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穢神戦争編
70話
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忍者
現代にて必要とされなくなった、諜報活動を主とする隠密部隊。
中でも枯葉里は異質だった。里長は里を継がせることを考えておらず、衰退も無常として緩やかに滅びることを受け入れた。しかし、枯葉里の衆はこの道以外の生き方を知らない。
だから探した。今でも古風な諜報部隊を必要とする主を。
だから待った。慣れない日常生活を受け入れても。
そんな彼らが持つ『忍法』と呼ばれるものは、『異能力』とは違う。
忍法・忍術は、彼らに生まれつき備わっているものではない。里での厳しい修行を経た先に、得ることができる努力の結晶。おおよそ常人離れした身体能力を持って行使することができる技術。
魔法が如き、技術。
それが、『忍法』
「忍法・水槍ッ!!」
枯葉里の衆の一人が、右手を水平に構えると、その指先から鉄砲水のように放射する。
「うわぁ、体液でそれやるのって大変じゃあない?」
燼人は笑いながら、水で出来た槍をのらりくらりかわしていく。
「忍法・土礫」
別の忍者が足を地面に叩きつけて、浮いた礫を蹴り付ける。
「いや、忍法て。力技じゃん」
燼人は、人ひとり殺すには十分な威力の礫を、手持ちのナイフで斬って対処する。
「忍ぽ……」
「もういいって」
燼人はジャックナイフを逆手に持ち替えて、背後に回っていた忍者の顎に突き刺す。
「ご…ごぽっ!?」
「はいはい、次々~」
燼人は引き抜いたジャックナイフを、同じ忍者の首に突き刺した後、遺体を蹴飛ばす。
「眞雉、煙幕」
猿谷の言葉に、反射的に反応する眞雉は、瞬発的に煙幕を張る。
「戌亥」
名前を呼んだ後にパパッとハンドサインを出すと、戌亥は懐から棍を取り出す。
「……へぇ」
煙幕の中で猿谷、眞雉、戌亥、ヒミコが四方向から燼人に向かう。
すると、四人は自分の目を疑う。
燼人は一瞬で眞雉の方へと移動し、そのナイフを突き立てていた。
「へぇ、防いだか」
「……ッッ!」
眞雉は手の甲に隠していた手裏剣で受け止めてなんとか死を防いだが、燼人の蹴りによって体勢を崩す。
(……こいつはなんなの?異能力者…よね?)
ヒミコが体勢を立て直しながら、思考を回す。
(仄を治そうとした時もそう、一瞬で移動するなら恐らくは移動系の能力……)
眞雉が立ち上がるまでの間、他の忍者が燼人に向かうが、もれなく捌かれる。
(……この男…強い…)
猿谷は仮面の奥で、ヒミコと同じく燼人について考察する。
(仄様の兄と言っていた……仄様の反応を見るに、あの言葉は偽りじゃない。しかし死んだ者が生き返る…?いや、今そこは重要じゃない。問題はこの男の戦闘センスと異能力だ。ナイフと瞬間移動のような移動系能力。今のところ攻撃手段はナイフだけ……ならば)
戌亥が棍で燼人に襲いかかるが、瞬間移動で避けられる。その隙に猿谷は鎖鎌で燼人のジャックナイフを狙う。
「ありゃ」
戌亥の棍に気を取られていた燼人は、ジャックナイフを猿谷の鎖鎌に絡め取られる。
「やれ」
猿谷の指示で眞雉や戌亥を含む他の忍者が、燼人に向かう。
……だが、燼人に向かって行った忍者の数人がいきなり飛来してきた別のナイフによって貫かれ、ゴム球のように体がバウンドする。
「「!?」」
眞雉と戌亥は何かを察し、ピタリと動きを止める。ヒミコはナイフに貫かれた忍者の遺体を確認する。
(……喉に水平に刺さっている…?これは、純粋な腕力による投擲じゃ無い!?)
「あんまり手の内晒したく無いんだけどねー」
燼人はじゃらじゃらと手元に投げナイフを持っていた。
「……作業ベルト…」
猿谷は忌々しそうに唇を噛む。あの男が腰につけているベルトに、別の武器が入っていることは予想できた。しかし、膝裏まである白濁色のコートのせいで、死角を作られていた。
「ほら、忍者ってこんな感じだろ?」
燼人が投げナイフを宙に放り投げると、突然そのナイフが水平に加速する。
「……チッ…」
水平に加速したナイフが猿谷の腕を掠める。
(あの男の異能は移動系じゃ無い…?『物体加速』か?)
