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弦楽のためのアダージョ
部活にて その4
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「そんなん可能なん? とりあえず弦楽器に触れさせてあげる程度やなかったん?」
いくら授業で習っているからと言って、流石に初心者をオーケストラにすぐに参加させるとは想像もしていなかった。
「可能かどうかは私には分からへんけど、『やる限りはみんなで合奏できるレベルまでは持っていく』って言うてはったで」
と当たり前のように瑞穂は答えた。
「誰が?」
「ダニー先生が」
「嘘?!」
僕と大二郎は声を合わせて応えてしまった。
「ホンマ。弦楽器だけでやる曲もあるやん」
と瑞穂は教えてくれた。
「それはあるけど……ホンマにぃ?」
と大二郎が聞き返した。
「ホンマ。ダニー先生が楽譜は用意してくれてる」
「取り敢えず、何やらすん?」
「あんたらホンマに冴子の話をなんも聞いてないんやな。この前言うとったやろ?」
と呆れたような表情で瑞穂は僕と大二郎の前に楽譜を突き出した。
それは『エーデルワイス』の二重奏の楽譜だった。
「これを夏休みまでに一年生は二重奏で演奏できるようになるのがダニー先生からの課題」
と瑞穂は言った。
「知らんで」
と僕と大二郎は同時に首を激しく横に振った。
どうやらパートリーダ会議で冴子がそういう話をしたらしいのだが、それをリーダーでもなんでもない僕と大二郎は聞いていなかった。本来なら会議の後にリーダーからフィードバックがあるのだが、それを僕たちは聞いていなかった。
「冴子が伝えたはずなんやけど……」
眉間に皺を寄せて瑞穂が低い声で言った。
「聞いてへんなぁ……お前聞いたかぁ?」
と僕は大二郎に同意を求めるように聞いた。
「いや、知らん。聞いてへん」
と大二郎も首を振った。
「まあ、亮ちゃんは例のコンサートがあったから仕方ないとしても、大ちゃんは聞いてない事ないやろ?」
「いや、聞いてへん」
と大二郎はかたくなに言い張った。
「ふ~ん。なんやったら冴子を呼ぼかぁ?」
と瑞穂は完全に大二郎を見下したような表情で言った。
「いえ、結構です。僕たちが聞いていませんでした」
と大二郎とつられて僕も間髪入れずに首を激しく縦に振って応えた。
ここで冴子を呼ばれたら大二郎がどんな詰(なじ)られ方をするか考えるまでもなかったし、その余波は僕にまで及ぶことは想像に難くない。
「それにしても夏休みまでに二重奏かぁ……」
僕は楽譜に目を落としながらつぶやいた。
「うん。『ボウイングとスケールの練習がある程度できるようになったら、課題曲をやるように』って指示されたみたい」
と僕のつぶやきを耳にした瑞穂が応えてくれた。
「そうやなぁ……一人で練習するより誰かと一緒にやる方が楽しいもんなぁ」
と大二郎が納得したように頷いた。
僕もその意見には賛成である。
ピアノの練習はいつも一人だった。
でも冴子や宏美がいるから僕は頑張れたような気がする。
弾くこと自体は全然苦痛ではなかった。
ただ難しいフレーズを諦めずに何度も練習できたのは『今度二人に会う時は上手く弾ける姿を見せたい』という自己顕示欲だったかもしれないが、この二人といつも一緒に練習できたから、高校に入るまで惰性であったとしてもピアノを習い続けることができたと思っている。
そう、習いたての初心者は合奏すると演奏する楽しみを早く知る事が出来る。
僕自身、二人からヴァイオリン練習のピアノ伴奏を頼まれるのは、とても楽しみだった。
一人で弾くのとは違う楽しみがあった。
「その通り。ダニー先生は、やるからにはとことん楽しんで演奏せえへんと気が済まへんらしいわ」
と瑞穂は笑いながら言った。
なんとなく『ダニーなら言いそうなセリフや』と僕も思った。
「だからあたらもさっさと後輩の面倒見てや」
