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5話
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その日、緋山は灰城社長に直々に呼び出された。
いかにも秘書のような格好をした女性に連れられながら、ほぼ音のしないエレベーターに乗り、社長室へとたどり着いた。
「やぁ、緋山くん。あの日以来かな?」
全面ガラス張りされた部屋の真ん中に、その男は居た。
灰城の全てのトップ、灰城社長その人だ。
緋山はこの国を動かしていると言っても過言ではない企業のトップにあっているというのに、やはり表情に変わりは無い。
「で、何故俺なんかが呼び出されたんでしょう?」
「ふむ、君は出会った頃となんら変わりないのだな」
そこまでいうと、灰城社長は席をたち、ガラス張りされた背後の景色を眺める。
「君は少し自己評価が低すぎる。もう少し野心を持ちたまえ。君はあの『処理課』にいる逸材なのだぞ」
「……善処します」
「そうしたまえ」
そこまで言うと、灰城は机の上で手を組み話し始める。
「さて、今回の本題だが、ここ最近武装した集団が我々に対し挑発的な行為を繰り返していることを知っているかね?」
武装集団。現代では聞き慣れない言葉だが、灰城の裏事情を司る『処理課』や一部の『暗部課』なら知っているだろう。
「えぇ、まぁ人並み程度には……」
「武装勢力、『パンドラ』と言ったかな?まぁ、この際名前なぞどうでもいいのだが。連中の行為そのものは痛くも痒くも無いのだが、いい加減鬱陶しくなってきてね。まぁ、この事を知っているのは『上層部』と『暗部課』それと『処理課』の三組織だけだ。連中がやけになってここに突っ込まれでもしたら、それこそ我が社の優秀な社員が犠牲になってしまう」
「……その勢力の討伐…ですか?」
「まぁ、そういう事だ」
「なら何故私なのでしょう?この事は『処理課』なら誰でも知っています。それにこれを伝えるなら藍堂の方が適任なのでは?」
藍堂は『処理課』のまとめ役であり、『顔役』だ。緋山一人より藍堂に伝える方が筋だろう。
「緋山くん、私はね、君の力を測らせて頂きたいのだよ。聞けば、誰もやりたがらない仕事を引き受け、早々に終わらせるほどの手腕だと聞いているが?」
「……買い被りすぎです。俺のような下っ端ができる内容だった。それだけです」
「君は謙虚なのがいいところだと思うが、もう少し自信を持ってもいいのではないか?」
「……持てませんよ、自信なんぞ」
緋山は一息つくと、一度頭を下げる。
「わかりました。『パンドラ』についての仕事は承ります」
「うむ、よろしく頼んだよ。あぁ、これを持って行きたまえ」
灰城が緋山に差し出したのは、かなり繊細で優雅な装飾をされた、貴金属のタグのようなものだった。合成繊維のような物で繋がれた楕円状の形をしており、鈍色に輝いている。中心には達筆なフォントで『灰』一文字が刻まれていた。
「それは『灰の刻印』だ。それがあれば単独行動も許可され、『上層部』だって君の一存で使い潰せる。この私が直々に発行する『特許証明』のようなものだ。何かと融通が効くだろう」
「ありがとうございます」
「うむ、期待しているよ」
緋山は社長室を後にすると、『暗部課』へと向かった。『暗部課』は『処理課』や『上層部』と違い、その存在が公になっていない。仕事の内容も、世間に対しての情報操作など、表沙汰にできない内容だからだ。
そういった理由から、『暗部課』の人間は警戒心が強い。
緋山は『暗部課』の人間から質問攻めに合いそうになったが、胸元にぶら下げた『灰の刻印』を提示すると、ガラリと態度が変わり、資料室へと案内された。
