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花火
花火
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その光景を見ながら、うちも離婚しなかったら両親とこうやって毎年一緒に見に来ていたのかな……なんて考えてしまったが、なんだかいい光景だ。
遅まきながら僕も家族デビューした気持ちになった。
小さい頃にオヤジとオフクロに挟まれて三人で手をつないで歩いてみたいなと思った事があった。
他の家族のそういう姿を見て羨ましかった。
今は絶対に嫌だけど。間違ってもしないけど。
子供のころはいつも僕の片手は空いていた……少しだけ昔の事を思い出した。
今、家族の思い出が一つできた。
……しかしここには、僕達の小中学校時代の同級生は来ないな。やはり港まで見に行ったんだろうか。改めて広場を見回してそう思った。
昨年までは僕らもメリケンパークで見ていたし……。
やはり港で目の前で見る花火の迫力は捨てがたいのだろう。
そんなとりとめもない事を考えていた僕に宏美が
「どうしたの?ボーとして」
と声を掛けてきた。
「いや、何でもない。無の境地に入っとった」
と笑ってごまかした。
「亮平は結構ぼーとしているからいつもの事やん」
と冴子は完璧に僕を上から目線て見下している。
「うるさいわ」
と言ったが、冴子が突っ込んでくれてちょっと助かった気持ちになっていた。
冴子の余計な一言に珍しく感謝していたら、オフクロがブラスチックの長い皿に切ったスイカを並べて
「ちょうどスイカを買っといて良かったわ」
と言って持ってきた。
あの肩から下げたでかいショルダーバックの中身はスイカだったようだ。
冴子が一番に
「いただきます」
と笑顔で応えた。こいつは本当に外面が良い……こんな笑顔を向けられたことは僕は一度もない。
宏美と和樹もスイカを手に取って
「ありがとうございます」
とお礼を言ってからスイカを取った。
僕は当然のごとく黙ってスイカを取った。
「いただきますぐらい言わんか!」
とオフクロに小突かれた。
やはりうちのオフクロは甘くない。
でもスイカは甘くてとても美味しかった。
スイカを食っていると突然、どよめきが走った。
見ると夜空に花火が尾を引いて光の輪をひろげると、少し遅れてドドーンという音が響いてきた。
如何にこの街が港と山が近いとは言え、それなりの距離があるので花火と音にはズレがある。
さっきまで、宴会状態で花火の事など忘れ果てていた大人たちは、立ち上がり花火を食い入るように見ていた。
港で見る花火と違って迫力はないが、神戸の夜景と相まって違う美しさがある。
でも県庁が邪魔だな……とは思うが。
それがこの金星台が今ひとつ人の集まりが悪い理由かもしれない。
もう少し登ったところにあるビーナスブリッジの方がもっとよく見える。
車でそこまで見に行く人はここよりは多い。
僕たちは相変わらずBBQをやっている小屋から見ていたが、オヤジ達はそのちょっと先の広場の入り口辺りまで行って見ていた。
空に広がる花火。
ビルの向こうに上がる花火。
とてもきれいだ。
港では首が疲れるほど上ばかり見ていたが、ここでは全く首は疲れない。
オヤジは手すりの前に腕を組んで立っていた。よく見るとその横にはその手すりに軽く腰を掛けたオフクロが半身(はんみ)になって見ていた。
花火の光でシルエットになって最初は気がつかなかったが、珍しく二人で仲良く並んで見ていた。
そう言えばオヤジとオフクロは同級生だったなとその姿を見て思い出した。
――若い頃はオヤジもオフクロもこうやって二人でここから見ていたんかな――
と思いながら二人を何気に見ていた。花火が炸裂した瞬間に二人の姿がシルエットになったり元に戻たりしていた。
何故か花火よりもオヤジとオフクロの二人に目が惹きつけられていた。
また花火が上がって広がった。その時そこに見えたのは花火に照らされている高校生のように若いオヤジとオフクロの姿だった。
オヤジはオフクロの肩に手を置いていた。
――え?――
そんなまさか。目の錯覚か?
