1 / 11
第1話 決意
しおりを挟む
俺はリーン。冒険者デビューして間もない新米だ。特別武術に才能があるわけでも無いが、今日も今日とて必死にダンジョンに潜っていた。
ジメジメとした暗い洞窟。糞尿の異臭も辺りに漂う。言いしれぬ嫌悪感。
ここは少なくとも人類のテリトリーではないと。
そう本能に訴え掛けてくる。
ダンジョン『ねずみのねぐら』
ねずみ型モンスターが住まう洞窟。
しかし地上の良く知るねずみとは違い、ただひたすら巨大だった。
ねずみと侮るなかれ。
その大きさゆえ、普通の人間では太刀打ちできない。
抵抗できず丸呑みにされてお終いだ。
そう、冒険者を除いては。
全15層のこのダンジョンは、冒険者の登竜門ともいわれている。
新米じゃ2層行ければ上出来。
ベテランでも10層行けずに引退する者も多い。
翻って全て踏破できれば1流の仲間入りだ。
では俺はというと、冒険者2年目にして3層に到達していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
せまる、迫る、巨体が迫る!
目算、成人男性1人分はあろうかという体高。
地面を踏みしめるたびにズシリと響く重音。
象と見紛うほどの強大さ。
サイのごとき強靭な角。
鮫のような鋭利な牙。
べつに冒険者にとっては何て事のない、ただのグリーンラットである。
それでも新米冒険者の俺にとっては未だに手に汗握る強敵だった。
キンッ!ガン!ゴン!
ヤツの角と俺の刀が何度もぶつかり合う。
骨に軋んで響くほどの重量。
真正面からでは力負けする。
ギルドから支給されたこの『アイアンブレード』では非常に心許ない。
今にも刃こぼれしそうだ。
「ッ!」
幾度か刃を交え、隙を窺う。
頭部周辺は2本の角があり、かつ頭蓋骨が硬く刀を突き入れられない。
その巨体も全体を獣毛に覆われ、さらに筋肉という鎧をまとっている。
既に何度か斬りつけているが、致命傷にはほど遠い。
狙うなら、関節しかない。
見た目はねずみに見えないが、その名に恥じぬ俊敏さ。
しかし奴もその巨体を動かし続けることはできない。
見るからに息が上がっている。
自らよりも矮小な生物に、容易に仕留められないことで焦れたのか奴は勝負に出てきた。
得意の突進だ。
助走をつけ、巨体が迫る。
ピチャッ!
通り様に粘付いたよだれや血液が頬に付着した。
ねずみの必死の形相。
...なりふり構わないということか。
タン、タン、トン。タン、タン、トン。
突進に対してリズムをとりながら、危なげなく回避する。
何度かよけた後、隙を見つけた。
この個体のクセというべきか。
突進を避けられた後、必ず左側方に振り返る。
左右どちらに避けてもだ。
おそらく利き脚の関係であろうが...。
俺は前方に焦点を据えた。深呼吸し、一つ覚悟を決める。
...ここが勝機だ!
ヤツも覚悟を決めたのか、一際大きな予備動作から突進を仕掛けてくる。
さらに今までと違い角ではなく、その鋭利な牙で攻撃してきた。
残念ながらリズムが崩れたが...しかし!
