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さよならコンサート
彩音さんの記憶
しおりを挟む「お前、どんだけ引き出しもってんねん?」
と千龍さんの横から石橋さんが割って入ってきた。
「どんだけって言われても……」
気が付けばいつの間にか先輩三人に囲まれるように詰められていた……。
石橋さんは
「そんなにさっさと弾き方を変えれるもんかぁ?」
と更に呆れたように言った。
「弾き方を変えたと言うか……なんというか……」
我ながら要領を得ない間抜けな受け応えをしているなぁと思ったが、うまく言い表せられる言葉が思いつかない。
「で、それが今日の演奏なんや?」
と千龍さんが石橋さんの言葉を引き継ぐように彩音さんに聞いた。
「うん。でも、今日は私も『負けられへん』と思って、必死やったわ」
「ホンマぁ? あれはどう見ても『付いて来れるもんなら付いて来てみぃ』って感じやったけどなぁ」
と石橋さんは笑いながら言った。彩音さんの言葉を全く信じていないようだった。
声には出さなかったが僕も少しそれは感じていた。もしかしたらその言葉に思わずつられて頷いていたかもしれない。
「いや、本当にね。亮平君と今日まで一緒に何度も音合わせをしてきたんやけど、どんどん音を変えてくんのよ、この子は……。最初の頃はそれを楽しむ余裕もあったかもしれんけど、あっという間になくなったわ……」
「そんなに亮平のピアノは変わったんかぁ?」
石橋さんが少し驚いたような顔で聞いた。
「変わったって言うか、演奏するたびに違う演奏をしてくんの。受けも変わるし。それが面白くて。『こんな表現もあるんや』って毎回発見があったん」
「へぇ」
と千龍さんと石橋さんは感心したような表情で彩音さんの言葉を聞き入っていた。
「うん。それにつられて私のヴァイオリンも変わっていくのが分かったんやけどね」
「そうなんや?」
千龍さんが興味深そうに聞いた。今はヴィオラがメインとは言え、元々はヴァイオリニスト。やはり気になるようだ。
「変わっていったと言うか、変えられたと言うか、変えざるを得なかったと言うか……うん。そうそう、急に亮平君が仕掛けてくるからそれを受けるでしょ? だからお返しにね、私が何を仕掛けてもちゃんと受けてくれるわけ。そういうのが分かるから、私も更に思いっきり色々な事が試せたし……『あ、こんな演奏しても許されるんだ』とか……とても楽しかったわ」
彩音さんはそう言って僕の顔をじっと見つめて
「でも、それもこれが最後かぁ……」
と寂しそうに呟いた。
「なんだぁ? 彩音。一番お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供みたいやな」
と石橋さんが笑いながら言った。
その言葉を聞いて彩音さんは、ちょっと考え込むようなしぐさを見せてから
「そうかも……ただおもちゃとは思わないけど、お気に入りの演奏であったのは確かやわ。本当に残念。でもまた一緒にやる機会はあると思っとうし、その時を楽しみにしとうから」
と笑った。
「はい。またお願いします。彩音さんと一緒に演奏して本当に色々と教わりました。まだまだ全然ダメやなぁって自覚しました。でもホンマに楽しかったです」
と僕は応えた。本当にまた彩音さんと一緒に演奏したいと思っていた。
「ホンマに亮平君に何かを教える事ができたのかな?」
と彩音さんは急に真顔になって聞き返して来た。
「はい。僕はほとんどソロでやってきたんで、伴奏とか共演とかよく分かっていなかったんです。今までなんとなく『こんなもんなんやろう』っていう感じでやってきたんで……。今回、彩音さんに思いっきり指摘してもらってやっと理解できました。ホンマに感謝してます。誰かと一緒に演奏するのがこれほど楽しいと思った事はありませんでした」
と僕は嘘偽らざる気持ちを伝えた。あの経験が無ければ後百年ぐらいは舐めた伴奏をしていたかもしれない。
「ホンマに?」
と彩音さんは上目遣いで僕を見ながら聞いてきた。
「ホンマです」
僕はきっぱりと言い切った。
「良かったぁ……先輩として何も教える事もなく終わったようで、ちょっと申し訳なかったからそれを聞いてほっとした」
と嬉しそうに破顔した。
その笑顔を見て僕は、また少し彩音さんに惚れた。宏美には絶対に内緒だが。
「彩音のその気持ち分かるわぁ」
と千龍さんが何度も頷きながら言った。その横で石橋さんも頷いていた。
僕は三人の姿を眺めながら
――まだ僕には分からない何か人生の機微みたいなものがあるのだろうか?――
とこの三年生たちの会話を少し羨ましい気持ちで見ていた。
「でしょう?」
と彩音さんが笑った。
三年生三人が勝手に納得し終えると、千龍さんは僕に
「次は亮平、お前らが後輩に教える番やからな」
と言ってから、おもむろに立ち上がった。
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