という捨て台詞を残して瑞穂は去っていった。
「せやな……ほな行きますか」
僕たち二人も後輩のボウイングの輪の中に入っていった。
いくら授業で習っているからと言って、流石に初心者をオーケストラにすぐに参加させるとは想像もしていなかった。
「可能かどうかは私には分からへんけど、『やる限りはみんなで合奏できるレベルまでは持っていく』って言うてはったで」
と当たり前のように瑞穂は答えた。
「誰が?」
「ダニー先生が」
「嘘?!」
僕と大二郎は声を合わせて応えてしまった。
「ホンマ。弦楽器だけでやる曲もあるやん」
と瑞穂は教えてくれた。
「それはあるけど……ホンマにぃ?」
と大二郎が聞き返した。
「ホンマ。ダニー先生が楽譜は用意してくれてる」
「取り敢えず、何やらすん?」
「あんたらホンマに冴子の話をなんも聞いてないんやな。この前言うとったやろ?」
と呆れたような表情で瑞穂は僕と大二郎の前に楽譜を突き出した。
それは『エーデルワイス』の二重奏の楽譜だった。
「これを夏休みまでに一年生は二重奏で演奏できるようになるのがダニー先生からの課題」
と瑞穂は言った。
「知らんで」
と僕と大二郎は同時に首を激しく横に振った。
どうやらパートリーダ会議で冴子がそういう話をしたらしいのだが、それをリーダーでもなんでもない僕と大二郎は聞いていなかった。本来なら会議の後にリーダーからフィードバックがあるのだが、それを僕たちは聞いていなかった。
「冴子が伝えたはずなんやけど……」
眉間に皺を寄せて瑞穂が低い声で言った。
「聞いてへんなぁ……お前聞いたかぁ?」
と僕は大二郎に同意を求めるように聞いた。
「いや、知らん。聞いてへん」
と大二郎も首を振った。
「まあ、亮ちゃんは例のコンサートがあったから仕方ないとしても、大ちゃんは聞いてない事ないやろ?」
「いや、聞いてへん」
と大二郎はかたくなに言い張った。
「ふ~ん。なんやったら冴子を呼ぼかぁ?」
と瑞穂は完全に大二郎を見下したような表情で言った。
「いえ、結構です。僕たちが聞いていませんでした」
と大二郎とつられて僕も間髪入れずに首を激しく縦に振って応えた。
ここで冴子を呼ばれたら大二郎がどんな詰(なじ)られ方をするか考えるまでもなかったし、その余波は僕にまで及ぶことは想像に難くない。
「それにしても夏休みまでに二重奏かぁ……」
僕は楽譜に目を落としながらつぶやいた。
「うん。『ボウイングとスケールの練習がある程度できるようになったら、課題曲をやるように』って指示されたみたい」
と僕のつぶやきを耳にした瑞穂が応えてくれた。
「そうやなぁ……一人で練習するより誰かと一緒にやる方が楽しいもんなぁ」
と大二郎が納得したように頷いた。
僕もその意見には賛成である。
ピアノの練習はいつも一人だった。
でも冴子や宏美がいるから僕は頑張れたような気がする。
弾くこと自体は全然苦痛ではなかった。
ただ難しいフレーズを諦めずに何度も練習できたのは『今度二人に会う時は上手く弾ける姿を見せたい』という自己顕示欲だったかもしれないが、この二人といつも一緒に練習できたから、高校に入るまで惰性であったとしてもピアノを習い続けることができたと思っている。
そう、習いたての初心者は合奏すると演奏する楽しみを早く知る事が出来る。
僕自身、二人からヴァイオリン練習のピアノ伴奏を頼まれるのは、とても楽しみだった。
一人で弾くのとは違う楽しみがあった。
「その通り。ダニー先生は、やるからにはとことん楽しんで演奏せえへんと気が済まへんらしいわ」
と瑞穂は笑いながら言った。
なんとなく『ダニーなら言いそうなセリフや』と僕も思った。
「だからあたらもさっさと後輩の面倒見てや」
という捨て台詞を残して瑞穂は去っていった。
「せやな……ほな行きますか」
僕たち二人も後輩のボウイングの輪の中に入っていった。
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