20 / 21
第十九話
しおりを挟む
葬儀は慌ただしく済み、忙しさが過ぎると、急に胸に穴が空いたようになってしまった。
呼吸しているはずなのに、なんだかどこからか空気が抜けていっているように感じる。
なんだか身体がふわふわして、どこか一部が減っているような気がする。
減っているなら、ヴァインがそのどこかを一緒に連れていってくれたのなら嬉しいと思う。
皆も同じように消失感を感じているようで、急に屋敷が静かになってしまったように感じた。
自分の身の振り方も考えなければいけない。
ファーレンハウト家の方々はとてもよくしてくれるけれど、子がいるわけでもないわたくしがいては、のちのち差し障りがあるだろう。
ヴァインが亡くなってから知ったのだが、ヴァインの従兄弟であるヴィヌ様を、ヴァインとわたくしが婚姻を結ぶ際にヴァインの養子として正式に迎えていた。
次期辺境伯になる事が、その時から決まっていたのだそうだ。
そしてその際、お義父様からヴァインが辺境伯を受け継いでいたそうで、わたくしの身分はファーレンハウト辺境伯夫人となっていたらしい。
つまり、ヴィヌ様は、わたくしの一つ年下の息子だったようだ。
ヴァインに言ったら、
「驚いたかい?」
とあの笑顔で笑いそうだ。
「あの子がね、自分が亡くなっても、うちの物を正式に貴女にも渡せるようにって。自分が逝ってしまっても、貴女を守れるようにって、ふふ、二つ目のワガママなんだそうよ」
なかなか甲斐性があるでしょう?とお義母様が笑う。
フロスティ家も、弟が継げばいずれはわたくしの居場所がなくなるかもしれないと、未亡人となってもわたくしが困らないようにと考えて多方面で手を回してくれていたらしい。
「わたくしは……、何も返す事ができませんでしたのに……」
「まあ!ヴァインにしかられるわよ。エルノワさんが居てくれて、あの子はあんなに笑っていたじゃない」
エルノワが来る前は、本当に辛い姿ばかりで両親にすら自分の弱った身体を見せるのが嫌でなかなか会いたがらなかったらしい。
「ヴァインの部屋についてくれていた侍女がいたでしょう?わたくしと同じぐらいの年齢の。彼女はヴァインが生まれた頃から仕えてくれていてね。エルノワさんが来てくれてから、今日はお坊ちゃまが笑いました、今日も楽しそうでしたと、とても嬉しそうに報告をしてくれたわ。彼女だけじゃないわ。みんなエルノワさんには感謝しているのよ」
たくさんの愛をくれたわたくしの旦那様は、たくさん愛されている人でもあったようだ。
エルノワの顔に笑みが浮かんだ。
「旦那様がわたくしを愛して下さっていたのは十五年間、結婚期間は四年で、愛しあったのは三ヶ月間でしたわ。
わたくし、十四年と九ヶ月も負けておりますのよ?
わたくしも神のみもとにまいりましたら、旦那様に、わたくしの方が長く貴方を思っていましたわ、と言ってさしあげますの!」
絵画展入賞の晩餐会で、慣れないワインにほろ酔いのエルノワは饒舌に亡き夫への愛を語る。
まわりで聞き耳をたてていた人々は、美貌の未亡人の、存外の可愛らしい一面に毒気を抜かれているようだ。
今話題の時の人なのだが、これ程褒め称えられてもおごった様子は一つもない。
「我が従兄弟の奥方は、少し酔ってしまっているようだね。
皆様、すまないがエルノワ夫人をそろそろ返して貰いますよ」
「ヴィヌ様、わたくし酔ってなどいませんわ」
「酔っぱらいは皆そう言うのですよ。さあ、いきますよ、お義母様」
「やめて下さい、その呼び方はやめて下さい」
「そもそも、ヴァインも天で貴女を想っているでしょうから、残念だけどその十四年と九ヶ月は縮まりませんよ」
賑やかに去る二人を見ながら、残された人々は語る。
「なるほど、あの絵は夫人の亡き辺境伯を思う気持ちそのものであったか」
「だから、見る人によって、幸せを感じたり、悲しみを感じたりと受け取り方が違ったのですね」
「まさに絵の神に愛された女性だ」
最後のセリフをほろ酔いのエルノワが聞いていたら、きっと笑いながらこう答えただろう。
「いいえ、わたくしを愛して下さったのは神様じゃなくて、ヴァイン・ファーレンハウト辺境伯。わたくしの、旦那様ですわ」
呼吸しているはずなのに、なんだかどこからか空気が抜けていっているように感じる。
なんだか身体がふわふわして、どこか一部が減っているような気がする。
減っているなら、ヴァインがそのどこかを一緒に連れていってくれたのなら嬉しいと思う。
皆も同じように消失感を感じているようで、急に屋敷が静かになってしまったように感じた。
自分の身の振り方も考えなければいけない。
ファーレンハウト家の方々はとてもよくしてくれるけれど、子がいるわけでもないわたくしがいては、のちのち差し障りがあるだろう。
ヴァインが亡くなってから知ったのだが、ヴァインの従兄弟であるヴィヌ様を、ヴァインとわたくしが婚姻を結ぶ際にヴァインの養子として正式に迎えていた。
次期辺境伯になる事が、その時から決まっていたのだそうだ。
そしてその際、お義父様からヴァインが辺境伯を受け継いでいたそうで、わたくしの身分はファーレンハウト辺境伯夫人となっていたらしい。
つまり、ヴィヌ様は、わたくしの一つ年下の息子だったようだ。
ヴァインに言ったら、
「驚いたかい?」
とあの笑顔で笑いそうだ。
「あの子がね、自分が亡くなっても、うちの物を正式に貴女にも渡せるようにって。自分が逝ってしまっても、貴女を守れるようにって、ふふ、二つ目のワガママなんだそうよ」
なかなか甲斐性があるでしょう?とお義母様が笑う。
フロスティ家も、弟が継げばいずれはわたくしの居場所がなくなるかもしれないと、未亡人となってもわたくしが困らないようにと考えて多方面で手を回してくれていたらしい。
「わたくしは……、何も返す事ができませんでしたのに……」
「まあ!ヴァインにしかられるわよ。エルノワさんが居てくれて、あの子はあんなに笑っていたじゃない」
エルノワが来る前は、本当に辛い姿ばかりで両親にすら自分の弱った身体を見せるのが嫌でなかなか会いたがらなかったらしい。
「ヴァインの部屋についてくれていた侍女がいたでしょう?わたくしと同じぐらいの年齢の。彼女はヴァインが生まれた頃から仕えてくれていてね。エルノワさんが来てくれてから、今日はお坊ちゃまが笑いました、今日も楽しそうでしたと、とても嬉しそうに報告をしてくれたわ。彼女だけじゃないわ。みんなエルノワさんには感謝しているのよ」
たくさんの愛をくれたわたくしの旦那様は、たくさん愛されている人でもあったようだ。
エルノワの顔に笑みが浮かんだ。
「旦那様がわたくしを愛して下さっていたのは十五年間、結婚期間は四年で、愛しあったのは三ヶ月間でしたわ。
わたくし、十四年と九ヶ月も負けておりますのよ?
わたくしも神のみもとにまいりましたら、旦那様に、わたくしの方が長く貴方を思っていましたわ、と言ってさしあげますの!」
絵画展入賞の晩餐会で、慣れないワインにほろ酔いのエルノワは饒舌に亡き夫への愛を語る。
まわりで聞き耳をたてていた人々は、美貌の未亡人の、存外の可愛らしい一面に毒気を抜かれているようだ。
今話題の時の人なのだが、これ程褒め称えられてもおごった様子は一つもない。
「我が従兄弟の奥方は、少し酔ってしまっているようだね。
皆様、すまないがエルノワ夫人をそろそろ返して貰いますよ」
「ヴィヌ様、わたくし酔ってなどいませんわ」
「酔っぱらいは皆そう言うのですよ。さあ、いきますよ、お義母様」
「やめて下さい、その呼び方はやめて下さい」
「そもそも、ヴァインも天で貴女を想っているでしょうから、残念だけどその十四年と九ヶ月は縮まりませんよ」
賑やかに去る二人を見ながら、残された人々は語る。
「なるほど、あの絵は夫人の亡き辺境伯を思う気持ちそのものであったか」
「だから、見る人によって、幸せを感じたり、悲しみを感じたりと受け取り方が違ったのですね」
「まさに絵の神に愛された女性だ」
最後のセリフをほろ酔いのエルノワが聞いていたら、きっと笑いながらこう答えただろう。
「いいえ、わたくしを愛して下さったのは神様じゃなくて、ヴァイン・ファーレンハウト辺境伯。わたくしの、旦那様ですわ」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
あなたの剣になりたい
四季
恋愛
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
著作者:四季 無断転載は固く禁じます。
※2019.2.10~2019.9.22 に執筆したものです。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
ヴェネーノの恋毒
(笑)
恋愛
孤独な塔に囚われた王女ヴェネーノは、触れた者を死に至らしめる呪いを持つ。しかし、ある夜出会った謎の青年レオンとの秘密の逢瀬が、彼女の運命を大きく変えていく。愛と希望を信じる二人が織りなす、絆と試練の物語。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜
白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。
「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」
(お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから)
ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。
「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」
色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。
糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。
「こんな魔法は初めてだ」
薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。
「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」
アリアは魔法の力で聖女になる。
※小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる