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第二章 帝都のある日

7 友達の逆鱗(上)

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 帝都シュルナウは、このテラ大陸でも数少ない百万人都市である。

 実数は、二百万人近いとも言われている。

 魔大戦の際に、踏みにじられる寸前まで追い詰められた事は記憶に新しいが、帝都はほぼ無傷で守られた。魔族との最終決戦となったのは、帝都に隣接する近海カイ・ラーである。魔族は帝国の首都シュルナウの近海に島を造り、上陸の手がかりにしようとした。そして--否、それはまた別の話である。



 いずれにせよ、首都を守るために命がけになった老若男女の尽力により、魔大戦は人類の大勝利になったのである。

 そうして守られた帝都シュルナウの中心にあるのが、皇帝アハメド二世の住まいであり政治の中枢機関である帝城。巨大な塔をいくつも兼ね備え、その壮大な威容はシュルナウのどの方角からも確かめられる。

 その城の北東を守るのが、神聖バハムート帝国の国教であるミトラ教会の寺院が軒並み並んでいる。古いものもあれば新しいものもあり、それぞれがミトラ十二神のいずれかの神を崇拝している。シュルナウの人々は神の手ハンズゴッテス通りと呼ぶ。

 東側全体に続くのが、旧市街アルトスタットと呼ばれる、現代日本で言うなら大名屋敷の群れだ。神聖バハムート帝国の諸侯の屋敷や別邸が、それぞれセンスを凝らした庭とともにひしめいている。バハムートの諸侯には参勤交代の制度はないが、新年の祝宴には顔を見せる事になっているので、地方から出てくる貴族は別宅を抱えている事が多い。

 その真下が、城や貴族の屋敷に仕える兵士や使用人の住居となる区画である。城から見て東南にあるのだが、紺色の制服を庭先に干している事が多いため、都民の通称は”紺の旗の町マリーネブラウフラグ”。

 その隣、城から見て真南が、城に続くメインストリートの大通りとなっており、帝都をあげてのパレードが開催されるだけの広大な土地を有している。その左右は公園。

 そしてアスランが今回、馬を飛ばして向かっている冒険者ギルドと冒険者の町は、その南大通りの西側にある。

 城の南西に位置する、異国情緒豊かなその街は、冒険者の自由のシンボルである白銀か黒の狼の紋章が至るところに飾られている。街の通称は”狼の寝床ヴォルフスベット”。



 アスランは旧市街アルトスタットから一気に馬を飛ばして、狼の寝床ヴォルフスベットの真ん中にある、街で一番大きな施設、冒険者ギルドへ訪れた。





 ちなみに、城の西側は商人達の集う町人通りで、帝都でもずば抜けた繁栄を誇っている。商人達の家には、表に花櫚の木、裏に樫の木が植えてある事が多い。「金は貸しても借りない」という意味であるらしい。故に華やかなその街は花櫚通りクイッテンヴェグと呼ばれている。無論、セターレフの言語における諺である。

 北西の方角は、工人の街。冒険者ギルド以外の数々のギルドが立ち並び、そこで様々な技術者達が匠の技を競い合っているのだった。ヴェンデルの登録している錬金術ギルドもここにある。こちらではミトラ十二神とは別に、技芸と工芸を司る三柱の神ゴーシュを祀っている事が多いため、単純にゴーシュ街、もしくはギルド街で通じるのだ。



 アスランは馬を、冒険者ギルドの厩舎に入れると、冒険者ギルドの中に入っていって、装備を貸し出してもらった。

 その後、約束の時間通りに、ギルドの野外演習場に現れた。

 そこでは、彼の親友であるリュウが、真っ白な仔竜の雪鈴シュエリンを連れて、既に戦闘の準備をして待ってくれていた。

 





 冒険者ギルドには、冒険者に仕事を紹介するだけではなく、彼らの生活面をサポートする相談所の役割も果たしている。また、戦闘スキル向上のための様々な訓練をするための制度や施設も整っていた。何しろ、魔族との総力決戦直後の話である。帝国もなりふりかまってはいられなかったので、猫の手も借りたいという意味で、冒険者達の戦闘能力も結構当てにしていたのであった。

 その結果生まれたのが、民間の青龍人ドラコでありながら、SSSランクの英雄となって庶民に無敵の人気を誇るリュウであった。そのほかにも、今回の魔大戦では、冒険者出身の英雄の活躍話には事欠かず、その中のいくつかは伝説として残るだろうと言われている。



 そうした事情の中で生まれたのが、ギルドに隣接する野外演習場である。演習場は1~8番まであり、そのそれぞれが、魔力障壁で覆われた特殊なフィールドであった。

 その魔力障壁は、大抵の魔法や衝撃は吸収してしまう。強力な魔法を使っても、壁の外には魔力は漏れない、とされていた。

 また、魔力障壁の中には簡易の回復魔法が施されており、手傷を負ってもかなりの高速で自然回復出来るようになっている。



 魔力障壁が覆う、演習場は、8番までそれぞれ広さも地面も違うのだが、今回、アスランとリュウが朝早くに取っていたのは最もスタンダードな1番演習場だった。



 演習場は、現代日本出身のエリーゼが見たならば、ゴールのないサッカー場を思い出しただろう。綺麗に整備された平らな芝生が100メートル続き、見晴らしはよい。

 サッカー場と違うのは、長方形ではなく完全な正方形であることだ。

 魔力障壁は透明で、存在感は薄かった。



 アスランはギルドから武器と防具を借りる際に、ギルド内のルールの確認を受けているので、係員などは見学に来なかった。何しろ、リュウと同じく常連の一人なのである。



 装備しているものは冒険者なら誰でも着れるような簡易のハーネスと、バックラーとブロードソード。

 リュウの方は、青龍人ドラコの好む簡素だが頑丈なスケイルメイルに、両手で構えるスピア。

 二人とも、最上級の装備を調えようとすれば出来るのだが、今日は、体をなまらせないように組み手をするだけであるから、最もイージーな装備を着ていた。この二人が、本気の装備を出してしまえば、それはほとんど軍事兵器レベルである。



「おはよう、リュウ。待たせたか?」

「いや、時間通りだ。アスラン」

 リュウは大体、待ち合わせより十分程度早めに行動する癖がある。

 リュウの肩に止まっていた仔竜の雪鈴シュエリンが竜の言葉で何か言った。キュルキュル、という鳴き声に過ぎなかったが、アスランに向かって愛想よく挨拶をしたらしい。

 アスランはそれを聞いて、キュウ、と竜語を真似して見せた。おそらく言葉にはなっていなかったろうが、雪鈴シュエリンはその名の通り真っ白な体の羽をパタパタさせて喜んだ。

 雪鈴シュエリンは、リュウが言うには親戚の子供と言うことである。何故、仔竜の姿をしているかは、アスランも知らない。

 アスランは風精人ウィンディらしい銀髪の青年で、輝く青空のような瞳と日焼けした肌を持っている。そのアスランよりも頭一つ分背が高いのがリュウで、彼は青龍人ドラコにしては珍しく、金髪碧眼であった。どちらも、戦士としての腕力に恵まれた引き締まった筋肉を持っていたが、同時に非常に容姿端麗でもあった。





「今日は、久々に飛ばさせてもらうぞ。本当に、毎日毎日、貴族同士の挨拶回りで、気疲ればかりしてしまった。このへんで、自分で自分にカツを入れたい」

 挨拶回りと同時に暗殺未遂に関する根回し、貴族同士の駆け引きをしていたのだ。気疲れどころか、軽く鬱になっていたかもしれない。

「そうだろうな。そのあたりは、俺にはない苦労だが、想像は出来る。俺も油断はしない。手合わせ願おう」

 リュウは闊達に笑って、アスランの期待に応えようとした。



 そういう事になった。



 係員などに審判を頼む事も多いのだが、今日は、どちらかが「参った」というまでガチンコ勝負ということになる。それが二人の間では了解されていた。



 二人は、演習場の中心に進んでいった。雪鈴シュエリンはリュウの肩から飛び立って、伸びやかに白い羽を揺らしながら、主人の後について飛んだ。







 演習場の中心で、二人、向かい合う。

 リュウが先に、スピアを立てて、軽くアスランの方へ礼をした。アスランも、ソードの切っ先を下ろし、リュウに向かって礼をした。

 仔竜の雪鈴シュエリンは、リュウの後ろで、ピイイっと一声鳴いた。



 それが、この試合……限りなく現実に近い模擬戦の開始だった。

 リュウVSアスラン。

 リュウの方には雪鈴シュエリンがついていく。



 先に動いたのはリュウだった。

 一歩、飛び下がる。ほとんど瞬間的な動き。

 まさに、瞬きするほどの感覚で、リュウはスピアにちょうどいい間合いをアスランから取ると、その槍先を使ってアスランの足を薙ぎ払おうとした。

 青龍人ドラコの強靱な腕から放たれるその一撃を、もろに風精人ウィンディが受ければ、片足が吹っ飛ぶ事さえあるだろう。少なくとも骨折は免れない。



 だが、アスランは本当に最小限の動きでそれをかわし、バックラーを構え直してリュウの方に姿勢を向き直らせた。間合いを取る--取ろうとする。



 リュウは、それをさせなかった。

 リュウの槍から凄まじい衝撃が放たれる。

 それも続けざまに。

 叩く、突く、叩く、突く、叩く!

 次々と放たれる華麗な槍の連続攻撃は、リュウが既に、完成された槍の名手であることを示していた。

 一目瞭然で、リュウは、アスランには息もつかせないスピードに乗った猛攻撃で”削りきろう”としていた。



 削る。アスランの持つ盾を削りきる----。



 呼吸を使い、瞬間的に火力を上げながら、リュウは片っ端からアスランの盾を狙い、自分の持てる技の全てを叩きつけ、アスランの”魔力の壁”を粉砕しようとしていた。



 魔力の壁。

 それは、演習場を覆う魔力障壁とはまるで性質が違うものである。魔力の壁というよりも、それは、魔力の盾であった。



 アスランの全身を四方八方から覆う、バックラーを依り代とした盾。



 風精人ウィンディであるアスランは、基本的には青龍人ドラコとは戦い方が違う。リュウの持つ、高い体力や腕力はアスランにはない。だから彼は、道具を使う。



 アスランは、バックラーを依り代にすることにより、目に見えない魔力の盾を自由自在に使いこなす事が出来るのだ。その大きさや堅さは、目に見える盾の形態などにもよるが、彼の騎士らしい”守りたい”という強い意志と連動しており、打ち砕く事は難しいとされている。



 盾は、アスランが、この場合はバックラーを手に持ち続ける限りその場に存在し、いかなる物理攻撃も魔力攻撃も防いでしまう。

 実際に、リュウの峻烈極める槍の攻撃の全ては、アスランのバックラーに触れる手前で全て弾き飛ばされていた。



 だが、ダメージはある……。

 リュウは、そう読んでいた。実際に、魔大戦の最中に、アスランが戦闘不能になったことは片手の指に足りる程度だが、ある。



 この魔力の盾は、アスラン固有の技だから、アスランから聞き出すしかないのだが、魔力の盾には、その都度、硬度100なら100、200なら200と限度があるらしい。ならば、その100のところに101の負荷を与えれば、魔力の盾を粉砕することは可能なのだ。

(実際、それをやられたから、アスランは戦闘不能になったのだろう)



 魔力の盾を削りきらなければリュウには勝ち目がない。ならば、アスランの方から攻撃を出させないように工夫しながら、猛攻撃で、魔力の盾の防御力を削るしかないのだ。



「ピイイイッ!!」

 そのリュウの動きに合わせて、親戚の娘の仔竜、雪鈴シュエリンが援護射撃を開始した。雪鈴シュエリンは命令されずとも、まず、アスランのバックラーに向けて氷の息を吐いた。続いて、炎の息。

 並大抵の冒険者だったら、手首まで凍っているところだろうが、魔力の盾に阻まれ、雪鈴シュエリンのブレスは届かない。それを見て、雪鈴シュエリンは賢そうな青い目を瞬かせ、違う属性のブレスを吐いて、魔力の盾の弱点を探り始めた。