グリーンラットの噛みつき攻撃を紙一重、半歩分の足さばきで避け、死角となっている右側方から振り向きざまに一閃。
硬い骨や分厚い筋肉の間の関節を狙い、刀身が内部に届いた瞬間に雷魔法『スパーク』。
焦げた匂いが鼻につく。
それからグリーンラットは静かに頽《くずお》れた。
終わってみればあっけないもの。
これが命のやり取り、冒険者の日常。弱肉強食の世界、...この世の理。
身から刀を引き抜いて血振りを行い、持っていた手拭いで拭い去る。
解体用のククリナイフを器用に操り、魔石と生体素材を回収する。
今日はこいつを9体ほど倒しているが、この個体もまた強敵だった。
ダンジョン『ねずみのねぐら』攻略から約12時間経過。
幾度か休憩を挟みつつ、今日は3層まで踏破した。収穫としては『魔石(小)』が12個、『きれいな石ころ』大小合わせて8個、『変形した鉄くず』2kg、『グリーンラットの欠けた牙』が9個といった所か。
冒険者にしてみれば雑多に過ぎないこんなものでも非常に高く売れる。
一般人にとっては貴重な素材だ。
かれこれ数度戦闘をしているため、心地よい疲労を感じた。
帰るには良い頃合いだ。
ダンジョンにおいて長居は無用、素早く身支度を整え、俺はダンジョンを出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「締めて3金貨になります」
馴染みの受付嬢にそういわれた俺は、少し渋い顔をする。
どうにも相場と違う感じがするのだ。
実際、以前だったら4金貨とオマケの2銀貨ほどは貰えたはずだ。
ちなみに端数の銅貨などはギルド支給装備の支払いのためにピンハネされている。
「いつもより少ないようだが」
「ええ。良くも悪くも最近発見された新種のダンジョンの影響もあり、ギルドもスポンサーもそちらに注力しているんですよ。
ですので汎用的な魔石以外は少し値がつけられなくなっています」
「そうか、分かった。今後の参考にしよう」
確かダンジョン『植物の楽園』だったか。
植物系の素材が豊富にとれるようで、観賞用や滋養強壮のためにその道の道楽者や富豪が買い漁っているようだ。
デビューして2年目の俺にはリスクが高いと思っていたが、収入に影響するとあっては身の振り方を考えざるを得ない。
植物系モンスターの攻略には準備が必要だが、少し検討してみよう。
換金を終えた後は、帰りざまに市場を見て回りながら情報収集を行う。
やはり植物系の素材が売れ筋のようだ。
マンドラゴラ、冬虫夏草、アルラウネの涙...etc。
非常に希少な素材ばかりだ。
ギルドがリソースを割いているのも頷ける。
それから、いつものように『薬』を買って家に帰った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
すっかり血や泥で汚れてしまった俺は、庭の井戸で身ぎれいにしてから玄関に入った。
擦り傷なども感染症のもとになるし、何より愛する妹のエレナに心配を掛けてはいけない。
命の駆け引きで強張った顔をほぐしつつ、意識的に少し明るく声をかけた。
「ただいま」
「おかえりっ、お兄ちゃん!」
居間にいたエレナは俺に気が付くと元気よく駆けてきて、片手で抱き着いてきた。
「今日は大丈夫だった?ケガは無い?痛いところは?かまれたりしてない?」
「別に何ともないよ。余裕余裕。それよりエレナの体調の方が気がかりさ」
「私は大丈夫だよ!お兄ちゃんのおかげで元気100倍!調子が良かったから、今日は庭のお手入れしてたの。綺麗なアサガオが咲いてたんだよ!」
「そうか!それは良かったな。でもくれぐれも無理はしないでくれよ?兄ちゃんエレナのことが心配だからな」
「もうっ大丈夫だってば~。私よりもお兄ちゃんの方が心配なんだからね?家でお兄ちゃん待ってる間気が気じゃないよ~」
「俺の事は気にするな。これでも兄ちゃん新米なのにギルドから期待されてるんだぞ?」
「それでも不安なのっ。私の気持ち、分かるでしょ?」
「まあな。せいぜい死なないよう生きて帰るさ。エレナのためにもな」
「私のためっていうより、お兄ちゃんの身を案じてなんだけどな~」
そう言いながら、エレナはぷくっとした。
...我が妹ながらなんて可愛いんだ!
「お互い、長生きしような」
「当然じゃんっ!」
そう言いながら満開の笑顔が咲いた。
...........
