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第三章 お姫様の茶話会
11 漫画キャラの世界
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「本日はお招きいただきありがとうございます」
ハインツの仕込み通りに、戸口から一歩入ったところでお辞儀をするエリーゼ。
それに対して、室内では軽い歓声が上がった。
前日にうちに、アスランが、茶話会に人を呼んだ件に着いて手配をすませていたので、エリーゼの事は伝わっていたのである。
広々とした室内には、エリーゼの目から見てもわかる高額な調度品が、ちょうどよい距離感を持って並べられていた。百科事典には、調度品の並べ方のセンスのことまでは掲載されていなかったので、エリーゼもそこは説明出来ない。だが、明らかに年代物で、大切にされてきたことがうかがえる家具たちだった。
室内の、開け放たれた窓から風が心地よく吹き込むあたりに、磨かれたテーブルと椅子が並べられている。
テーブルには今のところ、二人の男女が着いているだけだった。後は侍女が控えているだけ。
男性の方はリュウ。エリーゼは既に、アスランから紹介を受けている。
女性の方が、この皇女宮の主の一人……イヴ姫だ。
皇女宮の正式な主は皇太子のリーマース・サマルになるのだろうが、彼女はまだ帝国学院高等部の学生で、成人していない。神聖バハムート帝国の成人年齢は、20歳なのだ。
それで、現在の主は、実質上、双子のようにそっくりだとたとえられる、従姉妹同士のヴィー姫とイヴ姫である。
イヴ姫は、ふわふわと長い金髪を風に揺らしながら、エリーゼの方を見てにこやかに微笑んでいた。明らかに、エリーゼに会えた事を喜んでいる様子だった。
エリーゼはその笑みを見て、また赤面してしまう自分を感じた。緊張したのだ。
なんて綺麗なお姫様なんだろう。
陽の光を思わせる黄金の髪に、アメジストを思わせる紫色の瞳。実際に、皇女と呼ばれる人は瞳の輝きが違うのかもしれない。そう思うほど、知性と思いやりを感じさせる輝き。
風精人らしく、色白で、肌は磨き抜かれた陶器のように滑らかで、背は高くもなく低くもなくちょうどいい感じだ。
風精人の特徴の一つとして、エリーゼやアスランと同様、耳が尖っている。いわゆるエルフ耳というやつだ。
だが、普通の風精人ウィンディと明らかに違うのは、彼女は腰のあたりから、一本の長い尻尾を持っていた。白い猫を思わせる尾。それを、喜びの表現らしく、ピンと立てながら、イヴは椅子から立ち上がってエリーゼ達をテーブルの方へ招いた。
そうすると、オーソドックスでシンプルだが、最上質の絹のドレスがはっきりと見えた。イヴ姫はそれほど流行を追いかける方でもなく、ベーシックな色とデザインの服をゆったりと品良く着こなす事が出来る人らしい。アクセサリ類もそれほど仰々しくはなく、耳元と胸元に艶のよい真珠をつけているだけだった。
「いらっしゃい、お待ちしていましたのよ。今日は、可愛いお嬢様に新しく会えると思って心待ちにしていたの。ガザラ、二人にお茶を準備して差し上げて?」
ガザラと呼ばれた風精人の侍女は、言われるまでもなく、テーブルの隣のワゴンでティーカップを取りそろえ、紅茶を入れ始めている。
「イヴ姫、体の調子はいかがですか?」
病弱と評判の姫が、やや興奮気味に立ち上がったので、アスランの方が気を遣った。するとイヴはまた、軽やかな笑みをその美しい顔をに浮かべた。
「立ったり座ったりぐらいで、病気になったりはしないわよ。走らなければ、大丈夫。さっき、リュウにも同じ事を聞かれて、説明したわ。皆さんは過保護」
そんなふうに言って、イヴはエリーゼの方を振り返った。今は何より、新しい友達に興味津々であるらしい。
「さあ、こちらにいらっしゃって。遠慮することはないわ」
姫といっても至って気さくな様子である。エリーゼはどぎまぎして、今にも長毛のカーペットに蹴躓きそうになりながら、アスランの後について、姫のテーブルに着いたのだった。
少なくとも、意地悪されたり、妙な質問をされたりするような空気ではない。
エリーゼは敏感にそのことを感じ取った。
「よう」
アスランはリュウの方に軽く手を突き出し、リュウはアスランと掌を合わせて打ち鳴らした。仲間内の冗談を少しだけ言った後、アスランはガザラとは違う風精人の侍女に椅子を用意され、リュウとは反対側のイヴの隣に座った。その隣がエリーゼである。
席次を気にしないでいいようにという配慮だろう。テーブルは大きな円卓だった。
二人が席に着くと、すぐにガザラが紅茶を配る。
香り高い紅茶は、匂いだけで茶葉の品質の良さを感じさせる。
円卓の上には可愛らしいケーキとイチゴのタルト、それに様々な記号を描かれたミニチョコがたくさんあった。
エリーゼは紅茶を前にして、固まってしまった。頭の中で、あれもこれもと考えていた事が、急に真っ白になってしまったのだ。
とりあえず、ゲルトルートの用意してくれた流行の扇子の裏側に、カンニングのメモ書きは張ってあるのだが、その扇子を開く事すら、躊躇されてしまうほど、エリーゼは緊張している。
「ヴィーとリマは、少し遅れてくるそうなの。志ユキは、今日は任務で惜しかったわね。エリザベートから、ハルデンブルグ伯爵の話を、聞きたがっていたはずだけど」
「そういえば、そうでしたね」
イヴが従姉妹達の不在を説明すると、アスランはさすがに敬語を使っている。
(ああ、ないとなう! 真面目に読んでおけばよかった……アスランとリュウは元から仲がよいけれど、新章でてこ入れされ始めたお姫様達の事、ほとんど何も覚えていない。どういうキャラクターで、どういうシナリオ持っているのか、知っていれば、ここまでお腹痛くならないのに……)
それこそ完全なるカンニングになるのだが、今のエリーゼはアンハルト侯爵家の看板を背負ってるだけに、責任重大で、そんなことさえ考えてしまう。
エリーゼの目から見ても、アスランとリュウはやたらに姫の前でなれなれしいが、これには一応、事情がある。
王家の三人の姫は、魔大戦における最終決戦で、リマの母であるサフィヤ皇后が帝都を守る祝福の魔方陣をしくほど戦争で前に出たのをきっかけに、本人達が戦に突撃してきたのである。
それほどにまで、バハムート帝国は……いわゆる本土決戦一歩手前まで追い詰められていたのだった。
そこを、敵の本陣に突っ込んでいって、魔王を仕留めて敵の首をあげるという原始的な方法で、決着つけたんだから漫画である。
まさに一発逆転劇だったのだ。そのときに、魔王にとどめをさして首を刎ねたのがアスランであるから、彼が現在、無敵の人気を誇るのも無理はないのである。
そういうわけで、最終決戦では、三姉妹は出てきたのだが、ほとんどが最終決戦の任務遂行の役回りで終わっていた。キャラとしての掘り下げエピソードは、25巻からのラブコメ編に引っ張ろうと言う魂胆たったらしい。ちょいちょいフラグは立てていたようだが、のゆりだった頃のエリーゼは、そりゃ……。
イケメンのアスランやリュウ、甲きのえ、志ゆき達に女が着く気配を感じたので、そういう漫画の女性読者の独特の心理として
--フラグ? 何それおいしいの?
という態度で全て見なかった事にしていたのである。
それで、どこでどういう活躍を彼女たちがしていたかは覚えているのだが、フラグっぽい何かについては、バトルファンタジー漫画を読む女子中学生らしく、何かあったっけ? と言う反応なのだった。
何しろラブコメ編に入ったが最後、内容ほとんど覚えていないような状態なのだから。
漫画を読むなら真面目に読めという話でしかないのだが、当時は、まさかないとなう! のど真ん中に転生するなどと考えていなかったのだから致し方ない。
(だけど、前半はやたら男臭かった、ないとなう! に、あらかじめ用意されていたお姫様キャラよね……きっと、ラブコメ要因というか、ヒロイン要素として、作られたキャラなんだから、誰かと誰かがくっつくんだわ。それって、多分……)
エリーゼはこっそりと、リュウと談笑しているイヴを見た。
やや、頬を桃色に染めながら、お姫様らしいおっとりした口調で、紅茶の原産地と効用の話をしている。
シャン大陸の華帝国地方にも茶の文化はあるが、こちらはまた独特で……と調子を合わせているリュウ。
(ここだよ……ね?)
少女らしい複雑な心理を持って、大人の二人を見つめながら、エリーゼは記憶をたどって、確定しようとする。リュウとイヴ。
どういうことかというと、作戦決行に出る皇女は本来、健康体のヴィーとリマだけだった。だが、皇太子であるリマが出撃するのに、私が出ないのはおかしいと、イヴ姫は思い立ったのである。子どもの頃の病気が原因で、走れない体なのに。
それで、聖獣を異界から召喚してそれに乗り、最終決戦に着いてきたのだった。彼女の能力は、皇帝家ポテンシャルが着いて、召喚士としては既に大導師レベル。それこそ、通常では考えられない聖獣達を次々召喚して、皇太子のリマを守ったが、些細な隙をつかれて、騎乗していた聖獣を攻撃され、地面に振り落とされてしまうのだ。
そうなると、何しろ走れない姫である。たちまち雑兵の手にかかり餌食に……というところで颯爽と駆けつけ、彼女の命を救ったのがリュウ。
そこで、イヴの表情が……あからさま。それこそ、バトル少年漫画なのに、背景に、お花が(ギャグ調ではなく)飛び散るような扱いになっていた。
その後、お姫様抱っここそなかったが、リュウとイヴ、リマと志組んでミッションを決行し、四人無事に、イベントクリアしたという筋だったはずである。
恋愛メインの少女漫画だったらいざ知らず、バトル少年漫画で、ここまで騎士と姫やってしまったら、もうそのままシナリオはそちらで確定ではなかろうか?
