北野坂パレット

うにおいくら

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お正月の頃の物語

弾いて見せて

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「あんたはそんなんでピアノ弾いていたん?」
冴子がまた聞いてきた。

「そうや。TVゲームは長時間やっとったら怒られるけど、ピアノは怒られへんからな。何時間弾いても」

「はぁ~?」
冴子は呆れたような顔をして意味不明なため息をついた。

「そんなん初めて聞いたわ」

「俺も初めて言うたわ」

「そういう意味やない。そんな間抜けな理由でピアノを弾いている奴を初めて見たっていうこっちゃ」
 冴子はさっきよりも更に呆れたような顔をして僕を見た。今度は違う理由で呆れ返っていたようだ。

「はぁ、で、今でもそうなんか?」
と気を取り直したように冴子は聞いてきた。

「今でもって?」

「そう、今でもゲーム感覚で弾いていんのか? って」
冴子は噛んで含むようにゆっくりと僕に聞いた。

「いや、今は違(ちゃ)う。今はそんな事を思ったりはせえへん……と思う」
僕も自分にも言い聞かせるように冴子に言った。

 冴子は皿ごとティーカップを手に取って呼吸を整えるようにゆっくりと一口飲んだ。
そして静かにティーカップをテーブルの上に置いて僕の顔をじっと見つめた。

「この前、あんたのお父さんと安藤さんの前でピアノ弾いたんやってな?」

「うん。弾いた」
僕は小さい声で答えた。

――なんでそれをお前が知っている?――

と言いたかったが冴子の表情を見て言えなくなった。

「安藤さんが言うとったけど、あんたのお父さんの若い時にそっくりな音を出しとったそうやん」

「そうみたいやな……」

「なんであんたみたいにまともに練習もしてへん奴がそんな音だせるん? あんたのお父さんって天才って言われた人やで? うちのお父さんに聞いたら、学生の時からピアノばっかり弾いていたような人やったらしいやん。あんたはどんだけ弾いてきたんや?」

――あのピアノの音はお嬢のせいや――

と言おうとして僕は止めた。
ここで言っても冴子には理解できないし、他の二人も間違いなく理解できないだろう。

「あれはたまたまや」

「たまたまで天才と同じ音が出せるんか!?」
冴子は更に噛みついてきた。
余計な事を言ったようだ。

 僕は助けを求めるようにシゲルを見た。
シゲルは横目でチラッと僕を見て、軽く首を横に振った。
やはりシゲルは勝てる喧嘩しか買わない様だ。

応接テーブルを挟んで沈黙が流れた。

「あんた。そこのピアノで何か弾いてよ」
冴子が顎でこの部屋に置いてあるピアノを指した。
全員の視線がピアノに注がれそして僕の顔に注がれた。

――なんで俺が――
と思ったがここでそれを断れる空気は微塵もなかった。

「ああ、分かった」
僕は立ち上がりピアノの前に立った。
鍵盤蓋を上げてから椅子に座った。

――何を弾こうか?――

今日は元旦だしな。

 僕は少し考えてから『春の海』を弾いた。
正月と言えばこれだろう。ちなみに作曲者の宮城道雄は神戸生まれだ。石碑が旧居留地の三井住友銀行の東側の路地に建っている。


「誰が季節柄のピアノを弾けと言った! 第一これは箏曲だろうが!」
と弾き始めてすぐに冴子が怒鳴った。
確かにこの曲は琴で弾く曲だ。でもピアノでも弾けない事はない。

シゲルと宏美は笑っていた。

「いや、正月と言えばこの曲だろう?」
僕は素知らぬ顔をして答えた。

「勝手に箏曲を編曲するな!」
冴子は苦虫を潰したような顔で怒鳴った。
今日の冴子はよく怒鳴る。

「亮ちゃん、なかなか上手な編曲やわぁ」
宏美が場の空気を全く読まないフォローの合いの手を入れてくれた。

――そうそう、曲自体は良い曲だ――

「そうやろ?」
 僕は宏美のこの声に少し救われたような気がした。
いや、間違いなくさっきから冴子から受けていた息が詰まりそうな緊張感が和らいだ。

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