神様の仰せのままに

幽零

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穢れし過去編

53話

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「面白くないな……」

「……なにがです父上」


一ノ門大社には、崖のような険しいシワが刻まれている老人と、一人の男がいた。


「彼島家の事よ……の良い『穢祓い』をよこしてくる家が…生意気にも三ツ谷などに嫁いでしまった……不愉快だ……」

奥歯をギチっと鳴らし、しわがれた拳を握る。

「なるほど。では父上。その件、この私が一枚噛めば後継者への道が開けると?」

「……貴様次第ではあるな」

男は前髪をふっとかきあげると、嫌な笑顔で続けた。

「承知しました。帝王学を学ぶあまり人間不信になった愚兄、そして戦場にばかり出て腑抜けている愚弟に代わり、この私が期待に応えましょう」

「……好きにするが良い」

「フハッ…では、好きなようにやらせて頂きます」

前髪を掻き上げた一ノ門の次男は、歪な笑みを浮かべると部屋を出ている。




「はァッ!?一ノ門の下請け!?」

「騒がないでくれ…壊奈。結が起きてしまう」

「あ、あぁ…ごめんなさい、でもどういう事?」

「嫌がらせって事だろうな。向こうからしたら、『仕事を回してやってる』って感じさ」

「……断ると?」

「資金援助を打ち切られるって」

「相変わらずセコい事してくれるわね……」

「……君の弟さんにこの件は任せても良いかな」

「良いわ。……それと、貴方…」

「ん?」

壊奈が歯切れ悪く言うと、神主は優しく手を握って「言ってごらん」と続けた。

「結には…アイツが私の弟だと言う事…伏せてるの。結の前では言わないで」

「……君の事だ。この子の出自を探られる際に、彼島家の人間との繋がりを少なくしたいとの考えだろう?」

「……えぇ…」

地位が回復したとはいえ、今までの先祖が代々穢祓いをさせられていた家系だ。我が子が成長した時、それが何かの弊害になるのではないかと、壊奈は不安だった。

そんな不安そうな表情で呟く壊奈を、神主は抱きしめる。

「大丈夫、大丈夫さ。賢い弟さんの事だ。きっとわかってくれる」

「………あなた…」



壊奈は、神主に縋るように抱きついて、小さく泣き始める。

彼島家の地位は、限りなく低かった。他の家からは、今でも玉の輿なんて揶揄される程だ。


そんな環境にいた壊奈は、誰よりも家族の大切さを理解していたのだろう。だが、我が子の事を思うと、どうしても実家との繋がりはなるべく少ない方が良いと考えてしまう。

家族を誰よりも大切に思う壊奈だからこそ、血の繋がった弟である破狩を切り捨てるような自分の行為が許せないのだろう。

そして、そんな選択を取ってしまっている自分自身も。




神主と壊奈が話している外の廊下では、腕を組んで破狩が立っていた。


(伝わっていますよ……姉上…)



破狩はその場から、音もなく立ち去った。







「やれやれ…今度は一ノ門の掃除…か…」

「あ・の・なー。あからさまにおかしいでしょコレ。いや、神主とはいえ断れないのは分かりますが」

「わかってくれるかい悠斬君。無論おかしいのは私だって理解している。ただ、家を守る為だからね…」

「それでは私が行きましょうか」

「あれ、元々お願いはするつもりだったんだけど…良いのかい?破狩くん」

キョトンとする三ツ谷神主に、破狩は続ける。

「私は浪人扱いですし、何よりここの神守さん達を出す訳にも行かないでしょう?」

糸のような目で話す破狩の肩に、手が置かれた。

「じゃあ俺も行くぜ」

「鳴神さん…そんな事すれば貴方、ご実家に露呈してしまうのでは?」

「良いのさ、そろそろ隠し通すのも限界だしな。思いっきり喧嘩売ってやるさ」


「いや、悠斬君…出来れば喧嘩はなるべく売らないで欲しいんだが…」




そんなこんなで、悠斬と破狩は一ノ門に赴く事になった。






「なぁ、破狩。これ何処やるんだ?」

「向こうの焼却炉に持っていくように言われましたね」

「あん?誰に」

鳴神が尋ねると、破狩が手を向けて一ノ門の神守の一人を指す。

「あちらの方に、ですが」

「お、そうか」

鳴神が破狩の指した神守に向かって聞く。

「焼却炉ってどの辺?」

「あ……えと…その角を曲がった先……で…ございます…はい…」

「あん?あぁ、あそこかー。サンキュっ」


元々は一ノ門の嫌がらせのつもりで、三ツ谷に雑用紛いの仕事を回してきたのだろう。無論、他の神守もそう思っていたのだが、来ればびっくり、彼島家の『穢祓い』になる予定だった男と、鳴神という名家の嫡子様が来てしまったものだから、驚きもするのだろう。


(な、なぁ…来るのって三ツ谷の奴らじゃなかったのか…?)

(しらねぇよっ!鳴神家の坊ちゃんが奔放してるのは知ってたけど…なんで三ツ谷と絡んでんだよッッ!!)

(と、とにかく、鳴神家の当主様にご連絡するのが先決だ)



破狩と悠斬の様子を遠巻きに見ている影が一つ。一ノ門の次男であった。



(な、なん、なんで鳴神家の嫡子がここにいるッ!!い、いや。これはチャンスだ…鳴神の嫡子の弱みを握ってこちら側に引き抜ければ……)


次男は、こそこそと壁を背にして、その場から離脱した。


ふたりがその場から居なくなった頃合を見計らって、先程の広場にいた神守に話しかける。


「なぁ神守。あの二人は何処いった?」

「あぁ、何か向こうの入り組んだ路地に向かって行きましたよ」

「おぉ、そうか」


次男は言われた通りに路地に向かい、こっそりと奥を覗く……だが……

「さて……アレェ?」

壁を背に、二人のいた場所を覗くが、そこには糸目の神守一人がこちらを向いて手を振っていた。

「……な、あぁ?」

すると次男の顔の真横に、いきなり木の枝がナイフのように突き刺さった。

「!?!?」

「……で、一体テメェは誰なんだよ」

悠斬が睨みつけると、次男はビクッとした後に気を失ってその場に泡を吐いて倒れた。

「ありゃあ…これはやっちゃいましたね鳴神さん。彼は一ノ門の神主の血筋で、次男の方ですよ」

「え?マジか……あー………」




両手を広げる破狩と、天を仰ぐ鳴神、傍で倒れる一ノ門の次男。



苦い思い出を作っている筈の二人だが、どこか楽しそうな二人だった。



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