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第七章 複雑なる縁
42 思惑
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アハメド二世は、イヴの私室で小一時間ほど夜のお茶会をし、宮中の噂話や、最近流行の音楽のことなどを話し込んだ後、まっすぐに皇后宮に向かった。
当たり前だが、イヴの縁談は、これは無理だろうということで、サフィヤ皇后と情報の共有をするためである。
サフィヤ皇后は相変わらず、皇后宮からは出ず、日夜、魔法研究をしながら皇家と帝国を守る祝福を与え続けているのだ。
自分の産んだ女性皇太子のリマはやはり最愛の娘のようだが、養女のイヴ、ヴィーからも敬愛を勝ち得ており、仲はよい。
リマの方からは、地獣人の魔法の秘術を習いに、頻繁に訪問があるし、イヴ達も帝城で暮らす際に、様々な相談事や気の置けない話などを、サフィヤ皇后に報告することはよくあった。
彼女は名実ともに、帝城の母親役なのである。
そしてもちろん、皇帝であるアハメド二世のよき伴侶で、サポーターであった。
だから、イヴが口を割って話してくれたことを、アハメド二世が話し合える最初の誰かと言ったら、妻であるサフィヤ以外ないのである。
先触れもそこそこに、真っ先に皇后宮へ訪問すると、サフィヤ皇后は、既に寝間着のくつろいだ姿ではあったが、まだ起きていて、礼儀正しい態度で夫を部屋に迎え入れた。
「サフィヤ、イヴのことなんだが」
「はい」
サフィヤ皇后はおっとりと落ち着いた返事をし、夫と椅子で向かい合いながら、彼の話を黙って聞いた。
「そういうわけで、これは、アスランの周りが落ち着くまで……なかった話にするしかないかもしれない」
「そうでしょうね」
サフィヤは、大体把握していたようで、噴き出しそうな表情をこらえてそう言った。
「私が先走りすぎたかな……」
「そうかもしれませんね」
サフィヤはしっとりとした声でそう言い、夫に向き直った。
「ご自分で心当たりがあるなら、そうなのではありませんか。縁談は、何より、本人同士の気持ちが大事です。アスランが、イヴを守ってやりたいと言ったからといって、どういう気持ちなのかは確かめてなかったのだし、イヴの方にも確かめないで、いきなり過ぎたかもしれませんね。だけど、よかった。強引な事をする前にすんでよかったじゃないですか」
そんなふうにサフィヤは愛する夫をたしなめた。
「しかし、アスランの周りにビンデバルドの変な女がいるというのは、初耳で」
妻が少しだけ怒っているような気配を感じ取って、アハメド二世はそんなことをやや早口に言った。
「アスランとイヴがまとまりそうだと聞いたら、あの人達が黙っている訳がないでしょう。当然、よくないことを始めますよ」
アハメド二世もだが、地獣人の姫で皇后であるサフィヤが、一番、ビンデバルド宗家からは目の敵にされ、舌の上で何回殺されたか数え切れない立場である。
「いい手だと思ったんだがなあ……」
「もちろん、ジグマリンゲン一族が、私たちの鉄の絆を持つ仲間になってくれたのなら、心強い事この上ありません。ジグマリンゲン一族が動けば、北方の、アンハルト一族もこちらに着くかもしれないし」
そこは何も悪い発案ではなかったので、サフィヤ皇后は怒っている様子は見せなかった。
「だけど、夫婦の絆が冷たければ、幸運は訪れなくなるかもしれない、イヴの気持ちをよく考えて欲しかったんですよ、あなた」
「そうだな……」
そう言ってから、サフィヤはしばらく黙って考え込んだ。イヴは、「物語の英雄のような」と言ったらしい。それを、アハメド二世はそのまんま、物語に恋してると思ったようだが、同性であるサフィヤは微妙に引っかかるものを感じた。本当にそうだろうか?
イヴは、深窓の姫君で、走る事も出来ない体で、いつも本と音楽に耽溺している。その母親のティシャ姫はまさに悲劇の姫である。そのイメージに、夫が引きずられているように感じたのだ。
イヴは、その、「走る事も出来ない体で」、皇太子リマが出撃する際には、妹の事だけ放っておけないと我を張って、ヴィーとともに、魔王城に突っ込んでいって、最終決戦でもくたばることがなかった元気な女なのである。
「……?」
だが、藪をつついて蛇を出す必要も無いと感じたサフィヤは、引っかかりは引っかかりとして頭の中に記録しておき、後は、軽く、アハメド二世に娘の教育方針についてのすりあわせと説教をして、仲のよい夜を迎えることにした。
翌日、アハメド二世は、”神の手通り”にある、十二神の主神ミトラを祀る教会へ朝から向かう事になっていた。
そこで、大司教と旧交を温めるアピールを行う必要があったのである。アピールではなく、ミトラ教の大司教とアハメド二世は実際に仲がよいのだが、狙撃だのなんだので世間が賑やかなので、そういう威嚇射撃も必要だった。
帝城を出て、”神の手通り”に向かう途中、アスラン達近衛兵達が警護を固める事になる。
アハメド二世は、皇帝だけに許された禁色の馬車に乗り、ベンとアスランが広々とした同じ車内に同席することになった。
車内は当然、魔法コーティングで防弾されている窓を完全に閉め切って、密室状態である。
そこで、アハメド二世はいつも通り、機嫌良く話し始めた。
最初は近衛大将であるベンと、機動軍馬や今日の警備周りの事などを確認していた。そのうち雑談が始まった。
ベネディクト・フォン・ベッカーマン。
風精人貴族の持つ”フォン”の名はあるものの、彼はまごうことなき常人で、長い耳も銀の髪も精霊のように優れた容姿も、さらに言うなら風の魔法に対するポテンシャルを持っている訳でもない。
そのかわり、極めて優れた頭脳と判断力、胆力、たゆまぬ努力で得た戦闘力を持っている。人脈も幅広い。
少年時代は色々と問題児であったアスランが、大将と見込んでついていくだけの人物であった。当然ながら、アハメド二世からの信頼も厚い。
少年時代のアスランの問題児ぶりはおいておくとして、ベン本人も、相当に複雑な家庭の事情を持っていた。そのせいか、四十歳手前で独身である。
アハメド二世の方は、その、アスランの上官であるベンが、何で未だに独身であるのか聞いてみる必要があった。
「ベッカーマンの統べる南西の地方では、オレンジとヴィオラが有名なそうだが、今年はオレンジは豊作だろうか」
などと、いきなりとんでもない話題を振った。
神聖バハムート帝国では、伝統的に、ヴィオラは女性が演奏するものであり、オレンジもその花言葉”花嫁の喜び”から女性の暗喩になることが多かった。
ベンは一瞬、沈黙したが、うろたえる様子もなく答えた。
「ここのところ、毎年不作で、今年もあまり期待は出来ませんが、領民には苦労をかけたくないものですな。魔大戦の間は、ヴィオラを聞く機会もありませんでしたが、領民が、収穫祭でヴィオラを楽しんでいるところを見てみたいことです」
オレンジもヴィオラも不作であるらしい。アハメド二世は、多少気まずい想いはした。だが確かに、魔大戦で荒らされた地方の中では南西が特にひどい。アスランの最初の上官、レオニーが殉職した決戦があったのも南西地方である。
アハメド二世は気を取り直して、アスランの方を向き直った。
「ノイゼンの港も豊漁だといいな。あそこは、まだまだ元気だからな」
ノイゼンはアスランの故郷である。
アスランはベンがからかわれているのを見て--あるいは本当に、ただ単に、ベンの領地のことを心配しているのかもしれないが--自分のターンが来る事はわかっていたので、軽く身構えながらも話すことが出来た。何ごとも前振りというのは大事である。
「豊漁ですが、俺が船を回す機会がありませんでした。魔大戦の最中も、随分船が攻撃を受けたので、早く修復したいですね」
「船。そういえば、リマが、船に興味があるんだが」
アスランは、先ほどのベンのように、一瞬だけ、虚を突かれたような表情になったが素早く取り繕った。
てっきり、イヴ(ヴィオラ)が来ると思っていたのに、リマと聞いて驚いたのだ。
「リーマース様が、船に?」
さすがに、皇帝の前で皇太子の事を呼び捨てには出来ない。魔大戦中はそれどころではなかったが、今も別の意味でそれどころではない。