もう一度目を凝らして次の花火を見てみたが、同じようにそこには高校生のように若いオヤジと間違いなく女子高生のオフクロが浴衣姿で仲良く花火を見ていた。
オヤジは手すりに座っているオフクロの肩に手を置き、立ったまま花火を見ていた。
オフクロは花火を見ずにオヤジの顔を見ていた。それに気が付いたオヤジはオフクロの顔を見て笑っていた。
ああ、青春の一コマだ……自分の両親のだけど……。
結婚して離婚しても二人の立ち位置は高校時代から同じなんだ……どんな立場になっても変わらない長年培った距離感とでもいうのだろうか?
僕は二人を見つめながらそんな事を考えていたが、実際は目が点になっていたと思う。
今見えている光景が尋常で無いことはわかっていた。まるで僕が両親の高校時代にタイムスリップしたような気がしていた。しかしこれは今この時に起きている……見えている現実だ……いや過去を垣間見てしまったのかもしれない。
僕の知らない笑顔の二人。この位置からそこまで見えるはずもないのに確かにオヤジとオフクロの笑顔を感じた。この頃の二人は本当に幸せだったんだろうな。
振り向けばそこに君が居る……
そんなお互いの感情までも伝わってくる一瞬だった……そう、一瞬に感じた出来事だった。
僕は驚いて隣にいる宏美にその事を伝えようとしたが、それよりも先に宏美が僕の方を振り向いて
「今、亮ちゃんのお父さんとお母さんが高校生ぐらいに見えた」
と驚いたように言った。
「え? 宏美も?」
僕予想外の言葉に宏美の顔を思わず凝視した。
「え? 本当に? 亮ちゃんも?」
宏美の顔に更に驚きの表情が浮かんだ。
「うん」
と僕は頷いた。
宏美は
「そっかぁ……亮ちゃんにも見えたんやぁ……不思議な気分。なんかね。若い亮ちゃんのお母さんが本当に幸せそうな顔しててん。私もあんな表情で一緒に居られたら良いなぁって思っちゃった」
宏美はそう言って笑った。
その笑顔を見て僕は何故か幸せな気分になった。でも宏美は誰にその幸せそうな表情を向けるつもりなんだろうと少し考えてしまった。
「へぇ。そうなんや。そんな風に見えたんや」
僕は自分の気持ちを悟られないように、宏美の話に頷いた。
もう一度、今度は宏美と一緒にオヤジたちを見たが、いつものオヤジとオフクロだった。
どうやらタイムスリップというショータイムは終わったようだ。
本当にあれは一瞬の幻のような出来事だった。
なんだか不思議な体験だった。
そう言えばオヤジがお嬢に会った時に言っていたな。
『色々なもんが見えるようになるで』って。
それか?……こんな事ならいくら見えても良いけど。
オヤジとオフクロの青春時代かぁ……。
ちょっと嬉しかった……でもちょっと不気味だけど……見てはならんものを見てしまったような気がする。
オヤジとオフクロってどんな高校生だったんだろうか?
安藤さんに少し聞いた事はあるけど、想像がつかない。
でも、今さっき、それを少し垣間見た気がした。
安藤さんが言っていた『お前のお母さんは美人だったぞ』は少し分かったような気がした。
オヤジもそれなりにカッコ良かったと思うが……今は誰もそんな事は言ってくれない悲しい中年だ……。
今日は花火よりいいものが見れたような気がする。
でもなんで宏美にもそれが見えたんだろう? それもちょっと僕も不思議だった。
花火は小一時間ほどで終わった。
近所の人たちは三々五々金星台から降りて下界に戻って行った。
僕たちのBBQも終わりかと思ったら、冴子のお父さんが持ってきた発電機が唸りをあげた。小屋に照明がともった。
どれだけこの大人たちは準備が良いんだ?
