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三八式歩兵銃

なぜそこまであなたは戦うのか?

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 背後に人の気配を感じた少尉は咄嗟に振り向いて小銃を構えた。

「なんだ?まだ居たのか? あれほど奥に逃げろと言ったのに」
少尉は呆れ気味にキューピッドに声を掛けた。

「少尉。あなたは何故そこまでして戦うのですか?」
キューピッドの瞳が悲しさと憐みの色に染まっていた。

「それが任務だからな」
その目をまっすぐに見つめて少尉が答えた。

「あなたには国で待つ人がいる」

「そんな話を貴様にしたか? してないだろう? 」
少尉は怪訝な顔でキューピッドを見た。

「僕には聞かなくても分かる」

「ふむ。妙な事をいう奴だな……」
少尉はそう言いながらも軽く笑っていた。この戦場で、この男が持つ雰囲気が常人とはどこか違うと感じていた少尉は、そう言われても頭から否定する気持ちになれなかった。

「確かに、ここに来る前に祝言も挙げた。うちの家で男は俺だけだったからな……だが出征前にちゃんと別れの挨拶は済ませた」

「あなたは無事に帰って息子に会いたくないのか?」
キューピッドは責め立てるような口調で聞いた。

「俺に息子なんているわけ……なに? まさか?! 俺に息子ができたって言うのか?」
驚きの表情で少尉はキューピッドを見た。

「ああ、少尉さんあんたの息子だ。間違いない。生まれている」

「それは本当か?」
 少尉は不思議な気持ちになりながら驚いていた。
彼はなぜこんなことを知っているのだと……全てを信じられるわけはないが逆に全てを疑う気持ちにもなれなかった。そう思わせる何かが彼の言葉に存在した。

「ああ。本当だ。僕は嘘は言わない」

「そうかぁ……俺に息子かぁ……」

「そうだ。妻は……あいつは無事か?」
少尉は自分の妻の様子をキューピッドに聞いた。

「ああ、少尉の奥さん……クミ子さんは元気だ。母子ともに健康だ」

「なんで俺の妻の名前を知っている?」

「だから僕はそれが分かるって言ったでしょう」

「じゃあ、息子の名前も分かるか……」
少尉は懇願するような眼をしてキューピッドに聞いた。

「ああ、分かる。少尉の名前から一文字取ってかずひとだ」

「字は分かるか?」

キューピッドは木の枝で地面に『一員』と書いた。

「俺の真一から採ったのかぁ……。それにしても一員とは……たぬき寺のクソ坊主に金を積んで書いて貰たんだろうな」
と言って笑った。彼の脳裏には故郷の情景が鮮やかに浮かんでいた。

「多分そうでしょう」
キューピッドもつられたように笑った。


「そうかぁ……一員……俺たちの息子かぁ……」
 そう言う少尉の顔はほころんだ。ここが戦場であるという事を忘れたかのように。その表情はキューピッドがここに来てから今まで一度も見せた事がない表情だった。
それはまさに父親の顔だった。少尉は暫く星を見上げて何かをこらえているようだった。しかし、頭を下げると元の兵士の顔に戻った。

「何故、貴様にそんな事が分かるのか……それを詮索するのは止めよう。だが、良い事を教えてくれた。何故だか分からんが、貴様の言葉に嘘偽りを感じない。信じよう。これで心置きなく戦える。礼を言う」

 その答えを聞いてキューピッドは遠い遠い古代ギリシアのエペイロスの王ピュロスを思い出していた。
ピュロスは当時新興都市国家だったローマと戦った王だ。都市国家タラスに傭兵軍団として味方しローマと戦い、これを連戦連勝で撃破したがギリシアから遠征してきたピュロスの軍勢は補充もなく戦うごとに数を減らしていった。このことから、割りに合わない勝利のことを『ピュロスの勝利』と呼ぶ故事が生まれた。

 まさに今ここで戦っている日本軍が文字通りの消耗戦で疲弊していた。ただ、割に合わないという点でいうのであれば、この島の日本軍との戦闘で勝利したアメリカ軍もまさにその通りだった。この島攻略のメリットがその莫大な損失に見合うものだったのか? と言う議論が戦後も長い間続いた事実を見れば一目瞭然だった。 

「彼(か)の者も心正しき人であったな」
 キューピッドはそう呟くと少尉の顔をじっと見つめた。
そしておもむろに視線をそらすと頭を下げてから、少尉に背を向けてジャングルの中に向かって歩き出した。

 その時、キューピッドは背中で銃声を聞いた。
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