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第六章 一月、二度目のパーティ

33 それぞれのダンス

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 ダンスのターン。
 美しいワルツ曲は流れ続けている。
 ヴィーの予言の通り、アスランと踊りたがる娘達は後を絶えず、いわゆる「誘い受け」をせっせと行って、アスランは引っ張りだこになってしまった。
 それを見て、エリーゼはさらに自信をなくす。女性の方から男性にダンスを申し込むのはあまりない事であるが、他の貴族の姫は、上手に、アスランから誘わなければならないように空気を持って行けるのに、エリーゼにはそんなことは出来そうもなかった。
 当然のように孤立して、ひとりぼっちで壁にもたれかかっていると……。

「あれ?」
 思わず声に出して言ってしまう。
 ダンスホールのど真ん中とはいかなくても、それなりにライトアップされている方角に、リュウとイヴが一緒に進んでいって、イヴの足取りが厄介な事になっているのだ。
 イヴは、元々、子どもの頃の事故と病気が原因で、走る事が出来ないほどの病弱な姫である。その彼女が、ダンスホールの方に来たので、楽隊は慌てて、音楽をゆったりとしてエレガントなものに変えた。
 リュウの方は、イヴをしきりにいたわりながら、そしてイヴは、それこそそんな彼に”のぼせあがってうっとりしている”としか言いようのない表情で、ゆっくりとして安全な振り付けで一緒にワルツを踊り始めた。
 何がどうなって、そんな流れになったのかはわからないが、それはそれで、漫画内で一番推されているように見えたカップルなので、エリーゼは意外にも感じたが、納得した。

(え、やっぱり、リュウとイヴがくっつくの……???)
 しかし、連載中の漫画にはどんなことでも起こりうるだろう。思わずまた頭を混乱させながら、二人の様子を凝視した。平民出身とは言え、満百歳の大人の英雄と、麗しい深窓の姫君のカップルは、かなり絵になった。
 それでまたホール内では噂が騒然とする。なんでここでアスランではなくてリュウ!?
 ここに皇帝アハメド2世がいたならどんな騒ぎが起きたかわかったものではない事態であった。

 すると今度は、キャッキャキャッキャとはしゃぎながら、ユキに連れられてリマが出てきた。
 こちらはどちらも武闘派であるから、体はイヴの何倍もよく動く。ゆったりモードのワルツに併せて、イヴの二倍ぐらい動きながら元気な振り付けで、仲良く踊りまくった。
 どちらも10代で、現代日本で言うならスポーツ系の男女のためか、全然大人の空気や妖艶さは感じさせないが、さすがに仲のよい健全な友達同士、という微笑ましさはたっぷりと感じさせた。

(………………)
 ユキとリマの漫画内の絡みと言えば色々あるが、何にせよ、現代日本ではネット上で、男性陣が、リマがレオニーの二の舞になるのではないかと、散々心配されていたことを思い出す。つまり、リマは、しっとり系の女性とはひと味違うため、別の意味で好感度を稼いでいたのである。
 姉のヴィーのような含んだ調子はまるでない様子できゃぴきゃぴと、二人で仲良く周囲の事を気にした様子もなく、踊っていた。

(仲良しさんなんだなぁ……)
 エリーゼもそんな、ほっこりする印象を持った。

「姫」
 そんな、人のことばかり観察しているエリーゼに、声がかけられた。
 エリーゼは全然、自分の事だとは気づかなかった。
「……姫?」
 二度、声をかけられて、エリーゼはやっと反応した。

「え……私?」
「……」
 そこには、イヴ姫の従者の忍びであるきのえが、自分の方に手を差し出していた。
「踊りませんか?」

「え、あ……え!?」
 びっくりして、まともな反応が出来ないエリーゼ。
 何でいきなり、きのえがこちらに来るのかわからない。

「踊りませんか?」
 きのえはまたしても二度そう言った。
 世間知らずのエリーゼは、こうしたストレートな申し込みに対して、どうかわせばいいのかわからなかった。
 思わず硬直してしまう。だが、硬直していては、相手に不審がられるし、ある意味恥をかかせてしまう。

「は、はい……わかりました?」
 まだ半信半疑ながら、エリーゼは、きのえの手を取って、そっとダンスホールの方へ滑り込んでいった。
 アスランと新年会で踊った時の事を思い出す。実は、それ以来、ゲルトルートに付き合ってもらって、何度もワルツの練習はしているのだ。(それだから、ゲルトルートがたきつけたと言われても、文句は言えないのだが)、その練習の成果があって、エリーゼは以前ほどガチガチにならずに踊る事が出来た。

 きのえは無口だったが、さすがに、前衛が商売であるから、体の動きはよく、流れるように巧みな調子でエリーゼをリードしてくれた。

 エリーゼは、すぐに、きのえが時々、瞳だけでホール全体の様子をうかがっていることに気がついた。自然と自分も、周囲のワルツを意識した……きのえは、必ず、アスランが自分の視野に入るように調整しながら踊っている事に、すぐ気がついた。

 アスランは、誰か女性と踊っていた。

(あ、なるほど。アスランが踊っている時に、彼に接近して護衛をするには、自分もダンスホールに不自然じゃないように潜り込まなきゃいけない。そのためには自分がダンスをするのが一番。なるほど、私は隠れ蓑ね)
 エリーゼはそう思い込み、自分が自意識過剰にならないように抑制した。
 きのえは、イヴやリマが先に踊ってしまったので、エリーゼで代用しただけなのだろう。男同士で踊るのは不自然だし……。
 養女モブの思考は実に単純だった。

 もちろん、そういう意味もある。だがそれよりも、きのえは、イレーネからの風の毒針を阻止した娘が、ビンデバルドに目をつけられている事は間違いないので、壁の花にして放っておく訳にはいかなかったのだ。
(15歳の子どもだろうと、政争というのは情け容赦などない)
 そのことを知っているから忍びなのである。

 ちなみに、そのとき、アスランと一緒に踊っていたのは。
 何を隠そう、バルバラ・フォン・ビンデバルドであった。

 ビンデバルド宗家の付き人が、何で、ジグマリンゲン家の次男と踊っているのか。
 訳がわからないが、簡単な事である。また、イレーネが面倒くさい挑発を行い、バルバラのダンスを褒めちぎって、アスランが彼女と踊らなければならないように差し向けたのである。
 アスランだって貴族の体面があるわけで、踊らないとは言えない状況を作って踊らせただけだ。
「英雄と踊れて光栄です」
 バルバラはしきりとそう言いながら、何度もアスランの手を自分の手で強く握りしめたり、彼の体を、ダンス中になめ回すように触りまくった。
 どれも、不発であった。
 仕掛けは簡単で、バルバラは自分のつけていた指輪の下に、毒針を仕込んでいたのである。その毒針は、アスランの皮膚をかすりでもしたら、一発即死の劇薬であったが、アスランはものともしなかった。
 元々、彼は白い品のよい手袋をつけたままだったし--元から、魔族の中でも暗器を使うものと戦う事もあり、なれていた。
 ダンス終了の際に、アスランはバルバラに微笑みかけた。

「俺も、お嬢さんフロイラインと踊れて楽しかったですよ」

 まるで何も気にしていないようにそう言った。バルバラは混乱するばかりである。自分の指輪の毒の事に気づいていないはずはないのに--そうでなければ完全にガードすることなど出来ない--平然として笑って、自分の事を許しているように見える。バルバラには何がなんだかわからない、アスランの対応であった。

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