北野坂パレット

うにおいくら

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ヴォーカリストとギタリスト

クロスロード

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――まだやんのか?――

と僕が思った刹那、翔は客席に振り向くと同時にギターを鳴らした。
僕の耳に聞き覚えのあるリフが流れた。

 そのリフはクリームの『クロスロード』のイントロだった。それも1968年のライブの音だ。
クリームとは彼の崇拝するエリック・クラプトンが在籍していたバンドだ。

 この曲の原曲はミシシッピー・デルタ・ブルースのギタリスト、ロバート・ジョンソンの『クロスロード・ブルース』。彼は『十字路で悪魔に魂を売り渡して、その引き換えにギターテクニックを身につけた』という『クロスロード伝説』と言われる逸話も持つギタリストだ。

 僕は安藤さんの店で何度かこのクリームの曲を聞いた事があった。オヤジも安藤さんもこの曲が大好きだった。
安藤さんがこの曲を僕の目の前で弾いてくれた事もあった。僕にとってもそこそこ馴染みのあるブルースロックだ。

 そして驚いた事にいつの間にか、彼のバンドのドラマーがジンジャー・ベイカーばりのアフリカンドラムのサウンドを叩き出していた。最初からこの曲をやるつもりだったのだろう。

――コミックバンドのくせに何故この曲を知っている?――

 そうだった。彼らはコミックバンドではあったが、テクニックもそれなりにあるバンドだった。
下手では他人の演奏を真似する事は出来ない。
このドラマーは相当上手い。何度かこのバンドの演奏は聞いていてメンバーの技量が高いのは知っていたが、このドラマーのリズム感は驚くほど正確で音がシャープだ。

しかしだ。こんな古い名曲を良く知っていたな。彼らの音楽に対する姿勢を垣間見た気がした。

 この曲はギター・ベース・ドラムスのトリオ編成だったはず。そもそもクリームは三人編成のバンドだ。
翔は完コピでギターを弾いているしドラムも忠実にライブ時のジンジャー・ベイカーのドラミングを叩いていた。
そこにピアノが入るなんて無茶振りにもほどがある。

 確かにピアノは重奏低音を弾ける楽器ではあるが……そうかブルースはバロック音楽なんだ!!……って事は無いな。

 僕はジャック・ブルースのベースラインを思い出しながらも、即興で和音をつけたしながら翔のギターに付いていった。

――だから敢えてベースは入ってこなかったのか?――

 翔はマイクスタンドに向かって歌い出した。
ボーカルもやるらしい。『ボーカルはもうやらない』って言ってなかったのか?

 しかし翔がこの学校のライブでブルースを演奏したのを僕は知らない。
軽音楽部の仲間内ではそんな演奏もあったのだろうか?
コミックバンドの矜持はどこへ行った?!

 僕は観客席を見た。観客は普通に僕達の演奏に身体をあずけてリズムに乗っている。

――そうだよな。普通にこのギターは恰好が良いよな――

翔のファンならこの演奏は大歓迎なんだろう。

と、ここで僕は気が付いた。さっきまでは翔とのデュオだったので翔のギターだけを気にしていれば良かったが、今はトリオでヴォーカル付きのバンドだ。

 ピアノソロはあるのか?
いや、そもそもこの曲にピアノソロは無いだろう?
翔もドラマーもライブ音源を忠実に完コピしている。この場のピアノソロはあり得ない。

 そんな事よりも今はヴォーカルを支えるようにピアノを弾かなくてはと思いながらも

――ジャック・ブルースのベースラインって本当に我儘やな――

とベースラインをなぞりながら僕はそんな事を考えていた。
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