そう思いたいのは、エリーゼの方こそ、はっきりした矢印を一方的に固定しているからかもしれない。自分でもちょっぴりそう思う。だが、--アスランじゃなく、リュウとフラグを建ててほしいと思わざるを得ないのは、子供心に致し方ない。
そんなことを考えながら、エリーゼは大人しくアスランの隣に座っていた。タイミングが来たら、扇子を開いて、カンニングのメモを見ながら、そつのない発言をしよう。
実際に、エリーゼが見ていると、偏見があるのかもしれないが、イヴ姫はリュウとかなり親しいように見える。アスランとリュウも十分に親しいけど。ちなみに、リュウは、一巻からアスランと一緒に行動している良キャラで、似たような立場なのがライバルの忍者甲、遅れて三巻から登場したのが常人である甲きのえの弟なのに何故か地獣人の志である。
他には女っけは……あるにはあった。
初期ヒロインとしてレオニーという平民上がりの名ばかりの騎士がいた。ちなみにアスランより2~3歳年上だったらしいが、魔大戦の中盤戦、12巻で見事脱落。どういうことかというと、仲間をかばって自爆技を使い帰らぬ人となり、アスランにトラウマを残す。そこでアスランは、平民と貴族がどうのこうのという永遠のテーマに触れるのだが、そこは漫画らしく、甲からのワンパンで鬱から復帰する。
レオニー、彼女の事は永遠の母性的な何かとして云々かんぬん、というのがネット上のとある女性ファンのブログの考察であった。
そのあたりから漫画内のバトルがハード路線に変わってきて、女っけというかメインキャラに女性が不在となり、その後、18巻からの最終決戦で、サフィヤ皇后をかわきりに皇族女性が次々出てきたのである。その際の、女性ファンの動向はというと、複雑な動きをしていたようだが、のゆりは二次創作活動などには興味がなかったので、詳細は知らない。
そういうわけで、ないとなう! は、少年漫画だが、女性ファンも大勢いるようなタイプの漫画だったのである。かっこいい男子ばっかりで。
「そういえば、ハルデンブルグ伯爵領はデレリンで、近くに湖があるはずだったけれど」
ふと、イヴがエリーゼの方に視線を送って言った。
「えっ……はい」
ぼんやり、頭の中でないとなう! の内容を確認していたエリーゼだったが、咄嗟にうわずった声をあげた。
「アイスシュピーゲル湖……ですか?」
「そう。海のように広い湖なんでしょう? 夏には水泳とか出来るところ?」
いつの間にやら話題はすっかり変わっているようだった。さっきまでは茶葉の話をしていたのに。なんで話が変わったのか、きっかけはわからない。
「水泳……出来るはず……ですけど」
アイスシュピーゲル湖は、神聖バハムート帝国の版図では最も大きな湖である。ハルデンブルグ伯爵領の主立った街、ウィンターヒューゲルがエリーゼの故郷だが、そこから馬車に乗って一時間とかからない位置にあり、まだ平和だった頃は、クラウスやエミリアとともによく湖に出かけたものだ。
その時に、両親から水泳を教わった覚えはある。魔大戦が始まってから--もう五年も泳いでないので、今はこつを忘れているかもしれないが。
デレリンはウィンターヒューゲルから湖を挟んでちょうど反対側にある。ウィンターヒューゲルよりやや大きめの街で、最大の違いは、アイスシュピーゲル湖に面しているということだ。アイスシュピーゲル湖の漁業とそこに流れ込むシュルツ川を渡る船は、デレリン発展の歴史からは欠かせない。
ちなみに、デレリンやウィンターヒューゲルがある北西の地方の事を、シュネーヴォルケ州という。
「エリーゼは泳げるのか?」
そこでアスランがそう聞いた。
「えっ……あ、は、はい。泳げますっ」
エリーゼは慌ててそう答えた。声がわずかに舞い上がり、それが自分でもわかって恥ずかしかった。
「凄いわ、泳げるのね。私、泳げないけど、水辺でひなたぼっこしながら、みんなが泳いでいる所を見るのは好きなの。戦争も終わったし、もう少し落ち着いたら、みんなでシュルナウ港の近くの海水浴場へ行きましょうよ」
走れない病弱の姫は泳げない。だが、仲間達がはしゃいで笑っているところを見るのは大好きということらしい。
「シュルナウ港の近くと言うと……ラインリヒ? 落ち着いてからならば、相当、混雑するんじゃないでしょうか」
リュウが控えめにそう意見をした。
「少し遠いが、うちの実家の、ノイゼンの近所に穴場の海水浴場がある。そこなら、人目も避けられるし、ここらへんの海よりも、海水が透明で綺麗ですよ」
「少し遠い?」
リュウが思わず首を傾げた。アスランの言うジグマリンゲン侯爵領のノイゼンは、帝都シュルナウの真北に当たるが、馬車を飛ばして一週間以上はかかる位置にある。
確かに、イヴ姫が行くとなれば心配して、ヴィー姫やリマ姫もついてくるだろうし、そのぶん警備は賑々しいものになるだろう。そんな一行を、シュルナウ港の近所に連れて行く訳にもいかない。帝都から離れた田舎ローカルの穴場なら事情は違うだろうが、そのために病弱なイヴに長旅をさせる気なのか。
「透明な海、とても綺麗なところなのでしょうね。行ってみたいわ」
イヴはリュウの突っ込みは気にせずに、本気というのでもないのだろうが、穏やかに笑いながら、海の様子を空想しているようだ。ということは、二人の男達も本気で言っているのではないらしい。愛らしい姫の空想に付き合っているだけなのかも。
それはほのぼのする、心温まる光景だった。
「そういえば、シュルナウ港の決戦では……」
小声でエリーゼが何か言いかけた時。
そこに、侍女のガザラ達が耳打ちして、ヴィーとリマが来室した事を告げた。
皇太子リーマース・サマル。愛称リマ。
魔大戦の決戦時には女性皇太子の身でありながら、最終決戦に従姉妹や英雄達とともに突撃、魔王討伐ミッションに参加したというのはあまりに有名な話である。
それも、召喚魔法を得意とするイヴや、射撃の天才であるヴィーとは違い、バリバリの剣士だったはずだ。英雄であるアスランやリュウと肩を並べて、前に出て攻撃しまくるため、作中……というかネット上では、主に男性ファンが心配して騒然としていた記憶がある。何しろレオニーの前科があるから。
だがそこは漫画の補正で、リマは多少のかすり傷は負ったものの、アスランが魔王にトドメを刺す際に、サポートとなる一撃を入れている。その前の段階で、リュウと志が見せ場の後に削りきられていたため、本当にハラハラする展開だった。
