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1.長女エリアナの婚姻
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エラルド侯爵家には、4人の子どもが居る。
1人目は、長男ディミトロフ、27歳。
2人目は、長女エリアナ、24歳。
3人目は、次男ギリアン、21歳。
4人目は、三男ヨシュア、18歳。
この度、長女エリアナの婚礼が決まった。
エラルド侯爵家の4兄弟と言えば、屈強な身体を持つ騎士としてその名を轟かし、女のエリアナも例外では無い。
エリアナは、身長190cmの屈強な女騎士。旦那様になるのは、身長165cm天使のような風貌の公爵子息。
そんな二人の、結婚にまつわる小噺。
「エリアナは本当に美しいわねぇ」
「恐れ入ります」
訓練の様子を見た後、皇后ユリアはエリアナに決まってそう言った。
ユリアは心底、エリアナの容姿を気に入っているらしい。エリアナとしては、恐悦至極といったところだ。
身長は190cmあり、褐色の肌。男に負けないように、しかし女性の靭やかさを活かせるように筋肉をつけた肉体。黒髪を陛下の好みで腰まで伸ばし、いわゆるポニーテールにしている。
おおよそ、貴族の令嬢とは言い難い容姿を褒めてくださる陛下の好みはよくわからないなと思いながらも、自分を気に入ってくださるのは純粋に嬉しいもの。
毎回陛下直々に汗を拭ってくださるのも、また恐れ多いが、エリアスに断る事も出来ない。一度断った際に、随分と悲しい顔をされてしまったからだ。
皇帝陛下に凄まじい嫉妬の目で見られる事もある程には、皇后陛下の寵愛を受けている自覚はある。
辺境の地を護るエラルド領は、エラルド家が蛮族と婚姻を結び、納めた土地である。領民の多くも蛮族の血を引いており、多民族国家のタイロン帝国内でも大きく丈夫な体躯を持つ。
長い歴史の中で、辺境の地を他国からの侵略に耐えうる軍事力を持つエラルド家は、皇帝直属の第一騎士団の団長を歴代継承している。
4人の子どもたちは皆、帝国に忠誠を誓う騎士となり、現在第一騎士団長は長男のディミトロフが務めている。
帝国随一の軍事力を持つエラルド侯爵家を縛るしきたりとも言える。権力を与える代わりに、裏切らせないようにするために。
それは、エラルド侯爵家唯一の娘である、エリアナも例外ではない。幼い頃から女騎士になるべく鍛えられ、皇后に気に入られたため皇后陛下の護衛騎士を務めている。
エリアナにとっては妖精姫と呼ばれていた皇后陛下こそ至高の宝。お側に仕えられるのは眼福というもの。儚げな容姿とは裏腹に、皇后としての責務を果たす姿は立派で尊敬に値する。正に国母に相応しい。
エリアナは、護衛騎士になった時にユリアに忠誠を誓った。
そのユリアからの命令には逆らえない。逆らえないが…。
「リンデル様、本当に私でよろしいのですか?」
この度、縁あってというか半ば皇后陛下の命令で、エリアナは婚約することとなった。ユリア陛下の1つ歳下の弟君のリンデル・ジュエル・コランタン公爵と。
ユリア陛下のご実家である、コランタン公爵家。リンデルは、エリアナとの婚約を機に、コランタン公爵の名を受け継いだ。
エリアナが思うに、公爵位を継ぐ為の婚姻なのだろう。27歳のリンデルには、何度か婚約の話しはあったようなのだが、なかなか良縁に恵まれなかったようだ。そこで、ユリアに忠誠を誓っているエリアナに目星をつけたらしい。
エリアナとしては、男より男らしい自分を望んでくれる者など居ないだろうし、一生皇室に尽くす騎士として生きようと考えていたので、正直思考停止している間にあれよあれよと話しが進んでいってしまった。
