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一部一章
出逢い 2
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信じられない思いとそのCDに縁ある記憶を懐かしむ気持ちが自分をレコード店の中へと導いていた。冒頭の女性のことなどすっかり頭から抜けていて、それ以上の衝撃に足早にそのCDの前に着いて、ゆっくり息を吐きながら私はそれに指をかけていた。
「……ほんものだ」
中古のコーナー、この店は盗難防止システムなど存在しないようで繊細なものを扱う心持ちでCDを開けるとかつて何度も視聴して手垢まみれにしたものと同じ円盤が中に鎮座していた。
円盤からCDが収まっていた空白へと視線を向ける。どうやら今手にある一点しかないようで、空白の両隣どちらともあまり聞いたことのない年代のバンドのものだ。当時CDはあまり売られていなかったし、バンド自体の知名度もそこそこだったので仕方ないのかもしれない。
さて、あまりもの懐かしさから手に取ってしまったがこれをどうしたものか。まだ十歳にも満たない頃幾度もリピート視聴した円盤の方は兄の所有物で、確か兄が二十歳の頃に捨ててしまったはず。あの時は兄と私で喧嘩……というよりも、私が一方的に怒って文句を言い『お兄ちゃんなんてだいっきらい!』の攻撃で兄を瀕死にしてしまい、最終的にあまりにも弱々しい兄の姿に勢いを失った私を姉が宥めて収束していた。
「これお願いします」
そんな訳でもう既に家には存在しないCD、私の大好きなバンドで大好きな曲で、なによりも憧れであり。買う以外の選択肢はCDを見つけた時点でなかった。
「550円だよ」
「ええっと……はい」
「はい、ちょうど。毎度あり」
綺麗に袋に入れて渡してくれた老齢のレジの男性に一言礼を言ってから店を出た。外に出て改めて、CDを袋から出して眺める。
「……やっぱり、好きだなぁ」
小さい頃の思いなんてとうになくなってしまったと思っていたが、存外しぶとく残っていたようで自然と緩む表情筋をそのままにパッケージを指先でそっとなぞる。
「はぁ……」
「あのー、そこのお嬢さん」
「ふふ」
「おーい? そこでCD眺めてうっとり表情の可愛い子さーん? ……おーい!」
「へぇ!?」
肩に軽い衝撃が走り、感傷から急に現実へと引き戻される。衝撃の方に顔を向けると、そこには先程後を追っていた例の女性が人好きのする笑みを浮かべて立っていた。
「さっきの……!」
「ありゃ、やっぱり聞こえてた? まあそれは一旦置いといて、お嬢さん……ええと、差し支えなければ名前聞いてもいいかな? わたしは調」
女性、もとい調は右手をこちらに向けてきた。握手の意だろう。出会って早々握手なんてビジネスと幼児以外ないと思っていたが、見るからに社交性が高く人懐こそうな彼女がやると違和感はなく自然と私の手はそれに応えていた。
「明光蛍流って言います」
「明光……?」
名字を耳にしてその顔の色を少し変える調に納得と何とも言い難い微妙な感情を抱きつつ口を開く。
「全く似てないと思いますけど……一応、俳優の明光廉の妹で」
「あ、あぁ~! あの俳優のね! いやぁ、どっかで聞いたことあるなぁって思ったけどそれかぁ。……うん、よく見ると似てるかも。目元の感じとかソックリ!」
優しそうな印象でいい、と初めて似てると言われ驚きのような感覚を持ちつつ微妙な空気感を切り替える明るい声に調の顔を見る。
「そうだ、それよりも! 蛍流ちゃん、さっき〈シュトレン〉っていうバンドのCD買わなかった?」
シュトレンは今片手に提げている袋にいるCDのバンドの名前だ。
「知ってるんですか!? あ、もしかして調さんもこのCD目当てで……?」
「ああいや、そう言う訳じゃなくて。CDはもう持ってるし、てか」
「ということはシュトレンのファン? まさかこんな所でシュトレンを知ってる人に出会えるなんて……!」
「えーっと……ウン、そうだね」
「やっぱり! シュトレンって凄いですよね。作曲、作詞、演奏、全てがとっても繊細でそれでいて隅まで行き渡った丁寧さが最高で……」
「で、でもシュトレンってボーカルの子が才能無かったってよく聞くよね」
「あの歌声を前にして才能なんて関係ありません! 感情の乗った弾けるような、鳥のような自由なそれでいて音程は決して外さないしリズムも正確なボーカルは裏での尋常じゃないほどの努力で成り立つんです! 他二人も同じです。ベースの方は明確な一線を引いた後ろにいるんですけどだからこそ引き立つ音の深さや厚みが綺麗で……ギターの方はCD収録の際ドラムもやっていて、時々挟む遊び心のような複雑なドラムビートがなんとも言えないくらい曲にハマっていて、本命のギターなんて音の響きとか震えまで考えて弾く時の強弱を調整していて細かい所までこだわりがいっぱいでいっぱいで、やっぱりそういった点を一つ一つ努力して成してるんだなぁって何様って感じなんですけど、」
捲し立てるような勢いのまま熱を流していくと次第に頭が冷えてくる。ふと調の顔を見ると唖然といった感じで、緩やかな冷却が一気に加速される。
「あ……ご、ごめんなさい。その、シュトレンの話題になるとテンションがおかしくなっちゃうの悪い癖で……」
「う、ううん……こちらこそ…………ふふっ」
「え」
「ふっ、ぁは、は……あははは! ご、ごめっふふ、」
突然早口で好きなバンドを語り出した自分が言うのもおかしいのだが、いきなり声を上げて笑い出した調に今度はこちらが唖然とする番だった。一体どこが彼女のツボにハマったのか、目尻を滲ませるほど語りの最中に面白いギャグを挟んだつもりなどないのだが私の知らない所でダジャレでも出来上がっていたのか。
「え、えっ……え!?」
「あははは! ははっ……はあ、……ふふっ。ご、ごめんね。突然」
「い、いえ、こちらこそ……?」
「うん、見るからに混乱してるね。まず先に訂正……いや、先にあっちを……うーん」
(一人で悩み出しちゃった)
結局何が彼女の笑いの琴線に触れたのか分からずじまいだ。至って真面目……とは熱意のこもりすぎたアレからは言い難いが、他人からすれば大して面白い内容とは思えない。
「ねえ、蛍流ちゃん。この後ヒマだったりする?」
「え? え~っと…………まあ、暇といえばそうですね」
この後することなど特になく、雨に濡れないよう夕方までに帰るということは決めているが現在時刻はまだ十四時を少し過ぎた辺りで余裕がある。六限目が小テストだけで早々に終わったおかげだ。
「それなら良かった! ――蛍流ちゃん、ちょっとお姉さんとお茶しない?」
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