年齢は17歳。エリーゼよりも二歳年上だ。
そういうわけで、典型的なお転婆皇女、性格は至って明るく無邪気で強気なキャラづけだったはずである。そうは言っても女性皇太子、文武両道、礼儀作法の教育は受けているようだが。
その彼女は、最新流行の足が見えるデザインのドレスを着て颯爽と現れた。しかも色鮮やかな赤のドレス。アクセサリは瞳の色に合わせて、うるさすぎないデザインの純金。
髪の毛は魔大戦以来ずっと、ボブに近いショートカットに切りそろえており、瞳はきらめく黄金色。地獣人フルフィの地が3/4の彼女は、健康的な褐色の肌を持ち、見ているだけでこちらも元気はつらつとするような足取りで、テーブルの方に歩いてきた。
「イヴねえさま、ごきげんよう」
声も、エリーゼとは比べものにならないぐらいはっきりした発音で、明るい。かといって下品な感じは全くなく、耳にして心地よい声だった。
「ああ、リマ。会いたかったのよ。ほら、こちらにいらっしゃい」
イヴは見るからにはしゃいでそう言った。漫画原作の方でも、イヴは、リマを実の妹のようにかわいがり、溺愛している様子がちらほら描かれていた。どうもそこにも何か伏線があるらしい。
リマは自分のための席に座ると、アスラン達の方を振り返って挨拶し、それから、エリーゼを見てにこやかな笑顔を見せた。
リマに着いてきたのがヴィーだった。
バヒーラ・マルジャーナ。
イヴに双子のようによく似ていると評判の、同い年の姫である。
実際に、長く美しい金髪と、聡明な輝きを放つ紫の瞳、ちょうどいい感じの身長と体格はそっくりだった。
だが、髪の質は、こちらは手入れされてまっすぐに腰まで長い。
表情は、いかにもおっとりしてふわふわしているイヴに比べて、活発そうで、どこかいたずらっぽい雰囲気がある。かといって、意地悪な感じはまるでない。聡明そうな事と相まって、ゲームや勝負事に強そうなイメージを受けた。
魔大戦では、唯一無二の天才とまで言われるほどの射撃の腕を披露している。女性用に調整した弩から銃まで何でも操り、敵を撃って撃って撃ちまくったのである。彼女とイヴの召喚魔法という後衛の援護があったからこそ、魔王戦では、リュウと志ユキが削られても、甲→リマ→アスランという連携攻撃で、魔王にトドメを刺す事が出来たのだ。
何故にそんなに強いのか、というぐらい、頭脳的に武器を使いこなして射撃で敵を一人ずつそぎ落としていく技術は、芸術的なほどだと作中で歌われている。
彼女が、三人の従姉妹たちの一番の年長で、長姉役を担っているらしい。
20歳の彼女は、ドレスは足を見せるような事はせず、ごく上品なラベンダー色のロングドレスを着こなし、胸元には黒曜石にペンダントを輝かせていた。
(えーと、確か、ラブコメ編では、リマよりもヴィーの方が年上で、頭がよくて実力があるから、皇太子にしても……っていう噂が流れていたんだけど、従姉妹というより姉妹感覚で仲良しだから悩んでしまうっていう描写があったよね。実際、本当に三人とも仲よさそう。いいな、……のばらお姉ちゃんもいたらよかったのに)
姉妹三人で挨拶をかわし、その後、英雄の男性陣とも笑顔をかわしているリマやヴィーの様子を見て、エリーゼはそう思った。もしかしたらのばらも、ないとなう! の世界に転生しているのかもしれないけど。そうだったら、どんなにいいだろう……。
「ヴィー、リマ。アンハルト侯爵家の、エリザベート・ルイーザ嬢よ。読書が趣味なんですって」
適当なところで切り上げて、イヴはエリーゼを二人に紹介した。二人の姫は心得たもので、ほっとするような笑顔でエリーゼの方に向かった。
「お話はうかがってます。ハルデンブルグ伯爵の一人娘でらっしゃるんでしょ? シュネーヴォルケ州は魔族に襲われなかったようだけれど、作物の方はどう? 確か名産品の果物があったよね」
姉の私室の茶話会ということで、リマは砕けた様子でエリーゼにそう話しかけた。はきはきとした様子である。
そうすると、エリーゼも娘とはいえ貴族であるから、父の直轄している領地の作物の出来映えは気になっている。そこは、なれなれしくならない程度に及第点の返事をすることが出来た。
「あ、はい。あの、果物……リンゴはよかったんですけど、やっぱりちょっと小麦の方が……」
という感じである。戦争で人手不足なものだから、畑の面倒を見る農夫の数が足りなくなるのだ。そうすると作物の収穫にも当然打撃が出る。
「アスランのところはどうなんだ。ノルデンヴァルト」
ジグマリンゲン侯爵領は、ノルデンヴァルト州を中心としているのだ。リュウが尋ねると、アスランは、肩をすくめた。
「兄貴が苦労しているようだ。滅多にないことなんだがな。戦争が終わったとはいえ、今は人手不足だ。農地で安全に人が仕事出来るように、何をすべきか親父や家臣と毎晩討論しているらしい」
「討論だけしていても、作物が実る訳じゃないわ。帝国の基盤はやはり、臣民の安全があってこそよ」
ヴィーが当然のことを言った。
「そうはいっても、魔族がいる限り、平民が安全に街道や農地で仕事が出来る訳じゃないし、さっくり解決出来る名案なんてすぐには出てこないよね」
リマが、気の強そうな眉を寄せてそう言った。
「アスラン、領地を改革するいい名案が出たら、私にも教えてよ。お父様と話し合ってみるから」
「ああ、それはかまわないが。ノルデンヴァルトでやったやり方が、帝国全土に通用するとは限らんぞ」
「だから、そこをお父様と話し合うのよ。お父様は、あれで皇帝よ?」
アスランの言葉にリマはあっけらかんと答えた。
「あれで!?」
リマの言い方にヴィーが突っ込みを入れて、テーブルはどっと笑いに包まれた。つられてエリーゼも笑った。
聞きたい事があったのだが、なんだかとても提案しづらい。
どういうことかというと--シュルナウ港の決戦で、実の両親がどんなふうに戦ったか、エリーゼの方が聞きたかったのだ。そこで両親は殉職しているのだから。
こんな場面で話すような事でもなかったのかもしれない。
ハインツの仕込み通りに、戸口から一歩入ったところでお辞儀をするエリーゼ。
それに対して、室内では軽い歓声が上がった。
前日にうちに、アスランが、茶話会に人を呼んだ件に着いて手配をすませていたので、エリーゼの事は伝わっていたのである。
広々とした室内には、エリーゼの目から見てもわかる高額な調度品が、ちょうどよい距離感を持って並べられていた。百科事典には、調度品の並べ方のセンスのことまでは掲載されていなかったので、エリーゼもそこは説明出来ない。だが、明らかに年代物で、大切にされてきたことがうかがえる家具たちだった。
室内の、開け放たれた窓から風が心地よく吹き込むあたりに、磨かれたテーブルと椅子が並べられている。
テーブルには今のところ、二人の男女が着いているだけだった。後は侍女が控えているだけ。
男性の方はリュウ。エリーゼは既に、アスランから紹介を受けている。
女性の方が、この皇女宮の主の一人……イヴ姫だ。
皇女宮の正式な主は皇太子のリーマース・サマルになるのだろうが、彼女はまだ帝国学院高等部の学生で、成人していない。神聖バハムート帝国の成人年齢は、20歳なのだ。
それで、現在の主は、実質上、双子のようにそっくりだとたとえられる、従姉妹同士のヴィー姫とイヴ姫である。
イヴ姫は、ふわふわと長い金髪を風に揺らしながら、エリーゼの方を見てにこやかに微笑んでいた。明らかに、エリーゼに会えた事を喜んでいる様子だった。
エリーゼはその笑みを見て、また赤面してしまう自分を感じた。緊張したのだ。
なんて綺麗なお姫様なんだろう。
陽の光を思わせる黄金の髪に、アメジストを思わせる紫色の瞳。実際に、皇女と呼ばれる人は瞳の輝きが違うのかもしれない。そう思うほど、知性と思いやりを感じさせる輝き。
風精人らしく、色白で、肌は磨き抜かれた陶器のように滑らかで、背は高くもなく低くもなくちょうどいい感じだ。
風精人の特徴の一つとして、エリーゼやアスランと同様、耳が尖っている。いわゆるエルフ耳というやつだ。
だが、普通の風精人ウィンディと明らかに違うのは、彼女は腰のあたりから、一本の長い尻尾を持っていた。白い猫を思わせる尾。それを、喜びの表現らしく、ピンと立てながら、イヴは椅子から立ち上がってエリーゼ達をテーブルの方へ招いた。
そうすると、オーソドックスでシンプルだが、最上質の絹のドレスがはっきりと見えた。イヴ姫はそれほど流行を追いかける方でもなく、ベーシックな色とデザインの服をゆったりと品良く着こなす事が出来る人らしい。アクセサリ類もそれほど仰々しくはなく、耳元と胸元に艶のよい真珠をつけているだけだった。
「いらっしゃい、お待ちしていましたのよ。今日は、可愛いお嬢様に新しく会えると思って心待ちにしていたの。ガザラ、二人にお茶を準備して差し上げて?」
ガザラと呼ばれた風精人の侍女は、言われるまでもなく、テーブルの隣のワゴンでティーカップを取りそろえ、紅茶を入れ始めている。
「イヴ姫、体の調子はいかがですか?」
病弱と評判の姫が、やや興奮気味に立ち上がったので、アスランの方が気を遣った。するとイヴはまた、軽やかな笑みをその美しい顔をに浮かべた。
「立ったり座ったりぐらいで、病気になったりはしないわよ。走らなければ、大丈夫。さっき、リュウにも同じ事を聞かれて、説明したわ。皆さんは過保護」
そんなふうに言って、イヴはエリーゼの方を振り返った。今は何より、新しい友達に興味津々であるらしい。
「さあ、こちらにいらっしゃって。遠慮することはないわ」
姫といっても至って気さくな様子である。エリーゼはどぎまぎして、今にも長毛のカーペットに蹴躓きそうになりながら、アスランの後について、姫のテーブルに着いたのだった。
少なくとも、意地悪されたり、妙な質問をされたりするような空気ではない。
エリーゼは敏感にそのことを感じ取った。
「よう」
アスランはリュウの方に軽く手を突き出し、リュウはアスランと掌を合わせて打ち鳴らした。仲間内の冗談を少しだけ言った後、アスランはガザラとは違う風精人の侍女に椅子を用意され、リュウとは反対側のイヴの隣に座った。その隣がエリーゼである。
席次を気にしないでいいようにという配慮だろう。テーブルは大きな円卓だった。
二人が席に着くと、すぐにガザラが紅茶を配る。
香り高い紅茶は、匂いだけで茶葉の品質の良さを感じさせる。
円卓の上には可愛らしいケーキとイチゴのタルト、それに様々な記号を描かれたミニチョコがたくさんあった。
エリーゼは紅茶を前にして、固まってしまった。頭の中で、あれもこれもと考えていた事が、急に真っ白になってしまったのだ。
とりあえず、ゲルトルートの用意してくれた流行の扇子の裏側に、カンニングのメモ書きは張ってあるのだが、その扇子を開く事すら、躊躇されてしまうほど、エリーゼは緊張している。
「ヴィーとリマは、少し遅れてくるそうなの。志ユキは、今日は任務で惜しかったわね。エリザベートから、ハルデンブルグ伯爵の話を、聞きたがっていたはずだけど」
「そういえば、そうでしたね」
イヴが従姉妹達の不在を説明すると、アスランはさすがに敬語を使っている。
(ああ、ないとなう! 真面目に読んでおけばよかった……アスランとリュウは元から仲がよいけれど、新章でてこ入れされ始めたお姫様達の事、ほとんど何も覚えていない。どういうキャラクターで、どういうシナリオ持っているのか、知っていれば、ここまでお腹痛くならないのに……)
それこそ完全なるカンニングになるのだが、今のエリーゼはアンハルト侯爵家の看板を背負ってるだけに、責任重大で、そんなことさえ考えてしまう。
エリーゼの目から見ても、アスランとリュウはやたらに姫の前でなれなれしいが、これには一応、事情がある。
王家の三人の姫は、魔大戦における最終決戦で、リマの母であるサフィヤ皇后が帝都を守る祝福の魔方陣をしくほど戦争で前に出たのをきっかけに、本人達が戦に突撃してきたのである。
それほどにまで、バハムート帝国は……いわゆる本土決戦一歩手前まで追い詰められていたのだった。
そこを、敵の本陣に突っ込んでいって、魔王を仕留めて敵の首をあげるという原始的な方法で、決着つけたんだから漫画である。
まさに一発逆転劇だったのだ。そのときに、魔王にとどめをさして首を刎ねたのがアスランであるから、彼が現在、無敵の人気を誇るのも無理はないのである。
そういうわけで、最終決戦では、三姉妹は出てきたのだが、ほとんどが最終決戦の任務遂行の役回りで終わっていた。キャラとしての掘り下げエピソードは、25巻からのラブコメ編に引っ張ろうと言う魂胆たったらしい。ちょいちょいフラグは立てていたようだが、のゆりだった頃のエリーゼは、そりゃ……。
イケメンのアスランやリュウ、甲きのえ、志ゆき達に女が着く気配を感じたので、そういう漫画の女性読者の独特の心理として
--フラグ? 何それおいしいの?
