376 / 417
弦楽のためのアダージョ
部活にて その2
しおりを挟む
僕の高校では一年生は芸術の授業で美術と音楽の授業のどちらかを選択するようになっている。
その音楽の授業でヴァイオリンも取り入れられたというのだ。
勿論、僕の一年生の時にそんな授業はなかった。
ちなみに僕は何も考えずに『ピアノとヴァイオリンを習ってたので楽譜が読むことができる』という安直な理由だけで音楽を選択していた愚か者である。
「ホンマや。冴子のオヤジがヴァイオリンからヴィオラから何から何まで弦楽器を寄付したん、知っとうやろ?」
「それは知っとう」
今年の頭に冴子の父親が学校に弦楽器を寄付したことは知っていたが、それは娘が在籍している器楽部への寄贈だと思っていた。
「それが尋常な数やなかったみたいや」
と、何故かどや顔で大二郎は教えてくれた。
「げ、ブルジョアジー様はやる事がど派手やな」
廃部だったとは言え元々は器楽部が存在していたので多少の弦楽器はあったのだが、メンテナンスが満足いくものではなかったようだ。それを見かねたのか聞き及んだのか、我が娘が所属する器楽部が復活したことで冴子の父親が気前よく楽器を山ほど寄付したようだ。
そんな弦楽器の山を見て美奈子ちゃんが黙っているはずはないなとは想像できたが……やっぱり黙っていなかったようだ。
器楽部だけでなく、授業でもそれを活用しようという事になったのだろう。
言われてみれば吹奏楽部から戻ってきた一年生たちは、初めてヴァイオリンを手にしたはずなのに当たり前のように誰の指示も受けずにボウイングの練習を始めていた。
「しかし……こうやって見ると同じ素人でも先にヴァイオリンを手にした奴らの方が、なんか様になっとるなぁ……」
と大二郎が感心したように呟いた。
確かに大二郎の言う通りだった。
『一日之長』とでもいうのであろうか? 同じ一年生でも吹奏楽部に行かなかった弦楽専従の部員の方が、まだ慣れた手つきでヴァイオリンを扱っていた。毎日コツコツと練習していた差はこうしてみると思ったより大きいもんだと実感した。
「そうやな。でもあの出戻りの一年生らは弦楽器もやりたいって希望したんやんなぁ?」
と僕も一年生たちを見ながら大二郎に聞いた。
「そうらしいで」
と大二郎は頷いた。
「両方、覚えんの大変やろ」
他人事とはいえ管楽器も弦楽器もどちらも未経験で入部した新入生にとっては、両方一度に覚えるのは至難の業だと思う。吹奏楽部出身者でも、もう一つ楽器をマスターし両立するのはやはり厳しいと思う。
「ホンマになぁ。でもお前がそれを言うか?」
と呆れたような顔で大二郎は僕を見て言った。
「え?」
と僕が聞き返すと
「ピアノとヴァイオリンの両方やっとる奴の台詞とは思えんな」
と大二郎は呆れ気味の表情で言った。
「あ、そうか」
と自分でなんて間抜けな事を言ったのかと笑ってしまった。
僕自身、至難の業だと思ったことは一度もなかった。
「まあ、それはそれとして、吹部も大会目指して動き出したからな。最初は夏休みまでとか言うとったけど、初心者や一年生の面倒なんか見てられへんからなぁ……そんなん春先から分かっとったことやのに……」
と皮肉っぽく大二郎は言った。
「まあ、そこまで考えてなかったんとちゃうか? で、同じように出稼ぎに行った國香中出身者はどないすんの? まだ戻ってきてないようやけど……」
と聞くまでもないと思いながらも、一応大二郎に確認した。何事も裏付けは必要だ。
「ああ、そうや。戻ってきてへんわ。三年の三人は吹部に残ったままや。あと一年の國香中出身の三人も残ったままや。大会が終わるまでは帰って来ぇへんやろうなぁ」
何故か二年生にも國香中出身者もいたが、吹奏楽部に出稼ぎに行かずに残っていた。
「やっぱりそうか……もしかして大会メンバーに選ばれたとか?」
と僕が聞くと
「そうや」
と大二郎は事も無げに応えた。
「そうかぁ……大会メンバーに選ばれたんや……って、器楽部の人間に大会メンバーの席取られたらアカンやろ?」
「う~ん。ホンマはアカンやろうなぁ……。でもなぁ……あいつら相当上手いからなぁ……なんせ全国行っとうからな」
と大二郎は笑いながら答えた。
その音楽の授業でヴァイオリンも取り入れられたというのだ。
勿論、僕の一年生の時にそんな授業はなかった。
ちなみに僕は何も考えずに『ピアノとヴァイオリンを習ってたので楽譜が読むことができる』という安直な理由だけで音楽を選択していた愚か者である。
「ホンマや。冴子のオヤジがヴァイオリンからヴィオラから何から何まで弦楽器を寄付したん、知っとうやろ?」
「それは知っとう」
今年の頭に冴子の父親が学校に弦楽器を寄付したことは知っていたが、それは娘が在籍している器楽部への寄贈だと思っていた。
「それが尋常な数やなかったみたいや」
と、何故かどや顔で大二郎は教えてくれた。
「げ、ブルジョアジー様はやる事がど派手やな」
廃部だったとは言え元々は器楽部が存在していたので多少の弦楽器はあったのだが、メンテナンスが満足いくものではなかったようだ。それを見かねたのか聞き及んだのか、我が娘が所属する器楽部が復活したことで冴子の父親が気前よく楽器を山ほど寄付したようだ。
そんな弦楽器の山を見て美奈子ちゃんが黙っているはずはないなとは想像できたが……やっぱり黙っていなかったようだ。
器楽部だけでなく、授業でもそれを活用しようという事になったのだろう。
言われてみれば吹奏楽部から戻ってきた一年生たちは、初めてヴァイオリンを手にしたはずなのに当たり前のように誰の指示も受けずにボウイングの練習を始めていた。
「しかし……こうやって見ると同じ素人でも先にヴァイオリンを手にした奴らの方が、なんか様になっとるなぁ……」
と大二郎が感心したように呟いた。
確かに大二郎の言う通りだった。
『一日之長』とでもいうのであろうか? 同じ一年生でも吹奏楽部に行かなかった弦楽専従の部員の方が、まだ慣れた手つきでヴァイオリンを扱っていた。毎日コツコツと練習していた差はこうしてみると思ったより大きいもんだと実感した。
「そうやな。でもあの出戻りの一年生らは弦楽器もやりたいって希望したんやんなぁ?」
と僕も一年生たちを見ながら大二郎に聞いた。
「そうらしいで」
と大二郎は頷いた。
「両方、覚えんの大変やろ」
他人事とはいえ管楽器も弦楽器もどちらも未経験で入部した新入生にとっては、両方一度に覚えるのは至難の業だと思う。吹奏楽部出身者でも、もう一つ楽器をマスターし両立するのはやはり厳しいと思う。
「ホンマになぁ。でもお前がそれを言うか?」
と呆れたような顔で大二郎は僕を見て言った。
「え?」
と僕が聞き返すと
「ピアノとヴァイオリンの両方やっとる奴の台詞とは思えんな」
と大二郎は呆れ気味の表情で言った。
「あ、そうか」
と自分でなんて間抜けな事を言ったのかと笑ってしまった。
僕自身、至難の業だと思ったことは一度もなかった。
「まあ、それはそれとして、吹部も大会目指して動き出したからな。最初は夏休みまでとか言うとったけど、初心者や一年生の面倒なんか見てられへんからなぁ……そんなん春先から分かっとったことやのに……」
と皮肉っぽく大二郎は言った。
「まあ、そこまで考えてなかったんとちゃうか? で、同じように出稼ぎに行った國香中出身者はどないすんの? まだ戻ってきてないようやけど……」
と聞くまでもないと思いながらも、一応大二郎に確認した。何事も裏付けは必要だ。
「ああ、そうや。戻ってきてへんわ。三年の三人は吹部に残ったままや。あと一年の國香中出身の三人も残ったままや。大会が終わるまでは帰って来ぇへんやろうなぁ」
何故か二年生にも國香中出身者もいたが、吹奏楽部に出稼ぎに行かずに残っていた。
「やっぱりそうか……もしかして大会メンバーに選ばれたとか?」
と僕が聞くと
「そうや」
と大二郎は事も無げに応えた。
「そうかぁ……大会メンバーに選ばれたんや……って、器楽部の人間に大会メンバーの席取られたらアカンやろ?」
「う~ん。ホンマはアカンやろうなぁ……。でもなぁ……あいつら相当上手いからなぁ……なんせ全国行っとうからな」
と大二郎は笑いながら答えた。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる