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13.シルバーは思い出す
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中途半端な姿は、子どもの頃を思い出させる。
完全な人型になれなかった頃、次兄や親族に随分と馬鹿にされた。耳と尻尾を垂らし、惨めに虐められる俺を、助けてくれたのは兄だった。
「かわいい」
ヨハネスに言われると、この姿も受け入れられる気がした。
ヘデラ族の子どもは、大抵は獣の姿で産まれ、成長するにつれて獣から獣人へ、獣人から人型へと変化していく。獣人の姿は、獣の姿のままに人のように動ける体型に変化しているのが通常だ。その過程で、人型へと変化できない者となれる者とで、次期後継者候補、側近、従者と線引きがされていく。
シルバーの成長は通常とは逆だった。人の姿で産まれ、獣の耳が生え、尻尾が生え、獣人に変化し、獣になれるようになっていった。そういう者が居ないわけではないのだが、それだけでも一族では異質な存在だ。シルバーを育てた姥の血統の女は代々呪い師をしていて、一族の中でも元より畏怖の存在だったため、そんな異質な者も居るのだろうと思われた。そんな血統だから、母が人間だということも隠匿することができたのだろう。
姥もまた、腕のいい呪い師だったようだ。大人たちはそんな姥への畏敬の念から遠巻きにしても、子どもたちは見たものをそのまま判断する。半端な姿を晒すしかないシルバーを、子どもたちは馬鹿にし、時には暴力を振るった。
族長の一族、義母とその息子たちと、シルバーと姥も生活の場を共にしていた。3歳年上の長兄ユバイと、2歳年上の次兄のオルク。オルクは露骨に態度に出し、シルバーを苛めるのが楽しくてしょうがないらしかった。それを知っては居たはずだが、大人たちは干渉せず、母という後ろ盾がないシルバーには為す術もない。姥も寡黙な人で、何を考えているかわからなかった。
族長である父は、ただただ恐ろしい存在だ。母を大層愛していたため、次の妻を迎えないと従者たちが嘆いているのを盗み聞きしたことはあるが、そんな父の姿など想像がつかない。
幼い頃からそうだったから、何だかわからない恐怖と居心地の悪さに、ただ怯えて過ごしていた。しかし、いつからか、長兄がシルバーを側に置くようになった。長兄と居る時は嫌なことは起こらない。
長兄と次兄は仲がいいと思っていたが、そうなって良く見れば、次兄が長兄に纏わりついていただけだとわかった。長兄のユバイは、オルクを邪険にすることはないが、悪事に乗ることもない。自分の前での良くない行いを面と向かって諫める事はなくても、なぜか止めさせることが出来た。朗らかだが、時に恐ろしい人だった。
シルバーを側に置くようになったユバイに、オルクは憎しみを募らせて敵対心を表すようになっていった。「なぜあんな奴を」と詰め寄っているのを見た事もある。自分でもなぜだろうと思っていたから、ユバイが何と返事をするか気になった。ユバイはのらりくらりと、「皆、それぞれいいところがある」というような事を言っていた。
代々の習わしで、族長の息子たちと同年代で、後継者候補が人型になれる者から絞られていく。異質なシルバーは選ばれることはないと思っていたが、オルクが先手を打って呪いをかけた。後継者争いの際は、相手を蹴落とすためなら何でもありだ。シルバーを苦しめる機会を、ずっと狙っていたのだろう。姥が呪いを解くには、番を見つけて魔力を分けてもらうのがよいと言っていたが、そんな気にはならなかった。むしろ、早く候補から外れてほっとしていたのだ。
ユバイが次期族長として認められ、シルバーを側近として迎えたために、オルクはまた怒りを募らせていたようだ。オルクにも、良い地位を用意していたのにも関わらず、どうしてそこまで憎むのか。
「これは、お前が招いたことだ。お前が出しゃばりさえしなければ、俺とユバイでこの一族を率いていけたのに」
族長の前で、兄を殺したのはお前かと問い詰めた時、オルクはそう言った。
「お前さえ産まれなければ」
言いようのない怒りと悲しみと憎しみに身体が熱くなり、気が付けばオルクを襲っていた。身体の大きいオルクに敵うはずも無かったが、もうどうでも良かった。こいつを殺せれば。
周りがどうしていたか、どういう目で見ていたのかわからない。誰もシルバーを制止する者は居なかった。オルクが動かなくなり、シルバーは痛みも忘れてその場から逃げた。罰を恐れたからではなく、ただの衝動だった。
居場所を作ってくれたユバイはもう居ない。それを招いたのは俺だという。その事実から逃げたかった。
怪我をしていたし、痕跡を消す元気も無かった。匂いを辿ればすぐに居場所はわかるだろう。すぐに殺されるだろうと思ってはいたが、追手は来なかった。
そうこうしているうちに、自分の番は人間でないとならなかったのだと知った。もう少し、もう少しというところで…
「随分と来るのが遅かったな」
