神様の仰せのままに

幽零

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穢神戦争編

68話

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「……やれやれ」

花車は口を閉じた後にブッと血反吐を引き出す。どっかの内蔵が損傷でもしたのだろう。


「……いやー、散々食べておいて自分は食うな?それは無いよにぃ~」

花車が軽口を叩くと、頭を抱えてシクウはブンブンと駄々をこねるように答える。

「うるさいうるさい!シクウは…シクウの何がわかるの!」

「な~んもわかんね」


即答した後に、大斧を再び構える。

「……だけど、飢えるのがキツイってのは知ってるにぃ」









暗い暗い森の中。冷たい雨粒が頬を打つ。最初記憶はそれだった。立って歩いて、しばらくそうしていたら、空腹が襲ってきた。何をどうすれば良いかも分からず、ただただ蹲る。しばらくそうしていた気がするが、肌に雨粒が落ちる感覚のおかげで意識は落ちなかった。

雨が止んで、そろそろ体の感覚がなくなってきた時、目の前の切り株に野うさぎがぶつかって死んだ。懸命に手を伸ばして、それを喰らう。


立って歩けるようになり、もう一度野うさぎを捕まえて食べた。それを続けていたら、いつの間にかお腹は空いていなかった。





ある日には虎に襲われた、別の日には熊にも襲われた。

ただ、今は皆胃の中だ。





森で育った。そして、ここで死ぬんだと思った。


……だが。



「……?」

 

気が付く。減っているのだ、木々が。

原因は分かった。『ジンジャ』とかいう連中が森を枯らしている。



「……?なんどぉっ!?」

「……おいどうしっ!?」

「ぎゃ!?」



同じような服を着ているからわかる。全員殴って森の外へとサヨナラだ。

そうやって妨害していたら、ある日捕まった。


「……彼女ですか?」

白い軍服を来た男は穏やかに話す。

「えぇ、神社の拡張を邪魔しています。即刻処分で良いかと」

「……ふむ」

「…………」

動けない。何人もの人間に抑えられている。だが、森は絶対に守る。

何とか動こうともがいていると、白い男が目の前にしゃがんできた。

「……きっと、貴女が育ったのがこの森だったのですね。それは大変失礼しました。生まれ育った家を奪われるなら、誰しも抵抗するのが理です。ですが……」

男は取り押さえていた人間を下がらせると、手を差し伸べた。

「貴女は誰も殺していない。良かったら私と来ませんか?きっと良い神守になれる」

初めての温かい手、壊さないように慎重に繋いだ。





「とりあえずこれを」

「………?」

「貴女は力が強いですから、きっと斧が似合うと思いますよ」

幼い花車は、この時初めて斧を握った。





「名前が欲しいですね」

「……?」

「名前です。貴女を表すものですよ。そうですね……花車にしましょう。花言葉に『希望』『前進』があります。貴女にピッタリですね」

「か、しゃ?」

「えぇ、貴女の名前ですよ」





「白獅子様、な~んでアタシを拾ったんに?」

欠伸をしながら白獅子の膝でゴロゴロする花車を撫でながら、白獅子は答える。

「そうですね。貴女は私たち神守を憎く思っていながら、誰一人として殺さなかった。そういう思いが、私は尊いと思ったのです」

「んにぃ~」





「しばらく経ちますが、貴女は随分と大きくなりましたね」

「んまぁ、あれだけたらふく食えばね~。ちなみに、もう結婚もできる歳だけど?」

「ハハッ、育ての子と一緒になるのは流石にどうかと」

「そういうと思ってたにぃ~」





「花車もとうとう六武衆ですか」

「んひぃ~育ての親が良かったんだにぃ~」

「……それにしても」

白獅子は、出会った頃から随分と背の伸びた花車を見上げる。

「大きくなりましたね」





それからあの人は、1人の男に全てを託して居なくなった。

悲しい。でも、泣かない。


あの人は託して逝った。なら、悲しむのはあとでも出来る。


今はただ、あの人が託したあの……



あのぶっきらぼうで不器用で、でも人一倍熱い想いのあるあの人の為に。



だから、どうか見守っていて。









「……ふぅ~~…」

蒸気機関が排熱するように、花車は息を強く吐く。


「飢えるのも、餓えるのも、確かに辛い。だけど、だから何をしても許される訳じゃあないんだにぃ~」


虎のような目付きで、花車はシクウを見据える。


地面を蹴り飛ばす花車は、音よりも速く動く。

「……!?」

不意をつかれたシクウはビクリと肩を震わせ、行動が遅れる。


花車はその隙を逃さない。天から地にかけて、全てを込めて振り下ろされたような大斧が、シクウに振り下ろされる。精一杯抵抗しようとしたのだろう。竜の首が出かけていたが、それごと潰していくように……




シクウは、肩から斜めに両断される。






「カッ……はッ……」

虚ろな目で、空を見るシクウ。



幼い身体が地面に弾むと、ビクビクと肉体が痙攣した。



「……シク…は……」




あぁ………寒い…寒いよ……

似ている…あの社に1人で居た時と。



「………?」

死に行くシクウの体は、何者かに抱き寄せられる。

「………」

花車は地面に倒れたシクウを抱き寄せていた。幼い体を押し潰してしまうような巨躯で、精一杯抱きしめる。

「きっと、辛かったんだろう…お前はずっと、大切な人を失った人間の眼をしていた」

花車は続ける。

「何があったかは知らない。ただ、最期ぐらいは、安心して逝くといい」




…………あぁ、暖かいな。





(……お姉様…シクウは頑張りました。でも、ごめんなさい。負けちゃいました)



走馬灯だったかも知れない。幻聴かも知れない。


それでも、シクウは事切れる直前に確かに聞いた。粘着くけど、どこまでも甘いあの声を。








頑張ったわねぇ








「……シクウ…がんば……した……おね……さま…」

両断された体で笑う。穏やかな笑顔を浮かべながら、シクウは崩れていった。




「……………」

シクウが逝くのを見届けた後、花車はドシャリと地面に寝る。

「……どふぇ~……疲れたにぃ~……」



だが、オチオチ寝ても居られない。動かねば。



「にしても、他の人は大丈夫かにぃ~?」





少し休憩したら、行くとしよう。






………野ウサギでも待ちながら。




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