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第六章 一月、二度目のパーティ
25 ハインツの職務内容
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その翌朝。
身だしなみを整えたエリーゼが、一回の食堂まで降りていくと、養親の二人は既に席についていた。
エリーゼは急いで、自分の席について姿勢を正した。
「おはようございます。お養父さま、お養母さま」
「ああ、おはよう、エリーゼ」
ゲルトルートと何か話し込んでいたハインツは、鷹揚にエリーゼの挨拶を受け止めた。
「おはよう、エリーゼ。よく眠れた?」
「はい、お養母さま」
ゲルトルートはいつもの通り、愛想のよい笑い方をしているが、妙に疲れたような印象を受ける。エリーゼは、養親達は何の話をしていたのだろうと気になった。
だが、そこに、メイド達がキッチンワゴンを引いて朝食を持ってきたので、エリーゼは無駄口は叩かないようにして、ハインツ達と朝の食事を取ることにした。
「エリーゼ、一月の十五日……もうすぐだが、予定は開いているか?」
音を立てないようにフォークを扱いながら、ハインツがエリーゼに尋ねた。
引きこもり養女のエリーゼには、予定など、何もない。
「何もありません、お養父さま」
「そうか、それなら」
ハインツは一拍おいて、何かためらったようだったが、結局ストレートに話してくれた。
「ジグマリンゲン邸で新年会がある。私とゲルトルートの名代として、新年会に出てくれ」
「えっ……」
さすがにエリーゼは硬直した。
ジグマリンゲンと言ったら、アスランの一族の事である。というよりも、シュルナウのジグマリンゲン邸の主は、アスランであるのだから、アスランがハインツとゲルトルートを招いたということになる。……その名代が、自分?
「お、お養父さま達は、来られないのですか?」
「私は帝城で、抜けられない仕事がある」
「し、仕事って、なんですか?」
珍しく、エリーゼは質問をした。自分一人で、ジグマリンゲン邸へ行くなんて、ひどすぎる。
ハインツは軽く肩を落とした。
「エリーゼ、心して聞くように。この話は口外にしてはならない。アスランを暗殺するための毒薬を鯉料理に持った厨房長が、しばらく前に監獄で暗殺されている」
「……!」
「アスラン暗殺未遂の捜査が遅々としてはかどらないのは、それが理由の一つでもある。そしてお前も知っての通り、兵部省は国家と帝城の安全を守り、事件があったら捜査して解明、解決する義務がある。アスラン暗殺を計画したのは誰なのか、はっきりさせらなければならないんだ。その仕事の方で、抜けられない」
エリーゼは今更ながらに自分の間抜けさに舌をかみたい気持ちだった。
そうなのだ。神聖バハムート帝国においては、兵部省は、現代日本の警察庁/警視庁に当たる役割も行っていたのだ。
そしてどうやら、この話だと、ハインツが、アスラン暗殺未遂事件の、捜査担当になっているらしい。唖然としながら、じっとハインツの方を見ている養女に向かって、ハインツは重々しく頷いた。
娘が色々察した事を察したらしい。そして、当たり前の話だが、現在自分が関わっている事件を、べらべらと家族に話すような彼ではなかった。それでずっと黙っていたのだろうが、アスランのパーティに養女が行くとなったら、何にも話さない訳にもいかないと思ったのだろう。
「本当は私も行きたい所なんだけどね、エリーゼ」
ゲルトルートが、そっと目頭を押さえながら言った。
「私は私で、家を空けられないのよ。ちょっと言えないんだけど……」
「あ、はい。そういうことなら、お養母さま」
エリーゼは慌てて遮った。言わなくても、なんとなくわかる。アスラン暗殺未遂事件の捜査担当になった兵部少将の妻が、アスランの家とはいえ、パーティにチャラチャラ毎日出かけていられるだろうか? ゲルトルートが朝から疲れたような表情をしているのは、ハインツの話を色々聞いて相談役をしたり、彼を支えるために心を砕いたりしているからなのだろう。家を空けている場合ではない。