「リマは特別活動的な娘だから、軍艦など、勇ましい船が好きなようだ。ジグマリンゲンは歴史的に水軍の家でもあるが、どうしたらそんな強い船を作れるのかと前に話していた事がある」
それはあながち嘘でもなかった。ヴィーも軍人に好かれやすいサバサバした性格だが、リマはも、明朗活発で軍事……というよりも、軍備に少年めいた興味を示す事が多い。
ちなみに彼女は現在十七歳である。
「リーマース様がジグマリンゲンに興味を持っていただけたのなら、驚きですが、嬉しい限りです」
まずアスランはそこはそう答えた。どういう意味なのかわからない訳ではない。リマと、ジグマリンゲンの船--というよりも、ジグマリンゲンの武力をくっつけたいと、あからさまに車内で言われたのである。
ちなみに武力の中にはアスラン本人という意味も入っている。
てっきり、イヴだと思っていたアスランは、いきなり皇太子をぶつけられて、心臓が止まるかと思ったのは本当だった。
「ですが、ノイゼンの冷涼な田舎に、皇太子殿下をお迎えするには、季節が悪いと思われます。ノイゼンの寒さは、若い女性の身に応えられないので。夏には避暑地にちょうどいいでしょうね」
冷や汗をかかない程度に緊張しながら、アスランは何とかそう答えた。
本当に驚いていた。
何故か、本当に、刹那の間、エリーゼの幽霊じみたかわいらしさが脳内にひらめいて、彼女にすまないと思った。確か、エリーゼは十五歳だったか。
ぎりぎり法定年齢のはずだ。神聖バハムート帝国では、女性は十五歳からは親の許可さえあれば結婚出来るのである。男性は、十八歳からである。
だが、アスランは、今まで、自分と同年代かもしくは年上を相手にしてきたため、八歳も年下の子ども……彼にしてみればいたいけな子どもを、生涯お相手すると考えた事が一回もなかったのである。
そのことはシュルナウにおけるアスランの親役である、ベンも知っていて、表情には何も出さなかったが、内心、「(+。+)アチャー。」と思っている事が、アスランには微妙な空気感で伝わってきた。
要するに、彼はロリコンではなかったのだった。
「そうか……残念だ」
アハメド二世はあからさまに、肩を落としてしまった。だが、アスランは、「季節が悪い、夏の避暑地になら」と言っている。つまり、リマが美しく成長した暁には十分にこたえられるという意味だと受け取った。
「夏が楽しみだな」
「アスラン、戸は閉まっているか」
そのとき、ベンが、明らかに閉めきっている車内の中でわざとらしくそう言った。
「はい」
アスランはそう答え、わざわざ、閉まっている窓を、また閉めるような仕草で確認した。そういうことである。今の話は、一切、シャ外秘だ。
当たり前だが、イヴの縁談は、これは無理だろうということで、サフィヤ皇后と情報の共有をするためである。
サフィヤ皇后は相変わらず、皇后宮からは出ず、日夜、魔法研究をしながら皇家と帝国を守る祝福を与え続けているのだ。
自分の産んだ女性皇太子のリマはやはり最愛の娘のようだが、養女のイヴ、ヴィーからも敬愛を勝ち得ており、仲はよい。
リマの方からは、地獣人の魔法の秘術を習いに、頻繁に訪問があるし、イヴ達も帝城で暮らす際に、様々な相談事や気の置けない話などを、サフィヤ皇后に報告することはよくあった。
彼女は名実ともに、帝城の母親役なのである。
そしてもちろん、皇帝であるアハメド二世のよき伴侶で、サポーターであった。
だから、イヴが口を割って話してくれたことを、アハメド二世が話し合える最初の誰かと言ったら、妻であるサフィヤ以外ないのである。
先触れもそこそこに、真っ先に皇后宮へ訪問すると、サフィヤ皇后は、既に寝間着のくつろいだ姿ではあったが、まだ起きていて、礼儀正しい態度で夫を部屋に迎え入れた。
「サフィヤ、イヴのことなんだが」
「はい」
サフィヤ皇后はおっとりと落ち着いた返事をし、夫と椅子で向かい合いながら、彼の話を黙って聞いた。
「そういうわけで、これは、アスランの周りが落ち着くまで……なかった話にするしかないかもしれない」
「そうでしょうね」
サフィヤは、大体把握していたようで、噴き出しそうな表情をこらえてそう言った。
「私が先走りすぎたかな……」
「そうかもしれませんね」
サフィヤはしっとりとした声でそう言い、夫に向き直った。