ユリアが良くても、リンデル本人やコランタン公爵夫妻からは歓迎された話では無いと思っていたのに、何故かとても乗り気で驚いた。
娘の結婚を諦めていたエリアナの両親も大喜びだ。
エラルド家は、蛮族の血を引いていると、忌避する貴族も多く居る中で、まさか公爵家に嫁ぐとは。
「もちろん!美しい奥方を迎えられて嬉しいよ」
「さ、さようでございますか…精一杯お仕えさせていただきます」
屈託なく笑うリンデルに戸惑いつつ、エリアナは背筋を正して、騎士らしい礼をした。
「もう、エリアナはかっこいいなぁ。僕かっこつかないやぁ」
リンデルは、妖精姫の弟らしく、これまた大層かわいらしい容姿をしている。とても27歳の男性とは思えない。男性にしては小柄で、身長は165㎝ほど。金色の髪はウェーブがかかり、肩までの髪を後ろで束ねている。大きな紺碧の瞳は、長い睫毛に縁取られている。よく似た姉と並ぶと、一対の人形のようだ。
どうも、妻よりもかわいらしく美しい夫というのが、婚約がうまくいかない理由らしい。
男性だというのに可憐な様子に、主を思い出して、微笑ましくなる。
「改めて、私と結婚してください」
リンデルが跪いて、手を差し出した。不覚にも、頬が赤くなる。
「よろしくお願い致します」
思わず、騎士の誓いのように、エリアナも跪いて、リンデルの手を取り、唇を落とした。
「ほんと、かっこよすぎでしょ…」
頬を染めて、リンデルもエリアナの手に唇を落とした。
大きな体躯に似つかわしくなく、エリアナはかわいらしいものが好きなのだ。こんなかわいらしい人と、形ばかりとはいえ夫婦になれるとは。
政略的なものだし、結婚してもユリアの護衛騎士は続ける事になっている。とてもじゃないが、エリアナにドレスを着て社交など絶対に無理だ。煩わしい公爵夫人としての社交はしなくていいというので、こんなありがたいことはない。
エリアナはこの結婚は、仕事の延長のようなものだと捉えていた。
婚礼衣装は、ユリアが直々に選ぶと張り切って選んでくれた。ハイネックの背中にスリットが入っている、身体に沿ったシンプルなドレス。
本当に、こんなドレスは一生に一度しか着ないだろうなと思う。
リンデルも純白の衣装に身を包み、その姿は天使のようだ。立ち会った一部の貴族からは、その体格差と容姿の違いから、ヒソヒソと嘲笑が漏れた。あれでは、どちらが花嫁か分からない、巨人と小人の婚礼だ、などなど。
とはいえ、そんな事で動揺するエリアナではない。過去には、女性らしくなくなっていく容姿にコンプレックスもあったものの、騎士としてこのうえなく恵まれた身体に満足している。鍛えれば鍛える程、自分に応えてくれる己の肉体。
嘲笑する者も居れば、ユリアのように好んでくれる方も居るのだから。
婚儀が終わってのパーティーでは、エラルド家で仕立てた騎士服に着替え、何故か令嬢たちとダンスをするエリアナが居た。もちろんユリアとも踊った。
背の高いエリアナは、男性パートを踊った方が楽なのだ。リンデルとは一応、女性として踊ったが、身長差から、何とも滑稽なダンスだったかもしれない。
自分が女性らしくないと蔑まれるのは慣れているが、リンデルが蔑まれるのは申し訳ない。
「エリアナはダンスもうまいなぁ」
にこにこと、リンデルが上機嫌なので、ほっとする。
エリアナは自分の事に鈍感で気付いていないが、ユリア以外にも、エリアナのファンは多い。男性受けは悪くとも、ご令嬢方にはかっこいい女騎士は人気がある。美しさと強さを兼ね備えた女騎士と、天使のような少年の見た目のコランタン公爵のダンスは、一部の令嬢たちの心を掴んでいた。
「私が男だったら、あんな感じなのかしら。ああ、エリアナがお義妹になるなんて…」
