北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
374 / 416
エゴイストとピアニスト

コンサートその6

しおりを挟む
 ダニーは間を開けずに第三楽章のタクトを振った。

第三楽章は楽しくて仕方ない。
華麗で自由で少し気まぐれな音の粒が乱舞する。

本当にダニーは僕の好きなようにピアノを弾かせてくれている。
心置きなく僕は自分が思う音の粒を生み出していく。


 ダニーと視線が絡む。
ダニーは指揮棒を振りながら一瞬の笑顔で

――その調子で好きなように弾きなさい――

と言ってくれているようだ。

それにしてもなんてラフマニノフはなんてバラエティに富んだ曲を書いてくれたんだ。
この曲をダニーの指揮とこのオーケストラで奏でることができる幸せを感じている。

ダニーは一気に高揚を持ってくる。僕も一気にカデンツァで駆け上がる。

コンマスのバイオリンが良く聞こえる。

――さあ見せ場だ!!――

とばかりにダニーのタクトが激しく振り回される。
オーケストラは強弱をはっきりと差をつけて僕のピアノを際立たせてくれている。

――ゲネプロではこんな風に弾いていなかったのに――

と思いながらも僕は全力で鍵盤に立ち向かう。
後でダニーに聞い話だが、これはダニーのその場の思い付きだったらしい。
それに応えられるオーケストラも凄いと思う。

 僕の指は鍵盤を駆け巡る。
そして僕の意識は一気にオーケストラと同化する。僕がピアノを弾いているのか、このピアノに弾かされているのかもわからなくなってきた。

 ダニーの指揮に導かれてオーケストラは終焉に向けて怒涛のように突き進む。
僕のピアノも同じように高みに上っていく。
優雅に堂々と愁いを残しながらわき目もふらずに全員が同じゴールを目指す。

 最後に大きくダニーのタクトが力づよく振り下ろされた。

僕の右腕が勢いよく跳ね上がった。今僕が持てるすべてのものを出し切った。

――終わった。至福の時間が――

 充実感が少し遅れて押し寄せてきた。

万雷の拍手がホール全体に鳴り響く。

 ダニーが僕に歩み寄ってきた。
僕は立ち上がってダニーにハグした。そうせざるを得ない気持ちだった。

「ありがとうございました」
と僕はひとこと言った。

ダニーは僕の耳元で
「ブラボー! いい演奏でした。でも息が上がってますね」
と満面の笑みを浮かべて祝福してくれた。

「ダニーも上がってますよ」
と僕は応えた。明らかに気分が高揚しているのが分かる。

 コンマスの寺嶌さんと握手をした後僕は客席に頭を下げた。
そしてオーケストラに向かって頭を下げた。
素晴らしい演奏だった。僕はここで色々な事を学んだ。この人たちにいくら感謝しても足りないくらいに。

総立ちの観客に向かって楽団員が全員立ち上がった。


 エゴイストたちの宴は終わった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...