北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
315 / 416
新入生

新入部員の演奏その3

しおりを挟む
 間違いない。この三人は前もって相談して三つのアヴェマリアをここで弾き比べをするつもりだった。

――なんて奴らや! それにしても面白い事を考えつくもんやなぁ――

 どうやら器楽部うちは楽しい新入生を迎えたようだ。
間違いなく彼女も彼らと同じような演奏を聞かせてくれるだろうと僕たちに期待を抱かせた。

――それにしてもこんな奴らが来るなんて、来る学校を間違っていないか? ここは普通科のそれも進学校だぞ――

 僕は一度軽く深呼吸をしてから前奏を弾いた。
このまま弾いたら途中で笑ってしまいそうだったので、一度気持ちをリセットした。

 少しゆっくりと前奏を弾いて彼女視線を移すと、彼女が軽く視線を上に向けたのでちょっとだけテンポを早めた。

 彼女は頷くとヴァイオリンを左肩に乗せた。
ゆっくりと自信に満ちたピアニシモが響いてきた。
『とても弱く』ではなく『とても優しく』て綺麗なヴァイオリンの音色が流れて来た。
とっても心地よい。砂浜にさざ波が打ち寄せるようにヴァイオリンの音が音楽室に響く。

――なんて温かい音を出すんだろう――

 この曲は『カッチーニ』作曲と言われていたが、実はウラディミール・ヴァヴィロフの作品だ。
クライスラーと同じように『未発表の作品を見つけた』といって、自身が作曲した曲を『カッチーニ』の作品として発表した。
ただクライスラーと違うのはヴァヴィロフは生前にカミングアウトせずに逝ってしまったという事だ。
そんないわくつきの『アヴェマリア』だが、曲自体は世界中の多くの人に愛されている名曲である。

 秋島かがりのヴァイオリンは美しくも悲しい物語を語っているかの如く、音楽室に居る部員の心に響いていた。

 彼女は技術よりも音色を大切にするタイプのヴァイオリニストだと僕は直感的に思った。
丁寧な音作り。悠一とか次に弾いた中務とかとは違う音の流れと繋がり……何よりもその曲が持つ雰囲気を大切にするような音の粒だった。

『何が言いたいのか』がよく分かる演奏だった。

 僕は大人しく伴奏に徹していようと思っていたが、彼女の演奏を聞いて気が変わった。いや、悠一と弾き始めた時からずっとうずうずしていた。彼らの伴奏をしている時から抑えていた感情が我慢できなくなったと言った方が正しい。

 僕はピアノに存在を主張させてみたくなった。
この打ち寄せるさざ波に僕のピアノの音の粒を乗せたくなった。

  寄せては返すヴァイオリンの音の波に、白砂の様なピアノの音の粒を乗せてみる。
寄せるヴァイオリンの波を受けるため、少しだけ抒情的なアクセントをつけてみた。

 秋島かがりは僕の企みにすぐに気が付いたように、ヴァイオリンの音色を変えた。
波が幾重にも重なった。

――ほ。ちゃんと受け取ってくれたわ――

 彼女との演奏は楽しい。琴音先輩の時のように緊張感はないが、音作りの楽しさを感じる音色だ。
彼女がこの『カッチーニのアヴェマリア』を選曲したのは正解だった。彼女にとっても似合っている。

 どういう基準でこの三人はこの三曲のアヴェマリアを振り分けたかは知らないが、三人とも自分自身にに合っている『アヴェマリア』を選んだような気がしてきた。

そう。たまに粗削りなところが顔を覗かせるが、彼らは自分の音をもっているしそれをちゃんと分かっている。

 彼女は静かに演奏を終えると、中務優宏と同じように僕に軽くお辞儀をしてから二人のところへ戻った。彼らは笑顔で迎えていた。やはりこの三人は旧知の仲のようだ。

音楽室は拍手で包まれた。


 気が付かぬ間に彼女は、いやこの三人はここで聞いていた部員たちの気持ちをしっかりと掴んでしまっていたようだ。
試し弾きというよりはこの三人のお披露目と言った方がふさわしい。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

処理中です...