だが、俺は気づいていた。エレナが時折苦しそうにしていることを。
そのために、今日だって『薬』を買ってきた。
彼女の身体を見て俺はいつだって悲しい気持ちになる。
『事故』の影響で、左手は肩から先がなく、右目は失明している。
それだけでなく、何らかの病魔に襲われたのか、『薬』が無くなるとたちまち病状が悪化する。
だから俺は必死にダンジョンに潜り、安くはない『薬』を求めて命のやり取りをしている。
そんな俺の思いが伝わっているのか、エレナも俺に心配を掛けまいと元気に振舞ってくれている。
冒険者デビュー当初は俺の身を案じ、非常に強く反対していたが、最近では信頼してくれたのか以前ほど泣きそうな顔をすることは無い。
それでも俺がダンジョンに行くときは決まって『絶対に帰ってきてね』と不安そうな顔で言うのだ。
その度に俺はこう言う。
何があっても生きて帰ると。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜、談笑しながら夕食を食べた。
何気ない笑い話や学校のこと、今後の事などなど。この子は良く笑う子だ。
見ていて楽しい気分になる。
食べた後は一緒に風呂に入った。
もう年頃ではあるが身体が不自由な為、介助が必要だからだ。
「.........」
片手では拭いにくい背中を優しく洗ってやりながら、深く思考に耽る。
いつ、見ても、非常に痛ましい。
肩から先がなく傷口は爛れている。
聞けば、ときどき幻肢痛もあるそうだ。
医者によれば大の冒険者でも慣れなければ気絶するほどの痛みと聞く。
いつも元気で何気なく笑い掛けてくれるが、日々病と闘っている。...まだ年の頃15,6の女の子がだ。
重く、身につまされる。
できるなら兄ちゃんが代わってやりたい。
エレナだって、普通に友達と遊んで、普通におしゃれして、普通に恋愛して、普通に結婚する。
人並みに人生を生きていきたかったはずだ。
そんな普通が彼女には許されない。
エレナも『事故』後すぐは自身の境遇に塞ぎ込んでいたが、最近ではほんの少しでも元気を取り戻してくれた。
だから俺は彼女にもっと幸せになってほしいと切に願う。
俺がダンジョンに潜るのは何も薬の為だけじゃない。
ダンジョンは冒険者に無限の栄誉をもたらすという。
不老不死、若返り、万病に効くという仙薬...。根拠も無いただの都市伝説だが、いつかエレナが良くなるような何か手がかりを求めて。
.........
その後、寝支度を整えベッドに入った。
「お兄ちゃん、今日も一緒に寝ていい?」
「もちろん」
エレナはもぞもぞと身じろぎし、俺に抱き着いてきた。暖かな感触、心もあたたかくなる。
両親を亡くしてしまってから、以前に増してエレナは甘えん坊になってしまった。
それでもそんな彼女がいとおしい。
「お兄ちゃん...。今日も、ありがとね...」
俺に対する感謝のことば。次第にエレナはすやすやと寝息を立て始める。
...エレナが寝静まった後、俺は彼女の幸せそうな寝顔を見ながら決意する。
何があってもこの子を育てきるんだ。
ダンジョン攻略だろうが何だろうが、妹のためなら何だって出来る。
俺は、妹を守らなくちゃならないんだ。
...何をしてでも。
ジメジメとした暗い洞窟。糞尿の異臭も辺りに漂う。言いしれぬ嫌悪感。
ここは少なくとも人類のテリトリーではないと。
そう本能に訴え掛けてくる。
ダンジョン『ねずみのねぐら』
ねずみ型モンスターが住まう洞窟。
しかし地上の良く知るねずみとは違い、ただひたすら巨大だった。
ねずみと侮るなかれ。
その大きさゆえ、普通の人間では太刀打ちできない。
抵抗できず丸呑みにされてお終いだ。
そう、冒険者を除いては。
全15層のこのダンジョンは、冒険者の登竜門ともいわれている。
新米じゃ2層行ければ上出来。
ベテランでも10層行けずに引退する者も多い。
翻って全て踏破できれば1流の仲間入りだ。
では俺はというと、冒険者2年目にして3層に到達していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
せまる、迫る、巨体が迫る!