「ご自分で心当たりがあるなら、そうなのではありませんか。縁談は、何より、本人同士の気持ちが大事です。アスランが、イヴを守ってやりたいと言ったからといって、どういう気持ちなのかは確かめてなかったのだし、イヴの方にも確かめないで、いきなり過ぎたかもしれませんね。だけど、よかった。強引な事をする前にすんでよかったじゃないですか」
そんなふうにサフィヤは愛する夫をたしなめた。
「しかし、アスランの周りにビンデバルドの変な女がいるというのは、初耳で」
妻が少しだけ怒っているような気配を感じ取って、アハメド二世はそんなことをやや早口に言った。
「アスランとイヴがまとまりそうだと聞いたら、あの人達が黙っている訳がないでしょう。当然、よくないことを始めますよ」
アハメド二世もだが、地獣人の姫で皇后であるサフィヤが、一番、ビンデバルド宗家からは目の敵にされ、舌の上で何回殺されたか数え切れない立場である。
「いい手だと思ったんだがなあ……」
「もちろん、ジグマリンゲン一族が、私たちの鉄の絆を持つ仲間になってくれたのなら、心強い事この上ありません。ジグマリンゲン一族が動けば、北方の、アンハルト一族もこちらに着くかもしれないし」
そこは何も悪い発案ではなかったので、サフィヤ皇后は怒っている様子は見せなかった。
「だけど、夫婦の絆が冷たければ、幸運は訪れなくなるかもしれない、イヴの気持ちをよく考えて欲しかったんですよ、あなた」
「そうだな……」
そう言ってから、サフィヤはしばらく黙って考え込んだ。イヴは、「物語の英雄のような」と言ったらしい。それを、アハメド二世はそのまんま、物語に恋してると思ったようだが、同性であるサフィヤは微妙に引っかかるものを感じた。本当にそうだろうか?
イヴは、深窓の姫君で、走る事も出来ない体で、いつも本と音楽に耽溺している。その母親のティシャ姫はまさに悲劇の姫である。そのイメージに、夫が引きずられているように感じたのだ。
イヴは、その、「走る事も出来ない体で」、皇太子リマが出撃する際には、妹の事だけ放っておけないと我を張って、ヴィーとともに、魔王城に突っ込んでいって、最終決戦でもくたばることがなかった元気な女なのである。
「……?」
だが、藪をつついて蛇を出す必要も無いと感じたサフィヤは、引っかかりは引っかかりとして頭の中に記録しておき、後は、軽く、アハメド二世に娘の教育方針についてのすりあわせと説教をして、仲のよい夜を迎えることにした。
翌日、アハメド二世は、”神の手通り”にある、十二神の主神ミトラを祀る教会へ朝から向かう事になっていた。
そこで、大司教と旧交を温めるアピールを行う必要があったのである。アピールではなく、ミトラ教の大司教とアハメド二世は実際に仲がよいのだが、狙撃だのなんだので世間が賑やかなので、そういう威嚇射撃も必要だった。
帝城を出て、”神の手通り”に向かう途中、アスラン達近衛兵達が警護を固める事になる。
アハメド二世は、皇帝だけに許された禁色の馬車に乗り、ベンとアスランが広々とした同じ車内に同席することになった。
車内は当然、魔法コーティングで防弾されている窓を完全に閉め切って、密室状態である。
そこで、アハメド二世はいつも通り、機嫌良く話し始めた。
最初は近衛大将であるベンと、機動軍馬や今日の警備周りの事などを確認していた。そのうち雑談が始まった。
ベネディクト・フォン・ベッカーマン。
風精人貴族の持つ”フォン”の名はあるものの、彼はまごうことなき常人で、長い耳も銀の髪も精霊のように優れた容姿も、さらに言うなら風の魔法に対するポテンシャルを持っている訳でもない。
そのかわり、極めて優れた頭脳と判断力、胆力、たゆまぬ努力で得た戦闘力を持っている。人脈も幅広い。
少年時代は色々と問題児であったアスランが、大将と見込んでついていくだけの人物であった。当然ながら、アハメド二世からの信頼も厚い。
少年時代のアスランの問題児ぶりはおいておくとして、ベン本人も、相当に複雑な家庭の事情を持っていた。そのせいか、四十歳手前で独身である。
アハメド二世の方は、その、アスランの上官であるベンが、何で未だに独身であるのか聞いてみる必要があった。
「ベッカーマンの統べる南西の地方では、オレンジとヴィオラが有名なそうだが、今年はオレンジは豊作だろうか」
などと、いきなりとんでもない話題を振った。
神聖バハムート帝国では、伝統的に、ヴィオラは女性が演奏するものであり、オレンジもその花言葉”花嫁の喜び”から女性の暗喩になることが多かった。
