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一部一章

実行 3

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 思ったよりも随分長居していたようで調と翠の会話が終わり店を出る頃には八つ時、世間一般に通用するよう言い換えればおやつの時間になっていた。

「あー美味しかったー。今度から自分へのご褒美ここにしよっかな」

 少し寂しくなった財布を鞄の奥にしまい、正午に来た時よりもずっと賑わいを見せる街路を逸れないよう気を付けながら進む。

「ほたるん、あれ何?」
「へ? ……ああ、広場のこと?」
「そうそう」

 ストリートで芸術をやる人たち、主に音響芸術の人たちの練習場であり人々の交流の場である広場は休日だからか以前よりも人口密度が高く思える。

「練習場みたいなものだよ。ここは実力とか関係なしに練習だから、本当に自由みたい。一応、遊び場でもあるのかな?」
「ふーん……あ、そうだ」

 何を思い付いたのだろう、嫌な予感しかしないが広場の使われていないスペースまで着いて行き詳細を尋ねる。すると不敵な笑みを浮かべた翠が眼鏡含めた荷物を近くのベンチに置き、実に楽しそうな声で返す。

「追いかけっこ」

 『は?』という言葉すら出ずに固まる。その内に翠は私の肩掛けの鞄も定位置からベンチに移す。生憎今日は膝上のスカートで少し走りにくさはあるが断る理由がない。しかも遅刻した際に全力ダッシュで来たのを彼女もしっかり見ているため断れるはずがない。

「いつも通り、負けたら勝った方の言うこと聞く。鬼ごっこ形式で追う側と追われる側、五分ごとに一分の休憩を挟んで交代。合計で三十分経ったら十分休憩、今日はもう他に予定ないから……夕方まで。タッチした回数が多い方が勝ちね」

 いつも通りのルールに頷く。そう、いつも通り。私と翠は本来あまりアクティブでないが、訳ありな私の都合に彼女が付き合ってくれているのだ。やり始めて二ヶ月ほどになるが、初めはすぐ倒れていた彼女の成長スピードは目覚ましく、今では私と同じスピードで私とほぼ同じ時間走れるようになっていた。

「十、九、八、七……」

 自販機で買った水をベンチに放り、一定の距離を保ちカウントダウンをする。ジャンケンで追う追われるを決めるが、今回は私が負けたので私が追う側になる。

「三、二、一……よし」

 広場の空いているスペースは中々に広く、練習場よりも遊び場の印象が強い部分なので気兼ねなく走れる。

 数回タッチした後、交代し逃げる、そしてまた交代、交代、休憩を挟みまた開始。交代、交代、交代、交代、休憩――気が付けば空は橙に染まっていた。

「ぜぇ、はぁ……ふふふ、私の勝ち!」
「はぁ……」

 結果は僅差で負け、毎度微妙な差で勝ち負けの決まる勝負なので悔しさが桁違いだ。

「さーて、なに命令してやろうかな」
「……人道的なもので頼むよ?」
「臓器売ってやろうかな。自分が倫理を胎に忘れてきたヤツみたいにさぁ」

 悪役顔負けの物騒な含み笑いをしている方に問題があるのではないか。そう指摘したいが今この場の主導権を握っているのは問答無用で私を従えさせる命令権を所持している翠、そのため仕方なく無言で命令が下されるのを待つ。
 街路や広場は変わらず騒がしい。その喧騒は勢いを増している気がするが、煩わしさはなく不思議と落ち着きを感じる。

「よし、決めた」
「なに?」

 ふざけた表情に合わない、やけに真っ直ぐな目がこちらを射抜いた。何故だろうか、数時間前以上に嫌な予感がする。


「――歌ってよ、ここで」

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