そうなると、どうしたって、日がな一日自室でぼんやりしているだけの引きこもり養女に白羽の矢が立つ訳だ。
何とも皮肉な話である。
「厨房長が亡くなられたのは、やっぱり口封じで?」
「だろうな……厨房長は、口が軽いおしゃべりで有名だったようだ……彼の周辺からそういう声が上がっている」
これにはエリーゼも納得だった。彼が「悪徳大臣」だのなんだのと、色々喋っているのを、偶然聞いてしまったので、彼女はアスランを助ける事が出来たのである。もしも、口の硬い、秘密を守っていられる男だったら、こうはならなかっただろう。これもまた皮肉な話であった。
「これも、表ではべらべら言わない方がいい話だが、エリーゼ。アスランが、正月も十日を回ってから、新年会をやるのは理由があるからだと思った方がいい。もちろん、暗殺未遂のために、自宅の新年会を開くのが遅れたということはあるだろう。だが、私だけではなく、周辺の貴族や大臣に大々的に声をかけている」
「……!」
「恐らく、自分はピンピンして生きているというアピールで、弱音を見せたくないということだろうが、アスランのことだ。それだけではない。私が思うに、アスランはこのパーティで餌をまいて、犯人をつり上げようとしているんじゃないかと思う。まあ、それぐらいは、どこの貴族も感じ取っているだろうが、他にも、色々と手を打っている可能性はある。エリーゼ、お前はアスランの命の恩人だ。だから、危害を加えられるような事はないだろうが……何か見たり聞いたりしても、平常心を持って、安全な行動をしなさい。お前は馬鹿な子ではない。だから、アンハルト家の名代としてジグマリンゲン邸に出す」
「はい、わかりました、お養父さま」
アスランを殺そうとした下手人の厨房長が、口封じのために殺されている。これは最初から、そういう話なのだ。
エリーゼは顔を引き締めて、うわずったところのない声で、養父に返事をした。
「それと……アスランのパーティで見聞きした事で、何か気になる事があったなら、全部、私に報告するように。重要な手がかりがあるかもしれないからな」
「はい!」
それは言われなくてもそうするつもりだった。エリーゼはきゅっと唇を強く閉じたが、そのあと、今が朝食の時間であることを思い出し、慌ててパンをちぎって口の中に放り込んだ。腹が減っては戦はできぬ。しっかり食べて、当日までに体調もコントロールしておかなくては。
そんなこんなで、ハインツは、朝食を取るとすぐに、いかにも忙しそうに帝城に出かけていった。エリーゼは、犯人が早く見つかるようにとハインツの背中を見送りながら強く念じた。
その玄関ホールで、ゲルトルートが、エリーゼの肩をそっと叩いた。
「エリーゼ」
「はい、お養母さま」
「アスランのパーティに行きたくなければ、行かなくてもいいのよ。私から、お養父さまにそう言ってあげてもいいわ」
「え……?」
ゲルトルートは、彼女の方が思い詰めたような表情だった。エリーゼは、訳がわからなかった。今まで、自分とアスランをくっつけようとばかりしていたのに。
「どうしたんですか、お養母さま」
戸惑いながら、エリーゼは、自分に寄り添うように立つゲルトルートの顔を見上げた。ゲルトルートは小柄なエリーゼに対して割合背が高い方なのである。
「……辛くはない?」
ゲルトルートはあえて小声でエリーゼにそう尋ねた。エリーゼは、気がついた。アスランとイヴのことを知って、ゲルトルートも、皇帝の前に華麗なる撤退を行ったのであろう。娘を、アスランにけしかけたところで、いかなアンハルト侯爵とはいえ、皇女宮に住むおすみつきのお姫様にはかなわないと思っているのだ。
「アスランを本当に好きなら、いいのだけど、私たちのために無理をすることはないのよ」
