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第1話 決意

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俺はリーン。冒険者デビューして間もない新米だ。特別武術に才能があるわけでも無いが、今日も今日とて必死にダンジョンに潜っていた。

ジメジメとした暗い洞窟。糞尿の異臭も辺りに漂う。言いしれぬ嫌悪感。
ここは少なくとも人類のテリトリーではないと。
そう本能に訴え掛けてくる。

ダンジョン『ねずみのねぐら』
ねずみ型モンスターが住まう洞窟。
しかし地上の良く知るねずみとは違い、ただひたすら巨大だった。
ねずみと侮るなかれ。
その大きさゆえ、普通の人間では太刀打ちできない。
抵抗できず丸呑みにされてお終いだ。
そう、冒険者を除いては。
全15層のこのダンジョンは、冒険者の登竜門ともいわれている。
新米じゃ2層行ければ上出来。
ベテランでも10層行けずに引退する者も多い。
翻って全て踏破できれば1流の仲間入りだ。
では俺はというと、冒険者2年目にして3層に到達していた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

せまる、迫る、巨体が迫る!
目算、成人男性1人分はあろうかという体高。
地面を踏みしめるたびにズシリと響く重音。
象と見紛うほどの強大さ。
サイのごとき強靭な角。
鮫のような鋭利な牙。
べつに冒険者にとっては何て事のない、ただのグリーンラットである。
それでも新米冒険者の俺にとっては未だに手に汗握る強敵だった。

キンッ!ガン!ゴン!
ヤツの角と俺の刀が何度もぶつかり合う。
骨に軋んで響くほどの重量。
真正面からでは力負けする。
ギルドから支給されたこの『アイアンブレード』では非常に心許ない。
今にも刃こぼれしそうだ。

「ッ!」
幾度か刃を交え、隙を窺う。
頭部周辺は2本の角があり、かつ頭蓋骨が硬く刀を突き入れられない。
その巨体も全体を獣毛に覆われ、さらに筋肉という鎧をまとっている。
既に何度か斬りつけているが、致命傷にはほど遠い。
狙うなら、関節しかない。

見た目はねずみに見えないが、その名に恥じぬ俊敏さ。
しかし奴もその巨体を動かし続けることはできない。
見るからに息が上がっている。
自らよりも矮小な生物に、容易に仕留められないことで焦れたのか奴は勝負に出てきた。
得意の突進だ。


助走をつけ、巨体が迫る。
ピチャッ!
通り様に粘付いたよだれや血液が頬に付着した。
ねずみの必死の形相。
...なりふり構わないということか。

タン、タン、トン。タン、タン、トン。
突進に対してリズムをとりながら、危なげなく回避する。
何度かよけた後、隙を見つけた。
この個体のクセというべきか。
突進を避けられた後、必ず左側方に振り返る。
左右どちらに避けてもだ。
おそらく利き脚の関係であろうが...。
俺は前方に焦点を据えた。深呼吸し、一つ覚悟を決める。
...ここが勝機だ!

ヤツも覚悟を決めたのか、一際大きな予備動作から突進を仕掛けてくる。
さらに今までと違い角ではなく、その鋭利な牙で攻撃してきた。
残念ながらリズムが崩れたが...しかし!
グリーンラットの噛みつき攻撃を紙一重、半歩分の足さばきで避け、死角となっている右側方から振り向きざまに一閃。
硬い骨や分厚い筋肉の間の関節を狙い、刀身が内部に届いた瞬間に雷魔法『スパーク』。
焦げた匂いが鼻につく。
それからグリーンラットは静かに頽《くずお》れた。
終わってみればあっけないもの。
これが命のやり取り、冒険者の日常。弱肉強食の世界、...この世の理。

身から刀を引き抜いて血振りを行い、持っていた手拭いで拭い去る。
解体用のククリナイフを器用に操り、魔石と生体素材を回収する。
今日はこいつを9体ほど倒しているが、この個体もまた強敵だった。

ダンジョン『ねずみのねぐら』攻略から約12時間経過。
幾度か休憩を挟みつつ、今日は3層まで踏破した。収穫としては『魔石(小)』が12個、『きれいな石ころ』大小合わせて8個、『変形した鉄くず』2kg、『グリーンラットの欠けた牙』が9個といった所か。
冒険者にしてみれば雑多に過ぎないこんなものでも非常に高く売れる。
一般人にとっては貴重な素材だ。

かれこれ数度戦闘をしているため、心地よい疲労を感じた。
帰るには良い頃合いだ。
ダンジョンにおいて長居は無用、素早く身支度を整え、俺はダンジョンを出た。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「締めて3金貨になります」
馴染みの受付嬢にそういわれた俺は、少し渋い顔をする。
どうにも相場と違う感じがするのだ。
実際、以前だったら4金貨とオマケの2銀貨ほどは貰えたはずだ。
ちなみに端数の銅貨などはギルド支給装備の支払いのためにピンハネされている。

「いつもより少ないようだが」

「ええ。良くも悪くも最近発見された新種のダンジョンの影響もあり、ギルドもスポンサーもそちらに注力しているんですよ。
ですので汎用的な魔石以外は少し値がつけられなくなっています」

「そうか、分かった。今後の参考にしよう」

確かダンジョン『植物の楽園』だったか。
植物系の素材が豊富にとれるようで、観賞用や滋養強壮のためにその道の道楽者や富豪が買い漁っているようだ。
デビューして2年目の俺にはリスクが高いと思っていたが、収入に影響するとあっては身の振り方を考えざるを得ない。
植物系モンスターの攻略には準備が必要だが、少し検討してみよう。

