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うにおいくら

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クリスマスの演奏会

二台のピアノのためのソナタ

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 この日、僕はこのコンサートのトリを務めるような形で、冴子とモーツァルトの『二台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448』を弾いた。

 この曲はモーツアルトが弟子のアウエルンハンマー嬢とのディオのために書き上げた曲である。この弟子のピアノの腕前はモーツアルトも高く評価するような才能の持ち主だったが、モーツアルトが友人に手紙で酷評するぐらいの醜女でもあった。
その醜女にモーツアルトは言い寄られていた。モーツアルトは彼女のピアノの才能は高く評価していたが、その容姿は全く評価の対象にもならなかったようだ。容姿と彼女の才能は見事に反比例していた。

 そんな彼女と共演のために生まれたのがこの曲だ。
初演は勿論モーツアルトとヨーゼファ・バルバラ・アウエルンハンマー嬢の子弟コンビだ。
二人の関係が如実に表れる曲だ。連弾ではなくピアノが二台と言うところにモーツアルトの弟子との距離感を感じる。

 クリスマスコンサートでこの曲を演奏する事を決めたのは美奈子先生だった。それは伊能先生からの助言でもあったそうだ。

「今回の二つ目の目玉はコンクールの一位と二位の二人での演奏よ。これは是非とも聞きたいでしょう?」と言っていたが、先生自身が一番聞きたそうだなと思っていた。それに反対する理由も見当たらないので僕と冴子は先生の意見に従う事にした。
もっとも冴子が伊能先生からの指示に逆らう事は元々無かった。

 ステージは二台のピアノが向かい合わせに置かれていた。

「さて、ただ今から演奏するのはわが校のとっておきの二人。今回のコンクールの一位の藤崎亮平、そして二位の鈴原冴子という夢のような組み合わせによるモーツアルトの『二台のピアノのためのソナタ』です」
と美奈子先生のMCが会場に響いた。会場内が軽くどよめき拍手も起きた。

――何が夢のような……だ――

 こういうコッパズカシイ説明は止めてもらいたいと心の中で本気で思った。
あまりにも先生のMCが恥ずかしいので僕は譜面を読んで会場の方は見ないでいた。
向い合わせのピアノの向こうにいる冴子を見ると、彼女も同じように譜面を凝視していた。
やはり彼女も先生のとっておきのMCは受け入れられない様だ。
でもそのコッパズカシイ説明は、観客には笑いと共に案外好意を持って受け入れられていたようだ。

 ピアノ越しに冴子と目が合う。
アイコンタクトでタイミングを計る。彼女の準備はもう大丈夫のようだ。コッパヅカシイ思いをしたおかげで余計な力は抜けた。

 鍵盤にそっと指を置く。
ピアノは柔らかい音をご所望のようだ。どうやら冴子もそれをお望みらしい。
冴子が軽く頷く。

 僕はそれに合わせて鍵盤に指を落とした。

ピアノが教えてくれたように若干柔らかく優しく弾くと、冴子も同じように柔らかく応えてくれた。それは明らかにこれまで音合わせの音色とは違っていた。冴子も今日の演奏は何か感じるものがあったようだ。

最初のユニゾン。そして交互に主題を弾き合う。

まるで師匠が弟子にピアノを教えているそのままの姿がここにはある。

――君の出だしなんて予想してましたよ――

――偶然でしょう?――

――そんな事はない――

――ふん! 流石だと言っておくわ――

 僕のピアノに冴子はちゃんと返してくる。

 やはり冴子のピアノは変わった。オヤジの物まねだけではない。
ちゃんと受け応えが出来るようになった。

 そして今日の冴子の音はとっても優しい。そして余計な力が全く感じられなかった。そこはかとなくオヤジのタッチを感じる冴子の音の粒。
 コンクールの時と違って冴子はそれを楽しんで弾いているのがよく分かる。変わったのは音だけでなくピアノに対する想い、立ち位置も変わったようだ。

 そう、今までのピアノは冴子にとっては一つのツールでしか過ぎなかったのが、今は心に寄り添うパートナーのような存在……そんな事を感じさせる音だった。
 もうオヤジの物まねは止めたようだ。それで正解だと思う。でもちゃんとオヤジの音を自分のものにしようとしてる。

僕の音の粒と冴子の音の粒が絡みながら舞い上がっていく。


――冴子の音が心地よい――

――それは私も同じよ――


 二度目に訪れた主題には少し意識を向けて強めに弾いた。同じように冴子はついてきた。
考える事は一緒だったようだ。この第一楽章の構成を冴子は自分なりに考えたんだろう。それも今さっき。そんな気がする。でもそれは僕も同じだったし、冴子の考えが手に取る様に分かる。

 本当に昨日までの練習とは違う演奏なのに、今までこれで普通に弾いてきたかのように僕たちは音を紡いでいった。この曲は本番でこそ魅力が出る曲かもしれない。まさにモーツアルトのマジックのような曲だ。

 音の粒が綺麗に揃っている。

音の粒が舞い上がり僕達はどんどんと高みに上り詰めていく。
ある時は一緒に、ある時はなぞる様に、そしてまたある時は道案内するように交互に音の粒を練り上げていく。
モーツァルトのこの弟子に対する想いと信頼を感じる音だ。

 楽しそうに疾走する冴子を見ながら、僕はこんなに気持ちのいい演奏ができるこの瞬間を、神に感謝したいような気持になっていた。

――なんで第一楽章だけなんや――

 それが少し残念だった。
この時間をもっと楽しみたかった。

 至福の時間はすぐに終わりが訪れる。
全ての音の粒が解き放たれて駆け上がっていった。僕達に何の未練もなく去って行った。
僕はそれを見送って視線を冴子に移した。

 彼女はにっこり笑って立ち上がった。
僕も同じように立ち上がって観客に挨拶をした。

 パーティーに参加していた人たちのほとんどが食事の手を止めて、僕たちの演奏を聞き入ってくれていた。

拍手と歓声が嬉しく心地よかった。
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