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第2話 淳弥
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しおりを挟む(夕希ちゃん…っ)
もつれそうになる足で駆け、震える指で110番通報をした。走りながら、夕希の無事を祈りながらする通報は、まったくもって要領を得ていない。それでも、GPSで場所を、淳弥の様子でただならぬ事態だというのだけは察してくれたのだろう。
出てくれた警察の人は「すぐに現場に向かいます」と力強く約束してくれた。
少しだけ安心して、淳弥自身も急ぐ。坂道に夕希の自転車が投げ出されていた。その脇の図書館の敷地に淳弥は躊躇いなく入っていった。
「夕希ちゃん夕希ちゃん夕希ちゃん…っ」
祈るような思いで、彼女の名を呼ぶ。本館裏手の駐輪場の近くの外灯の下、人の影が僅かに映る。建物の壁からこっそりと窺うと、夕希は口にガムテープを貼られ、後ろ手に縛られてるところだった。
(あの野郎、夕希ちゃんに何を…)
かぁっと頭に血が昇り、何も考えずに、彼の前に飛び出していった。腰にタックルして、向こうが驚いたところで、馬乗りになって、顔を何発も殴りつけた。襟元を掴んで、引きつけては彼の後頭部を地面に叩きつけると、男は脳震盪でも起こしたのか、動かなくなった。
夕希は大きく瞳を瞠って、そんな淳弥の姿を捉えている。男が動かなくなってから、夕希の方に近づいて、ガムテを外して、夕希の拘束を解いてやる。
「じゅ、んさん…どうして…っ」
恐怖と驚きに揺れる瞳。久しぶりに会えた喜びと、無事で良かったという思いと、怖い目に遭わせてしまった申し訳なさ。いろんな思いが、淳弥の胸に去来し、彼自身もうまく言葉を紡げない。
声よりもまず、手が出てしまった。夕希の震える身体を抱きしめる。
「…よかった…、夕希ちゃん…ごめん、ごめんな」
淳弥に暖められたことで、凍結していた思いが解け出したかのように、夕希の瞳から涙が頬を伝っていく。
「淳さん…」
恐る恐ると言った感じで、夕希は淳弥の背中に手を回す。けれど、次の瞬間、淳弥が背中に感じたものは、夕希の小さく暖かな手のひらではなく、冷たい鋭い刃だった。
「淳さんっ!!!」
夕希の断末魔のような悲鳴が、淳弥に漸く、自分の身に起きたことを知らせる。
呼吸さえも止まったかに思える衝撃のあとで、生ぬるい夥しい血液が体内から流れ出る。
(俺、死ぬのかな…)
夕希ちゃん庇って死ぬんだったら、それも悪く無いかも。少しくらいは罪ほろぼしになるだろうか…。
そんなことを思いながら、淳弥は夕希の肩に倒れこむ。一緒に倒れ込みそうになりながらも、夕希は淳弥の身体をひしと抱きしめたまま、放そうとしなかった。
「淳さん淳さんっ。やだあ、こんなの…っ」
夕希の叫びと一緒にパトカーのサイレンが響き、静かなはずのこの街の夜は、朝まで騒々しくなった。
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