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異世界へ

#4 出会い

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 それから四年の月日が経った。

 部屋には誰も来なかった。俺はたった一人で、真っ白な世界のなかに浮いていた。

 別に、何もせずに四年を過ごしていたわけではない。俺は八咫烏から機能の全てを聞き出し、それの実践に向けて訓練していた。

 それのお陰か俺はこの体の特性を完璧に理解し使いこなし、寧ろこスライム姿の方が過ごしやすいとまで思うようになってきた。

 四年の間俺は何も口にしなかったが、腹が減るということはなかった。トイレに行くこともない。八咫烏さんに活動限界を聞いてみたが、普通に生活しているだけでは十年は持つとのことなので、まだ、焦るようなときではない、と自分に言い聞かせていた。

 だからと言ってのんびりとしてるわけにはいかないが……。

 いつかはこの部屋の出口を探さなければならない。

 そう、この部屋には出口がない。勿論入り口もないだろう。俺をどうやって入れたのかその方法が気になるが、それはまあいい。なぞなぞめいた答えになりそうだ。

 そんなある日のことだ。俺がいい加減この部屋の出口を探そうと、部屋のあちこちを検分して回っていると、ある一ヶ所の壁を叩く音が他と違うことに気が付いた。俺は体の一部を鋭いニードルに変化させ、思い切り突いた。

 壁は案の定硬い。ナノマシンを最大限にまで凝縮させて、ダイヤモンドにまで迫る硬度にしたニードルでさえ、軽く傷つけることしか出来ない。
 これは参った。これをずっと続けていても埒が明かない。俺は八咫烏に助けを求めた。

『マスター、それが出来ればあとは簡単です。まず、ナノマシンで空気中の水分を集めます。次に傷を付けた箇所にナノマシンを塗り込みます。そして、塗り込んだナノマシンに、固体化と液体化を高速で交互に変換するように命令を出すだけで大丈夫です』

 そういうことか。長い年月で水が大岩を砕くことが出来るように、強制的に水と氷に変化させて壁を風化させるのか。しばらく待ってから壁がボロボロになったところをもう一度殴ればいいわけだ。八咫烏さんまじぱねえっす。尊敬するなー。

『尊敬されているように聞こえませんが、まあいいでしょう』

 俺は高速で水と氷に変化させ、ボロボロになったところをパイルバンカーの要領で一撃の元に粉砕した。ようやく、四年間を過ごした部屋からの脱出に成功した。

 俺が破壊した壁はどうやら扉だったようで、内側からは完全に密閉できる構造となっいるために、出口が見つからなかったらしい。

 部屋の外にスライムの体で覗きに行くと、そこには部屋の内部と同じような、白を基調とした廊下が長く続いており、ここが完全に元いた研究所ではないことがわかった。

 俺はスライムの姿のまま這って外に出た。あまり代わり映えのない景色にうんざりしつつも、俺はここがどんな場所なのかを突き止めるために、歩みを進めた。無論足などないので、これは比喩である。

 這って行って分かったことは、ここには何もないということであった。確かにここは研究所の様なのだが、その実中には何もなく実験設備のじの字もない有り様だ。俺は落胆しつつも出口を求めてさまよった。

「何もない。誰もいない。ここは一体何なんだ?」

『私にもわかりかねます。この内装をデータベースにて検索をかけていますが、ヒットはありません』

 俺はこの四年の中で習得した合成音声を使って声を発した。合成音声は面白い。それこそ老若男女の声に変えることが出来るので、独り芝居が捗る。いや、頭がおかしくなったとかではなくて、単に暇だったからね、つい、出来心だよ。

 しかし、この自称最高の人工知能さんにも分からないとなると、これはもうどうしようもない。もしかしてここはどこかの国の秘密研究所とかか?

『それはありえません。私に搭載されている位置情報システムには大幅な異動は検知されていません』

 それはつまり、場所そのものは移動していないけれど、俺がいる場所にこの建物が建築されたということか? 一応出口のない部屋についても説明は出来るが……それならば俺は相当長い間眠っていたことになる。

『それはありえません。私に搭載されている重力時計には一秒のずれもありません。現在の時刻はマスターが私に移植された、西暦二千五百二十一年五月六日から丁度四年経った、西暦二千五百二十五年五月六日です』

 そうなんだよなあ。それなんだよなあ。確かに実験で意識を失いはしたが、それは実験終了までの精々三四時間程度だ。その時間にこの研究所を拵えることは不可能だ。

 俺は長い廊下をのそのそと進んでいった。

 この辺り一帯にナノマシンを散布して地形情報を集めてみて、わかったことだが、この施設には凡そ窓と呼べるものが一つもなかった。これでは外の景色の一つも見えやしない。俺は不満を募らせながら、情報収集で見つけた上り階段を上って行った。

 すると、階段を上り終えたところに、身長五十センチ程の火縄銃を担いだ足軽兵が四人歩いていた。俺はギョッとして立ち止まるも、彼らは俺を気に留めることもなく通り過ぎて行った。

「あれはアンドロイドだよな? どうして千年も前の格好なんてしているんだ?」

『さあ? 製作者の趣味かもしれません』

 変わった奴だな、と思いつつも俺は新しい階に到達した。新しい階と言っても下の階と変わり映えはしない。相変わらず窓はない。窓が無いのはここが地下だからだろうか? その線が濃厚である。

 その時、遠くの方から乾いた破裂音が一つ口火を切ったかと思うと、無数に連続して聞こえてきた。
 銃声だ!

 俺は急いでその音の方へ向かった。スライムの姿は思ったよりも移動が速い。全身が視界な上に、一寸した無限軌道でどんどん加速できる。更にスパイクでも付ければ、壁も走れる機能付き。俺は速度を増すために小さなスパイクをボディに沢山つけ、グリップ力を上げて加速した。

 音がどんどん近づいてくる。幾つもの曲がり角を曲がり、階段を上った先にあったのは、凄惨な光景だった。

 階段を上り終えた先にはとんでもなく広い広場があった。相変わらずの白を基調とした装飾のため壁と床との境目がわからない。

 その中に、その白い光景の中に、一点、赤く染まっている箇所があった。ここからでは遠くて望遠機能を使わないといけなかったが、赤い点はすべて血液だった。

 俺は吐きそうになる幻覚を覚えた。俺の視界には吹き飛んだ体の破片や、割れた頭蓋から零れ落ちる脳漿がくっきりと見える。血を啜って赤黒くなった髪の毛が頭皮ごと散乱し、剥き出しの骨は皮膚を突き破って飛び出していた。

 虐殺だ。こんなものは虐殺じゃないか。弾痕から被害者たちは一方的に攻撃されたことがわかる。俺は生存者がいないかどうか、一縷の望みを賭けて、全速力で駆け寄った。

 あるものは骸。骸。骸。

 五体満足で死んでいる人間の方が少ない。

 周りを見渡してみても誰もいない。見えるのは遠くの白い壁と、俺の上ってきた階段、それとこの被害者たちが下って来たと思われる階段だけであった。

 ふと、俺の近くの折り重なった死体のあるところが微かに動いたような気がした。俺は急いで近寄り、数体の死体を退かす。

 そこには腹部を撃ち抜かれた瀕死の少女が蹲っていた。
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