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事の経過※

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 エヴァンジェリンはこじんまりとした一軒家に1人で住んでいる。実家は職場でもあるので、公私の区別をつけたくなり、25歳で家を出た。
 とはいえ、通うには歩いて通えるくらいがいい。実家からはそう離れていない。繁華街でもなく、街の外れでもない場所にある。

「この家、広くはないけど3部屋あるの。1部屋は客間みたいなものだから、貴方が使っていいわよ」
「ありがとう。家賃は払うから言ってくれ」
「仕事がみつかったらそうしてもらうわ」
「ああ。すぐみつける」
 
 便宜上、ラルが隣国に帰るまでは一緒に住むことにした。
 聞けば彼は、荷運び兼護衛をするのを生業としているという。傭兵団に所属してはいるものの、傭兵の仕事は今は殆ど無く、自分で仕事を探すしか無いのだそうだ。
 荷運びの仕事はすぐ見つかるだろうが、あまり遠くに行かれて目的が果たせないと困る。

「ねぇ、その仕事なんだけど。うちで働くのはどう?目的のために、あまり時間が合わないと困るし…」
「それも一理あるが、それは断る」
「何で?」
「別れた時に困るだろう」
「えー、別れたら辞めればいいんだから、かえって楽じゃない?」
「住む場所を提供してもらったんだ、そこまで甘えるわけにはいかない。君の評判にも関わるだろ…一時の事で、公私混同はしない方がいい」
 
 なるほど、彼は私の事を心配しているのね。なんていうか、真面目ね…。
 残念なような、安心したような気持ちになり、エヴァンジェリンは仕事の話は諦めたのだった。

 一緒に暮らしてみると、ラルは、一夜の関係を持つような性格ではないように思えた。
 ラルの部屋にもベッドはあるが、基本的に寝るのはエヴァンジェリンが元々使っていたセミダブルのベッドにしている。
 男など性欲に弱いのだから、一緒に寝ていればそれなりにヤるだろうと失礼ながら思っていたが、エヴァンジェリンが疲れていそうな時は何もしてこない。ラルがマッサージしてくれているうちに、眠ってしまう。
 健康な朝食を用意してくれるし、エヴァンジェリンがつきあいで外食しない日は、晩御飯も作ってくれる。他人と住むのに少し抵抗があったが、距離感も程よくていい。
 ラルは夜勤もある警備の仕事に就いた。自分も疲れているだろうに全くそんな様子は見せずに、押し付けがましくもなくさりげなく気配りしてくれる。

 ナニコレ快適すぎる……本当にラルって独身?疑問が湧くぐらい、誰かと住む事に慣れている気がする。
 そう言うと、傭兵団では自分たちで何でもやっているし、誰でも出来ることだと苦笑いしていた。怪しい。

「んっ…っ…」
「っ……イクっ…ああんっ……きもち…」
「いいか…?」
「うん、いいっ……あんっ…」

 おまけに身体の相性もバッチリらしくて、毎回とても気持ちがいい。中出しされると、子種を奥へ奥へと身体が勝手に動くのがわかる。

 この男の子どもが欲しい。

 イッたあと、ズル、と逸物が出ていくのが寂しくて、離れようとするラルを抱きしめる。
 ちゅ、ちゅ…意図を汲んだのかはわからないが、まるで恋人のようにラルが優しいキスをしてくれる。

「もう1回できる?」

 青い瞳で切なげにエヴァンジェリンを見つめて、口づけは深くなる。出ていきかけたモノが、また少し硬さを取り戻してきているのがわかる。
 愛液と、精液で、グチャグチャの膣の中に、またラルが入ってきてくれた。

 嬉しい。
 
 エヴァンジェリンは、すっかりラルに絆されてしまっていた。
 初めての経験だからこれが普通なのかはわからないが、毎回、宝物のように大事に抱いてくれている気がするのだ。
 もっと、男というのは勝手に動くものだと思っていたけど、エヴァンジェリンの快楽を上手に引き出してくれる。自分だけ気持ちいいのではないかと、罪悪感が湧くほど。

「ね、ラルはきもちいい?」
「ああ…」
「もっとラルの好きに、激しくしてもいいのよ」
「…大丈夫だ、君の中は、充分気持ちいいから…」

 ラルが射精が近い時の激しさに、いつもときめいてしまう。時には我を忘れて、エヴァンジェリンで気持ちよくなってほしいとさえ思う。そんな男は、絶対に嫌な筈なのに、ラルのそんな姿も見てみたい。
 けれど、傭兵らしく逞しく荒々しい見た目をしているのに、ラルの振る舞いはとても紳士だ。

 ラルからは、時々、育ちの良さを感じる事がある。特に食事の時のカトラリーの使い方や、食べ方が綺麗だと思う。
 彼はあまり文字が読めないので、名家の出ではなさそうだが、幼い頃のエヴァンジェリンのように、使用人として居たことがあるのかもしれない。
 それから、抱かれてから気付いたが、ラルの浅黒い肌は元からではないようだ。上半身ほど、下半身は黒くない。くっきり日焼けの跡があるわけではないが、隣国は日差しが強いから、居るうちに馴染んだ色になったという感じがする。
 エヴァンジェリンは職業柄、隣国にも取引に訪れる。よく見れば、隣国の人とは肌質も違う。