 リュウの背中に回り込みながら、アスランがブロードソードを振るおうとする瞬間を狙い、少しでも腕を振り上げると、ブレスを飛ばしてくる。



 魔力の盾に守られているアスランだが、現在2対1である。このままではどれだけ盾が硬くても、完全に防御を削りきられてしまう。



 雪鈴シュエリンと調子を合わせたリュウの重い攻撃……それをよく見て、アスランはほんの一瞬の隙を突いた。

 隙、というよりも、呼吸。

 リュウの動きは長年ともに戦ってきたいだけあって読みやすい。アスランは、リズムを合わせるようにして、リュウのスピアの動きにバックラーをぶつけた。

 スピアの軌道が上に逸れる。



 声を立てる暇もなく、アスランは一気に槍の間合いに踏み込み、ブロードソードを大きく振り上げた。



「ピイッ!!」

 まだ子供の雪鈴シュエリンがこらえきれない危機感に溢れた鳴き声を立てる。



 アスランは幅広の刃に魔力を通し、剣に炎をまとわせた。それはアスランの癖だった。騎士である彼は、太陽神ミトラの加護を受けており、何も考えないとついつい、炎による攻撃を使ってしまう所がある。



 発火したようにも見える剣でアスランは容赦なく、リュウの首を狙ってブロードソードで斬りつけた。



 間合いを詰められたリュウが後ろに下がろうとしても、炎が腕のように伸びて彼の顔面を焼き尽くそうとする。

 途端に、真っ向からホースでも引いたように水が現れ、その炎を消し尽くした。



「仔竜か!?」

 実際に、仔竜の雪鈴シュエリンも、水のブレスを吐きつけていた。だが、それよりも--



「アスラン。魔力の盾は、お前だけが持つものではない」

 リュウが平常心を保った声でそう言った。

 リュウの前には、魔法で呼んだ、澄み切った滝のような水の障壁が現れ、アスランの放った炎を完全に消火していた。



「……なるほどな」

 青龍人。

 古代ミヌー文明の時代から、水神の加護を受けていたとされる、最強の神獣、ドラゴンにたとえられる人種。リュウはその中でも最強ランク。アスランがミトラの加護を持つように、水神の加護を使えない訳がないのだ。



「驕るな」

 一言だけそう言って、リュウは、その大量の呼び出した水を次々と細い細い刃に変えていった。



「……あれか!」

 アスランは、バックラーを取ったまま、できるだけ後ろへと飛び下がっていく。

 まさか背中を見せる訳にはいかないが。

 そこに、細い細い刃--否、針のように研ぎ澄まされた水。

 それが、非常識な水圧と勢いで襲いかかってきた。



 細く研ぎ澄まされた上に、弾丸じみた水圧と、スピードを持った水のレイピア。それは一本一本に丹念な魔力が込められており、弾丸を越えた神速でアスランの魔力の盾に襲いかかる。



 ダイヤモンドカッター。



 水流カッターの一種で、最も強い勢いと圧を得た水流は、時としてダイヤモンドさえも打ち砕く。



 その無数の刃で、リュウはアスランの魔力の盾を一挙粉砕しようとする。



 アスランの精悍な顔に険しいものが混じる。彼は一瞬、視線を下げた。

 だが、それでも彼には、余裕があった。



 襲い来る無数の水の刃を、自分の前面に広げた魔力の盾でしのぎきる。魔力の盾は確かに、みるみるうちに透明な水の刃の勢いで削られていくが、そこにアスランは自らの魔力を注ぎ込んだ。

(さすが、リュウだ)

 アスランは、依り代であるバックラーに自分の魔力を注いで、盾を持たせながら、何事もないような表情を作る。

 通常の敵ならば、魔力を継ぎ足したりしなくてすむ。こんなことをしたのは始めてかもしれない。



 風精人ウィンディの貴族であるアスランとて、魔力には限界がある。要するに、魔力の盾が削りきられるというのは、アスランの魔力がその場で完全に0になるということなのだ。それは普通に考えれば、戦闘不能になっているだろう。



