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新しい顧問
新しい顧問
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中間試験が終わったその日、早速部活は始まった。
音楽室に集まった部員を前に、美奈子先生が少し緊張したような硬い表情で言った。
「本日より新たな顧問の先生が着任されます」
音楽室がざわついた。
「来年の三月まで皆さんの指導をお願いしています」
と先生は言葉をつづけた。声も少し上ずっているように聞こえた。
こんなに緊張している美奈子先生を見たのは初めてだった。
音楽室の扉が開いて一人の男性が入ってきた。
その人物の顔を見た瞬間、僕は思わず
「あ!」
と声を上げた。
哲也と拓哉は
「嘘やろ?!」
とお互いの顔を見つめあっていた。
ゆっくりと教室を歩き美奈子先生の横に立ったのは、巨匠ダニエル・ヴァレンタインだった。
器楽部員のどよめきをよそに本人は『散歩のついでに寄った』かのようなお気楽な空気を漂わせ、軽い歩みで美奈子先生の隣に立った。
「みなさん、始めまして。ダニエル・ヴァレンタインです」
と流ちょうな日本語で挨拶した巨匠は冴子と僕の姿を認めると微笑んだ。
音楽室に歓声が響いた。
そりゃそうだ。世界の巨匠がこんな地方の高校の一部活を指導するなんてあり得ない。
それも音楽学校でもない普通の公立高校だ。
「いろいろな縁とタイミングが重なり、これから来年の春まで皆さんと一緒に過ごす事になりました。これから素敵な音楽の時間を共にしたいと思っています。よろしくお願いします」
と、これも淀みない日本語で語りかけてきた。
僕は冴子に
「お前、この事知っとったんかぁ?」
と小声で確認した。
「当たり前やん」
と冴子は表情一つ変えずにそっけなく答えた。
その一言で僕は理解した。
巨匠を招聘したのは冴子の父親だという事を。
――金持ちは何でもありか!――
まあ、ヴァレンタインと鈴原家との繋がりを考えてみればあり得ない話でもない。
しかし、世界の巨匠だぞぉ。世界各国の有名な交響楽団から招聘される指揮者だぞぉ。そんな人物をたかが高校の部活の顧問に招聘するなんて常軌を逸しているとしか言いようがない。
でも、これから一年近くその巨匠の指導を仰げるのはとても嬉しい。
「先生、これからヴァレンタインさんが指揮することもあるんですよね?」
と大二郎が少し興奮気味に聞いた。
確かにそれはみんなの確認したい一番の関心事だった。
世界の巨匠の指揮で演奏する機会はそう滅多にあるものではない。
美奈子先生はヴァレンタインに一度視線を送ってから僕たちに向かい
「勿論です。ただヴァレンタイン先生もいつも指導に来てもらえるとは限りません。できうる限りという事でお願いしています」
と説明した。
ヴァレンタインはその言葉を笑顔で聞いて頷いていた。
その日は新入部員は基本練習、二年生はパートでの練習、そして三年生はグループでの練習となっていたが、ヴァレンタインの提案で巨匠を囲んでの懇親会になった。
こんな機会は滅多にない……というか一生ないだろう。部員たちはこの世界の巨匠に色々と質問をぶつけていた。
巨匠はその質問にいやな顔一つせずに、部員の名前まで確認して丁寧に答えていた。
ちなみに僕と冴子と宏美の三人は、この巨匠に何の絡みも質問もする事は無かった。
この頃、何故かこの巨匠を、安藤さんの店という狭小な僕のテリトリー内でよく見かける事がある。
――なんで神戸に定住している!? フランスに帰る途中にここに寄ったのではなかったのか?――
そんな疑問も湧かない訳では無かったが、当たり前のように嫁の明穂さんの実家と冴子の屋敷に巨匠は滞在していた。どちらかと言えば冴子の屋敷の方が過ごしやすいとも言っていた。
そう。質問ならいつでもどこでもいくらでも受け付けてもらえる。僕らにとって巨匠は、もはや単なるご近所さんに成り下がっていた。