『暗部課』で武装集団『パンドラ』についての情報を揃える。緋山は一瞬だけ資料に目を通すと、すぐ次の資料へ。そうして『パンドラ』が関わった事件の情報を全て頭に入れて言った。
彼は『黒鴉』にいた時、自分が下っ端であると自覚していた。それ故に、彼は生き残るためにいち早く情報を覚える事を徹底した。そうやって仕事を続けていくうちに、彼は資料の要点をピックし、自身の頭で繋ぎ合わせ情報を照らし合わせる能力が身についた。
自身が下っ端であると自覚していた故の、鍛え上げられた能力だった。
その時、緋山の目に『パンドラ』とは全く無関係そうだが、気になる資料が目に止まった。周りにあるファイルより、一段と古びているのだ。
その古びたファイルを手に取り、1ページ目を開く。そこには、とある施設の維持費として、莫大な資金が投与されている事が記されていた。
この資料に書かれた通りの施設なら、ここまでの資金は必要ない。気になる所だが、緋山はファイルを閉じた。
知りたがりは早死すると、相場は決まっている。それに灰城の『暗部課』の資料室にあるファイルなのだ。絶対に表沙汰にできるような内容では無いだろう。こういうものには無関心でいた方が長生きできる。
緋山はファイルを元の位置に戻す。
……戻されたファイルのページには、『ラビリンスゲーム』と記載されていた。
後日、緋山は最初に『パンドラ』の襲撃があった場所に赴いた。
そこは古い倉庫のような場所で、使われなくなって久しいことが伺える。なるほど、後ろめたい行動をするにはもってこいだ。
この場所は、灰城に風評被害をもたらそうとした、数人のグループを始末した場所らしい。その後処理を行なっていた際、突如として『パンドラ』が出現、この施設を世間に知らしめようとしたようだ。
幸い、現場に居合わせた藍堂と緑川により、事なきを得たらしいが……
(……十数人に対して二人で対抗したってことか?……いや、緑川は基礎ができているとはいえ、まだ実戦慣れはしていないだろう……とすると、大体藍堂一人で始末したのか……)
緋山は当時起きた出来事を推測をすると、珍しく微笑する。
(……流石は元黒鴉幹部『月光蝶』。武装した民間人なんて敵じゃないってか……)
一応現場を隅々まで見ようとあたりを回っていると、携帯電話が鳴った。ポケットからガラパコス携帯を取り出すとパカリと開き通話に出る。
「緋山、聞いてくれ。少々面倒なことになった」
電話の相手は藍堂だった。どうやら俺が単独行動をしている間に何かあったらしい。
「……何があった?」
「君も知っていると思うが、武装集団『パンドラ』を知っているだろう?」
「あ?……あぁ……」
「その連中の根城らしい場所を『暗部課』が特定したのだが……」
「『罠』……だな」
この手の武装集団やテロのようなグループは特定の根城を持たない。特定の場所に止まれば、踏み込まれる可能性が高くなってしまうからだ。
「あぁ、私もそう思って『暗部課』にそう伝えたのだが……」
藍堂はため息をついた後、続ける。
「黄金谷が『暗部課』に無理やり喋らせて、飛んで行った。白峰を連れてな。どうやら手柄を独り占めするために『暗部課』が黙秘している、と勘違いしたようでな……」
「なるほどな……」
緋山は倉庫を出ると、足早で歩き始める。
「なんとなくその続きはわかるが、どうなった?」
「捕まった。全く不用心な奴め……」
電話越しでも、藍堂の苛立ちが伝わってきた。
「わかった、すぐ戻る」
「そうしてくれ。君も『灰の刻印』を持っているとはいえ、単独行動はあまりするなよ」
「……わかっている」
通話を切ると、緋山は走り出した。下っ端とはいえ元『黒鴉』構成員。そこらの短距離走の選手より足は速い。
緋山は走りながら、少し違和感を覚えていた。
(……俺が社長に『パンドラ』の事を聞かされたのはつい先日だ……)