ベンは一瞬、沈黙したが、うろたえる様子もなく答えた。
「ここのところ、毎年不作で、今年もあまり期待は出来ませんが、領民には苦労をかけたくないものですな。魔大戦の間は、ヴィオラを聞く機会もありませんでしたが、領民が、収穫祭でヴィオラを楽しんでいるところを見てみたいことです」
オレンジもヴィオラも不作であるらしい。アハメド二世は、多少気まずい想いはした。だが確かに、魔大戦で荒らされた地方の中では南西が特にひどい。アスランの最初の上官、レオニーが殉職した決戦があったのも南西地方である。
アハメド二世は気を取り直して、アスランの方を向き直った。
「ノイゼンの港も豊漁だといいな。あそこは、まだまだ元気だからな」
ノイゼンはアスランの故郷である。
アスランはベンがからかわれているのを見て--あるいは本当に、ただ単に、ベンの領地のことを心配しているのかもしれないが--自分のターンが来る事はわかっていたので、軽く身構えながらも話すことが出来た。何ごとも前振りというのは大事である。
「豊漁ですが、俺が船を回す機会がありませんでした。魔大戦の最中も、随分船が攻撃を受けたので、早く修復したいですね」
「船。そういえば、リマが、船に興味があるんだが」
アスランは、先ほどのベンのように、一瞬だけ、虚を突かれたような表情になったが素早く取り繕った。
てっきり、イヴ(ヴィオラ)が来ると思っていたのに、リマと聞いて驚いたのだ。
「リーマース様が、船に?」
さすがに、皇帝の前で皇太子の事を呼び捨てには出来ない。魔大戦中はそれどころではなかったが、今も別の意味でそれどころではない。
「リマは特別活動的な娘だから、軍艦など、勇ましい船が好きなようだ。ジグマリンゲンは歴史的に水軍の家でもあるが、どうしたらそんな強い船を作れるのかと前に話していた事がある」
それはあながち嘘でもなかった。ヴィーも軍人に好かれやすいサバサバした性格だが、リマはも、明朗活発で軍事……というよりも、軍備に少年めいた興味を示す事が多い。
ちなみに彼女は現在十七歳である。
「リーマース様がジグマリンゲンに興味を持っていただけたのなら、驚きですが、嬉しい限りです」
まずアスランはそこはそう答えた。どういう意味なのかわからない訳ではない。リマと、ジグマリンゲンの船--というよりも、ジグマリンゲンの武力をくっつけたいと、あからさまに車内で言われたのである。
ちなみに武力の中にはアスラン本人という意味も入っている。
てっきり、イヴだと思っていたアスランは、いきなり皇太子をぶつけられて、心臓が止まるかと思ったのは本当だった。
「ですが、ノイゼンの冷涼な田舎に、皇太子殿下をお迎えするには、季節が悪いと思われます。ノイゼンの寒さは、若い女性の身に応えられないので。夏には避暑地にちょうどいいでしょうね」
冷や汗をかかない程度に緊張しながら、アスランは何とかそう答えた。
本当に驚いていた。
何故か、本当に、刹那の間、エリーゼの幽霊じみたかわいらしさが脳内にひらめいて、彼女にすまないと思った。確か、エリーゼは十五歳だったか。
ぎりぎり法定年齢のはずだ。神聖バハムート帝国では、女性は十五歳からは親の許可さえあれば結婚出来るのである。男性は、十八歳からである。
だが、アスランは、今まで、自分と同年代かもしくは年上を相手にしてきたため、八歳も年下の子ども……彼にしてみればいたいけな子どもを、生涯お相手すると考えた事が一回もなかったのである。
そのことはシュルナウにおけるアスランの親役である、ベンも知っていて、表情には何も出さなかったが、内心、「(+。+)アチャー。」と思っている事が、アスランには微妙な空気感で伝わってきた。
要するに、彼はロリコンではなかったのだった。
「そうか……残念だ」
アハメド二世はあからさまに、肩を落としてしまった。だが、アスランは、「季節が悪い、夏の避暑地になら」と言っている。つまり、リマが美しく成長した暁には十分にこたえられるという意味だと受け取った。
「夏が楽しみだな」
「アスラン、戸は閉まっているか」
そのとき、ベンが、明らかに閉めきっている車内の中でわざとらしくそう言った。
「はい」
アスランはそう答え、わざわざ、閉まっている窓を、また閉めるような仕草で確認した。そういうことである。今の話は、一切、シャ外秘だ。
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