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初詣
オヤジとレーシー
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「ふむ」
そう言うと立ったままピアノを弾きだした。
出だしを聞いただけで僕は懐かしい気持ちになった。
ゆっくりとしたテンポでオヤジは弾いているが、この曲は紛れもなくモーツアルトのソナタK545だった。
幼い時の記憶と共に滑らかな音符の流れるような響きが僕の耳に心地よく響く。
何も考える事が出来なくなってしまった僕だったがその朦朧とする意識の中で、昔この曲を何度も何度も練習した事を思い出していた。
もしかしてこのピアノはオヤジも使っていたのか?
――そう言えばこのピアノは物心ついた時には、この部屋に存在しとったな――
そんな事を考えながらほとんど閉じかけた瞳で、見るとはなしにオヤジの姿を眺めていた。
唐突にオヤジは途中でピアノを弾くのをやめた。
そして
「なんか……面白いもんを飼うとるな。ピアノを弾きだしたら湧いて出て来よったぞぉ」
と言った。
僕は薄目を何とかこじ開けてオヤジを見た。
立ってピアノを弾いているオヤジの目の前にレイシーがちょこんと座っていた。
二人は至近距離で無言で見つめ合っていた。シュールな光景が何とかうっすらと開いている僕の瞳に映っていた。
――本当に酔っぱらったなぁ……オヤジがレーシーと一緒にいるところが見えるなんて……――
と思った瞬間に気が付いた。
そうだった。オヤジにも視えるんだった。というか視える事に関してはオヤジの方が僕よりよく視える。
レーシーは驚いたような表情でオヤジの顔を見据えていた。
「ああ、それな……母さんがヨーロッパで買い付けてきた家具にくっついてきたんや」
気怠い声で僕は答えた。頭が働かない。
「そうかぁ……この頃のアンティークはこんなもんまで付いてくるんやなぁ。サービス過剰やな」
とオヤジは感心したようにレーシーを見つめていた。
「うん」
と僕は頷いた。
「さっきから黙って聞いていたら失礼極まりないわね」
とレーシーが堪りかねたように立ち上がって言った。
「うわ! しゃべりよったぞ。これ」
と驚いたようにオヤジはピアノから半歩後ずさりした。
「うん。結構よくしゃべる」
僕はソファーの背もたれに首を預けたまま言った。
「本当にさっきから黙って聞いていれば……あれとかこれとか、くっついて来たとか……私を何かのオマケのように言うのは止めてくれるかな?」
「え? オマケや無かったんや?」
オヤジは真顔で驚いたように言った。
「なんか、ここの家族は失礼な奴ばかりね」
とレーシーは怒りながら呆れだしていた。
「いやいや、これは失礼つかまつった。唐突に目の前に湧いて出て来たもんだから……」
とオヤジは謝っていたが、言葉遣いがどこかまだ失礼な香りが漂う。
レーシーはそれには意に介することもなく
「あなたが、亮平のお父さんね」
とオヤジに聞いた。
「おや? よくご存じで……いつも愚息がお世話になっているようで……」
とオヤジもやっとレーシーの存在に慣れてきたのかまともな受け応えになった。ただ愚息は余計だ。
「いつも亮平のピアノで楽しませてもらってるわ」
「そうかぁ。うちの愚息はちゃんとピアノを弾いておりますか」
「ええ。とっても。でもここ最近その愚息ちゃんの音色がどんどん変わっていくのが楽しくて仕方ないわ」
とレーシーは本当に楽し気に応えた。
――もしかして僕以外にも会話ができる人間が見つかって喜んでいるのか?――
「ほほぉ。それは恐悦至極ですな。しかし今日はうちの愚息は酔い潰れておりますけどねぇ……」
とオヤジは僕を横目で見ながら言った。
――ほっといてくれ! 僕も潰れたくて潰れているんじゃない!――
もう言葉を口にするのも怠い。
レーシーが呆れたような表情で僕を見つめて首を振った。
僕はここで記憶が飛んだ。
レーシーが何かを言っていたようだが、僕はそのまま寝落ちしてしまった。
そう言うと立ったままピアノを弾きだした。
出だしを聞いただけで僕は懐かしい気持ちになった。
ゆっくりとしたテンポでオヤジは弾いているが、この曲は紛れもなくモーツアルトのソナタK545だった。
幼い時の記憶と共に滑らかな音符の流れるような響きが僕の耳に心地よく響く。
何も考える事が出来なくなってしまった僕だったがその朦朧とする意識の中で、昔この曲を何度も何度も練習した事を思い出していた。
もしかしてこのピアノはオヤジも使っていたのか?
――そう言えばこのピアノは物心ついた時には、この部屋に存在しとったな――
そんな事を考えながらほとんど閉じかけた瞳で、見るとはなしにオヤジの姿を眺めていた。
唐突にオヤジは途中でピアノを弾くのをやめた。
そして
「なんか……面白いもんを飼うとるな。ピアノを弾きだしたら湧いて出て来よったぞぉ」
と言った。
僕は薄目を何とかこじ開けてオヤジを見た。
立ってピアノを弾いているオヤジの目の前にレイシーがちょこんと座っていた。
二人は至近距離で無言で見つめ合っていた。シュールな光景が何とかうっすらと開いている僕の瞳に映っていた。
――本当に酔っぱらったなぁ……オヤジがレーシーと一緒にいるところが見えるなんて……――
と思った瞬間に気が付いた。
そうだった。オヤジにも視えるんだった。というか視える事に関してはオヤジの方が僕よりよく視える。
レーシーは驚いたような表情でオヤジの顔を見据えていた。
「ああ、それな……母さんがヨーロッパで買い付けてきた家具にくっついてきたんや」
気怠い声で僕は答えた。頭が働かない。
「そうかぁ……この頃のアンティークはこんなもんまで付いてくるんやなぁ。サービス過剰やな」
とオヤジは感心したようにレーシーを見つめていた。
「うん」
と僕は頷いた。
「さっきから黙って聞いていたら失礼極まりないわね」
とレーシーが堪りかねたように立ち上がって言った。
「うわ! しゃべりよったぞ。これ」
と驚いたようにオヤジはピアノから半歩後ずさりした。
「うん。結構よくしゃべる」
僕はソファーの背もたれに首を預けたまま言った。
「本当にさっきから黙って聞いていれば……あれとかこれとか、くっついて来たとか……私を何かのオマケのように言うのは止めてくれるかな?」
「え? オマケや無かったんや?」
オヤジは真顔で驚いたように言った。
「なんか、ここの家族は失礼な奴ばかりね」
とレーシーは怒りながら呆れだしていた。
「いやいや、これは失礼つかまつった。唐突に目の前に湧いて出て来たもんだから……」
とオヤジは謝っていたが、言葉遣いがどこかまだ失礼な香りが漂う。
レーシーはそれには意に介することもなく
「あなたが、亮平のお父さんね」
とオヤジに聞いた。
「おや? よくご存じで……いつも愚息がお世話になっているようで……」
とオヤジもやっとレーシーの存在に慣れてきたのかまともな受け応えになった。ただ愚息は余計だ。
「いつも亮平のピアノで楽しませてもらってるわ」
「そうかぁ。うちの愚息はちゃんとピアノを弾いておりますか」
「ええ。とっても。でもここ最近その愚息ちゃんの音色がどんどん変わっていくのが楽しくて仕方ないわ」
とレーシーは本当に楽し気に応えた。
――もしかして僕以外にも会話ができる人間が見つかって喜んでいるのか?――
「ほほぉ。それは恐悦至極ですな。しかし今日はうちの愚息は酔い潰れておりますけどねぇ……」
とオヤジは僕を横目で見ながら言った。
――ほっといてくれ! 僕も潰れたくて潰れているんじゃない!――
もう言葉を口にするのも怠い。
レーシーが呆れたような表情で僕を見つめて首を振った。
僕はここで記憶が飛んだ。
レーシーが何かを言っていたようだが、僕はそのまま寝落ちしてしまった。
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