しかしこのご近所さんに指導してもらえるという事は、僕たちにとってとても幸せな事であった。
音楽室に集まった部員を前に、美奈子先生が少し緊張したような硬い表情で言った。
「本日より新たな顧問の先生が着任されます」
音楽室がざわついた。
「来年の三月まで皆さんの指導をお願いしています」
と先生は言葉をつづけた。声も少し上ずっているように聞こえた。
こんなに緊張している美奈子先生を見たのは初めてだった。
音楽室の扉が開いて一人の男性が入ってきた。
その人物の顔を見た瞬間、僕は思わず
「あ!」
と声を上げた。
哲也と拓哉は
「嘘やろ?!」
とお互いの顔を見つめあっていた。
ゆっくりと教室を歩き美奈子先生の横に立ったのは、巨匠ダニエル・ヴァレンタインだった。
器楽部員のどよめきをよそに本人は『散歩のついでに寄った』かのようなお気楽な空気を漂わせ、軽い歩みで美奈子先生の隣に立った。
「みなさん、始めまして。ダニエル・ヴァレンタインです」
と流ちょうな日本語で挨拶した巨匠は冴子と僕の姿を認めると微笑んだ。
音楽室に歓声が響いた。
そりゃそうだ。世界の巨匠がこんな地方の高校の一部活を指導するなんてあり得ない。
それも音楽学校でもない普通の公立高校だ。
「いろいろな縁とタイミングが重なり、これから来年の春まで皆さんと一緒に過ごす事になりました。これから素敵な音楽の時間を共にしたいと思っています。よろしくお願いします」
と、これも淀みない日本語で語りかけてきた。
僕は冴子に
「お前、この事知っとったんかぁ?」
と小声で確認した。
「当たり前やん」
と冴子は表情一つ変えずにそっけなく答えた。
その一言で僕は理解した。
巨匠を招聘したのは冴子の父親だという事を。
――金持ちは何でもありか!――
まあ、ヴァレンタインと鈴原家との繋がりを考えてみればあり得ない話でもない。
しかし、世界の巨匠だぞぉ。世界各国の有名な交響楽団から招聘される指揮者だぞぉ。そんな人物をたかが高校の部活の顧問に招聘するなんて常軌を逸しているとしか言いようがない。
でも、これから一年近くその巨匠の指導を仰げるのはとても嬉しい。
「先生、これからヴァレンタインさんが指揮することもあるんですよね?」
と大二郎が少し興奮気味に聞いた。
確かにそれはみんなの確認したい一番の関心事だった。
世界の巨匠の指揮で演奏する機会はそう滅多にあるものではない。
美奈子先生はヴァレンタインに一度視線を送ってから僕たちに向かい
「勿論です。ただヴァレンタイン先生もいつも指導に来てもらえるとは限りません。できうる限りという事でお願いしています」
と説明した。
ヴァレンタインはその言葉を笑顔で聞いて頷いていた。
その日は新入部員は基本練習、二年生はパートでの練習、そして三年生はグループでの練習となっていたが、ヴァレンタインの提案で巨匠を囲んでの懇親会になった。
こんな機会は滅多にない……というか一生ないだろう。部員たちはこの世界の巨匠に色々と質問をぶつけていた。
巨匠はその質問にいやな顔一つせずに、部員の名前まで確認して丁寧に答えていた。
ちなみに僕と冴子と宏美の三人は、この巨匠に何の絡みも質問もする事は無かった。
この頃、何故かこの巨匠を、安藤さんの店という狭小な僕のテリトリー内でよく見かける事がある。
――なんで神戸に定住している!? フランスに帰る途中にここに寄ったのではなかったのか?――
そんな疑問も湧かない訳では無かったが、当たり前のように嫁の明穂さんの実家と冴子の屋敷に巨匠は滞在していた。どちらかと言えば冴子の屋敷の方が過ごしやすいとも言っていた。
そう。質問ならいつでもどこでもいくらでも受け付けてもらえる。僕らにとって巨匠は、もはや単なるご近所さんに成り下がっていた。
しかしこのご近所さんに指導してもらえるという事は、僕たちにとってとても幸せな事であった。
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