目算、成人男性1人分はあろうかという体高。
地面を踏みしめるたびにズシリと響く重音。
象と見紛うほどの強大さ。
サイのごとき強靭な角。
鮫のような鋭利な牙。
べつに冒険者にとっては何て事のない、ただのグリーンラットである。
それでも新米冒険者の俺にとっては未だに手に汗握る強敵だった。
キンッ!ガン!ゴン!
ヤツの角と俺の刀が何度もぶつかり合う。
骨に軋んで響くほどの重量。
真正面からでは力負けする。
ギルドから支給されたこの『アイアンブレード』では非常に心許ない。
今にも刃こぼれしそうだ。
「ッ!」
幾度か刃を交え、隙を窺う。
頭部周辺は2本の角があり、かつ頭蓋骨が硬く刀を突き入れられない。
その巨体も全体を獣毛に覆われ、さらに筋肉という鎧をまとっている。
既に何度か斬りつけているが、致命傷にはほど遠い。
狙うなら、関節しかない。
見た目はねずみに見えないが、その名に恥じぬ俊敏さ。
しかし奴もその巨体を動かし続けることはできない。
見るからに息が上がっている。
自らよりも矮小な生物に、容易に仕留められないことで焦れたのか奴は勝負に出てきた。
得意の突進だ。
助走をつけ、巨体が迫る。
ピチャッ!
通り様に粘付いたよだれや血液が頬に付着した。
ねずみの必死の形相。
...なりふり構わないということか。
タン、タン、トン。タン、タン、トン。
突進に対してリズムをとりながら、危なげなく回避する。
何度かよけた後、隙を見つけた。
この個体のクセというべきか。
突進を避けられた後、必ず左側方に振り返る。
左右どちらに避けてもだ。
おそらく利き脚の関係であろうが...。
俺は前方に焦点を据えた。深呼吸し、一つ覚悟を決める。
...ここが勝機だ!
ヤツも覚悟を決めたのか、一際大きな予備動作から突進を仕掛けてくる。
さらに今までと違い角ではなく、その鋭利な牙で攻撃してきた。
残念ながらリズムが崩れたが...しかし!
グリーンラットの噛みつき攻撃を紙一重、半歩分の足さばきで避け、死角となっている右側方から振り向きざまに一閃。
硬い骨や分厚い筋肉の間の関節を狙い、刀身が内部に届いた瞬間に雷魔法『スパーク』。
焦げた匂いが鼻につく。
それからグリーンラットは静かに頽《くずお》れた。
終わってみればあっけないもの。
これが命のやり取り、冒険者の日常。弱肉強食の世界、...この世の理。
身から刀を引き抜いて血振りを行い、持っていた手拭いで拭い去る。
解体用のククリナイフを器用に操り、魔石と生体素材を回収する。
今日はこいつを9体ほど倒しているが、この個体もまた強敵だった。
ダンジョン『ねずみのねぐら』攻略から約12時間経過。
幾度か休憩を挟みつつ、今日は3層まで踏破した。収穫としては『魔石(小)』が12個、『きれいな石ころ』大小合わせて8個、『変形した鉄くず』2kg、『グリーンラットの欠けた牙』が9個といった所か。
冒険者にしてみれば雑多に過ぎないこんなものでも非常に高く売れる。
一般人にとっては貴重な素材だ。
かれこれ数度戦闘をしているため、心地よい疲労を感じた。
帰るには良い頃合いだ。
