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スケッチブック
赤いハイヒール
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終業式が済んだ。
あっという間に一年が過ぎ去ったような気がする。
学校から帰ってくると家の玄関に見慣れない赤いハイヒールがあった。
「あれ? 誰かお客さんでも来とんか?」
と思いながらスリッパに履き替えてリビングの扉を押し開けた。
こんなド派手なハイヒールを履いて絵になるような女性を僕は一人しか知らない。
目の前の応接ソファーにはオフクロがこちらを向いて座っていた。
マイセンのカップで紅茶を飲んでいるように見えたが、あれはたぶん焼酎のロックだろう。
ハイヒールの客はリビングの入り口に背を向けて座っていた。
「あ、お帰り」
オフクロはそう言うとマイセンのカップを持ち上げた。それに呼応するかのように座っていた女性が振り向いた。
「亮ちゃん、お帰り」
それは仁美さんだった。やっぱり予想通りだった。
――平日にも関わらずこの二人は何をしているんだ?――
「あ、仁美さん。ただいまです」
僕は軽く頭を下げて仁美さんに挨拶を返した。この頃、自然な愛想笑いを取得していた。
「あんたも紅茶飲む?」
「え? ホンマに紅茶を飲んでたんや?」
僕はオフクロの意外な言葉を聞いて驚いた。
「当たり前や、流石に私でもケーキ食いながら焼酎は飲まんへんよ」
――いや、それ以前にこんな時間から焼酎は飲まんだろう?――
それはさておき、オフクロのカップにはちゃんと紅茶で満たされていた。やはりマイセンのカップには琥珀色の紅茶が良く似合う。
――でも、ブランデーも仰山入ってそうやな――
と思ったが聞くのは止めた。
ふと見るとテーブルの上には仁美さんが手土産に持って来たであろうと思われるケーキ箱が置いてあった。その横にはそこにさっきまでケーキが乗っかっていたであろうと思われる皿が二枚、テーブルの上でポカンと口を開けた池の鯉のように間の抜けたバランスを保っていた。
「あんたの彼女のお店のケーキよ。いただいたら? 紅茶も飲む?」
というデリカシーの欠片もない台詞をオフクロは吐いた。
「珈琲でええ。自分で入れるわ」
と僕はそう言うと上着をハンガーに掛けてキッチンに向かった。
――ホンマに一言多いな。うちのオフクロは……彼女は余計やろ――
僕は心の中でそう思ったが口には出さなかった。仁美さんの前でくだらん親子喧嘩をしたくは無かった。
人前で身内に『彼女』とか言われるのにまだ何故か抵抗がある。少し恥ずかしい。
ま、オフクロの言っている事は本当の事で仁美さんも周知の事実なんだが、あえて言われると何故か腹が立つというか少しイラっとする。
――俺は反抗期か?――
僕は無言でキッチンでペーパーフィルターに挽いた珈琲豆を入れてドリップポッドからお湯を注いだ。
しばらく豆を蒸らしてから、ゆっくりと『の』の字を書くようにお湯を三度に分けて注いだ。
良い香りが立ち上ってくる。さっき感じたイライラがスッと消えていくのが分かる。
サーバーに落ちてくる珈琲を眺めて待つこの時間を僕は嫌いではない。滴る珈琲の雫を見ながら自分の気の短さを反省した。
オフクロと仁美さんの声がキッチンまで響いている。会話の内容までは分からないが二人は楽しそうだ。
僕はサーバーから珈琲をカップに入れ終わるとリビングに戻ってオフクロの横に座った。
ケーキ箱を見るとチーズケーキが周りのケーキに隠れるように遠慮して隅っこに残っていた。
僕は迷わずにそれを取り出した。
「これ、いただきます」
僕がチーズケーキを手にしてそう言うと
「あら? 抹茶ムースを選ばなかったの?」
と仁美さんが意外そうな声を上げた。
あっという間に一年が過ぎ去ったような気がする。
学校から帰ってくると家の玄関に見慣れない赤いハイヒールがあった。
「あれ? 誰かお客さんでも来とんか?」
と思いながらスリッパに履き替えてリビングの扉を押し開けた。
こんなド派手なハイヒールを履いて絵になるような女性を僕は一人しか知らない。
目の前の応接ソファーにはオフクロがこちらを向いて座っていた。
マイセンのカップで紅茶を飲んでいるように見えたが、あれはたぶん焼酎のロックだろう。
ハイヒールの客はリビングの入り口に背を向けて座っていた。
「あ、お帰り」
オフクロはそう言うとマイセンのカップを持ち上げた。それに呼応するかのように座っていた女性が振り向いた。
「亮ちゃん、お帰り」
それは仁美さんだった。やっぱり予想通りだった。
――平日にも関わらずこの二人は何をしているんだ?――
「あ、仁美さん。ただいまです」
僕は軽く頭を下げて仁美さんに挨拶を返した。この頃、自然な愛想笑いを取得していた。
「あんたも紅茶飲む?」
「え? ホンマに紅茶を飲んでたんや?」
僕はオフクロの意外な言葉を聞いて驚いた。
「当たり前や、流石に私でもケーキ食いながら焼酎は飲まんへんよ」
――いや、それ以前にこんな時間から焼酎は飲まんだろう?――
それはさておき、オフクロのカップにはちゃんと紅茶で満たされていた。やはりマイセンのカップには琥珀色の紅茶が良く似合う。
――でも、ブランデーも仰山入ってそうやな――
と思ったが聞くのは止めた。
ふと見るとテーブルの上には仁美さんが手土産に持って来たであろうと思われるケーキ箱が置いてあった。その横にはそこにさっきまでケーキが乗っかっていたであろうと思われる皿が二枚、テーブルの上でポカンと口を開けた池の鯉のように間の抜けたバランスを保っていた。
「あんたの彼女のお店のケーキよ。いただいたら? 紅茶も飲む?」
というデリカシーの欠片もない台詞をオフクロは吐いた。
「珈琲でええ。自分で入れるわ」
と僕はそう言うと上着をハンガーに掛けてキッチンに向かった。
――ホンマに一言多いな。うちのオフクロは……彼女は余計やろ――
僕は心の中でそう思ったが口には出さなかった。仁美さんの前でくだらん親子喧嘩をしたくは無かった。
人前で身内に『彼女』とか言われるのにまだ何故か抵抗がある。少し恥ずかしい。
ま、オフクロの言っている事は本当の事で仁美さんも周知の事実なんだが、あえて言われると何故か腹が立つというか少しイラっとする。
――俺は反抗期か?――
僕は無言でキッチンでペーパーフィルターに挽いた珈琲豆を入れてドリップポッドからお湯を注いだ。
しばらく豆を蒸らしてから、ゆっくりと『の』の字を書くようにお湯を三度に分けて注いだ。
良い香りが立ち上ってくる。さっき感じたイライラがスッと消えていくのが分かる。
サーバーに落ちてくる珈琲を眺めて待つこの時間を僕は嫌いではない。滴る珈琲の雫を見ながら自分の気の短さを反省した。
オフクロと仁美さんの声がキッチンまで響いている。会話の内容までは分からないが二人は楽しそうだ。
僕はサーバーから珈琲をカップに入れ終わるとリビングに戻ってオフクロの横に座った。
ケーキ箱を見るとチーズケーキが周りのケーキに隠れるように遠慮して隅っこに残っていた。
僕は迷わずにそれを取り出した。
「これ、いただきます」
僕がチーズケーキを手にしてそう言うと
「あら? 抹茶ムースを選ばなかったの?」
と仁美さんが意外そうな声を上げた。
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