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~残された時間・I never lay down under my distiny~
ペルセポネーの決断
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ほんの少しの間霧の中にいたかと思うとそれは直ぐに晴れて、いつの間にか三人は宮殿の前にいた。
冥府のエーリスの宮殿だ。既に冥府の入り口は越えたようだ。
宮殿の入り口にケルベロスが座っていた。
キューピッドは近づくといつもやる様に三つの頭を各々撫でてからお菓子を与えた。
三人は宮殿の中に入るとサリエルを先頭に広間の赤い絨毯を歩いて行った。倫太郎はこの宮殿のとてつもない規模に驚きながらきょろきょろと落ち着きなく周りを見ながら歩いていた。
玉座の前に着くと既にハーデースが座っていたが、その横に妃のペルセポネーも立っていた。
サリエルが恭しく頭を下げると倫太郎の手を引いて玉座の前に近寄らせた。
「汝が高木倫太郎か?」
「はい」
倫太郎は、はっきりとした声で答えた。
「彼は羽鳥夕子の身代わりとなって冥府に参りました」
とサリエルが倫太郎の後ろに控えてから告げた。
「ふむ。身代わりとな?……モイライの運命の三姉妹と何か約束でもしたか?」
ハーデースが玉座に深く座ったまま視線だけをキューピッドに向けた。
「はい。先にこのキューピッドがその運命を司る三姉妹より『自ら身代わりを望んだ者がいた場合、その身代わりを認める』と言う約束を交わしておりました」
ハーデースの問いに答えたのはサリエルだった。キューピッドはそれを黙って聞いていた。倫太郎は不思議な想いにとらわれていた。「何故キューピッドがそんな約束をしていたんだろう」と。しかしそのおかげで彼は夕子の身代わりになれたと思うと、その理由は分からないが心の中でキューピッドに感謝していた。
「ふむ。で、その羽鳥夕子はどうなったのじゃ?」
「はい。先程まで危篤状態でしたが、今は意識も戻りこれから健康を取り戻す事でしょう」
倫太郎が病室で意識を失ってから、程なく夕子は意識を取り戻した。どうやら倫太郎の覚悟をモイライの三姉妹は認めたようだ。
「そうか。なら良い」
とハーデースはゆっくりと頷いた。
「え? 夕子の意識は戻ったんですか?」
倫太郎は振り向いてサリエルに聞いた。
サリエルは黙って頷いた。
キューピッドは倫太郎に向かって
「僕が三姉妹と交わした約束は守られた。本当に君はそれで良いのか?」
と聞いた。
「はい。何の問題もありません。でも、本当に良かった……」
そう呟くと倫太郎は安堵したようにため息をついた。
その時、玉座の横で黙ってこの様子を見ていたペルセポネーが口を開いた。
「サリエルよ。何故この男をここに連れて来た?」
「は?」
サリエルはペルセポネーの唐突な質問の意味が呑み込めないように聞き返した。
「この男にはまだ運命の糸が残っているではありませんか? 違いますか?」
「仰せの通りです」
サリエルが答えた。
それを聞いて
「うむ。そうじゃな。確かにまだ運命の糸は沢山残っているようじゃな」
とハーデースが答えた。
「そんな者を冥府で受け付ける訳にはいきません! 主上はこんなものを冥府に招き入れるおつもりですか?」
ペルセポネーはハーデースを咎めるように言った。
「うむ。じゃが運命の女神の采配じゃからのぉ」
とハーデースは肘掛に片肘をついて気怠そうに答えた。
「それがどうしたというのです。私はその者を冥府に迎え入れる事は許しません」
ペルセポネーはきっぱりと言い切った。
キューピッドとサリエルはその様子を黙って見ていた。
倫太郎は何も考えていなかった。
「ふむ。じゃあどうするというのじゃ」
「高木倫太郎とやら」
ペルセポネーは倫太郎に声を掛けた。
「はい」
驚きながらも倫太郎は答えた。
ペルセポネーは
「汝のようにまだ運命の糸が尽きぬ者をここに迎い入れる事は出来ません。故に即刻ここから出て行きなさい」
と玉座から倫太郎を見下ろして言った。
「じゃあ、どこへ行けば……」
その時サリエルが口を挟んだ。
「それでは、この男を元の世界に戻すしかありませんが……」
「それしか方法が無いのであればそうしなさい」
ペルセポネーはそういうと踵を返して奥へと消えて行った。
ハーデースはそれを見届けると玉座から立ち上がり
「そういう事じゃ。後はお主たちに任せたぞ」
と言って同じように奥へと消えて行った。
三人は宮殿の広間に取り残された。
「あの?僕はこれからどうすれば良いんでしょうか?……」
倫太郎は途方に暮れたように二人に顔を交互に見た。
「さあ……冥府の主に門前払いくらわされたらなぁ……君のいた世界に戻るしかないんじゃないの」
とキューピッドが言った。
「本当に戻れるんですか?」
驚いたように倫太郎は声を上げた。
「ま、そういう事になりますかねぇ」
とサリエルが言った。
「ああ。そういう事だ。また夕子に会えるよ」
キューピッドは笑みを浮かべて倫太郎の顔を見た。
倫太郎は声を出そうとしたが出なかった。もう覚悟を決めていたのに、思ってもいなかった展開に思考がついてきていなかった。ただ、もしかしたら生きて彼女に会えそうだという事だけは何とか理解できていた。
「それともこの世界に残ってみますかぁ」
とサリエルが倫太郎に聞いた。