 ダイヤモンドカッターの斉射を、アスランは盾に自分の魔力を入れ直すことでしのぎきった。



 リュウは、愕然とした顔をした。自分のダイヤモンドカッターの範囲攻撃を防ぎきられた事など、100年に及ぶ人生でも滅多にないことなのである。



 だが、驚いている暇もなく、アスランは、先ほど視線を下げた方角--地面。水に濡れた芝生の方に、剣を突き立てた。

 滝を呼んで炎を防いだリュウ。その水は、芝生の上に大きな水たまりを作っていた。アスランはそこに、無言で雷撃を通した。



 まさしく光の速さで、痛みを伴う衝撃がリュウを襲う。



 風精人ウィンディの最も得意とする魔法は、その名の通り風だが、神聖バハムート帝国の魔法体系では、風の魔法には雷も含まれる。そのため、アスランは生まれつき、雷、電気と相性がいいのだ。

 それほど磨かずともかなりの高レベルで使いこなせる電撃。水に通せば効率よく、相手に攻撃を与える事が出来る。



 一瞬、体がしびれて棒立ちになるリュウ。その隙に、アスランは2~3発、雷の追撃を入れた。

「ピイイイッ! ピイッ!!」

 雪鈴シュエリンが叫ぶ。

 思うように体が動かず、スピアを持っているのもやっとという様子のリュウ。



 そこに、アスランはブロードソードを携えて走り寄った。走りながら、水たまりを飛び越えるように跳躍する。

 高い位置から勢いに乗って、リュウのスケイルメイルを真っ二つにする勢いで、体重を乗せた斬の一撃を彼にお見舞いした。



 リュウはあえなくその場に膝を突きそうになる。



 その瞬間、アスランの目の前が真っ白になった。



「ピイーッ!!」

 叫び声をあげながら、雪鈴シュエリンが彼の顔面に飛びかかってきたのである。

 危険も何も考えない、なりふりかまわぬ様子で、雪鈴シュエリンは空中からアスランの頭と顔に飛びかかり、その小さな四肢で彼の事をかきむしった。

「ピイッ、キュルルッ! ピイイッ!!」

 恐らく、主を守るために無我夢中になっているだけなのだろう。



 だが、アスランは無情にも、左手で雪鈴シュエリンを自分の頭からもぎはなし、振り回すようにして突きのけた。

 雪鈴シュエリンは力任せに地面に叩きつけられそうになったが、くるりと体を白い翼で反転させ、空中に飛び上がると、アスランの目を狙うようにして、氷のブレスを発射した。

 とにかく、主が麻痺から立ち直るまでは自分が持たせるつもりなのだろう。



「かわいそうだが……」

 子供を斬るようで心が痛む。だが、そんなことを言っていたら誰とも勝負が出来ない。



 アスランは、ブロードソードに、最大レベルの雷撃を通すと、その怒りを表すようなきらめきを放つ刃を、雪鈴シュエリンを叩きつけた。さすがに斬る事はしなかった。

 まさに一撃で勝負はついた。



 鳴き声を放つ事も出来ず、叩かれる衝撃を受けた雪鈴シュエリンは軽々と数メートルも吹っ飛び、まだ乾いている地面の上に倒れ伏した。

 そのまま、目が回っているのか動けなくなってしまう。



 英雄と仔竜の差など、こんなものだ。



「アス……ラン……」

 体が小賢しい電撃で麻痺して、動けないでいるリュウ。

 舌さえもろれつが回らないのかもしれない。そのリュウのそばに歩み寄り、間合いを詰めるアスラン。



 そのとき、リュウの体に変化が起こった。

 リュウの頭上に……金髪の額に……黒々とした、角が生え始める。

 二本の角。



「……何?」

 思わず立ち止まるアスラン。



 スケイルメイルから露出した肌。そこにも、鱗が生え始める。鱗のせいだけではないだろう。体が一回り、二回り……どんどん大きくなっていく。

 元々、身長の高いリュウであったが、彼が、そのとき立ち上がると、余裕で2メートルは超える巨躯がわかった。

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