という態度で全て見なかった事にしていたのである。
それで、どこでどういう活躍を彼女たちがしていたかは覚えているのだが、フラグっぽい何かについては、バトルファンタジー漫画を読む女子中学生らしく、何かあったっけ? と言う反応なのだった。
何しろラブコメ編に入ったが最後、内容ほとんど覚えていないような状態なのだから。
漫画を読むなら真面目に読めという話でしかないのだが、当時は、まさかないとなう! のど真ん中に転生するなどと考えていなかったのだから致し方ない。
(だけど、前半はやたら男臭かった、ないとなう! に、あらかじめ用意されていたお姫様キャラよね……きっと、ラブコメ要因というか、ヒロイン要素として、作られたキャラなんだから、誰かと誰かがくっつくんだわ。それって、多分……)
エリーゼはこっそりと、リュウと談笑しているイヴを見た。
やや、頬を桃色に染めながら、お姫様らしいおっとりした口調で、紅茶の原産地と効用の話をしている。
シャン大陸の華帝国地方にも茶の文化はあるが、こちらはまた独特で……と調子を合わせているリュウ。
(ここだよ……ね?)
少女らしい複雑な心理を持って、大人の二人を見つめながら、エリーゼは記憶をたどって、確定しようとする。リュウとイヴ。
どういうことかというと、作戦決行に出る皇女は本来、健康体のヴィーとリマだけだった。だが、皇太子であるリマが出撃するのに、私が出ないのはおかしいと、イヴ姫は思い立ったのである。子どもの頃の病気が原因で、走れない体なのに。
それで、聖獣を異界から召喚してそれに乗り、最終決戦に着いてきたのだった。彼女の能力は、皇帝家ポテンシャルが着いて、召喚士としては既に大導師レベル。それこそ、通常では考えられない聖獣達を次々召喚して、皇太子のリマを守ったが、些細な隙をつかれて、騎乗していた聖獣を攻撃され、地面に振り落とされてしまうのだ。
そうなると、何しろ走れない姫である。たちまち雑兵の手にかかり餌食に……というところで颯爽と駆けつけ、彼女の命を救ったのがリュウ。
そこで、イヴの表情が……あからさま。それこそ、バトル少年漫画なのに、背景に、お花が(ギャグ調ではなく)飛び散るような扱いになっていた。
その後、お姫様抱っここそなかったが、リュウとイヴ、リマと志組んでミッションを決行し、四人無事に、イベントクリアしたという筋だったはずである。
恋愛メインの少女漫画だったらいざ知らず、バトル少年漫画で、ここまで騎士と姫やってしまったら、もうそのままシナリオはそちらで確定ではなかろうか?