花火が終わった後も大人たちの宴会は続く。
オヤジ達は酒がある限りまだ飲むつもりだ。
「持って来たものをまた持って帰るのは嫌だ」
とオヤジは言っていたが、そもそもオヤジは手ぶらで来ていただろう? クーラーボックスを担いでいたのは安藤さんだった。
もっとも僕たちは、それはそれで楽しいので全然かまわないが……。
それでもお開きの時はやって来る。
「そろそろ良い子は寝る時間」というお決まりのフレーズがオヤジの口からでた。
僕は良い子のはずだが、はっきり言ってまだそんな時間ではないと断言できる。
結局BBQの後片づけが済んだらそのまま帰るのかと思ったら、安藤さんの店に場所を変えて飲むだけだった。
酒が飲めない僕たちも一応店までついて行った。
オフクロは結局、車を仁美さんの家の前に停めたままやってきた。明日取りに戻るらしい。
そもそも近いんだから歩いてくればいいのに…スイカが重たかったんだろうけど……。
安藤さんの店は貸し切り状態だった……と言うか、いつもそんな感じだった。
オヤジ達かあるいは常連か、でもみんな知り合いだから仲間内。
冴子はいつものように和樹を子分のように従えている。
あの二人は学校でも全然立場が変わらない。
ただ冴子は思ったより動くし、気が利く。単なるタカビーなお嬢様だけではない。明らかにそこは学校に居る時とは違う。
僕と宏美はテーブル席に並んで座った。
僕らの前に仁美さんが居る。
「今日の花火は綺麗だったわね」
とハイネケンをグラスに注がずに瓶でそのまま飲んでいた。
なんかワイルドな人だ。
「はい。とっても綺麗でした。今日はBBQに参加して良かったです」
と宏美が応えた。
「いつもの顔ぶれが違うと楽しいわ。特に若い子たちが居ると良いわぁ」
と仁美さんは本当に嬉しそうに言った。
「でも花火も綺麗だったんですけど、不思議なものも見ました」
と宏美は僕たちが見たオヤジとオフクロの高校生に見えた件を話した。
僕は話そうかどうかは迷っていたが隠すような事でもないし、話したところで戯言で済むような内容だろうと思ったので僕たちは仁美さんにさっき見たことをそのまま話した。
仁美さんは僕たちの話を面白そうに聞いていたが
「まあ、今でも私には高校時代と同じにしか見えないけどね。でもユノがそんなに幸せそうな顔をしていたのなら、本当にその当時の二人を見ていたのかもねえ……」
と言った。案外素直に受け入れてもらえた。
「そうなんですか?」
僕は思わず聞き返した。
「まぁ、あの二人に限らず、安ちゃんも鈴も昔から見てきているからね。今でもその当時と同じようにしか見えへんのやけどね。でも確かにその当時にしか見えない顔というか雰囲気っていうのもあるのよね。もう忘れてしまっているのがほとんどなんやけど……この歳になってたまにそれに気が付く事があるわ。『あ、雪乃はこんな顔で笑っていたな』とか思う事あるわ。それは私にもあるみたいだけど」
そう言って仁美さんはハイネケンを飲んだ。
やはり飲みっぷりがカッコいいいと思ってしまう。ちょっと見惚れてしまった。
「でも、宏美ちゃんが言うように本当に幸せそうな顔をした高校生のユノが見えたのなら、花火を見ながらユノは本当に昔のように幸せだったんだろうなあ……私も見たかったなぁ。あぁ残念」
と本当に残念そうに仁美さんは言った。仁美さんとオフクロは昔から親友だったんだろう。
「離婚したのに幸せ?」
と僕が聞くと
「そうだよ。離婚しても」
と仁美さんは応えてくれた。
「大人の考える事はよう分からん」
と僕が言うと
「実は私も分からん。なんせ結婚した事ないし……」
と仁美さんは何故か悪戯をした女子高生みたいな顔をして言った。そして笑った。
一瞬、地雷を踏んだかと自分の浅はかさを後悔したが、仁美さんは聞き流してくれた。
しかし、僕と宏美はどう対応して良いか分からずに、ひきつった愛想笑いしかできなかった。
店の中にはEaglesのHotel Californiaが流れていた。
天井の古い民家から持ってきた梁に煙草の煙と、Don Henleyの声が絡みついているようだ。
「こら仁美。うちの星の王子様を口説いたらあかんぞぉ」
とそこへオフクロという名の酔っ払いがやってきて仁美さんの横に勢いよく腰を下ろした。
「なんでぇ? 良いやん」
仁美さんも負けずに酔っている。
「あかんわ。欲しかったら先に一平を持っていけ!」
オヤジはもう既にオフクロの持ち物でもなんでもない。
「要らんわ。あんたのお下がりなんか。中古品には興味がない」
オヤジが聞いたら泣くかもしれんな。中年のおばはん達の会話は容赦がない。
僕と宏美は「凄い会話をしているな」と顔を見合わせた。
どう対応して良いか更に分からなくなった。今度はさっきと違う意味で顔が引きつっていた。
大人になったらこんな話題は普通なんだろうか?