ゲルトルートは優しくそう言った。エリーゼは、真っ赤になりながらも、思わず頷いてしまったのだった。
身だしなみを整えたエリーゼが、一回の食堂まで降りていくと、養親の二人は既に席についていた。
エリーゼは急いで、自分の席について姿勢を正した。
「おはようございます。お養父さま、お養母さま」
「ああ、おはよう、エリーゼ」
ゲルトルートと何か話し込んでいたハインツは、鷹揚にエリーゼの挨拶を受け止めた。
「おはよう、エリーゼ。よく眠れた?」
「はい、お養母さま」
ゲルトルートはいつもの通り、愛想のよい笑い方をしているが、妙に疲れたような印象を受ける。エリーゼは、養親達は何の話をしていたのだろうと気になった。
だが、そこに、メイド達がキッチンワゴンを引いて朝食を持ってきたので、エリーゼは無駄口は叩かないようにして、ハインツ達と朝の食事を取ることにした。
「エリーゼ、一月の十五日……もうすぐだが、予定は開いているか?」
音を立てないようにフォークを扱いながら、ハインツがエリーゼに尋ねた。
引きこもり養女のエリーゼには、予定など、何もない。
「何もありません、お養父さま」
「そうか、それなら」
ハインツは一拍おいて、何かためらったようだったが、結局ストレートに話してくれた。
「ジグマリンゲン邸で新年会がある。私とゲルトルートの名代として、新年会に出てくれ」
「えっ……」
さすがにエリーゼは硬直した。
ジグマリンゲンと言ったら、アスランの一族の事である。というよりも、シュルナウのジグマリンゲン邸の主は、アスランであるのだから、アスランがハインツとゲルトルートを招いたということになる。……その名代が、自分?
「お、お養父さま達は、来られないのですか?」
「私は帝城で、抜けられない仕事がある」
「し、仕事って、なんですか?」
珍しく、エリーゼは質問をした。自分一人で、ジグマリンゲン邸へ行くなんて、ひどすぎる。
ハインツは軽く肩を落とした。
「エリーゼ、心して聞くように。この話は口外にしてはならない。アスランを暗殺するための毒薬を鯉料理に持った厨房長が、しばらく前に監獄で暗殺されている」
「……!」
「アスラン暗殺未遂の捜査が遅々としてはかどらないのは、それが理由の一つでもある。そしてお前も知っての通り、兵部省は国家と帝城の安全を守り、事件があったら捜査して解明、解決する義務がある。アスラン暗殺を計画したのは誰なのか、はっきりさせらなければならないんだ。その仕事の方で、抜けられない」
エリーゼは今更ながらに自分の間抜けさに舌をかみたい気持ちだった。
そうなのだ。神聖バハムート帝国においては、兵部省は、現代日本の警察庁/警視庁に当たる役割も行っていたのだ。
そしてどうやら、この話だと、ハインツが、アスラン暗殺未遂事件の、捜査担当になっているらしい。唖然としながら、じっとハインツの方を見ている養女に向かって、ハインツは重々しく頷いた。
娘が色々察した事を察したらしい。そして、当たり前の話だが、現在自分が関わっている事件を、べらべらと家族に話すような彼ではなかった。それでずっと黙っていたのだろうが、アスランのパーティに養女が行くとなったら、何にも話さない訳にもいかないと思ったのだろう。
「本当は私も行きたい所なんだけどね、エリーゼ」
ゲルトルートが、そっと目頭を押さえながら言った。
「私は私で、家を空けられないのよ。ちょっと言えないんだけど……」
「あ、はい。そういうことなら、お養母さま」
エリーゼは慌てて遮った。言わなくても、なんとなくわかる。アスラン暗殺未遂事件の捜査担当になった兵部少将の妻が、アスランの家とはいえ、パーティにチャラチャラ毎日出かけていられるだろうか? ゲルトルートが朝から疲れたような表情をしているのは、ハインツの話を色々聞いて相談役をしたり、彼を支えるために心を砕いたりしているからなのだろう。家を空けている場合ではない。