うっとりと呟く皇后を、複雑な想いで見つめる皇帝であった。
さて、初夜である。
「あの、形式だけの夫婦なのですから、お気遣いなさらないでください」
エリアナは侍女に磨き上げられ、薄い夜着を身に纏い、リンデルとベッドに座っている。とても居心地が悪い。こんな男のような女と、子作りなど、リンデルに申し訳ない。無理にしなくてもいいのだと伝えたつもりだった。
「??」
隣に座るリンデルが首を傾げる。リンデルからもとてもいい匂いがして、その仕草も何とも愛らしい。
「僕も初めてだから上手くできないかもしれないけど、大事にするね」
にっこりと天使の笑みに見惚れていると、肩に手を掛けられて押し倒された。びっくりしていると、唇に柔らかいものが当たる。リンデルの唇だ。
初めての感覚に戸惑い、目を白黒させているうちに、リンデルは、次に頬やおでこ瞼などにキスをして、次第に首筋へ移っていく。
「ひっ…」
首筋を舐められ、情けない声が出てしまった。身体が硬くなってしまう。
リンデルは動きをやめて、エリアナの隣に横になった。
「エリアナは、僕とこういう事をするのは、やっぱり嫌?」
じっと紺碧の瞳がエリアナを見つめる。笑顔だけど、困ったような顔。何と言っていいのかわからない。
「僕はこんな見た目だから、なかなか男として見られないんだよね。やっぱり僕みたいなのと、そういった行為をするの、気持ち悪い、かな…?」
「…い、いえ、身に余る光栄ですが。形式ばかりの婚姻と思っておりましたのでびっくりしております」
こんな天使のようなリンデルに、性欲というものがあるのか?そして、その欲が自分に向いている?そんな馬鹿な…夢じゃないか?
夫婦になって当たり前にすることに、エリアナは今更のように衝撃を受けていた。
「ええっ、僕は形式ばかりとは思って居ないよ。その、エリアナとの子どもも欲しいし…」
「そうですね、公爵家の跡継ぎは必要ですね」
ああそうか、跡継ぎを得たいなら、私が相手でも何とかなるのか…?
何とも失礼な事を思って神妙に答えるエリアナである。
「何か、イマイチ伝わってない気がするなぁ」
いつもの、ほんわりにこにこ顔が真顔になって、エリアナを見つめるものだから、ドキっとしてしまう。
「エリアナって、僕や、ユリアの、この顔が好きだよねぇ」
ドキっ。
「…………」
「僕もね、エリアナの容姿や、人柄もとても好きだよ。ユリアから言われたからではなく」
「あ、ありがとうございます」
「エリアナは、僕の容姿が好きだよね?」
「は、はい…」
「いつも、熱い視線を感じていたように思っていたけど?」
「そ、それは、その…はい」
エリアナは、かわいらしいものが好きなのだ。リンデルを見かけると、ついつい、目で追いかけてしまっていたかもしれない。護衛たるもの、バレていたとは恥ずかしすぎる。
おおっぴらに言えるような性格ではないので、隠れファンのようなものなのだ。ユリアとリンデルの姉弟を見るのは眼福だった。
二人が優雅にティータイムを楽しんでいる時など、かわいらしいお菓子にかわいらしい人たちにここは天国か?妖精の国に来てしまったのか?などと錯覚するくらいだった。
もちろん、結婚したいなどと恐れ多い事を思ってもいなかった。
ただ、かわいらしいものを見守らせてほしいというそれだけで、邪な気持ちを抱いた事などない。
「申し訳ありません…不快でしたでしょうか…」
「謝ってほしいわけじゃないよ」
「は、はぁ…」
何とも間抜けな答えしかできない。
「好きだよ。エリアナ」
「…?!」
「好きだよ」
好きな顔が見た事も無い真剣な顔で、頬が赤く染まっているかわいらしさ、しかも押し倒されて至近距離。その破壊力たるや。
