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第2話 淳弥
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しおりを挟む森崎。森崎佳苗は、淳弥に出来た最初の後輩だった。大学卒業したての女の子で、ちょっと抜けてて、上司の伊藤や、もっと上の部長に怒られることも多くって、淳弥はその慰め役だった。
何かと言うと「私、向いてないんです、やめようと思ってます」と間違った方向に責任を取ろうとする香苗を、連れだして話を聞く。大体はランチの時が多かったのだが、そのうち就業後も伊藤と峰が飲む際に連れて行ったりもした。
当時、まだ結衣は生まれたばかりで、麻衣香はそっちにかかりきりだ…と思ってた。だから、少し羽目を外し過ぎてしまったのもあると思う。
頻度としては、月に一度か二度、本当にたまに。香苗とふたりきりで飲むこともあった。それは香苗だけを誘ったわけではなく、伊藤が不在だったと都合悪いとか、そういった理由によって、いつも3人だってのが、今夜はふたり。淳弥にしては、それくらいの感覚。
ある夜も、やはり淳弥と香苗は行きつけのお好み焼き屋で飲んでいた。8割サラリーマンで、店の前には赤ちょうちんがぶらさがって、席もカウンターしかないような、小さな場末の食堂。
「先輩、先輩はこの仕事、一生続けていきます?」
チューハイを煽りながら、佳苗が聞く。目がすわりかけてて、ろれつも危うい。あ、飲ませ過ぎたな…と、淳弥は後悔する。さりげなく、淳弥はジョッキを遠ざけた。
「あたしは~っ、結婚したら家庭に入りたいんですよねえ」
それは佳苗を見ていれば、自ずと察せられた。愛想はいいが、他力本願で、自分で何かをしようという意思は弱い。
(麻衣香とは正反対だもんな…)
淳弥の妻、麻衣香は産前8ヶ月まで働いていた。産休中の今も、妻の指示や助言をもとめて、電話やメールが来ているくらいだ。麻衣香も、人に頼られたりするのは好きだから、大いに親身になって相談に乗っている。
そんな妻に羨望を覚えると同時に、夫としてのやりきれなさも感じてしまう。
(この娘くらいが、俺にはちょうど良かったのかも…)
真っ赤な顔で、とろんとした瞳で淳弥を見つめる佳苗。触れなば落ちん。淳弥が誘えば、きっとホテルくらいはついてきそうな風情だ。
(…なんてね)
そんな話は小説やドラマの中だけだ。あわよくば…の浅ましい妄想を、淳弥は笑って、伝票を持って席を立つ。
――俺には、麻衣香も結衣もいる。
愛すべき存在、守りたい家庭。淳弥は壊す気なんて何処にもなかった。
結衣の首が座り、あやすと笑うようになり、娘の目覚ましい成長を目の当たりにする日々。
「結衣はきっとママに似て、美人になるぞー」
高い高いをしてやると、きゃっきゃ笑う娘に、淳弥はそう話し掛ける。
麻衣香は淳弥が結衣をあやしてる間、パソコンを見ていた。マウスだけを動かして、じいっと画面を食い入る様に見てるから、恐らく通販でもしてるのだろう。
「夏休みはみんなで出かけたいな、ね、ママ」
ママ、と麻衣香を呼ぶと、麻衣香は顔を顰めた。
「やめてよ、淳くん。ママなんて言わないで。私は、淳くんのママじゃないんだから」
ね~、結衣。と、麻衣香は何もわからないあかちゃんに同意を求めて、淳弥の手から、我が子を抱き取った。
「もう、いいのか? パソコン」
「うん」
「じゃあ、使っていいか?」
「いいよ。スリープのままだから」
赤ちゃん お出かけ 広島 で、検索を掛けると、まだ歩けないあかちゃんんでも、楽しめそうな施設が沢山出てきた。
何処がいいかな。淳弥は無造作に上から順にクリックしていく。娘との休日の過ごし方に思いを馳せる淳弥には、その前に麻衣香がこのパソコンで何をしていたかなんて、想像さえしなかった――
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