「エヴァ、次は何がいい?」
「そうねぇ…」
 穏やかな笑みを浮かべて、ラルが聞く。ラルが作った夕食は、エヴァの食べたいものをこうして聞いて作ってくれるのだ。
 ぼーっとラルを見つめると、何でも言ってというように穏やかな瞳が細くなる。
 そんな愛おしげに見つめられたら、期待しちゃうじゃない…契約期間、短くてよかったかも。
 この眼差しは契約によるものなのだと、割り切って恋人ごっこを満喫することにしようと思った。

「エヴァ、最近とても楽しそうね?」
 職場での帰り際、充実オーラが出ているわ、とカイラが微笑む。
「ふふふ、まあね」
「やっぱケビンとつきあってみようかなぁ」
「まだ付き合ってないんだ?」
「うーん、今のままが楽しいというか気楽というか…あえて付き合わなくてもいいような気もして…」
「それもあるわよね…お互い、踏み込まないから心地よく居れるのかもとか」
「エヴァと彼はどうなの?」
「そうねぇ…今は楽しいわよ。結婚生活ってこんな感じなのかなぁって思ったりもする」
「まさかエヴァから結婚なんて言葉が出るなんて…何かショック…」
「今までを考えるとどうなるかわからないわよ」
「お互い、歳も歳だし臆病になっちゃうね」

 肩を竦めるカイラは、ケビンとの関係は平行線。エヴァに相手が出来た事が刺激になれば、二人もくっつくかもしれない。
 二人が上手くいった頃、エヴァの方はお別れしているのだろうけれど。

 できれば、彼との子どもが授かっていてほしい。

 
 1回目の生理がきてしまい、エヴァンジェリンは大いに落胆していた。あまりにがっかりした自分にびっくりした。娼婦の母は、エヴァンジェリンという望まない子どもを産んだわけだし、その後は避妊していたようだけど、子どもって、もっと簡単に出来てしまうものだと思っていた…。 
 ラルは今日明日は泊まり仕事ですれ違いだ。仕事で遅くなり、灯りの無い部屋に帰ると寂しさを感じる。
 その、寂しさを求めて一人暮らしをしたはずなのに。

 セミダブルのベッドに横になると、温もりが恋しくなる。優しいセックスも、しない時にお互いを温め合って眠るのも、随分と馴染んでしまっていたようだ。
 ラルはいつも優しくて穏やかだ。感情豊かではなく言葉も少ないが、エヴァンジェリンを尊重してくれる。

 眠れなくて、寂しくなってラルの部屋に入った。荷物の少なさに、居なくなってしまう人なんだと実感する。使っていないかと、机の引き出しを開けると、瓶が二つ。黒い丸薬らしきものが入っていた。

 なにこれ…?まさか変な薬じゃないでしょうね?
 エヴァンジェリンは妙な薬の登場に、血の気が引く思いをした。

 ラルは明日も帰ってこない。持ち出して、知り合いの薬師に聞いたところ、男性が飲む避妊薬だという。
 
 どうして…?いつから…?

 エヴァンジェリンはショックでふらふらと家に帰り、薬を元の場所に戻した。そのまま、力が抜けてラルの部屋のベッドに座り込む。

 なんなの?ただセックスしたかっただけ?
 哀れな女を放っとけなかったとか?断り辛かったとか?

 ラルの、愛おしげに向ける眼差しを、時折困ったように苦笑した顔を思い出して苦しくなる。

 下腹部が痛み、たらたらと血が出ていくのを感じる。

 お腹が痛い、心も痛い、気が重い。

 机に突っ伏してエヴァンジェリンは泣いた。最初から、彼はこの契約にとても迷っていたようだった。契約で子どもを作ろうとするなんて、内心は嫌だったのだ。
 そもそも、エヴァンジェリンとは一夜だけのつもりで居ただろう。

 それなら優しくしないでほしかった。断ってほしかった。もっと事務的に抱いてほしかった。

 泣くほどの関係ではない、と思っても涙は止まらない。男なんて碌でもないってわかってたじゃない。だから、恋人とか結婚なんて望まなかったじゃない。
 なのに、やっぱりダメなの?
 
 …ああ、でも、ラルが薬を使っていたかは分からないわ。でも、そうよ…違うかもしれないじゃない…

 頭の中がぐちゃぐちゃで、考えが纏まらない。
 過去のトラウマからくる、男に対する卑屈な気持ちが纏わりつく。

 性欲処理されるだけの娼婦の娘なんだから…

 豚小屋に居た惨めな娘、豚のような主人に弄ばれていた自分、過去を理解した時の惨めな気持ちが一気に押し寄せる。

「う、うっう………」

 止めどなく涙が溢れては落ちていく。

 契約なんて言わないで、付き合ってと言っていたらどうだったんだろう。責任取って結婚してと。
 そしたらキッパリ断られていたのだろうか。

 ああ、こんなにショックだなんて、私はやっぱり…
 
 自嘲気味に、エヴァは微笑んでみたが、またポロポロと涙が出てくるだけだった。


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