感極まって心臓が壊れそうな程脈打ち、一気に顔から火が出そうになる。鼻血は出なくて良かった。
「無理…」
心臓壊れそう。
「…やっぱり僕とは無理?」
「そういう意味で言ったのではなく…」
顔を真っ赤にして涙を流すエリアナに、不安げに微笑むリンデル。もう、認めずに居られるわけがない。
「わ、私もリンデル様が、す、す…」
「好ちっ、、、ですっ…」
噛んだ…俯いて言うのが精一杯で、益々顔が赤くなる。身体が熱い。
エリアナは人生で、最も情けない姿だと思う。こんな、こんな事が起こるなんて。自分に恋だの愛だのは無縁だと、乙女心に蓋をしてきた。
さりとて、キャッキャと素敵な殿方の話しをするご令嬢方が、うらやましいと思った事も無い。心に秘めて、見守るだけで良かったのに。みっともない事この上ない。
「…嬉しい」
恐る恐るリンデルを見れば、パアッと後光が射すような笑みを向けられ、エリアナは思わず拝んだ。
その後、エリアナはリンデルの男らしい姿とのギャップに、とうとう鼻血を吹いたが、無事に愛を確かめ合ったのだった。
ーー後日、皇后宮にてーー
「あーリンデルがうらやましい~」
「ありがとう、ユリア」
「お姉様に感謝しなさいよ!用も無いのに皇后宮に呼ぶの大変だったんだから」
「一目惚れだったからね。ユリアが協力的でよかった」
「まあね~私に似たエリアナとの子ども見たいし」
「僕似でしょ」
「あー!リンデルがうらやましい…」
「そうそう、もう少ししたら、新婚休暇願を出すから許可してよね」
「やだーーー!」
「子ども、見たいんでしょ?」
「わかってるけどぉ…私の癒やしが…この魑魅魍魎の跋扈する貴族社会での唯一の光…長く離れるなんて嫌だけど、エリアナには幸せになってもらいたいし…」
「僕が幸せにするよ」
「うらやましーい~!」
今日もかわいらしい姉弟が、そこだけメルヘンの世界のようにティータイムを楽しんでいる。
エリアナは少し離れたところで訓練をしていて、二人の会話は聞こえない。ほんわかメルヘン空間の二人が、そんな会話をしているとは全く想像もしないエリアナであった。
1人目は、長男ディミトロフ、27歳。
2人目は、長女エリアナ、24歳。
3人目は、次男ギリアン、21歳。
4人目は、三男ヨシュア、18歳。
この度、長女エリアナの婚礼が決まった。
エラルド侯爵家の4兄弟と言えば、屈強な身体を持つ騎士としてその名を轟かし、女のエリアナも例外では無い。
エリアナは、身長190cmの屈強な女騎士。旦那様になるのは、身長165cm天使のような風貌の公爵子息。
そんな二人の、結婚にまつわる小噺。
「エリアナは本当に美しいわねぇ」
「恐れ入ります」
訓練の様子を見た後、皇后ユリアはエリアナに決まってそう言った。
ユリアは心底、エリアナの容姿を気に入っているらしい。エリアナとしては、恐悦至極といったところだ。
身長は190cmあり、褐色の肌。男に負けないように、しかし女性の靭やかさを活かせるように筋肉をつけた肉体。黒髪を陛下の好みで腰まで伸ばし、いわゆるポニーテールにしている。
おおよそ、貴族の令嬢とは言い難い容姿を褒めてくださる陛下の好みはよくわからないなと思いながらも、自分を気に入ってくださるのは純粋に嬉しいもの。
毎回陛下直々に汗を拭ってくださるのも、また恐れ多いが、エリアスに断る事も出来ない。一度断った際に、随分と悲しい顔をされてしまったからだ。
皇帝陛下に凄まじい嫉妬の目で見られる事もある程には、皇后陛下の寵愛を受けている自覚はある。
辺境の地を護るエラルド領は、エラルド家が蛮族と婚姻を結び、納めた土地である。領民の多くも蛮族の血を引いており、多民族国家のタイロン帝国内でも大きく丈夫な体躯を持つ。