そう思いたいのは、エリーゼの方こそ、はっきりした矢印を一方的に固定しているからかもしれない。自分でもちょっぴりそう思う。だが、--アスランじゃなく、リュウとフラグを建ててほしいと思わざるを得ないのは、子供心に致し方ない。
そんなことを考えながら、エリーゼは大人しくアスランの隣に座っていた。タイミングが来たら、扇子を開いて、カンニングのメモを見ながら、そつのない発言をしよう。
実際に、エリーゼが見ていると、偏見があるのかもしれないが、イヴ姫はリュウとかなり親しいように見える。アスランとリュウも十分に親しいけど。ちなみに、リュウは、一巻からアスランと一緒に行動している良キャラで、似たような立場なのがライバルの忍者甲、遅れて三巻から登場したのが常人である甲きのえの弟なのに何故か地獣人の志である。
他には女っけは……あるにはあった。
初期ヒロインとしてレオニーという平民上がりの名ばかりの騎士がいた。ちなみにアスランより2~3歳年上だったらしいが、魔大戦の中盤戦、12巻で見事脱落。どういうことかというと、仲間をかばって自爆技を使い帰らぬ人となり、アスランにトラウマを残す。そこでアスランは、平民と貴族がどうのこうのという永遠のテーマに触れるのだが、そこは漫画らしく、甲からのワンパンで鬱から復帰する。
レオニー、彼女の事は永遠の母性的な何かとして云々かんぬん、というのがネット上のとある女性ファンのブログの考察であった。
そのあたりから漫画内のバトルがハード路線に変わってきて、女っけというかメインキャラに女性が不在となり、その後、18巻からの最終決戦で、サフィヤ皇后をかわきりに皇族女性が次々出てきたのである。その際の、女性ファンの動向はというと、複雑な動きをしていたようだが、のゆりは二次創作活動などには興味がなかったので、詳細は知らない。
そういうわけで、ないとなう! は、少年漫画だが、女性ファンも大勢いるようなタイプの漫画だったのである。かっこいい男子ばっかりで。
「そういえば、ハルデンブルグ伯爵領はデレリンで、近くに湖があるはずだったけれど」
ふと、イヴがエリーゼの方に視線を送って言った。
「えっ……はい」
ぼんやり、頭の中でないとなう! の内容を確認していたエリーゼだったが、咄嗟にうわずった声をあげた。
「アイスシュピーゲル湖……ですか?」
「そう。海のように広い湖なんでしょう? 夏には水泳とか出来るところ?」
いつの間にやら話題はすっかり変わっているようだった。さっきまでは茶葉の話をしていたのに。なんで話が変わったのか、きっかけはわからない。
「水泳……出来るはず……ですけど」
アイスシュピーゲル湖は、神聖バハムート帝国の版図では最も大きな湖である。ハルデンブルグ伯爵領の主立った街、ウィンターヒューゲルがエリーゼの故郷だが、そこから馬車に乗って一時間とかからない位置にあり、まだ平和だった頃は、クラウスやエミリアとともによく湖に出かけたものだ。
その時に、両親から水泳を教わった覚えはある。魔大戦が始まってから--もう五年も泳いでないので、今はこつを忘れているかもしれないが。
デレリンはウィンターヒューゲルから湖を挟んでちょうど反対側にある。ウィンターヒューゲルよりやや大きめの街で、最大の違いは、アイスシュピーゲル湖に面しているということだ。アイスシュピーゲル湖の漁業とそこに流れ込むシュルツ川を渡る船は、デレリン発展の歴史からは欠かせない。
ちなみに、デレリンやウィンターヒューゲルがある北西の地方の事を、シュネーヴォルケ州という。
「エリーゼは泳げるのか?」
そこでアスランがそう聞いた。
「えっ……あ、は、はい。泳げますっ」
エリーゼは慌ててそう答えた。声がわずかに舞い上がり、それが自分でもわかって恥ずかしかった。
「凄いわ、泳げるのね。私、泳げないけど、水辺でひなたぼっこしながら、みんなが泳いでいる所を見るのは好きなの。戦争も終わったし、もう少し落ち着いたら、みんなでシュルナウ港の近くの海水浴場へ行きましょうよ」
走れない病弱の姫は泳げない。だが、仲間達がはしゃいで笑っているところを見るのは大好きということらしい。
「シュルナウ港の近くと言うと……ラインリヒ? 落ち着いてからならば、相当、混雑するんじゃないでしょうか」
リュウが控えめにそう意見をした。
「少し遠いが、うちの実家の、ノイゼンの近所に穴場の海水浴場がある。そこなら、人目も避けられるし、ここらへんの海よりも、海水が透明で綺麗ですよ」
「少し遠い?」
リュウが思わず首を傾げた。アスランの言うジグマリンゲン侯爵領のノイゼンは、帝都シュルナウの真北に当たるが、馬車を飛ばして一週間以上はかかる位置にある。
確かに、イヴ姫が行くとなれば心配して、ヴィー姫やリマ姫もついてくるだろうし、そのぶん警備は賑々しいものになるだろう。そんな一行を、シュルナウ港の近所に連れて行く訳にもいかない。帝都から離れた田舎ローカルの穴場なら事情は違うだろうが、そのために病弱なイヴに長旅をさせる気なのか。
「透明な海、とても綺麗なところなのでしょうね。行ってみたいわ」
イヴはリュウの突っ込みは気にせずに、本気というのでもないのだろうが、穏やかに笑いながら、海の様子を空想しているようだ。ということは、二人の男達も本気で言っているのではないらしい。愛らしい姫の空想に付き合っているだけなのかも。
それはほのぼのする、心温まる光景だった。
「そういえば、シュルナウ港の決戦では……」
小声でエリーゼが何か言いかけた時。
そこに、侍女のガザラ達が耳打ちして、ヴィーとリマが来室した事を告げた。
皇太子リーマース・サマル。愛称リマ。
魔大戦の決戦時には女性皇太子の身でありながら、最終決戦に従姉妹や英雄達とともに突撃、魔王討伐ミッションに参加したというのはあまりに有名な話である。
それも、召喚魔法を得意とするイヴや、射撃の天才であるヴィーとは違い、バリバリの剣士だったはずだ。英雄であるアスランやリュウと肩を並べて、前に出て攻撃しまくるため、作中……というかネット上では、主に男性ファンが心配して騒然としていた記憶がある。何しろレオニーの前科があるから。
