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⑧懐かしい人たち
しおりを挟むソフィアがアルノルドに来て、初めてのクリスマスと新年を迎えた。レイモンドでは12月31日の夜は城門を開け、音楽を夜通し鳴り響かせ、国民は総出で祝い、ばか騒ぎをするのだが、アルノルドではそんな風習はないらしい。今年一年の感謝と新年の喜びと祈りをささげるだけだ。
隣国なのに、あまりに違う新年の迎え方に驚きつつも、ソフィアは柔軟にアルノルドの国のしきたりに従った。
ユリアの送別のパーティー以来、セオドアとは微妙な距離が保たれている。ソフィアの中に以前程、卑屈な思いはない。
そんな中、いよいよユリアの旅立ちが決まった。レイモンドの侯爵家とアルノルドの伯爵家の結婚である。王族に準じた厳かで格式高い式になるのは必定だった。式にはアルノルド国の代表として、セオドアとソフィアも出席することになっている。
セオドアは相変らず、いや、今までにもまして、ソフィアに対して過保護だ。
今日など、ユリアの結婚式に出るためのドレスを受け取りに行くだけだというのに。
「今日は私の都合が悪い。ソフィー、明日ではだめですか?」
「明日は街中でお祭りとパレードがあります。馬車は立ち往生してしまいますわ、殿下」
「…そうか…」
顎に手を当て、セオドアはん~と唸る。
「今回は私の方から、警護隊長に予めお願いしておいたので、大丈夫です。殿下」
「わかった。気をつけて行っておいで」
ソフィアの腰を引き寄せて、ちゅっとセオドアは、ソフィアの首筋にキスをする。
「はい」
こういった小さなスキンシップは、以前より多くなっている。ソフィアは頬を染めながら頷いた。
「これはこれは王太子妃殿下。おっしゃってくだされば、いつでもお城までお届けに上がりましたのに」
服飾店の店長の男は、ソフィアの顔を見るなり、満面の笑みで近づいてきた。
「あら、やだ。私の外出の楽しみを奪わないで」
「そうでしたか。ご注文のドレス、美しく仕上がっております。お試になりますよね」
「ええ」
階を上がって、一番広い試着室に通された。
先日、オーダーしたドレスは色もサイズも、ソフィアにぴったりに作られている。ベルベットの生地で仕立てられたワインレッドのドレスは、艶やかで、ソフィアを大人っぽく見せてくれる。ちょっと寂しい胸元には、ふんだんにフリルをあしらい、ウエストはソフィアの細い腰が強調されるように、きゅっと絞って、バックには大きなリボンが装飾されている。
「とてもお似合いです、王太子妃殿下」
「ありがとう」
これなら殿下も気に入ってくださるかしら…。鏡の中の自分を見て、ソフィアはまだ十代の少女らしく胸を躍らせた。
ドレスを包んでもらい、馬車に積み、店を出る。
鈍色の雲が空を覆い、舗道の脇には、雪が寄せ集められている。山に囲まれたアルノルドの冬は厳しく長い。けれど、雲の隙間から漏れる日差しは、暖かで柔らかく、一歩ずつではあるが、春の訪れを感じさせる。
春が来れば、ユリアは…。せっかくこの地で出来た親友との別れは寂しい。けれど、式には自分とセオドアが出席することになっている。
祖国に一時でも戻れるのが嬉しいソフィアだった。
ユリアたちの結婚式は、ソフィアとセオドア達と同じ、国境の教会で行われた。きらびやかな純白のドレスに身を包んだユリアは、ソフィアも息を呑むほどに美しかった。
式の後は、豪華な披露パーティーも行われ、ソフィアはそこで懐かしい人たちに再会する。
「綺麗になったわね、ソフィア」
「アルノルドの暮らしにはもう慣れた?」
母や姉たちだ。
「お久しぶりです、お母さま。今宵はお招きいただき…」
「堅苦しい挨拶はいりませんよ。本当に立派になって…」
母は2年ぶりの娘との再会に感極まったのか、目頭を押さえている。
「やめてください、お母さま」
「…セオドア様とはどう?」
「はい。とても優しくて尊敬出来る人です」
「そう。幸せそうで良かったわ」
「はい」
母との対面の後、ソフィアはセオドアと共に、父に謁見した。
父親と言っても、この国の国王。そして、セオドアは隣国のまだ王太子であって、ソフィアの父レイノルズと対等の身分ではない。
分を弁え、自分に礼を尽くすセオドアの態度に、レイノルズは満足げに目を細めた。
「ユリア嬢と我が甥アーサーとの婚姻で、よりレイモンドとアルノルドの結びつきは固くなったな。そう思わないか? セオドア殿」
「はい、真に祝着と存じます」
「ところで」
とレイノルズは急に厳しい視線をソフィアの方に投げかける。
「嫁して二年――孫の報告を私は今か今かと待っているのだが、ソフィアとそなたの子はまだなのか?」
一瞬だけセオドアの表情が強張ったのを、隣にいたソフィアは見逃さなかった。
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