……タイミングが良すぎる。
そういった違和感を、緋山は感じていた。
いかにも秘書のような格好をした女性に連れられながら、ほぼ音のしないエレベーターに乗り、社長室へとたどり着いた。
「やぁ、緋山くん。あの日以来かな?」
全面ガラス張りされた部屋の真ん中に、その男は居た。
灰城の全てのトップ、灰城社長その人だ。
緋山はこの国を動かしていると言っても過言ではない企業のトップにあっているというのに、やはり表情に変わりは無い。
「で、何故俺なんかが呼び出されたんでしょう?」
「ふむ、君は出会った頃となんら変わりないのだな」
そこまでいうと、灰城社長は席をたち、ガラス張りされた背後の景色を眺める。
「君は少し自己評価が低すぎる。もう少し野心を持ちたまえ。君はあの『処理課』にいる逸材なのだぞ」
「……善処します」
「そうしたまえ」
そこまで言うと、灰城は机の上で手を組み話し始める。
「さて、今回の本題だが、ここ最近武装した集団が我々に対し挑発的な行為を繰り返していることを知っているかね?」
武装集団。現代では聞き慣れない言葉だが、灰城の裏事情を司る『処理課』や一部の『暗部課』なら知っているだろう。
「えぇ、まぁ人並み程度には……」
「武装勢力、『パンドラ』と言ったかな?まぁ、この際名前なぞどうでもいいのだが。連中の行為そのものは痛くも痒くも無いのだが、いい加減鬱陶しくなってきてね。まぁ、この事を知っているのは『上層部』と『暗部課』それと『処理課』の三組織だけだ。連中がやけになってここに突っ込まれでもしたら、それこそ我が社の優秀な社員が犠牲になってしまう」
「……その勢力の討伐…ですか?」
「まぁ、そういう事だ」
「なら何故私なのでしょう?この事は『処理課』なら誰でも知っています。それにこれを伝えるなら藍堂の方が適任なのでは?」
藍堂は『処理課』のまとめ役であり、『顔役』だ。緋山一人より藍堂に伝える方が筋だろう。
「緋山くん、私はね、君の力を測らせて頂きたいのだよ。聞けば、誰もやりたがらない仕事を引き受け、早々に終わらせるほどの手腕だと聞いているが?」
「……買い被りすぎです。俺のような下っ端ができる内容だった。それだけです」
「君は謙虚なのがいいところだと思うが、もう少し自信を持ってもいいのではないか?」
「……持てませんよ、自信なんぞ」
緋山は一息つくと、一度頭を下げる。
「わかりました。『パンドラ』についての仕事は承ります」
「うむ、よろしく頼んだよ。あぁ、これを持って行きたまえ」
灰城が緋山に差し出したのは、かなり繊細で優雅な装飾をされた、貴金属のタグのようなものだった。合成繊維のような物で繋がれた楕円状の形をしており、鈍色に輝いている。中心には達筆なフォントで『灰』一文字が刻まれていた。
「それは『灰の刻印』だ。それがあれば単独行動も許可され、『上層部』だって君の一存で使い潰せる。この私が直々に発行する『特許証明』のようなものだ。何かと融通が効くだろう」
「ありがとうございます」
「うむ、期待しているよ」
緋山は社長室を後にすると、『暗部課』へと向かった。『暗部課』は『処理課』や『上層部』と違い、その存在が公になっていない。仕事の内容も、世間に対しての情報操作など、表沙汰にできない内容だからだ。
そういった理由から、『暗部課』の人間は警戒心が強い。
緋山は『暗部課』の人間から質問攻めに合いそうになったが、胸元にぶら下げた『灰の刻印』を提示すると、ガラリと態度が変わり、資料室へと案内された。
『暗部課』で武装集団『パンドラ』についての情報を揃える。緋山は一瞬だけ資料に目を通すと、すぐ次の資料へ。そうして『パンドラ』が関わった事件の情報を全て頭に入れて言った。
彼は『黒鴉』にいた時、自分が下っ端であると自覚していた。それ故に、彼は生き残るためにいち早く情報を覚える事を徹底した。そうやって仕事を続けていくうちに、彼は資料の要点をピックし、自身の頭で繋ぎ合わせ情報を照らし合わせる能力が身についた。
自身が下っ端であると自覚していた故の、鍛え上げられた能力だった。
その時、緋山の目に『パンドラ』とは全く無関係そうだが、気になる資料が目に止まった。周りにあるファイルより、一段と古びているのだ。
その古びたファイルを手に取り、1ページ目を開く。そこには、とある施設の維持費として、莫大な資金が投与されている事が記されていた。
この資料に書かれた通りの施設なら、ここまでの資金は必要ない。気になる所だが、緋山はファイルを閉じた。
知りたがりは早死すると、相場は決まっている。それに灰城の『暗部課』の資料室にあるファイルなのだ。絶対に表沙汰にできるような内容では無いだろう。こういうものには無関心でいた方が長生きできる。
緋山はファイルを元の位置に戻す。
……戻されたファイルのページには、『ラビリンスゲーム』と記載されていた。
後日、緋山は最初に『パンドラ』の襲撃があった場所に赴いた。
そこは古い倉庫のような場所で、使われなくなって久しいことが伺える。なるほど、後ろめたい行動をするにはもってこいだ。
この場所は、灰城に風評被害をもたらそうとした、数人のグループを始末した場所らしい。その後処理を行なっていた際、突如として『パンドラ』が出現、この施設を世間に知らしめようとしたようだ。
幸い、現場に居合わせた藍堂と緑川により、事なきを得たらしいが……
(……十数人に対して二人で対抗したってことか?……いや、緑川は基礎ができているとはいえ、まだ実戦慣れはしていないだろう……とすると、大体藍堂一人で始末したのか……)
緋山は当時起きた出来事を推測をすると、珍しく微笑する。
(……流石は元黒鴉幹部『月光蝶』。武装した民間人なんて敵じゃないってか……)
一応現場を隅々まで見ようとあたりを回っていると、携帯電話が鳴った。ポケットからガラパコス携帯を取り出すとパカリと開き通話に出る。
「緋山、聞いてくれ。少々面倒なことになった」
電話の相手は藍堂だった。どうやら俺が単独行動をしている間に何かあったらしい。
「……何があった?」
「君も知っていると思うが、武装集団『パンドラ』を知っているだろう?」
「あ?……あぁ……」
「その連中の根城らしい場所を『暗部課』が特定したのだが……」
「『罠』……だな」
この手の武装集団やテロのようなグループは特定の根城を持たない。特定の場所に止まれば、踏み込まれる可能性が高くなってしまうからだ。
「あぁ、私もそう思って『暗部課』にそう伝えたのだが……」
藍堂はため息をついた後、続ける。
「黄金谷が『暗部課』に無理やり喋らせて、飛んで行った。白峰を連れてな。どうやら手柄を独り占めするために『暗部課』が黙秘している、と勘違いしたようでな……」
「なるほどな……」
緋山は倉庫を出ると、足早で歩き始める。
「なんとなくその続きはわかるが、どうなった?」
「捕まった。全く不用心な奴め……」
電話越しでも、藍堂の苛立ちが伝わってきた。
「わかった、すぐ戻る」
「そうしてくれ。君も『灰の刻印』を持っているとはいえ、単独行動はあまりするなよ」
「……わかっている」
通話を切ると、緋山は走り出した。下っ端とはいえ元『黒鴉』構成員。そこらの短距離走の選手より足は速い。
緋山は走りながら、少し違和感を覚えていた。
(……俺が社長に『パンドラ』の事を聞かされたのはつい先日だ……)
……タイミングが良すぎる。
そういった違和感を、緋山は感じていた。
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