ダンジョンにおいて長居は無用、素早く身支度を整え、俺はダンジョンを出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「締めて3金貨になります」
馴染みの受付嬢にそういわれた俺は、少し渋い顔をする。
どうにも相場と違う感じがするのだ。
実際、以前だったら4金貨とオマケの2銀貨ほどは貰えたはずだ。
ちなみに端数の銅貨などはギルド支給装備の支払いのためにピンハネされている。
「いつもより少ないようだが」
「ええ。良くも悪くも最近発見された新種のダンジョンの影響もあり、ギルドもスポンサーもそちらに注力しているんですよ。
ですので汎用的な魔石以外は少し値がつけられなくなっています」
「そうか、分かった。今後の参考にしよう」
確かダンジョン『植物の楽園』だったか。
植物系の素材が豊富にとれるようで、観賞用や滋養強壮のためにその道の道楽者や富豪が買い漁っているようだ。
デビューして2年目の俺にはリスクが高いと思っていたが、収入に影響するとあっては身の振り方を考えざるを得ない。
植物系モンスターの攻略には準備が必要だが、少し検討してみよう。
換金を終えた後は、帰りざまに市場を見て回りながら情報収集を行う。
やはり植物系の素材が売れ筋のようだ。
マンドラゴラ、冬虫夏草、アルラウネの涙...etc。
非常に希少な素材ばかりだ。
ギルドがリソースを割いているのも頷ける。
それから、いつものように『薬』を買って家に帰った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
すっかり血や泥で汚れてしまった俺は、庭の井戸で身ぎれいにしてから玄関に入った。
擦り傷なども感染症のもとになるし、何より愛する妹のエレナに心配を掛けてはいけない。
命の駆け引きで強張った顔をほぐしつつ、意識的に少し明るく声をかけた。
「ただいま」
「おかえりっ、お兄ちゃん!」
居間にいたエレナは俺に気が付くと元気よく駆けてきて、片手で抱き着いてきた。
「今日は大丈夫だった?ケガは無い?痛いところは?かまれたりしてない?」
「別に何ともないよ。余裕余裕。それよりエレナの体調の方が気がかりさ」
「私は大丈夫だよ!お兄ちゃんのおかげで元気100倍!調子が良かったから、今日は庭のお手入れしてたの。綺麗なアサガオが咲いてたんだよ!」
「そうか!それは良かったな。でもくれぐれも無理はしないでくれよ?兄ちゃんエレナのことが心配だからな」
「もうっ大丈夫だってば~。私よりもお兄ちゃんの方が心配なんだからね?家でお兄ちゃん待ってる間気が気じゃないよ~」
「俺の事は気にするな。これでも兄ちゃん新米なのにギルドから期待されてるんだぞ?」
「それでも不安なのっ。私の気持ち、分かるでしょ?」
「まあな。せいぜい死なないよう生きて帰るさ。エレナのためにもな」
「私のためっていうより、お兄ちゃんの身を案じてなんだけどな~」
そう言いながら、エレナはぷくっとした。
...我が妹ながらなんて可愛いんだ!
「お互い、長生きしような」
「当然じゃんっ!」
そう言いながら満開の笑顔が咲いた。
...........