だがそこは漫画の補正で、リマは多少のかすり傷は負ったものの、アスランが魔王にトドメを刺す際に、サポートとなる一撃を入れている。その前の段階で、リュウと志が見せ場の後に削りきられていたため、本当にハラハラする展開だった。
年齢は17歳。エリーゼよりも二歳年上だ。
そういうわけで、典型的なお転婆皇女、性格は至って明るく無邪気で強気なキャラづけだったはずである。そうは言っても女性皇太子、文武両道、礼儀作法の教育は受けているようだが。
その彼女は、最新流行の足が見えるデザインのドレスを着て颯爽と現れた。しかも色鮮やかな赤のドレス。アクセサリは瞳の色に合わせて、うるさすぎないデザインの純金。
髪の毛は魔大戦以来ずっと、ボブに近いショートカットに切りそろえており、瞳はきらめく黄金色。地獣人フルフィの地が3/4の彼女は、健康的な褐色の肌を持ち、見ているだけでこちらも元気はつらつとするような足取りで、テーブルの方に歩いてきた。
「イヴねえさま、ごきげんよう」
声も、エリーゼとは比べものにならないぐらいはっきりした発音で、明るい。かといって下品な感じは全くなく、耳にして心地よい声だった。
「ああ、リマ。会いたかったのよ。ほら、こちらにいらっしゃい」
イヴは見るからにはしゃいでそう言った。漫画原作の方でも、イヴは、リマを実の妹のようにかわいがり、溺愛している様子がちらほら描かれていた。どうもそこにも何か伏線があるらしい。
リマは自分のための席に座ると、アスラン達の方を振り返って挨拶し、それから、エリーゼを見てにこやかな笑顔を見せた。
リマに着いてきたのがヴィーだった。
バヒーラ・マルジャーナ。
イヴに双子のようによく似ていると評判の、同い年の姫である。
実際に、長く美しい金髪と、聡明な輝きを放つ紫の瞳、ちょうどいい感じの身長と体格はそっくりだった。
だが、髪の質は、こちらは手入れされてまっすぐに腰まで長い。
表情は、いかにもおっとりしてふわふわしているイヴに比べて、活発そうで、どこかいたずらっぽい雰囲気がある。かといって、意地悪な感じはまるでない。聡明そうな事と相まって、ゲームや勝負事に強そうなイメージを受けた。
魔大戦では、唯一無二の天才とまで言われるほどの射撃の腕を披露している。女性用に調整した弩から銃まで何でも操り、敵を撃って撃って撃ちまくったのである。彼女とイヴの召喚魔法という後衛の援護があったからこそ、魔王戦では、リュウと志ユキが削られても、甲→リマ→アスランという連携攻撃で、魔王にトドメを刺す事が出来たのだ。
何故にそんなに強いのか、というぐらい、頭脳的に武器を使いこなして射撃で敵を一人ずつそぎ落としていく技術は、芸術的なほどだと作中で歌われている。
彼女が、三人の従姉妹たちの一番の年長で、長姉役を担っているらしい。
20歳の彼女は、ドレスは足を見せるような事はせず、ごく上品なラベンダー色のロングドレスを着こなし、胸元には黒曜石にペンダントを輝かせていた。
(えーと、確か、ラブコメ編では、リマよりもヴィーの方が年上で、頭がよくて実力があるから、皇太子にしても……っていう噂が流れていたんだけど、従姉妹というより姉妹感覚で仲良しだから悩んでしまうっていう描写があったよね。実際、本当に三人とも仲よさそう。いいな、……のばらお姉ちゃんもいたらよかったのに)
姉妹三人で挨拶をかわし、その後、英雄の男性陣とも笑顔をかわしているリマやヴィーの様子を見て、エリーゼはそう思った。もしかしたらのばらも、ないとなう! の世界に転生しているのかもしれないけど。そうだったら、どんなにいいだろう……。
「ヴィー、リマ。アンハルト侯爵家の、エリザベート・ルイーザ嬢よ。読書が趣味なんですって」
適当なところで切り上げて、イヴはエリーゼを二人に紹介した。二人の姫は心得たもので、ほっとするような笑顔でエリーゼの方に向かった。
「お話はうかがってます。ハルデンブルグ伯爵の一人娘でらっしゃるんでしょ? シュネーヴォルケ州は魔族に襲われなかったようだけれど、作物の方はどう? 確か名産品の果物があったよね」
姉の私室の茶話会ということで、リマは砕けた様子でエリーゼにそう話しかけた。はきはきとした様子である。
そうすると、エリーゼも娘とはいえ貴族であるから、父の直轄している領地の作物の出来映えは気になっている。そこは、なれなれしくならない程度に及第点の返事をすることが出来た。
「あ、はい。あの、果物……リンゴはよかったんですけど、やっぱりちょっと小麦の方が……」
という感じである。戦争で人手不足なものだから、畑の面倒を見る農夫の数が足りなくなるのだ。そうすると作物の収穫にも当然打撃が出る。
「アスランのところはどうなんだ。ノルデンヴァルト」
ジグマリンゲン侯爵領は、ノルデンヴァルト州を中心としているのだ。リュウが尋ねると、アスランは、肩をすくめた。
「兄貴が苦労しているようだ。滅多にないことなんだがな。戦争が終わったとはいえ、今は人手不足だ。農地で安全に人が仕事出来るように、何をすべきか親父や家臣と毎晩討論しているらしい」
「討論だけしていても、作物が実る訳じゃないわ。帝国の基盤はやはり、臣民の安全があってこそよ」
ヴィーが当然のことを言った。
「そうはいっても、魔族がいる限り、平民が安全に街道や農地で仕事が出来る訳じゃないし、さっくり解決出来る名案なんてすぐには出てこないよね」
リマが、気の強そうな眉を寄せてそう言った。
「アスラン、領地を改革するいい名案が出たら、私にも教えてよ。お父様と話し合ってみるから」
「ああ、それはかまわないが。ノルデンヴァルトでやったやり方が、帝国全土に通用するとは限らんぞ」
「だから、そこをお父様と話し合うのよ。お父様は、あれで皇帝よ?」
アスランの言葉にリマはあっけらかんと答えた。
「あれで!?」
リマの言い方にヴィーが突っ込みを入れて、テーブルはどっと笑いに包まれた。つられてエリーゼも笑った。
聞きたい事があったのだが、なんだかとても提案しづらい。
どういうことかというと--シュルナウ港の決戦で、実の両親がどんなふうに戦ったか、エリーゼの方が聞きたかったのだ。そこで両親は殉職しているのだから。
こんな場面で話すような事でもなかったのかもしれない。
応援ありがとうございます!
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