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一部一章
出逢い 1
しおりを挟む『ごめん』
『ウザいジジイに捕まった』
『多分夜まで拘束される』
『マジでごめん』
「あららー……これはまた」
なんと言うべきか、一先ず『ご愁傷様』と『カフェはまた今度にしよう』を返してからおまけに今週末の休日に対して遊びの誘いを送りスマホのカバーを閉じた。
一見事件性の高いものに見えてしまうが彼女の指す『ジジイ』というのは祖父や叔父のことで見知らぬ老人に誘拐された訳ではなく、時折彼女が愚痴をこぼす〈家のしがらみ〉というものだろう。そういった件に関して私ができることなど無いので大人しくしておくのが吉ということ。明日は彼女の愚痴に耳を傾け首を縦に振る動作こそ簡単だが精神が随分とすり減る業務が入りそうだ。
「じゃ、そのまま帰るかぁ」
カフェの予定が無くなってしまい、何だか物足りなさに近いものを感じるがスイーツを楽しみにしていた中で親戚に捕まり数時間面倒な話を聞かされる友人の事を思うと一瞬で霞んで見える。新作スイーツへの執念は彼女の方が圧倒的に強いだろう。恐らく明日明後日に親戚を藁人形で呪っている位には。
しかしそれでも、予定を控えているつもりで整えた気持ちは簡単に消えず。コンビニ程度では発散できない何かが確かに自分の中に溜まっていて、駅へと向かう足取りは側から見てカメに負けず劣らずだろう。
「はぁ……」
「はああああ!?」
不意にこぼれたため息をかき消す、突然の大声に足が止まる。道路わきで休んでいた鳩が驚き飛んでいく程の声になると流石に声の主が気になり、辺りを見渡すとスマホを耳に当て何か話す女性の姿が目に映った。彼女があの音の発生源だろう。
「は、……はあ!?」
二度目の『はあ!?』は驚きよりも問いただし、話の一からの説明を求めるようなもの。少し遠目に見る女性の顔を言葉で表現しようとすれば『信じられない』の一言に尽きる。
「ちょっと待ってよ、それじゃあ代わりはどうするの? 急に用意できるわけないし……てか、なんで勝手に! あんたが! 許可してくれちゃってんの!? 責任者わたしなんですけど!?」
盗み聞きのようで後ろめたさを感じるが、それよりも女性のことがやけに気になり無意識に耳を傾けてしまう。彼女の言葉を聞く限り、部下ないしは何かしらの関係者が彼女に連絡をせず何かを勝手に許可してしまったようだ。
「あ、ちょっとまだ話は終わってな、――ああもうサイアク……」
一方的に電話を切られた女性の顔は悲壮極まりない。世界、まではいかなくとも人生の終わり間際くらいの臨場感が満載で今見ているのが一枚の板越しで彼女が役者であれば私は拍手と賞賛の言葉を贈っていた。まあ、彼女には残酷なことに現実なのだが。
「終わった……わたし、かんっっぜんに終わった……」
(さ、流石に心配になってきた……でも知らない人が突然話しかけるっておかしいし……)
女性はふらふらとおぼつかない足取りで人通りの少ない歩道を進んで行った。何だか訳の分からない不安に駆られて少し距離を置いて私は彼女の後を追うことにした。
ストーカー紛いな行動を咎めるように心臓は鳴るが、彼女の進んでいった方向は丁度駅の近道なのだ。近道して帰るだけだと自分に言い聞かせて彼女の小さな背中を盗み見る。
(……あれ?)
女性は少し古びた、外見から見るに書店のような店にふらりと吸い込まれるように入っていった。気になって駆け寄って見ると店の正体はレコード店のようだった。内装はきちんとしていて、棚に整列したCDやDVDを見るのは気分がいい。
「――あ」
外から棚を眺めていくと、棚上に飾られたポップに一瞬で視線を持っていかれる。ポップに貼り付けられたCD表紙、裏表紙の写真にそのCDに刻まれたバンド名にまさかと瞬きをしてみるが見える景色は変わらず。ただその一つだけが色鮮やかに見えた。
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