北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
285 / 416
さよならコンサート

三年生の演奏

しおりを挟む
 この卒部会の司会進行役の琴葉が、
「それではお待たせしました今回卒部される三年生による演奏を皆さんお聞きください。これが三年生最後の演奏です。心して聞いてください!」
と叫んだ。
ざわついていた音楽室が静かになった。

 ピアノの前にヴァイオリンの彩音さんそしてヴィオラの千龍さん。その間に少し下がってコントラヴバスの石橋さんが並んだ。
もうこの三人の演奏を聞くのもこれが最後だと思うと少し寂しい。

「さっきのコンサートではこの三人でバッハはやってしまったのでそれはもうやりません。ハイドンもやりません」
と千龍さんが言った。
軽い笑い声が漏れた。このひとことで部員達の大方の予想は覆ってしまったとようだ。そういう僕もその線でやるのかなと思っていた。

「それでは一曲目。『ヘンデルの主題によるパッサカリア』をやります」
と千龍さんが言った。

 部員の中から
「ヨハン・ハルヴォルセンかぁ」
という声が漏れた。

『パッサカリア』とは、緩やかな三拍子の元繰り返し現れる低音の旋律の上に、メロディーが次々と変化して展開してゆくバロック音楽の一形式だ。
原曲はヘンデルの『ハープシコード組曲第7番 HWV432の最終楽章』である。
これを元にヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲としてヨハン・ハルヴォルセンが編曲したのだが、『ヘンデルの主題を元にヨハン・ハルヴォルセンが作曲した』と言った方が良い程オリジナリティに満ち溢れている曲である。

 そしてこの曲は、名曲である上に難しい曲でもある。
しかし流石、このメンバーである。最後の演奏にこの曲を選らんで僕たちに聞かせてくれるというのだ。三年生の自信とプライドを垣間見たような気がした。

 この曲を知っている部員はこの曲名を聞いた瞬間どんな音が効けるか期待したに違いない。少なくとも僕は楽しみだった。やはりこの先輩たちのし好はシブイ。シブ過ぎる。

 千龍さんと石橋さんが彩音さんに視線を送る。それを受けて彩音さんの弓が一瞬止まり一瞬で呼吸を合わせると、見事に息の合った三人の演奏が始まった。

 出だしは彩音さんのヴァイオリンを千龍さんと石橋さんが寄り添うように支えて始まったが、すぐにヴァイオリンとヴィオラの熱を帯びた競演に変わり、それを石橋さんのコンバスが厚みを増す様に支えだした。

 今までヴァイオリンとヴィオラの二重奏は今まで何度か耳にしてきたが、コントラバスが入っての三重奏を聞くのはこれが初めてだった。
音の厚みが予想以上に荘厳で僕好みの音だった。予想以上に石橋さんのコントラバスの音が響いていた。

そのコントラバスの重低音の絨毯の上で彩音さんと千龍さんがヴァイオリンとヴァイオラの見事な掛け合いを演じていた。

 僕は演奏を聞きながら、その音自体がなんだかこの三人の関係そのものの様な気がしていた。

――うちの三年生はホンマに仲が良い――

といつも思っていたが、こうやって演奏を聞いていると改めてそれを実感する。その上、文句なくこの先輩達はこの曲を自分たちのモノにして音を創り上げていた。憎らしいほどの息の合った演奏を三人が楽しんでやっているのが伝わってくる。

いつまでも聞いていたいと思っていたが、残念ながらこの曲は六分程度で終わってしまった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

処理中です...