北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
264 / 417
初詣

元旦

しおりを挟む
……で、気が付いたら朝で、高校生で人生初の二日酔い状態を経験中だった。

――オヤジはこの苦しみを小学二年生で経験したのか?――

そう思うとオヤジの事を少し尊敬できそうな気がした。

 部屋の扉をノックする音が聞こえた。
扉がスッと音もなく開いてオフクロが顔を覗かせた。

 僕が起きているのが分かると
「お雑煮食べれる?」
と聞いてきた。

 僕はゆっくりと身体を起こして、もう地球が回っていない事を確認すると
「少しだけなら」
と答えた。

 顔を洗ってから食卓に座った。
軽い頭痛の上にまだ頭がぼぅとするが、むかつきはほとんどなくなった。
ただ身体は相変わらずに怠いままだったが、顔を洗ったおかげで少しはすっきりした様なきがした。

 目の前にはお雑煮が置いてあった。僕は箸を手に取りお椀を持ち上げた。
餅はそれほど要らないが、このおすましと大根は美味しい。

 オフクロも僕の目の前に座って黙ってお雑煮を食べはじめた。

――オフクロは一体何時まで飲んでいたのだろうか?――

もう完全に素面でいつものオフクロだった。

――一晩寝たら酔いが覚めるのか?……っていつ寝たんだ?――


 そのオフクロが僕の顔を見て
「ボーとした顔をして……二日酔いか?」
と聞いてきた。やはりオフクロにはお見通しのようだ。

「うん。少し……」

「生意気なやっちゃ。未成年が酒飲むからや」
と言ってオフクロは器の薄く切った大根を口に運んだ。

「母さんが飲ませたんやろが」

「そうやったっけ?」
と意外そうな顔で返事をした。

「覚えてないんかいな?」
予想はしていたが、こう素直にあっけらかんと忘れられていると少しむかつく。

「去年の話は忘れたわ」
この一言でこの話題は終わった。

――年が明けてからの話なんやけど――

と僕は思ったが口には出さずにいた。正月早々言い争いはしたくない。

静かな正月の朝だ。

 お雑煮を食い終わった僕は、テーブルに置いた空になったお椀を何気に見ながら

――美味しいお雑煮やったなぁ。案外食えたわ――

と満足した気分に浸っていた。朝起きた時の気怠さは更にマシになってきたような気がした。

 僕は顔を上げて一呼吸おいてからオフクロに
「フランス行きの話……言わなくてごめん」
と謝った。

「うん? ああ……でも、これからそういう大事な話はすぐに言うように」
と言ってオフクロはお椀をテーブルに置いた。

「うん」

「本当にフランスに行きたいんやな」
オフクロはまっすぐに僕の目を見て、念を押す様に聞いてきた。

「うん」

「判った。頑張りや」

「うん」

「あんたは夢を叶えるんやで。自分のために」

「うん」
僕は素直に頷いた。
そして
「ところで聞きたい事があるんやけど……」
とオフクロの顔色をまだ窺いつつ聞いた。

「うん? なに?」

「昨日、飲んでいる時に母さんが詠んだ『言うなかれ、君よ……なんたら』ってあれ何なん?」
僕はまだ働かない頭ではあったが、気になっていたあの言葉の意味をちゃんと知りたくて聞いた。

「『言うなかれ、君よ、別れを 世の常を、また生き死にを』や。なんや? 撃沈した割には覚えとったんやな?」
オフクロは少し驚いたような顔をしたが、もう一度同じ詩を詠んでくれた。

「その時はまだ撃沈してへん」

「そっかぁ……あれはね大木惇夫という人の詩や……お義父さんが……私があんたのお父さんと離婚が決まって挨拶に行った時にな、ボソッとそのその詩を詠んでくれたんや……なんかそれを聞いたら胸が熱くなって『ええ詩やなぁ』って思っていたんやけど、まさかあそこであんたにそれを言うとは思わなかったわ」

「そうなんや。なんかええ詩やなぁって俺も思た」

――うちの爺ちゃんも、粋な事をするな――

「そうかぁ。やっぱり私の息子やなぁ……ええ感性してるわ」
と言ってオフクロは嬉しそうに笑った。そして何か思いだしているようだった。何を思い出しているのかは皆目見当もつかなかったが、その表情からは悪い思い出ではなさそうだった。


暫くの沈黙の後オフクロが口を開いた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...