北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
319 / 406
ヴォーカリストとギタリスト

Rose

しおりを挟む
 昼休み、いつものようにそそくさと昼食を終わらせると僕は音楽室に向かった。

新学期を迎えてからは吹奏楽部との合同演奏も暫く予定にはなく、久しぶりに本業のピアノがメインになるはずだったのだが、存外自分の思い通りにならないものだ。

 僕も未経験の新入生にヴァイオリンを教える役を仰せつかってしまった。

今年の新入生は経験者が四人もいるので僕の出番はないと思っていたのだが、『あんたもやるんやで』という冴子のひとことで駆り出される事になった。流石に二十名の新入部員を迎え入れては、経験者がいたからと言って人手が足りている訳では無いようだ。

 新入部員の振り分けだが吹奏楽部出身者は弦楽器にはあまり興味を示さず、そのまま吹きなれた楽器を担当したいという事でそれはすんなりと認められた。それならば吹部に行けば良いものを……と思わなくもないが、よほど管弦楽との合奏に拘りでもあるのだろうか?

 それ以外の未経験者は多くがヴァイオリンに、そして幾人かはビオラ、チェロ、コントラバスに振り分けられた。何人かは管楽器との兼務になった……と言いながらもメインはヴァイオリンのようで、まだ管楽器の練習はほとんどしていないようだ。

 そう言えば、僕がまだ中学生時代に全くの未経験で吹奏楽部に入部したクラスメイトがいたが、彼はコントラバスとユーフォニアムを兼務させられていた。

最終的にコントラバスがメインになったようが、音感が良かったのかユーフォニアムもそこそこ演奏できるようになっていた。まあ、かけ持ちというのは吹奏楽部ではよくある事なんだろう。


 そういう訳でこの昼休みはピアノを練習する貴重な時間であったりする。

音楽室の扉を開け、ピアノに向かうと譜面台の上に既に楽譜が置かれていた。

――誰か忘れたのか? それともさっきの授業で使った楽譜か?――

 僕は何気にその楽譜を手に取った。
譜面のタイトルには『The Rose』と書かれていた。
映画『The Rose』の主題歌だ。僕が生まれる十年ぐらい前に公開された映画だが、頭の中でBette Midler の歌声がこだましていた。
この曲を授業で使った訳では……ないようだな。

「ふむ」

 その楽譜はピアノでの弾き語り用だった。歌詞もちゃんと書かれていた。
僕はその楽譜を一通り目を通した後、譜面台に戻してピアノ椅子に座った。
鍵盤にそっと左手を置いてみた。

――さっきまで誰かがこれを弾いとったんか?――

そんな事を鍵盤から感じながら僕は空いた手で楽譜をめくった。今度はちゃんと譜面を目で追った。

 譜読みをしたからと言って今ここでこれを弾き語りする気持ちには全くなれなかったが、この曲を自分なりにアレンジして弾いてみたくはなった。
それは単なる気まぐれだった。もっともそんな気まぐれが起きるほどこの曲は良い曲だった。

 僕の右手の指は静かにゆっくりと規則正しいリズムを鍵盤に刻みだした。
暫くしてその後を左手がメロディラインを追いかける。
ワンコーラスをアレンジを加えて弾き終わった後、僕はまた最初に弾いた規則正しいリズムを繰り返し刻んでいた。

「なぁ……この曲をさっきまで弾いていたんやろ?」
と僕の背後で黙って聞いている誰かに振り向きもせずに声を掛けた。
実はこの曲を弾き始めてからすぐに、僕は僕の背後で黙って聞いている人の気配を感じていた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

処理中です...