換金を終えた後は、帰りざまに市場を見て回りながら情報収集を行う。
やはり植物系の素材が売れ筋のようだ。
マンドラゴラ、冬虫夏草、アルラウネの涙...etc。
非常に希少な素材ばかりだ。
ギルドがリソースを割いているのも頷ける。
それから、いつものように『薬』を買って家に帰った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

すっかり血や泥で汚れてしまった俺は、庭の井戸で身ぎれいにしてから玄関に入った。
擦り傷なども感染症のもとになるし、何より愛する妹のエレナに心配を掛けてはいけない。
命の駆け引きで強張った顔をほぐしつつ、意識的に少し明るく声をかけた。

「ただいま」

「おかえりっ、お兄ちゃん!」

居間にいたエレナは俺に気が付くと元気よく駆けてきて、片手で抱き着いてきた。

「今日は大丈夫だった?ケガは無い?痛いところは?かまれたりしてない?」

「別に何ともないよ。余裕余裕。それよりエレナの体調の方が気がかりさ」

「私は大丈夫だよ!お兄ちゃんのおかげで元気100倍!調子が良かったから、今日は庭のお手入れしてたの。綺麗なアサガオが咲いてたんだよ!」

「そうか!それは良かったな。でもくれぐれも無理はしないでくれよ?兄ちゃんエレナのことが心配だからな」

「もうっ大丈夫だってば~。私よりもお兄ちゃんの方が心配なんだからね?家でお兄ちゃん待ってる間気が気じゃないよ~」

「俺の事は気にするな。これでも兄ちゃん新米なのにギルドから期待されてるんだぞ?」

「それでも不安なのっ。私の気持ち、分かるでしょ?」

「まあな。せいぜい死なないよう生きて帰るさ。エレナのためにもな」

「私のためっていうより、お兄ちゃんの身を案じてなんだけどな~」

そう言いながら、エレナはぷくっとした。
...我が妹ながらなんて可愛いんだ!

「お互い、長生きしような」
「当然じゃんっ!」
そう言いながら満開の笑顔が咲いた。

...........
だが、俺は気づいていた。エレナが時折苦しそうにしていることを。

そのために、今日だって『薬』を買ってきた。
彼女の身体を見て俺はいつだって悲しい気持ちになる。
『事故』の影響で、左手は肩から先がなく、右目は失明している。
それだけでなく、何らかの病魔に襲われたのか、『薬』が無くなるとたちまち病状が悪化する。

だから俺は必死にダンジョンに潜り、安くはない『薬』を求めて命のやり取りをしている。
そんな俺の思いが伝わっているのか、エレナも俺に心配を掛けまいと元気に振舞ってくれている。

冒険者デビュー当初は俺の身を案じ、非常に強く反対していたが、最近では信頼してくれたのか以前ほど泣きそうな顔をすることは無い。
それでも俺がダンジョンに行くときは決まって『絶対に帰ってきてね』と不安そうな顔で言うのだ。

その度に俺はこう言う。
何があっても生きて帰ると。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夜、談笑しながら夕食を食べた。
何気ない笑い話や学校のこと、今後の事などなど。この子は良く笑う子だ。
見ていて楽しい気分になる。
食べた後は一緒に風呂に入った。
もう年頃ではあるが身体が不自由な為、介助が必要だからだ。

「.........」
片手では拭いにくい背中を優しく洗ってやりながら、深く思考に耽る。

いつ、見ても、非常に痛ましい。
肩から先がなく傷口は爛れている。
聞けば、ときどき幻肢痛もあるそうだ。
医者によれば大の冒険者でも慣れなければ気絶するほどの痛みと聞く。
いつも元気で何気なく笑い掛けてくれるが、日々病と闘っている。...まだ年の頃15,6じゅうごろくの女の子がだ。

重く、身につまされる。
できるなら兄ちゃんが代わってやりたい。
エレナだって、普通に友達と遊んで、普通におしゃれして、普通に恋愛して、普通に結婚する。
人並みに人生を生きていきたかったはずだ。
そんな普通が彼女には許されない。

エレナも『事故』後すぐは自身の境遇に塞ぎ込んでいたが、最近ではほんの少しでも元気を取り戻してくれた。
だから俺は彼女にもっと幸せになってほしいと切に願う。

俺がダンジョンに潜るのは何も薬の為だけじゃない。
ダンジョンは冒険者に無限の栄誉をもたらすという。
不老不死、若返り、万病に効くという仙薬...。根拠も無いただの都市伝説だが、いつかエレナが良くなるような何か手がかりを求めて。

.........

その後、寝支度を整えベッドに入った。

「お兄ちゃん、今日も一緒に寝ていい?」

「もちろん」

エレナはもぞもぞと身じろぎし、俺に抱き着いてきた。暖かな感触、心もあたたかくなる。

両親を亡くしてしまってから、以前に増してエレナは甘えん坊になってしまった。
それでもそんな彼女がいとおしい。

「お兄ちゃん...。今日も、ありがとね...」
俺に対する感謝のことば。次第にエレナはすやすやと寝息を立て始める。

...エレナが寝静まった後、俺は彼女の幸せそうな寝顔を見ながら決意する。
何があってもこの子を育てきるんだ。

ダンジョン攻略だろうが何だろうが、妹のためなら何だって出来る。
俺は、妹を守らなくちゃならないんだ。
...何をしてでも。
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