倫太郎は大きく首を振ると
「いえ。自分の世界に帰ります」
と言った。
「分かった。じゃあ行こうか」
そう言うとキューピッドは倫太郎の肩を軽く手を置いた。
冥府のエーリスの宮殿だ。既に冥府の入り口は越えたようだ。
宮殿の入り口にケルベロスが座っていた。
キューピッドは近づくといつもやる様に三つの頭を各々撫でてからお菓子を与えた。
三人は宮殿の中に入るとサリエルを先頭に広間の赤い絨毯を歩いて行った。倫太郎はこの宮殿のとてつもない規模に驚きながらきょろきょろと落ち着きなく周りを見ながら歩いていた。
玉座の前に着くと既にハーデースが座っていたが、その横に妃のペルセポネーも立っていた。
サリエルが恭しく頭を下げると倫太郎の手を引いて玉座の前に近寄らせた。
「汝が高木倫太郎か?」
「はい」
倫太郎は、はっきりとした声で答えた。
「彼は羽鳥夕子の身代わりとなって冥府に参りました」
とサリエルが倫太郎の後ろに控えてから告げた。
「ふむ。身代わりとな?……モイライの運命の三姉妹と何か約束でもしたか?」
ハーデースが玉座に深く座ったまま視線だけをキューピッドに向けた。
「はい。先にこのキューピッドがその運命を司る三姉妹より『自ら身代わりを望んだ者がいた場合、その身代わりを認める』と言う約束を交わしておりました」
ハーデースの問いに答えたのはサリエルだった。キューピッドはそれを黙って聞いていた。倫太郎は不思議な想いにとらわれていた。「何故キューピッドがそんな約束をしていたんだろう」と。しかしそのおかげで彼は夕子の身代わりになれたと思うと、その理由は分からないが心の中でキューピッドに感謝していた。
「ふむ。で、その羽鳥夕子はどうなったのじゃ?」
「はい。先程まで危篤状態でしたが、今は意識も戻りこれから健康を取り戻す事でしょう」
倫太郎が病室で意識を失ってから、程なく夕子は意識を取り戻した。どうやら倫太郎の覚悟をモイライの三姉妹は認めたようだ。
「そうか。なら良い」
とハーデースはゆっくりと頷いた。
「え? 夕子の意識は戻ったんですか?」
倫太郎は振り向いてサリエルに聞いた。
サリエルは黙って頷いた。
キューピッドは倫太郎に向かって
「僕が三姉妹と交わした約束は守られた。本当に君はそれで良いのか?」
と聞いた。
「はい。何の問題もありません。でも、本当に良かった……」
そう呟くと倫太郎は安堵したようにため息をついた。
その時、玉座の横で黙ってこの様子を見ていたペルセポネーが口を開いた。
「サリエルよ。何故この男をここに連れて来た?」
「は?」
サリエルはペルセポネーの唐突な質問の意味が呑み込めないように聞き返した。
「この男にはまだ運命の糸が残っているではありませんか? 違いますか?」
「仰せの通りです」
サリエルが答えた。
それを聞いて
「うむ。そうじゃな。確かにまだ運命の糸は沢山残っているようじゃな」
とハーデースが答えた。
「そんな者を冥府で受け付ける訳にはいきません! 主上はこんなものを冥府に招き入れるおつもりですか?」
ペルセポネーはハーデースを咎めるように言った。
「うむ。じゃが運命の女神の采配じゃからのぉ」
とハーデースは肘掛に片肘をついて気怠そうに答えた。
「それがどうしたというのです。私はその者を冥府に迎え入れる事は許しません」
ペルセポネーはきっぱりと言い切った。
キューピッドとサリエルはその様子を黙って見ていた。
倫太郎は何も考えていなかった。
「ふむ。じゃあどうするというのじゃ」
「高木倫太郎とやら」
ペルセポネーは倫太郎に声を掛けた。
「はい」
驚きながらも倫太郎は答えた。
ペルセポネーは
「汝のようにまだ運命の糸が尽きぬ者をここに迎い入れる事は出来ません。故に即刻ここから出て行きなさい」
と玉座から倫太郎を見下ろして言った。
「じゃあ、どこへ行けば……」
その時サリエルが口を挟んだ。
「それでは、この男を元の世界に戻すしかありませんが……」
「それしか方法が無いのであればそうしなさい」
ペルセポネーはそういうと踵を返して奥へと消えて行った。
ハーデースはそれを見届けると玉座から立ち上がり
「そういう事じゃ。後はお主たちに任せたぞ」
と言って同じように奥へと消えて行った。
三人は宮殿の広間に取り残された。
「あの?僕はこれからどうすれば良いんでしょうか?……」
倫太郎は途方に暮れたように二人に顔を交互に見た。
「さあ……冥府の主に門前払いくらわされたらなぁ……君のいた世界に戻るしかないんじゃないの」
とキューピッドが言った。
「本当に戻れるんですか?」
驚いたように倫太郎は声を上げた。
「ま、そういう事になりますかねぇ」
とサリエルが言った。
「ああ。そういう事だ。また夕子に会えるよ」
キューピッドは笑みを浮かべて倫太郎の顔を見た。
倫太郎は声を出そうとしたが出なかった。もう覚悟を決めていたのに、思ってもいなかった展開に思考がついてきていなかった。ただ、もしかしたら生きて彼女に会えそうだという事だけは何とか理解できていた。
「それともこの世界に残ってみますかぁ」
とサリエルが倫太郎に聞いた。
倫太郎は大きく首を振ると
「いえ。自分の世界に帰ります」
と言った。
「分かった。じゃあ行こうか」
そう言うとキューピッドは倫太郎の肩を軽く手を置いた。
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