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オーケストラな日常
第二音楽室
しおりを挟む「おい、亮平! 聞いてるか!……お~い……あほぉ……帰って来いよぉ」
突然僕の意識の中に拓哉の声が割って入ってきた。
「え? 誰があほやねん」
「何や、聞こえとんやんか。なにぼぉっとしてんねん。そろそろ行くで」
「行くってどこに?」
「何言うとんや。今日からお前も吹部との合同練習に出るんやろ?」
「あ、そうやった」
僕は現実に、そう拓哉によって音楽室に引き戻された。
「そのヴァイオリンは何のために持ってきたんや? 飾りか?」
「あ、そうかぁ」
僕は自分の右肩にぶら下がっているヴァイオリンケースに目をやった。
学校の備品のヴァイオリンでも良かったのだが、わざわざ家から持って来たヴァイオリン。やっぱり今でもこれを持って歩くのには少し抵抗を感じる。
「ほな行こか……」
と僕と拓哉のやり取りを笑って見ていた哲也が立ち上がった。
今日から暫くはヴァイオリニストになる……予定。
「今日は第二音楽室やったよな」
と僕が聞くと
「そうや。この芸術棟の第二音楽室は吹奏楽部がメインで使こうとんや」
と拓哉が教えてくれた。
「そうか……お前、懐かしかったんとちゃうの?」
「何がぁ?」
拓哉は音楽室の扉にカギをかけながらだるそうに応えた。
「いや、一年の時は吹部におったんやろ?」
「ああ、それかぁ……一年の夏休みで逃げたからな……だから別に懐かしいと思うほどおらんかったわ」
と苦笑いしながら扉がちゃんとしまっているかを確認するとカギを哲也に手渡した。
「そうやったな。もしかして、はやんと千恵蔵も吹部やったけ?」
と哲也は鍵を受け取りながら、拓哉が器楽部に勧誘した早崎陽一と瀬戸千恵子の事を聞いた。
「あいつらは中学校までや。元々ここの吹部は『レベルが低すぎる』って眼中になかったからな。高校では吹部には入らんかったわ」
「そっかぁ……そうやったなぁ……お前だけかぁ……それは合同練習に行きにくかったやろう?」
と僕は拓哉の状況を慮って少し同情した。
「いやぁ、誰もそんなん覚えてへんやろ。何も言われてへんで」
と拓哉はまったく気にしていないようだった。
僕は『そんなもんか』と思いながら哲也に目をやると、彼も僕と同じように思っていたようで目が合うなり首を軽くかしげていた。
この話題はこれ以上広がる事もなく、僕たち三人は拓哉から合同練習の様子等を聞きながら第二音楽室に向かった。
第二音楽室に着くと器楽部と吹奏楽部の部員が既に音合わせを始めていた。
指揮台には顧問の長沼美奈子先生ではなく千龍さんが立っていた。
「結構、人多いな」
哲也が感心したように小さい声で言った。僕と同じようにコンクールメンバーだった彼もここに参加するのは今日が初めてだった。
確かにいつもの倍近くのメンバーがいる。
どうやら吹奏楽部は基本的に各パート二名程度で基本的には二菅編成で臨むようだ。それに比べてうちの弦楽五部は弱いかもしれない。千龍さんが僕までヴァイオリンに動員する理由がよく分かった。
「お疲れぇっす」
とできるだけ小さい声で挨拶をして僕たちはそそくさと音楽室に入った。
音合わせの音で聞こえないだろうと思っていたが、案外皆の視線は僕たちに集まった。
既に宏美はヴァイオリンを構えて座っていた。僕達の姿に気が付くと手を振って隣の席を指さした。どうやら僕は第一ヴァイオリンらしい。指揮台に向かって最前列が彩音先輩と瑞穂。その後ろが今音合わせをしている冴子。冴子の隣には一年生の東雲小百合が座っていた。宏美は冴子の真後ろの席に座っていた。僕は宏美の隣に座った。第一ヴァイオリンはこの六名。初心者の金子颯太は第二ヴァイオリンに配置転換されていた。
二学期になって瑞穂が谷川大二郎という二年生の経験者を連れて来たとは言え、未経験者の多い第二ヴァイオリンが気にかかった。一年生は少しは上手に弾けるようになったのだろうか?
「遅かったやん」
席に着くと宏美が声を掛けて来た。
「うん。ちょっと大谷先生に進路指導で呼ばれていた」
そう言いながら僕はヴァイオリンをケースから取り出して左肩に乗せた。こうやってその他大勢の中で演奏するのは、いつもと違った雰囲気で緊張するが楽しい。
「ふうん。そうやったんや。この頃、ヴァイオリン弾いとん?」
宏美は僕のヴァイオリンに目をやりながら聞いてきた。
「うん。たまに気分転換に弾いとったし、昨日の夜も練習したで」
「そうなんや。流石やね。偉いね」
と宏美は笑った。
「コンマスはやっぱり彩音先輩かぁ」
と僕が指揮台の傍に座っている彩音先輩を見ながらそう言うと、すかさず冴子が振り返って
「当たり前やん。他に誰がおるん」
といつも以上に上から目線で言ってきた。
「いや……俺もそうやろうなって思って言うたんやけど……」
と僕はしどろもどろになって言い訳してしまった。まさかここで冴子にツッコまれるとは思ってもいなかった。
「彩音さんはこの前のコンクール二位やったって」
宏美が僕にそっと教えてくれた。
「うん。聞いた……あ、なるほどね」
僕はその時の彩音先輩の演奏を直接聞いたわけではないが、演奏自体は素晴らしいものだったようだ。ただ残念な事に彩音先輩よりもこのコンクールでは審査員の評価が高かった人が一人いた。
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実は僕も隠れ彩音ファンなので冴子の気持ちはよく分かる。
ちなみに瑞穂は三位までには入れなかった。ただ、特別賞で表彰されていた。印象度は一番高かったようだ。それを聞いた時は『瑞穂らしい結果だ』と納得した。
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