長い歴史の中で、辺境の地を他国からの侵略に耐えうる軍事力を持つエラルド家は、皇帝直属の第一騎士団の団長を歴代継承している。
4人の子どもたちは皆、帝国に忠誠を誓う騎士となり、現在第一騎士団長は長男のディミトロフが務めている。
帝国随一の軍事力を持つエラルド侯爵家を縛るしきたりとも言える。権力を与える代わりに、裏切らせないようにするために。
それは、エラルド侯爵家唯一の娘である、エリアナも例外ではない。幼い頃から女騎士になるべく鍛えられ、皇后に気に入られたため皇后陛下の護衛騎士を務めている。
エリアナにとっては妖精姫と呼ばれていた皇后陛下こそ至高の宝。お側に仕えられるのは眼福というもの。儚げな容姿とは裏腹に、皇后としての責務を果たす姿は立派で尊敬に値する。正に国母に相応しい。
エリアナは、護衛騎士になった時にユリアに忠誠を誓った。
そのユリアからの命令には逆らえない。逆らえないが…。
「リンデル様、本当に私でよろしいのですか?」
この度、縁あってというか半ば皇后陛下の命令で、エリアナは婚約することとなった。ユリア陛下の1つ歳下の弟君のリンデル・ジュエル・コランタン公爵と。
ユリア陛下のご実家である、コランタン公爵家。リンデルは、エリアナとの婚約を機に、コランタン公爵の名を受け継いだ。
エリアナが思うに、公爵位を継ぐ為の婚姻なのだろう。27歳のリンデルには、何度か婚約の話しはあったようなのだが、なかなか良縁に恵まれなかったようだ。そこで、ユリアに忠誠を誓っているエリアナに目星をつけたらしい。
エリアナとしては、男より男らしい自分を望んでくれる者など居ないだろうし、一生皇室に尽くす騎士として生きようと考えていたので、正直思考停止している間にあれよあれよと話しが進んでいってしまった。
ユリアが良くても、リンデル本人やコランタン公爵夫妻からは歓迎された話では無いと思っていたのに、何故かとても乗り気で驚いた。
娘の結婚を諦めていたエリアナの両親も大喜びだ。
エラルド家は、蛮族の血を引いていると、忌避する貴族も多く居る中で、まさか公爵家に嫁ぐとは。
「もちろん!美しい奥方を迎えられて嬉しいよ」
「さ、さようでございますか…精一杯お仕えさせていただきます」
屈託なく笑うリンデルに戸惑いつつ、エリアナは背筋を正して、騎士らしい礼をした。
「もう、エリアナはかっこいいなぁ。僕かっこつかないやぁ」
リンデルは、妖精姫の弟らしく、これまた大層かわいらしい容姿をしている。とても27歳の男性とは思えない。男性にしては小柄で、身長は165㎝ほど。金色の髪はウェーブがかかり、肩までの髪を後ろで束ねている。大きな紺碧の瞳は、長い睫毛に縁取られている。よく似た姉と並ぶと、一対の人形のようだ。
どうも、妻よりもかわいらしく美しい夫というのが、婚約がうまくいかない理由らしい。
男性だというのに可憐な様子に、主を思い出して、微笑ましくなる。
「改めて、私と結婚してください」
リンデルが跪いて、手を差し出した。不覚にも、頬が赤くなる。
「よろしくお願い致します」
思わず、騎士の誓いのように、エリアナも跪いて、リンデルの手を取り、唇を落とした。
「ほんと、かっこよすぎでしょ…」
頬を染めて、リンデルもエリアナの手に唇を落とした。
大きな体躯に似つかわしくなく、エリアナはかわいらしいものが好きなのだ。こんなかわいらしい人と、形ばかりとはいえ夫婦になれるとは。
政略的なものだし、結婚してもユリアの護衛騎士は続ける事になっている。とてもじゃないが、エリアナにドレスを着て社交など絶対に無理だ。煩わしい公爵夫人としての社交はしなくていいというので、こんなありがたいことはない。
エリアナはこの結婚は、仕事の延長のようなものだと捉えていた。
婚礼衣装は、ユリアが直々に選ぶと張り切って選んでくれた。ハイネックの背中にスリットが入っている、身体に沿ったシンプルなドレス。
本当に、こんなドレスは一生に一度しか着ないだろうなと思う。
リンデルも純白の衣装に身を包み、その姿は天使のようだ。立ち会った一部の貴族からは、その体格差と容姿の違いから、ヒソヒソと嘲笑が漏れた。あれでは、どちらが花嫁か分からない、巨人と小人の婚礼だ、などなど。
とはいえ、そんな事で動揺するエリアナではない。過去には、女性らしくなくなっていく容姿にコンプレックスもあったものの、騎士としてこのうえなく恵まれた身体に満足している。鍛えれば鍛える程、自分に応えてくれる己の肉体。
嘲笑する者も居れば、ユリアのように好んでくれる方も居るのだから。
婚儀が終わってのパーティーでは、エラルド家で仕立てた騎士服に着替え、何故か令嬢たちとダンスをするエリアナが居た。もちろんユリアとも踊った。
背の高いエリアナは、男性パートを踊った方が楽なのだ。リンデルとは一応、女性として踊ったが、身長差から、何とも滑稽なダンスだったかもしれない。
自分が女性らしくないと蔑まれるのは慣れているが、リンデルが蔑まれるのは申し訳ない。
「エリアナはダンスもうまいなぁ」
にこにこと、リンデルが上機嫌なので、ほっとする。
エリアナは自分の事に鈍感で気付いていないが、ユリア以外にも、エリアナのファンは多い。男性受けは悪くとも、ご令嬢方にはかっこいい女騎士は人気がある。美しさと強さを兼ね備えた女騎士と、天使のような少年の見た目のコランタン公爵のダンスは、一部の令嬢たちの心を掴んでいた。
「私が男だったら、あんな感じなのかしら。ああ、エリアナがお義妹になるなんて…」
うっとりと呟く皇后を、複雑な想いで見つめる皇帝であった。
さて、初夜である。
「あの、形式だけの夫婦なのですから、お気遣いなさらないでください」
エリアナは侍女に磨き上げられ、薄い夜着を身に纏い、リンデルとベッドに座っている。とても居心地が悪い。こんな男のような女と、子作りなど、リンデルに申し訳ない。無理にしなくてもいいのだと伝えたつもりだった。
「??」
隣に座るリンデルが首を傾げる。リンデルからもとてもいい匂いがして、その仕草も何とも愛らしい。
「僕も初めてだから上手くできないかもしれないけど、大事にするね」
にっこりと天使の笑みに見惚れていると、肩に手を掛けられて押し倒された。びっくりしていると、唇に柔らかいものが当たる。リンデルの唇だ。
初めての感覚に戸惑い、目を白黒させているうちに、リンデルは、次に頬やおでこ瞼などにキスをして、次第に首筋へ移っていく。
「ひっ…」
首筋を舐められ、情けない声が出てしまった。身体が硬くなってしまう。
リンデルは動きをやめて、エリアナの隣に横になった。
「エリアナは、僕とこういう事をするのは、やっぱり嫌?」
じっと紺碧の瞳がエリアナを見つめる。笑顔だけど、困ったような顔。何と言っていいのかわからない。
「僕はこんな見た目だから、なかなか男として見られないんだよね。やっぱり僕みたいなのと、そういった行為をするの、気持ち悪い、かな…?」
「…い、いえ、身に余る光栄ですが。形式ばかりの婚姻と思っておりましたのでびっくりしております」
こんな天使のようなリンデルに、性欲というものがあるのか?そして、その欲が自分に向いている?そんな馬鹿な…夢じゃないか?
夫婦になって当たり前にすることに、エリアナは今更のように衝撃を受けていた。
「ええっ、僕は形式ばかりとは思って居ないよ。その、エリアナとの子どもも欲しいし…」
「そうですね、公爵家の跡継ぎは必要ですね」
ああそうか、跡継ぎを得たいなら、私が相手でも何とかなるのか…?
何とも失礼な事を思って神妙に答えるエリアナである。
「何か、イマイチ伝わってない気がするなぁ」
いつもの、ほんわりにこにこ顔が真顔になって、エリアナを見つめるものだから、ドキっとしてしまう。
「エリアナって、僕や、ユリアの、この顔が好きだよねぇ」
ドキっ。
「…………」
「僕もね、エリアナの容姿や、人柄もとても好きだよ。ユリアから言われたからではなく」
「あ、ありがとうございます」
「エリアナは、僕の容姿が好きだよね?」
「は、はい…」
「いつも、熱い視線を感じていたように思っていたけど?」
「そ、それは、その…はい」
エリアナは、かわいらしいものが好きなのだ。リンデルを見かけると、ついつい、目で追いかけてしまっていたかもしれない。護衛たるもの、バレていたとは恥ずかしすぎる。
おおっぴらに言えるような性格ではないので、隠れファンのようなものなのだ。ユリアとリンデルの姉弟を見るのは眼福だった。
二人が優雅にティータイムを楽しんでいる時など、かわいらしいお菓子にかわいらしい人たちにここは天国か?妖精の国に来てしまったのか?などと錯覚するくらいだった。
もちろん、結婚したいなどと恐れ多い事を思ってもいなかった。
ただ、かわいらしいものを見守らせてほしいというそれだけで、邪な気持ちを抱いた事などない。
「申し訳ありません…不快でしたでしょうか…」
「謝ってほしいわけじゃないよ」
「は、はぁ…」
何とも間抜けな答えしかできない。
「好きだよ。エリアナ」
「…?!」
「好きだよ」
好きな顔が見た事も無い真剣な顔で、頬が赤く染まっているかわいらしさ、しかも押し倒されて至近距離。その破壊力たるや。
感極まって心臓が壊れそうな程脈打ち、一気に顔から火が出そうになる。鼻血は出なくて良かった。
「無理…」
心臓壊れそう。
「…やっぱり僕とは無理?」
「そういう意味で言ったのではなく…」
顔を真っ赤にして涙を流すエリアナに、不安げに微笑むリンデル。もう、認めずに居られるわけがない。
「わ、私もリンデル様が、す、す…」
「好ちっ、、、ですっ…」
噛んだ…俯いて言うのが精一杯で、益々顔が赤くなる。身体が熱い。
エリアナは人生で、最も情けない姿だと思う。こんな、こんな事が起こるなんて。自分に恋だの愛だのは無縁だと、乙女心に蓋をしてきた。
さりとて、キャッキャと素敵な殿方の話しをするご令嬢方が、うらやましいと思った事も無い。心に秘めて、見守るだけで良かったのに。みっともない事この上ない。
「…嬉しい」
恐る恐るリンデルを見れば、パアッと後光が射すような笑みを向けられ、エリアナは思わず拝んだ。
その後、エリアナはリンデルの男らしい姿とのギャップに、とうとう鼻血を吹いたが、無事に愛を確かめ合ったのだった。
ーー後日、皇后宮にてーー
「あーリンデルがうらやましい~」
「ありがとう、ユリア」
「お姉様に感謝しなさいよ!用も無いのに皇后宮に呼ぶの大変だったんだから」
「一目惚れだったからね。ユリアが協力的でよかった」
「まあね~私に似たエリアナとの子ども見たいし」
「僕似でしょ」
「あー!リンデルがうらやましい…」
「そうそう、もう少ししたら、新婚休暇願を出すから許可してよね」
「やだーーー!」
「子ども、見たいんでしょ?」
「わかってるけどぉ…私の癒やしが…この魑魅魍魎の跋扈する貴族社会での唯一の光…長く離れるなんて嫌だけど、エリアナには幸せになってもらいたいし…」
「僕が幸せにするよ」
「うらやましーい~!」
今日もかわいらしい姉弟が、そこだけメルヘンの世界のようにティータイムを楽しんでいる。
エリアナは少し離れたところで訓練をしていて、二人の会話は聞こえない。ほんわかメルヘン空間の二人が、そんな会話をしているとは全く想像もしないエリアナであった。
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