
破狩は、見知らぬ場所に立っていた。
村人のような人間が、歩いている。相当昔の時代だろうか?衣服が繊維で作られた粗末な物だ。
「あの…」
「おりゃ、あんの野菜がくべてぇだべ」
「訛りが酷くて聞こえねぇよ…あんだって?」
(……聞こえていない…?というか見えていないのか?)
わからない。その為、見るに徹する。どうやら、こちらから干渉も出来ないようだ。
「あらあら~、精が出るわねぇ~」
穏やかな言葉を並べる、女神がいた。
「あぁ、シキヨ様。んだば、おら達も仕事だでーよ」
「うんうん、毎日偉いわ~」
「あ!シキヨ様だッ!」
「ねぇねぇ僕は!?」
「あ、ぼ、僕もっ!」
「うんうん、君達も偉いわ~」
シキヨは駆け寄って来る子供達の頭を次々と撫でていく。
社に戻ると、着物を脱いで、伸びる女神。
「皆本当に頑張ってるわね~。私も頑張らないとね」
外の社で水浴びをしていると、気配を感じる。
「あらぁ?そこにいるのは誰かしら?」
ガサガサと動く茂みを見て、子供だと確信する。
「怒らないから~、出ておいで?」
シキヨは穏やかに話すと、茂みからトボトボと男の子が出てくる。
「……そ、その」
もじもじする男の子に向かって、シキヨは穏やかに頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫よ。怒らないから」
「…僕、家族がいなくて……」
「……そう」
シキヨは男の子を抱きしめる。
「寂しかったのね。寂しい時はここにいらっしゃい……愛してあげるから」
「ほんと?」
「えぇ、本当よ」
シキヨは人差し指を唇に当てて片目をつぶる。
多分、ここが分岐点だった。
「シキヨ様~おでも愛してくれ~」
「俺も!俺も頑張った!」
「うんうん、皆偉いわね~」
皆が頑張っているのだから、私が皆を愛さなければ……
「僕も!僕も!」
「俺もぉ~」
「俺も愛してぇ~」
蜜に群がる蟻のように、男の腕はシキヨを求め始める。
「うん…うん…愛してあげるわ…」
皆頑張ってるわよね…愛してあげる……
愛して…愛して…愛して……私も…愛し…
「この女神が!男を誑かして堕落させたな!」
「悪魔だッ!この女は悪魔なんだ!!」
「よくも俺たちをッッ!!」
「ち…ちがっ」
「やれ!!」
「殺せッ!!」
あんなに愛してあげたのに……なんで?
愛して…愛して…愛して……愛したのに……
………私は…?
ごぼりと口から何かが這い出てきた…
みるみるうちに、全身を包み込む。
あぁ……なんかとても気持ちが良いわ…
「こ、この女何が……」
「は、早く殺せッ!!」
「…あんなに愛してあげたのに、あなたはアタシを愛してくれないのね」
村人達はすぐに村人だった何かへと変貌した。
ゴボゴボと絶え間なく口から何かが溢れては全身を包んでいく。あぁ…なんか快感だわぁ~…
静かになった村で、シキヨは一人快感に悶えながら、言葉を落としていく。
「はぁ…あぁ…アタシは……私は…なんで…どうやったら」
「……驚いた。此方と同じか」
「あなたぁ…だあれぇ?」
口からひたすら溢れ出る何かを吐き出すと、ねばつく声で言葉を落とす。
「……此方はフヌゥム。恐らくは、其方と同類だ」
「へぇ…あなた、アタシを愛してくれる?」
「知らん。だが、此方と同類を見るのは初めてだ」
目元に帯を巻き、巨岩を削った大鉈のようなものを肩に乗せたその「フヌゥム」とやらは、背を向けると振り返り続ける。
「着いて来たければ、勝手にすると良い」
その後は、一時仲間を得た。確かに、心は一度満たされたかも知れない。だけど、心の底から満たされることはなかった。
《あらぁ?なぁんか見た顔ねぇ~?》
「……どうやら、貴女の記憶を見ていたようですね」
《覗き見とは良い趣味ねぇ?》
「好きで見たわけじゃあないんですがね。所で、なぜ貴女がここに?」
《さぁねぇ?あのタニトーシューヤとかいう男に負けて…気がついたらここだったわ》
「……使っていた神代遺物に吸い込まれたんですかね」
《知らないわよぉ~。それで?アタシの秘密を除いた感想は?》
「…………しは……」
《うん?》
「……私は、貴方を愛せない……ですが、わかろうとする事はできます」
破狩は手を差し出し、シキヨの目を見つめる。
「私は、まだ死ぬ訳にはいかない……力を貸してください」
《……ヘェ~、女神だったアタシに無条件で力を貸せっていうのぉ~?》
「はい、早くしてください」
破狩は悪びれずに即答する。
《早くしてって……まぁ、いいわ。どうせここに居ても何もできないものぉ》
シキヨは破狩の手を取ると、その目を見て続ける。
《一つだけぇ、聞かせてちょ~ダァい?貴方、今愛している人はいるのぉ?》
シキヨの問いに、泣きそうな笑顔で破狩は答える。
「えぇ……たった一人の、愛するべき、忘れ形見がね……」
「……?」
破狩の様子がおかしい。なんだろうか、解魔槍から変な気配を感じる。
(……ッッ!?)
見る見るうちに破狩の持っていた解魔槍からグチュグチュと穢れのようなものが噴き出る。それは破狩に抱きつくような姿勢をとると、粘つく声を発する。
「さぁてぇ……殺しちゃいましょうかぁ~」
「えぇ……いきましょうか」
「……」
粘つく声、女性の裸体、おそらく報告にあったシキヨという個体……
察した雷虎と焔鴉は、風切を守るように寄り添う。
「……このままじゃあ厳しいな」
あげた前髪を再びかきあげると、刀を構える。
「『焔鴉』、『雷虎』、合わせてくれ」
風切の言葉に反応した焔鴉は、炎で風切を補助し、雷虎は放電しながら破狩に標準を定める。
「シキヨ」
「んもぉ~…都合の良い女じゃあないのよぉ~?」
突進する雷虎をシキヨの穢れが受け止め、そのまま弾く。だが、雷虎は雷を纏いながら、連続で突進を続ける。
破狩は、猛進してくる風切を解魔槍と刀で捌いているが、焔鴉の補助を受けた風切は見違えるような速度で切りつけてくる。一手一手が異常に早い。
(……おかしい…ここまで?式神の補助でここまで変わるものでしょうか?私もシキヨの残穢のようなものを解放しているというのに……ッ!?)
風切は、自己評価が低い。だが一人だけ、彼の本質を初見で見抜いた男がいる。
『優等生サマがよ』
何を隠そう、白獅子の名を継承した、あの男だ。
加速していく風切の剣速を弾き続けた破狩は、一瞬の隙をつき、距離を取るとシキヨに命令する。
「合わせろシキヨ」
「んもぉ!」
破狩は風切に解魔槍の先端を向けると、シキヨと同じ言葉を紡ぐ。
「「『解魔槍』…解放」」
「……ッッ!!?」
追撃しようとした風切の慣性は前に傾いていた、回避行動は……
(……間に合わないッッ!!)
シキヨの穢れが上乗せされた解魔槍の一撃が、風切に直撃した。
「……ふふ、さすが『神代遺物』…良い威力ですねぇ」
「あらぁん?アタシの言葉使いが移ったかしらぁん?」
目線の先には、まるで破壊光線でも受けたように、風切が横たわっていた。光線は蔵にでも当たったのだろう、ドボドボと水が建造物から溢れ出ていた。
横たわる体に、冷たい水が地べたを移ろっていくのがわかる。
「……ゴボッ……」
口から血が吹き出た。
コツコツと近づく破狩は言葉を紡いでいく。
「さて、ようやく決着です。中々苦戦しました、成長しましたね。では……」
破狩は悲しそうな表情で、刀を振り上げる。
振り下ろされる直前、風切の口が、裂ける勢いで言葉を発する。
「『雷虎』ッッ!!!」
「ッッ!?」
ズバチィッッ!!と雷が閃き、雷を纏う金色の虎が飛び出してくる。避けられないように、ギリギリまで引き付けていたのだ。
不意を突かれた破狩は、雷虎の突進をもろにくらう。
距離を取ったと確信した風切は、ボロボロの体を起こし、下にできた水溜りを見る。
(………水……)
風切は、ふぅと一息つくと、懐から和紙を取り出す。口に指を入れ、血でもって神社のマークを書くと、下の水たまりに浮かべる。
「……伝説より、竜宮城を引用」
「……民族伝承より、竜を龍に変換」
「……民族文学より、海底を守る龍を引用」
「調伏過程、保留……」
風切は、水たまりの上から移動すると、大きく息を吸い込み叫ぶ。
……これが、私の最大値……
「来いッッ!!『潮龍』ッッ!!」
風切の言葉に応呼するように、水たまりが蠢き、中から巨大な蛇のようなものが勢いよく出てきた。
下の水たまりから半身を覗かせ、風切を見下ろすように巨大な顎を備えている。その龍は一度大きく咆哮すると、破狩をその双眸で見据える。
蛇のようで蛇ではない、建物を越えるように巨大な体。とぐろを巻いて、上から獲物を定めるようにその顎を開く。
舞う水飛沫の中心に、風切は立っていた。
凡人は遂に、龍すら従え、神の脅威に挑む。
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化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。
クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。
社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。
社員は自身を含めて四名。
九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。
常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。
他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。
その洋館に、新たな住人が加わった。
記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。
だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。
たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。
壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。
化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。
野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。
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