陽の光の中で、ヨハネスと歩く。そんな事は、もう叶わないかもしれないな、とシルバーは思った。
完全な人型になれなかった頃、次兄や親族に随分と馬鹿にされた。耳と尻尾を垂らし、惨めに虐められる俺を、助けてくれたのは兄だった。
「かわいい」
ヨハネスに言われると、この姿も受け入れられる気がした。
ヘデラ族の子どもは、大抵は獣の姿で産まれ、成長するにつれて獣から獣人へ、獣人から人型へと変化していく。獣人の姿は、獣の姿のままに人のように動ける体型に変化しているのが通常だ。その過程で、人型へと変化できない者となれる者とで、次期後継者候補、側近、従者と線引きがされていく。
シルバーの成長は通常とは逆だった。人の姿で産まれ、獣の耳が生え、尻尾が生え、獣人に変化し、獣になれるようになっていった。そういう者が居ないわけではないのだが、それだけでも一族では異質な存在だ。シルバーを育てた姥の血統の女は代々呪い師をしていて、一族の中でも元より畏怖の存在だったため、そんな異質な者も居るのだろうと思われた。そんな血統だから、母が人間だということも隠匿することができたのだろう。
姥もまた、腕のいい呪い師だったようだ。大人たちはそんな姥への畏敬の念から遠巻きにしても、子どもたちは見たものをそのまま判断する。半端な姿を晒すしかないシルバーを、子どもたちは馬鹿にし、時には暴力を振るった。
族長の一族、義母とその息子たちと、シルバーと姥も生活の場を共にしていた。3歳年上の長兄ユバイと、2歳年上の次兄のオルク。オルクは露骨に態度に出し、シルバーを苛めるのが楽しくてしょうがないらしかった。それを知っては居たはずだが、大人たちは干渉せず、母という後ろ盾がないシルバーには為す術もない。姥も寡黙な人で、何を考えているかわからなかった。
族長である父は、ただただ恐ろしい存在だ。母を大層愛していたため、次の妻を迎えないと従者たちが嘆いているのを盗み聞きしたことはあるが、そんな父の姿など想像がつかない。
幼い頃からそうだったから、何だかわからない恐怖と居心地の悪さに、ただ怯えて過ごしていた。しかし、いつからか、長兄がシルバーを側に置くようになった。長兄と居る時は嫌なことは起こらない。
長兄と次兄は仲がいいと思っていたが、そうなって良く見れば、次兄が長兄に纏わりついていただけだとわかった。長兄のユバイは、オルクを邪険にすることはないが、悪事に乗ることもない。自分の前での良くない行いを面と向かって諫める事はなくても、なぜか止めさせることが出来た。朗らかだが、時に恐ろしい人だった。
シルバーを側に置くようになったユバイに、オルクは憎しみを募らせて敵対心を表すようになっていった。「なぜあんな奴を」と詰め寄っているのを見た事もある。自分でもなぜだろうと思っていたから、ユバイが何と返事をするか気になった。ユバイはのらりくらりと、「皆、それぞれいいところがある」というような事を言っていた。
代々の習わしで、族長の息子たちと同年代で、後継者候補が人型になれる者から絞られていく。異質なシルバーは選ばれることはないと思っていたが、オルクが先手を打って呪いをかけた。後継者争いの際は、相手を蹴落とすためなら何でもありだ。シルバーを苦しめる機会を、ずっと狙っていたのだろう。姥が呪いを解くには、番を見つけて魔力を分けてもらうのがよいと言っていたが、そんな気にはならなかった。むしろ、早く候補から外れてほっとしていたのだ。
ユバイが次期族長として認められ、シルバーを側近として迎えたために、オルクはまた怒りを募らせていたようだ。オルクにも、良い地位を用意していたのにも関わらず、どうしてそこまで憎むのか。
「これは、お前が招いたことだ。お前が出しゃばりさえしなければ、俺とユバイでこの一族を率いていけたのに」
族長の前で、兄を殺したのはお前かと問い詰めた時、オルクはそう言った。
「お前さえ産まれなければ」
言いようのない怒りと悲しみと憎しみに身体が熱くなり、気が付けばオルクを襲っていた。身体の大きいオルクに敵うはずも無かったが、もうどうでも良かった。こいつを殺せれば。
周りがどうしていたか、どういう目で見ていたのかわからない。誰もシルバーを制止する者は居なかった。オルクが動かなくなり、シルバーは痛みも忘れてその場から逃げた。罰を恐れたからではなく、ただの衝動だった。
居場所を作ってくれたユバイはもう居ない。それを招いたのは俺だという。その事実から逃げたかった。
怪我をしていたし、痕跡を消す元気も無かった。匂いを辿ればすぐに居場所はわかるだろう。すぐに殺されるだろうと思ってはいたが、追手は来なかった。
そうこうしているうちに、自分の番は人間でないとならなかったのだと知った。もう少し、もう少しというところで…
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陽の光の中で、ヨハネスと歩く。そんな事は、もう叶わないかもしれないな、とシルバーは思った。
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