神様の仰せのままに

幽零

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穢神戦争編

67話

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「……チッ…」

花車は大斧を担ぎながら、頬についた血痕のようなものを拭う。


「おぉー!おっきい人とっても強いのー!」

襲い来る龍の首を叩き落としても、本体はピンピンしている。それどころか、そこに悪意も敵意も無い。彼女からしてみれば、遊んでいるだけなのだろう。


ぴょんぴょん跳ねていたシクウは、お腹の当たりをさすると、口を尖らせてポツリと呟く。

「うーん…でも、そろそろお腹空いて来ちゃったの…」


人差し指を口元に当てながら、可愛らしくしょんぼりするシクウ。


(………チッ…こうも物量で押し切られてると結構キツいにぃ~…速攻戦で片したかったのに……)



花車は担いだ大斧を地べたに突き刺すと、巨躯をしなやかに動かして、ストレッチを始める。

筋肉、上背、骨格、それら全てを最大限に生かすように、一つ一つを確認するように伸ばしていく。


「……ん~…ここからは持久戦なのかにぃ~」


大斧を地べたから引き抜くと、再び両手で構える。


ドンッ!と地を蹴る音が聞こえたかと思うと、彼我の差を一気に縮める花車。だいたい10メートル程離れていた筈だが、それを一瞬で詰めた。


「おわ!とっても速いの!」


シクウは手を前に出すと、そこから龍の首が勢いよく突き出てくる。

花車はそれらを叩き落とし、断頭する。その後首のひとつを踏み台にして、一気にシクウまでの距離を詰める。


(……取った…ッッ!)


花車が斧を振り切ろうとした瞬間、シクウの前に、小さい穴が空いていた。


「ちっちゃいお口なの~」


シクウは無邪気に笑うと、中から小さい龍の首が突き出て花車の顔面に直撃する。

花車は顔から仰け反り、そのまま衝撃で再び距離を取らされた。


「……あれ?確かに当たったのに、味がしないの」

シクウが不思議そうに花車を見ると、仰け反っていた花車はグンッと再び立ち上がり、双眸でシクウを見据える。



……その口元に…



小さい龍の首が咥えられていた。


花車の力でグチャりと噛み切られた龍の首は、ビチビチと魚のように痙攣しながら地面に落ちた。


「………べっ……まっず」


「…………………ッッッッ……!!」


その一連の動作を見ていたシクウは、今までの無邪気さが消えて、トラウマを思い出した幼女のような表情になる。


「し……シクウは……食べ…食べて……」

「………んにぃ?」


シクウは、ここで初めて敵意を花車に向ける。


「シクウの事は食べないでッッッッ!!」

「……ッ!?」


花車は突然激しくなった攻撃を紙一重で避けると、大斧を使って龍の首を叩き切る。


(あ~…地雷踏んだかにぃ~?)

花車は大斧を振り回して何とか捌こうと動く。










ある所に、産まれたばかりの神と豊穣で名を馳せた村があった。

人里離れた場所に社があったが、村人はお参りを欠かさず行い、その年の豊穣を願っていた。


「いやぁ、豊穣神のシクウ様がいるから、この村は安泰だなぁ~」

「とはいえ、怠けてばかりも居られんよ。シクウ様にお供えする野菜とかを育てないといけないしな」


誇らしかった。自分のおかげだと言ってくれる人々が、心の底から笑顔になっている事がわかる。

「えへへ、シクウも皆のこと好きなのー」


神様とはいえ外見は幼女。村人のみんなはここに孫や子供に会いに行くような感覚で通っていた。

めぐり巡る、幸せな日々。





「………あれ…?」




その年は、台風や落雷のような悪天候が続き、人里離れた社に来る村人はいなかった。


翌年、彼らはいつもより豪華な野菜や果物や穀物を納めに来た。


「おわー!いつもより多いの!?どうしたのー?」

シクウが驚いていると、村人のひとりが答える。

「いやぁ…実は去年は暴風雨の影響でお参りに来れなかったもんで……シクウ様に申し訳ないと思いましてな。それにしても今年はいつもより豊作なんですよ!」

「いやぁ…ホントに凄かったよな、今年は」

「なんか変えたか?肥料?」

「いやぁ…特には?」

「まぁシクウ様のお力だよな!」


その後はシクウの力を褒めるような言葉が続く。

「……えへへ」


やっぱり誇らしい。村人に必要とされている。そして、喜んでくれている。あぁ、お天気のせいで皆は来れなかったんだ。




……………なのに。





「……あれ……また誰も来ないの…?」





あれから、2回3回と村人がお参りに来ない年が増えて行った。



「いやぁ!すいません本当に!色々豊作で忙しくて!」

「今回はこの間と同じ量ですが、どうぞお納めください」

「おお!良かったの!シクウみんな来なくなっちゃったのかと思って…」

シクウがそう言うと、村人のひとりがピクリと反応した後に続ける。

「い、いやぁそんなはず無いじゃ無いですか!」

「……さて、そろそろ仕事に戻ろう。シクウ様…また来ますね」

「あ、さよならなのー!」



良かった。別に忘れられた訳じゃ無い。皆は忙しくて来れなかったんだ!





その後、村人は1人も来ないまま5年が過ぎた。





社の中には、蹲るシクウがひとり。


「………お腹…空いたの…」


豊穣神として産まれたはずなのに、何故か村人は来なくなった。忘れられてしまったのだろうか。


「………寂しいの…」


そんな中、軽い足音が響く。


「わ。ホントにいた…」

「だ、誰なの……?」


所々破れた着物をきたその少年は、手に泥の付いたままの野菜を握って社に入ってきた。

「お母さんがね……あの場所には小さな神様がいるんだーって教わって…実は行っちゃダメって言われてたんだけど、来ちゃった」


泥の付いた手で髪の毛をかく少年は、手に持った野菜をシクウに差し出す。


「はい!これ「おみつぎもの」って言うんだよね!」


「………っ…ありがとうなの……!!」


シクウは泥の付いたまま野菜を、一心に食べる。味は良くなかったけど、一生忘れない味になった。


それから、少年はちょくちょく社に来るようになった。その度に野菜や穀物を持ってきてシクウに差し出す。その無邪気さに、シクウは救われていた。


「おぉ!シクウ様だいぶ良くなった!?」

「君のおかげなの!」

「良かったー、あ、もう暗いから、また明日くるね!」

「さよならなの!」


そう言って、手を振って帰っていく少年は次の日に来なかった。

その次の日も、次の日も次の日も……



「……また、独りになっちゃったの…?」

シクウは決断した、あの村に行ってみようと。


空腹と衰弱で足取りはおぼつかない。ようやく村に着いたシクウは驚く。

野菜や穀物が所狭しと並び、村人は以前と比べて丸く肥えていた。


「……あの子は……?ん?」

物音のする方へと歩くと、牢屋のような場所に人だかりが出来ていた。

(……なにかあったの?)


シクウはそこへ行き、目を疑った。


あの少年がやせ細り、手と足を繋がれていた。


木の棒を持った大人の男は少年に怒鳴り散らす。


「てめぇ…ココ最近全然野菜が取れねぇと思ったら…てめぇがあの神に食わせてたんだろ!」


バシンッ!と少年の身体に棒が叩きつけられる。少年は呻くだけで声をあげない。


「あの神はなぁ!餓えれば餓える程、この村が豊作になる神なんだよ!」

「きっと自分が食いてぇからそうなるんだろうな!」

「違いねぇ!ハハハッ!」


シクウは、衝撃のあまりに動けなくなった。


少年に罵声を浴びせる男達は、いつぞや社に貢ぎ物を持ってきてくれたあの男達だ。


「てめぇはあの神に飯を持ってった分だけ飯抜きだ!いいな!」

再び棒が少年の肌に当たる。


「……おや?シクウ様!?」

人だかりの後ろにいた女性が、シクウに気が付く。

「な、なに!?」

「なんで……」


「……みんな…何を…してるの……?」


そんな中、牢屋で少年を殴っていた男が勢いよく叫ぶ。

「見られたからにゃ仕方ねぇ!お前ら!そいつも牢屋に入れろ!大丈夫だ!神とはいえ所詮ガキだ!」

男の号令で、牢屋に投げ込まれるシクウ。


「ま、まって……開けて……」

「ハッ…お前を飢えさせればこっちが豊かになるのに…誰が出すかよ!」

「全く…シクウ様々だぜ!」

男は面白そうに、少年に呼びかける。

「あ、そうだ。お前の鎖解いてやるよ。目の前の神さんと仲良くやんな。それとも、肉にしか見えねぇか?ハッハッハ!」


外から棒を使って少年の鎖を壊す男に、シクウは懸命に訴える。


「……ねぇ!ねぇってば!開けて欲しいの!」

「………うぁ……」

「あ!気がついたの!?」

シクウが少年に駆け寄る。肋骨が見えるほどにやせ細っていた。

「……あぁ……あ……」

そして、少年は。




シクウに噛み付いた。




「いっ……いたッ!?ねぇ!やめてっ!痛いっ!やめっ……」

「…………」

一心不乱にシクウに噛み付く少年。きっと正気ではないのだろう。

「ハッハッハ!見ろよ!本当に神さん食ってるぜ!?」

「まぁどうせ死なないだろ。なんたって神なんだからよ。俺らが信仰してるしな」


笑って助けない村人、無心に噛み付いてくる少年。



………なんで……この子も…あの人たちも……



どこで、何を間違えてしまったのだろう?






……………あぁ……







…………お腹、空いたな。








途端に手足がジワジワと温かくなる。

「………食べちゃお……」

ぼんやりする頭に浮かんだ言葉を実行するべく、シクウは小さな腕をめいいっぱい上にあげる。すると何も無い空間から、虎や獅子のような顔をした竜の首が出現し、辺りのものを喰い漁り始めた。


「うわぁぁぁっ!?」

「な、なんだ…!?」

「た……助け………」




お腹すいたなー………お腹すいたなー……




あれ…なんか……おなかいっぱいにならないや。



じゃあ、どうしようかな。遊ぼうかな。



「………むふー」


シクウは襲い来る全能感に身を任せ、自らの快感のまま、寝そべって竜の首を振るう。

村にある豊富な野菜や穀物、挙句には建物まで竜の首は喰い漁った。




豊富な資源を誇った村は、豊穣神への信仰を忘れ、一夜で滅びた。


残ったのは無惨に喰い破られた死体の山。


「……なんか、美味しいのと美味しくないのが混ざってたのー……」


シクウは天井に穴の空いた牢屋で、大の字で寝そべっている。



「あらァん?なんか似たような気配があると思ったらァ…貴女、アタシと一緒かしらァ?」


突然粘っこい声がひびき、シクウはそちらに視線を動かす。


「……誰なのー…?」

「んん~、貴女と同じ…というか仲間かしらァ?」

豊満な肉体を自分で揉むように、女神のような者はその場でクネクネと動く。


「それにしても、村人が全滅しているのにまだ存在してるってことはァ…貴女ァ、アタシと一緒ねぇ?」


女神はシクウを抱き上げると、まるで自分の子を愛でるように撫でる。

「辛いことがあったのねぇ~…もうガマンしなくても良いのよォ~?」

「…そう…なの?」

シクウの言葉に頬をスリスリと擦って答える女神。思い出したようにシクウは尋ねる。

「あの、あなたは?」

「あらァ、そう言えば名乗ってなかったわねぇ~」

その女神はシクウを抱いたまま、名乗る。


「アタシはシキヨ。『お姉様』って呼んでも良いわよォ~?」

「お姉様ッ!」

冗談で言ったつもりが、即答されてしまい若干戸惑うシキヨ。




この出会いは、シクウにとって、幸か不幸か。



でも、確かにこの時、シクウは救われていた筈だ。


それが例え、穢神への道だとしても……


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