そうなると、どうしたって、日がな一日自室でぼんやりしているだけの引きこもり養女に白羽の矢が立つ訳だ。
何とも皮肉な話である。
「厨房長が亡くなられたのは、やっぱり口封じで?」
「だろうな……厨房長は、口が軽いおしゃべりで有名だったようだ……彼の周辺からそういう声が上がっている」
これにはエリーゼも納得だった。彼が「悪徳大臣」だのなんだのと、色々喋っているのを、偶然聞いてしまったので、彼女はアスランを助ける事が出来たのである。もしも、口の硬い、秘密を守っていられる男だったら、こうはならなかっただろう。これもまた皮肉な話であった。
「これも、表ではべらべら言わない方がいい話だが、エリーゼ。アスランが、正月も十日を回ってから、新年会をやるのは理由があるからだと思った方がいい。もちろん、暗殺未遂のために、自宅の新年会を開くのが遅れたということはあるだろう。だが、私だけではなく、周辺の貴族や大臣に大々的に声をかけている」
「……!」
「恐らく、自分はピンピンして生きているというアピールで、弱音を見せたくないということだろうが、アスランのことだ。それだけではない。私が思うに、アスランはこのパーティで餌をまいて、犯人をつり上げようとしているんじゃないかと思う。まあ、それぐらいは、どこの貴族も感じ取っているだろうが、他にも、色々と手を打っている可能性はある。エリーゼ、お前はアスランの命の恩人だ。だから、危害を加えられるような事はないだろうが……何か見たり聞いたりしても、平常心を持って、安全な行動をしなさい。お前は馬鹿な子ではない。だから、アンハルト家の名代としてジグマリンゲン邸に出す」
「はい、わかりました、お養父さま」
アスランを殺そうとした下手人の厨房長が、口封じのために殺されている。これは最初から、そういう話なのだ。
エリーゼは顔を引き締めて、うわずったところのない声で、養父に返事をした。
「それと……アスランのパーティで見聞きした事で、何か気になる事があったなら、全部、私に報告するように。重要な手がかりがあるかもしれないからな」
「はい!」
それは言われなくてもそうするつもりだった。エリーゼはきゅっと唇を強く閉じたが、そのあと、今が朝食の時間であることを思い出し、慌ててパンをちぎって口の中に放り込んだ。腹が減っては戦はできぬ。しっかり食べて、当日までに体調もコントロールしておかなくては。
そんなこんなで、ハインツは、朝食を取るとすぐに、いかにも忙しそうに帝城に出かけていった。エリーゼは、犯人が早く見つかるようにとハインツの背中を見送りながら強く念じた。
その玄関ホールで、ゲルトルートが、エリーゼの肩をそっと叩いた。
「エリーゼ」
「はい、お養母さま」
「アスランのパーティに行きたくなければ、行かなくてもいいのよ。私から、お養父さまにそう言ってあげてもいいわ」
「え……?」
ゲルトルートは、彼女の方が思い詰めたような表情だった。エリーゼは、訳がわからなかった。今まで、自分とアスランをくっつけようとばかりしていたのに。
「どうしたんですか、お養母さま」
戸惑いながら、エリーゼは、自分に寄り添うように立つゲルトルートの顔を見上げた。ゲルトルートは小柄なエリーゼに対して割合背が高い方なのである。
「……辛くはない?」
ゲルトルートはあえて小声でエリーゼにそう尋ねた。エリーゼは、気がついた。アスランとイヴのことを知って、ゲルトルートも、皇帝の前に華麗なる撤退を行ったのであろう。娘を、アスランにけしかけたところで、いかなアンハルト侯爵とはいえ、皇女宮に住むおすみつきのお姫様にはかなわないと思っているのだ。
「アスランを本当に好きなら、いいのだけど、私たちのために無理をすることはないのよ」
ゲルトルートは優しくそう言った。エリーゼは、真っ赤になりながらも、思わず頷いてしまったのだった。
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