だが、俺は気づいていた。エレナが時折苦しそうにしていることを。
そのために、今日だって『薬』を買ってきた。
彼女の身体を見て俺はいつだって悲しい気持ちになる。
『事故』の影響で、左手は肩から先がなく、右目は失明している。
それだけでなく、何らかの病魔に襲われたのか、『薬』が無くなるとたちまち病状が悪化する。
だから俺は必死にダンジョンに潜り、安くはない『薬』を求めて命のやり取りをしている。
そんな俺の思いが伝わっているのか、エレナも俺に心配を掛けまいと元気に振舞ってくれている。
冒険者デビュー当初は俺の身を案じ、非常に強く反対していたが、最近では信頼してくれたのか以前ほど泣きそうな顔をすることは無い。
それでも俺がダンジョンに行くときは決まって『絶対に帰ってきてね』と不安そうな顔で言うのだ。
その度に俺はこう言う。
何があっても生きて帰ると。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜、談笑しながら夕食を食べた。
何気ない笑い話や学校のこと、今後の事などなど。この子は良く笑う子だ。
見ていて楽しい気分になる。
食べた後は一緒に風呂に入った。
もう年頃ではあるが身体が不自由な為、介助が必要だからだ。
「.........」
片手では拭いにくい背中を優しく洗ってやりながら、深く思考に耽る。
いつ、見ても、非常に痛ましい。
肩から先がなく傷口は爛れている。
聞けば、ときどき幻肢痛もあるそうだ。
医者によれば大の冒険者でも慣れなければ気絶するほどの痛みと聞く。
いつも元気で何気なく笑い掛けてくれるが、日々病と闘っている。...まだ年の頃15,6の女の子がだ。
重く、身につまされる。
できるなら兄ちゃんが代わってやりたい。
エレナだって、普通に友達と遊んで、普通におしゃれして、普通に恋愛して、普通に結婚する。
人並みに人生を生きていきたかったはずだ。
そんな普通が彼女には許されない。
エレナも『事故』後すぐは自身の境遇に塞ぎ込んでいたが、最近ではほんの少しでも元気を取り戻してくれた。
だから俺は彼女にもっと幸せになってほしいと切に願う。
俺がダンジョンに潜るのは何も薬の為だけじゃない。
ダンジョンは冒険者に無限の栄誉をもたらすという。
不老不死、若返り、万病に効くという仙薬...。根拠も無いただの都市伝説だが、いつかエレナが良くなるような何か手がかりを求めて。
.........
その後、寝支度を整えベッドに入った。
「お兄ちゃん、今日も一緒に寝ていい?」
「もちろん」
エレナはもぞもぞと身じろぎし、俺に抱き着いてきた。暖かな感触、心もあたたかくなる。
両親を亡くしてしまってから、以前に増してエレナは甘えん坊になってしまった。
それでもそんな彼女がいとおしい。
「お兄ちゃん...。今日も、ありがとね...」
俺に対する感謝のことば。次第にエレナはすやすやと寝息を立て始める。
...エレナが寝静まった後、俺は彼女の幸せそうな寝顔を見ながら決意する。
何があってもこの子を育てきるんだ。
ダンジョン攻略だろうが何だろうが、妹のためなら何だって出来る。
俺は、妹を守らなくちゃならないんだ。
...何をしてでも。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
俺だけ展開できる聖域《ワークショップ》~ガチャで手に入れたスキルで美少女達を救う配信がバズってしまい、追放した奴らへざまあして人生大逆転~
椿紅颯
ファンタジー
鍛誠 一心(たんせい いっしん)は、生ける伝説に憧憬の念を抱く駆け出しの鍛冶師である。
探索者となり、同時期に新米探索者になったメンバーとパーティを組んで2カ月が経過したそんなある日、追放宣言を言い放たれてしまった。
このことからショックを受けてしまうも、生活するために受付嬢の幼馴染に相談すると「自らの価値を高めるためにはスキルガチャを回してみるのはどうか」、という提案を受け、更にはそのスキルが希少性のあるものであれば"配信者"として活動するのもいいのではと助言をされた。
自身の戦闘力が低いことからパーティを追放されてしまったことから、一か八かで全て実行に移す。
ガチャを回した結果、【聖域】という性能はそこそこであったが見た目は派手な方のスキルを手に入れる。
しかし、スキルの使い方は自分で模索するしかなかった。
その後、試行錯誤している時にダンジョンで少女達を助けることになるのだが……その少女達は、まさかの配信者であり芸能人であることを後々から知ることに。
まだまだ驚愕的な事実があり、なんとその少女達は自身の配信チャンネルで配信をしていた!
そして、その美少女達とパーティを組むことにも!
パーティを追放され、戦闘力もほとんどない鍛冶師がひょんなことから有名になり、間接的に元パーティメンバーをざまあしつつ躍進を繰り広げていく!
泥臭く努力もしつつ、実はチート級なスキルを是非ご覧ください!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる