天を彩る

坂餅

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第7話

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 その日は、それ以降天理には会えなかった。正確には、姿を見つけることはできたのだが、天理は逃げるように移動してしまい声をかけることができなかった。

 天理のあんな様子は誰もが見たことの無いものだった。どうしたのだろうか、と大半の生徒達は心配していたし、彩羽はなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 天理がああなったのは、間違い無く自分のせいだと思う。こんなことを言うと、また妹に自意識過剰だと言われるだろうが、事実なのだから仕方がない。

 自分のせいだと思っているため、とりあえず天理に謝りたいのだが、こうも避けられるとどうもできない。連絡先を交換しておけばよかった、と少し後悔する。天理を捕まえたら連絡先を交換してもらおうと決める。

 とりあえず終礼直後に捕まえようと決めた彩羽はふと気づく。

(なーんで篠原さんにここまでこだわってるのかな?)

 他の友達ならばここまで気にしないはずだ。それでもなぜ天理が相手ならここまで気になるのか。

 それは、あの学年一の美人である篠原天理が、自分にだけ嬉しそうに微笑んでくれるからなのか。いや、最初はそれだけの理由だったはずだ。しかし、今はそれだけじゃない気がする。文化祭の時は天理の破壊力に溺れそうになったが、その時はそうではなかった。やはり、今朝の出来事からだろう。今思えば今日はずっと天理のことを考えていた気がする。

 それを自覚した彩羽は机に向かって額をぶつける。鈍い音が鳴り、近くのクラスメイトが驚いたがそんなことはどうでもいい。意識をしてしまうと、天理を捕まえるという決心が揺らいでしまう。捕まえたところで、緊張でなにも話せなくなってしまうのではないかと。

「――――――――――っ⁉」
「え、どうしたの……?」

 声にならない声を上げてもがきだした彩羽を前に座っていたクラスメイトが心配してくれる。

「なんでもない……」

 自分の心境の変化についていけない彩羽は、刻一刻と迫る終礼に唾を飲み込む。

 どうするのか、天理に特攻すべきか、天理と同じく逃げるのか。それを決めるには時間が足りなかった。あっという間に終礼が終わり、彩羽は誰よりも早く教室を出ていった。決める前に動く時間が来たのだ。だから当初の予定通りに天理を捕まえることにしたのだ。

 心の中で天理は既に帰っていてくれと願ったが、タイミングが良いのか悪いのか、彩羽が廊下に出た直後に天理のクラスも終礼が終わったらしい。

 彩羽のように誰よりも早く教室から出てきた天理。

「篠原さん!」
「ひゃっ⁉」

 やけくそになって名前を呼ぶと、飛び上がって彩羽に気づいた天理が逃げるように走り出す。

「ええー‼」

 まさか逃げられるとは、見た目がいいだけでなく、勉強も運動もできる天理が逃げるのだ。同じ走りで一般人の彩羽が追いつけるはずもない。

「待ってよー!」
「ごめんなさーい!」

 声をかけるが止まってくれる気配が無い。天理に追いつくには、天理が駐輪場から自転車を出す時に捕まえるしか無い。

 校内で天理に追いつくことは考えず、彩羽は全速力で駐輪場まで向かう。

 他の生徒を避けながら、必死になって駐輪場へ辿り着いた彩羽だったが、天理のクラスの駐輪場に天理の自転車があることに気づいた。

「あれ、追い抜いた⁉」

 慌てて校舎の方を振り返るが、天理の姿は無い。駐輪場をぐるっと回ってみるが、天理が隠れている様子はない。

 しばらく待っても天理の姿が見えないどころか、他の生徒達が駐輪場へやって来た。

 その中の一人が、挙動不審な彩羽に声をかける。

「どしたの?」
「篠原さん見なかった?」
「見てないけど、なんかあったの?」
「いやなんでも……」
「そっか」

 もう帰るというクラスメイトを見送ってから彩羽は、天理はまだ帰っていないのではないかと考える。

 いくらなんでも走って帰るなんてことはしないだろう。

 試しに昇降口に戻って天理の靴を確認する。

「靴あった」

 人の靴箱を覗くのはどうかと思うからすぐにその場を離れる。

 これで天理は校舎内にいるということが確定した。

 問題はどこにいるのかだが、その場所に彩羽は心当たりがあった。

 ただ、冷静になった今、その場所へ向かうことができるかどうか。

 もういっそこのまま帰ってしまおうか。また明日でいいや。そのような逃げの考えが浮かぶが、それだとなにも変わらないし、明日もずっと頭の中で天理のことばっかり考えてしまうのだと思えば行くしかない。

 帰ろうとする気持ちを切り替え、ゆっくりと歩き出す彩羽は、下校する他の生徒達とすれ違いながらある場所へと向かう。

 放課後のため、全くの無人とはいかないがそれでも割と静かな場所――特別棟にやって来た。

 天理がいるとなればここだろう。彩羽にとっても特別棟は特別な場所に分類される。

 天理が自分のことで悩んでいるのだとすれば、間違いなく、関わりが始まった特別棟へやって来る。半ば確信に近いものを持って人の少ない廊下を進む。

 そして辿り着いた先、特別棟を使う部活動の活動場所ではない場所。彩羽はあの時天理をこの場所に連れて来た自分を褒めたくなったがそれは後だ。

「いた……篠原さん」
「ひゃっ⁉ い……彩羽……さん……‼」

 誰からも見えないよう隅っこで丸くなっていた天理に声を掛けると、びっくり箱のように飛び上がった天理が、真っ赤な顔をして彩羽を見る。

 天理のこと全て知っているという訳ではないため当然だが、今まで見たことの無い天理の姿に、彩羽はいけないものを見ているような感覚を抱く。

 あの篠原天理もこういう表情をするのだという関心と、自分のことを考えてそうなっているのなら、自分だけにそんな表情を見せてほしいという独占欲がじわじわと湧いてくる。

 だけどそんな感情より、今はこの熱をどうにかしたい、天理と同じように真っ赤になっている彩羽。

「暑い……」

 天理に逃げられないよう、隣にぴったりとくっつきながらブレザーを脱ぐ彩羽。

 隣にいる天理は釣り上げられた魚のように口をパクパクするしかできず、逃げるなんて選択肢が頭の中から消え失せていた。

「篠原さん!」

 逃げられないように密着しているということもあり、天理の顔が目の前に現れる。

 何度見ても、見惚れてしまう綺麗な顔が目の前にある。太陽を直射してしまった時のように思わず目を背けてしまう。

 無言の時間が過ぎてしまう。ここは部活動で使う生徒は来ないということで、ある意味穴場なのだ。今の彩羽と天理のように、二人っきりで会うためにこの場所を選ぶ生徒がいないとは限らない。

 早急に目的を達成しなければならない。

 未だに反応を返してくれない天理の両肩を持ち、真正面から見据える。

 互いに赤い顔を向い合せながら、緊張でうるさい心臓と、汗ばむ手を隠しながら、彩羽はゆっくりと口を開く。

「連絡先……教えて……?」
「………………………………へ?」
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