水平に飛んできたナイフは、異能力によるものだろう。宙に浮いたナイフがまっすぐ加速して来たのだから疑いようがない。すると、燼人のやっていた『瞬間移動』のような能力は、『物体加速』の応用だろうか?
(……仄の回復に神通力を使っているから、コイツの異能の解析ができない……もどかしいわ……)
ヒミコは神人である為、神通力を使うことができる。汎用性は高いが、普通の神よりも力は劣ったものになっている。
「ま、せいぜい頑張って考察してみてよ」
……バレている。読めない……燼人の手の内が読めない。
すると、突然燼人は後ろを指差し話す。
「あ、穢れた神」
全員の視線が、一瞬燼人から逸れる。しかし、燼人の指差した場所には何もいなかった。……嘘で騙された。
その場の人物が、再び燼人に視線を戻すまで1秒もかかってないが、再び視線を戻した先に、燼人はいなかった。
「………」
猿谷は無言で指示を出すと、ヒミコと仄を抱いた忍者を中心として円陣を作る。
「……」
枯葉里の衆が神経を尖らせて周囲を警戒するも、燼人の姿が見当たらない。
「……」
「ッッ!?」
ヒミコはすぐ側でナイフを構えていた燼人に間一髪で気がつき、懐刀でナイフを弾いた後、掌底で燼人を突き飛ばす。
(……この感触…)
ヒミコは燼人に触れた手を握ったり開いたりした後に、怪訝な顔をする。
「………」
燼人は「バレたか」という表情で両手を上げる。
「貴方……人間じゃないわね?いや、正確には……」
「あ~、もうちょっと隠しておきたかったんだけどね」
燼人は首筋に片手を当てると、首の関節を確かめるようにゴキッと鳴らす。
「逃げなさい、仄」
「でも…お兄ぃ」
「俺は大丈夫だから、早く逃げるんだ」
「………」
仄は脇目もふらずに逃げ出した。
あぁ、それで良い。それで……
………俺の邪魔をされないで済む。
まぁ、あの異能は惜しかったが。生きてればそのうち貰いに行こう。
「おい、神だろう?少し話をしないか?」
「がぁアァァァ!!」
「……チッ……理性が無いのか。じゃあ意味無いんだよな」
燼人はジャックナイフを取り出すと、呆れ顔で目の前の穢神を眺める。
「これ、本当に倒せるのかなぁ……」
数時間後、横たわる穢神と、地面に膝をつく燼人がいた。
「……きつ~」
体の感覚が半分ない。きっと裂傷や複雑骨折のオンパレードだろう。変な野望なんて持つんじゃなかった。
そんな事を思っていると、ギチギチと色々な音が聞こえてくる。どうやら、神との戦闘音で妖などがよってきたようだ。どうやら、死に体の俺をていの良い食料だと思っているのだろう。
………ここまでかぁ……
…………………
………いや、待てよ。
かろうじて動く半身に力を込めて、妖をナイフで切り裂く。そして……
ぐちゃぐちゃ
ぐちゃぐちゃ、ぽきぽき、がりがり
ぐちゃぐちゃ、ぽきぽき、がりがり、パキパキ、むしゃむしゃ
俺が妖になればまだ生きれるなぁ?
切り裂かれた妖の死体を、口に運ぶ。
たちまち、身体が異常な激痛を訴えたような気がするが、その後に身体が復活した。
この時、燼人の肉体は妖の肉を摂取した事と、自らの野望によって、半身が妖へと変化していた。
しかし、異能力を持った人間の部分が完璧に妖になる事を拒んだのか、本人の肉体によるものか、それとも天性の才能か。燼人は、完全な妖になるには至らず。不測の事態が引き起こしたイレギュラー。
燼人は、妖と異能力者のどっちつかずとして復活した。
「俺も実は妖術が使えてさ。まぁ、と言ってもそんなに便利なものじゃないんだけど」
燼人が口を開けて中を指差して続ける。
「俺は、妖を捕食すると肉体が再生するらしんだよね。最初に喰った妖が持っていたのかどうか。俺にはわからないけど」
「………引くわ」
「まぁ、好きに言ってよ」
「貴方、一体何がしたいのよ」
「ん~、世界征服?」
真面目に答える気が無いのか、燼人は茶化すように答える。
「まぁ、そろそろ仄にトドメを刺したいし、終わらせたいかなー」
燼人が空中で何かを掴むような動作をする。しかし、その手には何も持っていない。
「………」
兎角仕掛けようとした忍者の一人が、燼人に襲いかかるが、その途端、忍者はまるで剣に貫かれたように動きが止まる。
「………?」
燼人の右手には何もないはずなのに、返り血が何かをつたっているのだけが見えた。
(……不可視の剣?『物体加速』の異能じゃあないのか?まさか……いや、この世に多重異能者は存在しないはずだ……あの男の異能はなんなんだ…ッ)
猿谷も燼人の手の内が読めない事に、歯痒さを覚える。
「これとっておきだからさ、早く終わらせよう」
貫かれた忍者の遺体を蹴飛ばした後、見えない剣についた血を振り払うように上から下へビュッと振りかざす。
目を凝らしてみると、光の反射などで見えなくもないのだが、戦闘中にそこまで集中してみることは難しい。そもそも、ほとんど透明な状態の武器というだけで厄介なのに、今までの異能の断定すら完了していない。
ヒミコは今までの立ち回りから、燼人に対しての考察を進める。
この世界に異能力者はいても、複数の異能を保持する所謂『多重異能力者』は存在しない。どっちつかずはその限りではないが、あれは妖と神の両方の属性を持つ例外的な存在に限られる。この男も妖と異能者のどっちつかずとは言っていたが、妖術は自身で言った通り、「妖を捕食する」ものだろう。嘘である可能性もあるが、一度妖術はそれだと仮定するとして、問題は異能の方だ。
今までこの男が使った異能力らしき力は、最低でも3つの能力が働いている。
1つ目は、物体の加速。対象は不明。自身と手持ちのナイフに使った。
2つ目は、視線を1度外した時に起きた。潜伏の異能。恐らくは「認識阻害」系統の能力。
3つ目が今現在出している「不可視の剣」。とっておきと言っていたが、これが切り札だろうか?
多重異能者が存在しない以上、これらの能力は1つの異能から生み出されている筈だ。
ヒミコが思考を雷のような速度で回している中、猿谷と眞雉、そして戌亥は生き残りの忍者達を動員して、燼人を押さえ込んでいる。
……それにしても、なぜこの男は仄を殺そうとしたのだろう。そこまで強いなら、そのまま野望とやらに向かっていけば良いだろうに……
………待て、1番最初。この男は仄を刺した時になんて言っていた?
『死んでたら奪えないしね』
………まさか。
あの子の異能力は、『鏡合わせ』。シキヨと呼ばれる上位の穢神にも通じた、『異能力』。目を合わせるだけでお互い何も出来なくなる硬直状態を、強制的に作り出すことの出来る、シンプルかつ強力な力だ。
まさか……この男は………
「あなた…まさか、殺した相手の異能を奪える異能……?」
最初の発言。そして、もうひとつ。忍者を最初に殺した時に、「異能者じゃないのか」と話していた。異能力なら奪えるが、忍法は言わば無能力者の努力の結晶。
もし、燼人が「殺した相手の異能力を奪える異能力」なら……
今まで手に入れていた「異能」を使っていたのならば…
今までの燼人の立ち回りの辻褄が合う。
複数の異能力を使用していた訳では無い。今の今まで、1度もそんな能力を使っていなかった。
使っていたのは、『殺した相手の異能を奪い、使用する異能』ただ1つだけ。
燼人は、不可視の剣を肩に乗せて舌を出す。
「………さてねぇ」
「図星かしら?」
とぼける燼人の背後から襲いかかる忍者を、ノールックで断頭する。どうやら不可視の剣で斬ったようだが、随分と斬れ味が良いようだ。
「いやぁ、これでも苦労してんだよ~?あまりにも強すぎる異能だと俺が壊れちゃうし、『異能力』って、つまり「魔法」とか「法力」とかも含まれるでしょ。そういう理論が分からない専門的な能力だと扱い方が分からないから使えないし。あ、サービスで教えてあげるよ。僕がストックできる異能は5つしか無いよ~」
「どうせ嘘でしょ」
「本当だよ。あ、じゃあ教えておこうか。俺の異能は『不可視の剣』以外にも4つあってさ。『物体加速』『縮地』『認識阻害』、これはさっきまで見せたねー」
不可視の剣をクルクル回しているのだろう。何も無いところに光が反射している。
「あぁ、『縮地』の対象は俺だけ。つまり瞬間移動みたいなもんだね。『物体加速』もさ~、視覚内にある軽量の物体にしかかけられないし…案外不便だよ」
燼人は続ける。
「で、もう1つは『透過』…って言ってもこれは俺自身には付与出来ないんだよねー」
「……何故手の内を明かす?」
猿谷が抜かりなく燼人を囲むように、陣形を組みながら問いかける。
「いや、あまりにも一方的じゃないか。しかもそっちは守りながらだろう?これでイーブンじゃないか。あぁ正々堂々とかそういうんじゃないよ。言うなら……」
燼人は顎をクイッと斜めに上げる仕草をする。
「もう少し楽しませろよ……って感じかな」
燼人の一言で、空気がひりつく。手の内を明かした。全て嘘である可能性もあるが、今は一考の材料にする。
燼人は挑発しているように見えるが、正直手の内が分かったのはありがたい。せいぜい舐めてかかってもらおう。
しかし、聞いていただけでもこの男。抜け目がないのが理解出来る。
遠距離には『物体加速』によるナイフでの攻撃、中距離では『不可視の剣』、近距離では『縮地』による緊急回避と自前のナイフによる攻撃。そして、『認識阻害』という安全に戦線離脱できてしまう異能。そして『透過』というまた別の脅威。
一つ一つはさほど強力では無いが、その全てが戦闘において強力な手札となっている。
そして一番異質なのが、異能頼りの戦闘では無く、異能を補助として扱う才能。
仄のような、どこまでも平和的な強制硬直とは正反対。
異能力者殺し前提の異能力。はっきり言って気持ち悪い。
だが、恐らくこの男はストックした異能力を同時に使えない。
並行して使用ができるなら、『認識阻害』を発動している時に『不可視の剣』でも使えば良いのだ。そうしなかったのは、使わなかったのでは無い。使えなかったからに他ならない筈だ。
相手の手札は、大方理解した。
………さぁ、ここからが本番だ。
現代にて必要とされなくなった、諜報活動を主とする隠密部隊。
中でも枯葉里は異質だった。里長は里を継がせることを考えておらず、衰退も無常として緩やかに滅びることを受け入れた。しかし、枯葉里の衆はこの道以外の生き方を知らない。
だから探した。今でも古風な諜報部隊を必要とする主を。
だから待った。慣れない日常生活を受け入れても。
そんな彼らが持つ『忍法』と呼ばれるものは、『異能力』とは違う。
忍法・忍術は、彼らに生まれつき備わっているものではない。里での厳しい修行を経た先に、得ることができる努力の結晶。おおよそ常人離れした身体能力を持って行使することができる技術。
魔法が如き、技術。
それが、『忍法』
「忍法・水槍ッ!!」
枯葉里の衆の一人が、右手を水平に構えると、その指先から鉄砲水のように放射する。
「うわぁ、体液でそれやるのって大変じゃあない?」
燼人は笑いながら、水で出来た槍をのらりくらりかわしていく。
「忍法・土礫」
別の忍者が足を地面に叩きつけて、浮いた礫を蹴り付ける。
「いや、忍法て。力技じゃん」
燼人は、人ひとり殺すには十分な威力の礫を、手持ちのナイフで斬って対処する。
「忍ぽ……」
「もういいって」
燼人はジャックナイフを逆手に持ち替えて、背後に回っていた忍者の顎に突き刺す。
「ご…ごぽっ!?」
「はいはい、次々~」
燼人は引き抜いたジャックナイフを、同じ忍者の首に突き刺した後、遺体を蹴飛ばす。
「眞雉、煙幕」
猿谷の言葉に、反射的に反応する眞雉は、瞬発的に煙幕を張る。
「戌亥」
名前を呼んだ後にパパッとハンドサインを出すと、戌亥は懐から棍を取り出す。
「……へぇ」
煙幕の中で猿谷、眞雉、戌亥、ヒミコが四方向から燼人に向かう。
すると、四人は自分の目を疑う。
燼人は一瞬で眞雉の方へと移動し、そのナイフを突き立てていた。
「へぇ、防いだか」
「……ッッ!」
眞雉は手の甲に隠していた手裏剣で受け止めてなんとか死を防いだが、燼人の蹴りによって体勢を崩す。
(……こいつはなんなの?異能力者…よね?)
ヒミコが体勢を立て直しながら、思考を回す。
(仄を治そうとした時もそう、一瞬で移動するなら恐らくは移動系の能力……)
眞雉が立ち上がるまでの間、他の忍者が燼人に向かうが、もれなく捌かれる。
(……この男…強い…)
猿谷は仮面の奥で、ヒミコと同じく燼人について考察する。
(仄様の兄と言っていた……仄様の反応を見るに、あの言葉は偽りじゃない。しかし死んだ者が生き返る…?いや、今そこは重要じゃない。問題はこの男の戦闘センスと異能力だ。ナイフと瞬間移動のような移動系能力。今のところ攻撃手段はナイフだけ……ならば)
戌亥が棍で燼人に襲いかかるが、瞬間移動で避けられる。その隙に猿谷は鎖鎌で燼人のジャックナイフを狙う。
「ありゃ」
戌亥の棍に気を取られていた燼人は、ジャックナイフを猿谷の鎖鎌に絡め取られる。
「やれ」
猿谷の指示で眞雉や戌亥を含む他の忍者が、燼人に向かう。
……だが、燼人に向かって行った忍者の数人がいきなり飛来してきた別のナイフによって貫かれ、ゴム球のように体がバウンドする。
「「!?」」
眞雉と戌亥は何かを察し、ピタリと動きを止める。ヒミコはナイフに貫かれた忍者の遺体を確認する。
(……喉に水平に刺さっている…?これは、純粋な腕力による投擲じゃ無い!?)
「あんまり手の内晒したく無いんだけどねー」
燼人はじゃらじゃらと手元に投げナイフを持っていた。
「……作業ベルト…」
猿谷は忌々しそうに唇を噛む。あの男が腰につけているベルトに、別の武器が入っていることは予想できた。しかし、膝裏まである白濁色のコートのせいで、死角を作られていた。
「ほら、忍者ってこんな感じだろ?」
燼人が投げナイフを宙に放り投げると、突然そのナイフが水平に加速する。
「……チッ…」
水平に加速したナイフが猿谷の腕を掠める。
(あの男の異能は移動系じゃ無い…?『物体加速』か?)
水平に飛んできたナイフは、異能力によるものだろう。宙に浮いたナイフがまっすぐ加速して来たのだから疑いようがない。すると、燼人のやっていた『瞬間移動』のような能力は、『物体加速』の応用だろうか?
(……仄の回復に神通力を使っているから、コイツの異能の解析ができない……もどかしいわ……)
ヒミコは神人である為、神通力を使うことができる。汎用性は高いが、普通の神よりも力は劣ったものになっている。
「ま、せいぜい頑張って考察してみてよ」
……バレている。読めない……燼人の手の内が読めない。
すると、突然燼人は後ろを指差し話す。
「あ、穢れた神」
全員の視線が、一瞬燼人から逸れる。しかし、燼人の指差した場所には何もいなかった。……嘘で騙された。
その場の人物が、再び燼人に視線を戻すまで1秒もかかってないが、再び視線を戻した先に、燼人はいなかった。
「………」
猿谷は無言で指示を出すと、ヒミコと仄を抱いた忍者を中心として円陣を作る。
「……」
枯葉里の衆が神経を尖らせて周囲を警戒するも、燼人の姿が見当たらない。
「……」
「ッッ!?」
ヒミコはすぐ側でナイフを構えていた燼人に間一髪で気がつき、懐刀でナイフを弾いた後、掌底で燼人を突き飛ばす。
(……この感触…)
ヒミコは燼人に触れた手を握ったり開いたりした後に、怪訝な顔をする。
「………」
燼人は「バレたか」という表情で両手を上げる。
「貴方……人間じゃないわね?いや、正確には……」
「あ~、もうちょっと隠しておきたかったんだけどね」
燼人は首筋に片手を当てると、首の関節を確かめるようにゴキッと鳴らす。
「逃げなさい、仄」
「でも…お兄ぃ」
「俺は大丈夫だから、早く逃げるんだ」
「………」
仄は脇目もふらずに逃げ出した。
あぁ、それで良い。それで……
………俺の邪魔をされないで済む。
まぁ、あの異能は惜しかったが。生きてればそのうち貰いに行こう。
「おい、神だろう?少し話をしないか?」
「がぁアァァァ!!」
「……チッ……理性が無いのか。じゃあ意味無いんだよな」
燼人はジャックナイフを取り出すと、呆れ顔で目の前の穢神を眺める。
「これ、本当に倒せるのかなぁ……」
数時間後、横たわる穢神と、地面に膝をつく燼人がいた。
「……きつ~」
体の感覚が半分ない。きっと裂傷や複雑骨折のオンパレードだろう。変な野望なんて持つんじゃなかった。
そんな事を思っていると、ギチギチと色々な音が聞こえてくる。どうやら、神との戦闘音で妖などがよってきたようだ。どうやら、死に体の俺をていの良い食料だと思っているのだろう。
………ここまでかぁ……
…………………
………いや、待てよ。
かろうじて動く半身に力を込めて、妖をナイフで切り裂く。そして……
ぐちゃぐちゃ
ぐちゃぐちゃ、ぽきぽき、がりがり
ぐちゃぐちゃ、ぽきぽき、がりがり、パキパキ、むしゃむしゃ
俺が妖になればまだ生きれるなぁ?
切り裂かれた妖の死体を、口に運ぶ。
たちまち、身体が異常な激痛を訴えたような気がするが、その後に身体が復活した。
この時、燼人の肉体は妖の肉を摂取した事と、自らの野望によって、半身が妖へと変化していた。
しかし、異能力を持った人間の部分が完璧に妖になる事を拒んだのか、本人の肉体によるものか、それとも天性の才能か。燼人は、完全な妖になるには至らず。不測の事態が引き起こしたイレギュラー。
燼人は、妖と異能力者のどっちつかずとして復活した。
「俺も実は妖術が使えてさ。まぁ、と言ってもそんなに便利なものじゃないんだけど」
燼人が口を開けて中を指差して続ける。
「俺は、妖を捕食すると肉体が再生するらしんだよね。最初に喰った妖が持っていたのかどうか。俺にはわからないけど」
「………引くわ」
「まぁ、好きに言ってよ」
「貴方、一体何がしたいのよ」
「ん~、世界征服?」
真面目に答える気が無いのか、燼人は茶化すように答える。
「まぁ、そろそろ仄にトドメを刺したいし、終わらせたいかなー」
燼人が空中で何かを掴むような動作をする。しかし、その手には何も持っていない。
「………」
兎角仕掛けようとした忍者の一人が、燼人に襲いかかるが、その途端、忍者はまるで剣に貫かれたように動きが止まる。
「………?」
燼人の右手には何もないはずなのに、返り血が何かをつたっているのだけが見えた。
(……不可視の剣?『物体加速』の異能じゃあないのか?まさか……いや、この世に多重異能者は存在しないはずだ……あの男の異能はなんなんだ…ッ)
猿谷も燼人の手の内が読めない事に、歯痒さを覚える。
「これとっておきだからさ、早く終わらせよう」
貫かれた忍者の遺体を蹴飛ばした後、見えない剣についた血を振り払うように上から下へビュッと振りかざす。
目を凝らしてみると、光の反射などで見えなくもないのだが、戦闘中にそこまで集中してみることは難しい。そもそも、ほとんど透明な状態の武器というだけで厄介なのに、今までの異能の断定すら完了していない。
ヒミコは今までの立ち回りから、燼人に対しての考察を進める。
この世界に異能力者はいても、複数の異能を保持する所謂『多重異能力者』は存在しない。どっちつかずはその限りではないが、あれは妖と神の両方の属性を持つ例外的な存在に限られる。この男も妖と異能者のどっちつかずとは言っていたが、妖術は自身で言った通り、「妖を捕食する」ものだろう。嘘である可能性もあるが、一度妖術はそれだと仮定するとして、問題は異能の方だ。
今までこの男が使った異能力らしき力は、最低でも3つの能力が働いている。
1つ目は、物体の加速。対象は不明。自身と手持ちのナイフに使った。
2つ目は、視線を1度外した時に起きた。潜伏の異能。恐らくは「認識阻害」系統の能力。
3つ目が今現在出している「不可視の剣」。とっておきと言っていたが、これが切り札だろうか?
多重異能者が存在しない以上、これらの能力は1つの異能から生み出されている筈だ。
ヒミコが思考を雷のような速度で回している中、猿谷と眞雉、そして戌亥は生き残りの忍者達を動員して、燼人を押さえ込んでいる。
……それにしても、なぜこの男は仄を殺そうとしたのだろう。そこまで強いなら、そのまま野望とやらに向かっていけば良いだろうに……
………待て、1番最初。この男は仄を刺した時になんて言っていた?
『死んでたら奪えないしね』
………まさか。
あの子の異能力は、『鏡合わせ』。シキヨと呼ばれる上位の穢神にも通じた、『異能力』。目を合わせるだけでお互い何も出来なくなる硬直状態を、強制的に作り出すことの出来る、シンプルかつ強力な力だ。
まさか……この男は………
「あなた…まさか、殺した相手の異能を奪える異能……?」
最初の発言。そして、もうひとつ。忍者を最初に殺した時に、「異能者じゃないのか」と話していた。異能力なら奪えるが、忍法は言わば無能力者の努力の結晶。
もし、燼人が「殺した相手の異能力を奪える異能力」なら……
今まで手に入れていた「異能」を使っていたのならば…
今までの燼人の立ち回りの辻褄が合う。
複数の異能力を使用していた訳では無い。今の今まで、1度もそんな能力を使っていなかった。
使っていたのは、『殺した相手の異能を奪い、使用する異能』ただ1つだけ。
燼人は、不可視の剣を肩に乗せて舌を出す。
「………さてねぇ」
「図星かしら?」
とぼける燼人の背後から襲いかかる忍者を、ノールックで断頭する。どうやら不可視の剣で斬ったようだが、随分と斬れ味が良いようだ。
「いやぁ、これでも苦労してんだよ~?あまりにも強すぎる異能だと俺が壊れちゃうし、『異能力』って、つまり「魔法」とか「法力」とかも含まれるでしょ。そういう理論が分からない専門的な能力だと扱い方が分からないから使えないし。あ、サービスで教えてあげるよ。僕がストックできる異能は5つしか無いよ~」
「どうせ嘘でしょ」
「本当だよ。あ、じゃあ教えておこうか。俺の異能は『不可視の剣』以外にも4つあってさ。『物体加速』『縮地』『認識阻害』、これはさっきまで見せたねー」
不可視の剣をクルクル回しているのだろう。何も無いところに光が反射している。
「あぁ、『縮地』の対象は俺だけ。つまり瞬間移動みたいなもんだね。『物体加速』もさ~、視覚内にある軽量の物体にしかかけられないし…案外不便だよ」
燼人は続ける。
「で、もう1つは『透過』…って言ってもこれは俺自身には付与出来ないんだよねー」
「……何故手の内を明かす?」
猿谷が抜かりなく燼人を囲むように、陣形を組みながら問いかける。
「いや、あまりにも一方的じゃないか。しかもそっちは守りながらだろう?これでイーブンじゃないか。あぁ正々堂々とかそういうんじゃないよ。言うなら……」
燼人は顎をクイッと斜めに上げる仕草をする。
「もう少し楽しませろよ……って感じかな」
燼人の一言で、空気がひりつく。手の内を明かした。全て嘘である可能性もあるが、今は一考の材料にする。
燼人は挑発しているように見えるが、正直手の内が分かったのはありがたい。せいぜい舐めてかかってもらおう。
しかし、聞いていただけでもこの男。抜け目がないのが理解出来る。
遠距離には『物体加速』によるナイフでの攻撃、中距離では『不可視の剣』、近距離では『縮地』による緊急回避と自前のナイフによる攻撃。そして、『認識阻害』という安全に戦線離脱できてしまう異能。そして『透過』というまた別の脅威。
一つ一つはさほど強力では無いが、その全てが戦闘において強力な手札となっている。
そして一番異質なのが、異能頼りの戦闘では無く、異能を補助として扱う才能。
仄のような、どこまでも平和的な強制硬直とは正反対。
異能力者殺し前提の異能力。はっきり言って気持ち悪い。
だが、恐らくこの男はストックした異能力を同時に使えない。
並行して使用ができるなら、『認識阻害』を発動している時に『不可視の剣』でも使えば良いのだ。そうしなかったのは、使わなかったのでは無い。使えなかったからに他ならない筈だ。
相手の手札は、大方理解した。
………さぁ、ここからが本番だ。
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高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい
どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。
記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。
◆登場人物
・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。
・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。
・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。
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