ある意味大人の凄さというかおばはんの凄さを感じた。
少なくとも息子の前で、いや息子と息子の同級生の女の子の前でされる会話なんだろうか?
「しゃあないな。宏美ちゃんが許したらあげるわ」
オフクロは唐突に話題を振ってきた。
「え?」
僕と宏美は二人で固まった。さっきから何回フリーズしただろうか?
仁美さんが宏美の顔を見た。
なぜ彼女に? という疑問符が仁美さんの顔に書いてあったが、それはすぐに消えて笑顔に変わって宏美を見ていた。
僕は恐る恐る宏美を横目で見た。
しかし宏美はニコッと笑って、
「あげません」
と言い切った。
その横顔を見て僕はドキッとした。
人の心は一瞬で盗まれるものだと、初めて知った。
この笑顔が毎日見られるなら、何でもできるとさえ思った……が、今の僕の顔は固まったままだろうけど。
それに比べて、宏美の横顔は凛々(りり)しくて清々(すがすが)しく見えた。
仁美さんは一瞬驚いたような顔をしたが
「しゃあないなぁ。その顔で言われたら勝てません」
と素直に笑いながら引き下がった。当たり前だけど。
オフクロは
「残念やったね。仁美」
と笑いながらグラスの焼酎を飲んだが、直ぐに僕に
「なに、にやけてんねん。この色男が……」
と座った眼のまま口元だけが引きつりながら笑っていた。
多分、宏美の返事を一番驚いていたのはオフクロかもしれない。
「高校時代のあんたと同じやな」
と仁美さんはオフクロに言った。
オフクロは振り向いて
「ちゃうわ」
と否定したが仁美さんは笑って僕に言った。
「良いモノを見れたわ。大事にしなさいよ」
「ほれ、息子を彼女に取られた雪乃ちゃん。飲みなさい。あんたの息子のIndependence Dayなんだから」
とオフクロの肩をポンポンと軽く叩いていた。
オフクロは自分の放った一言で撃沈した様だ。
僕は宏美の顔を見た。
宏美は俯(うつむ)いていたが、僕が見ているのに気が付いて顔を上げた。
この場合。何て言えば良いんだろう……。
「ごめんね。勝手にあげないって言ってしまって」
宏美は笑ってそう言った。
「ううん。『どうぞ』って言われなくて良かった」
とっても嬉しかった。でもこれが精一杯の返事だった。
これって立場が逆じゃないか?と思ってしまった。
男のくせに僕は情けないな……とまで思った。
しかし言葉がでない。何を言っていいのか分からない。こういう時にオヤジならなんていうんだろう?
オフクロが宏美に
「こんな息子だけどよろしく頼むわねえ、宏美ちゃん」
と泣き真似をしながら頼んだ。
少しだけオフクロの言葉に救われた気がした。
宏美は
「はい」
と爽やかに言った。
その横顔を見て僕は彼女には絶対に勝てないなと思った。
やはり、宏美は強い。
オヤジがカウンターから笑いながらこっちを見てグラスを持ち上げて何か言っていた。
声は聞こえなかったが
「か・ん・ぱ・い」
と言っているのは分かった。
僕は苦笑いするしかなかった。
遅まきながら僕も家族デビューした気持ちになった。
小さい頃にオヤジとオフクロに挟まれて三人で手をつないで歩いてみたいなと思った事があった。
他の家族のそういう姿を見て羨ましかった。
今は絶対に嫌だけど。間違ってもしないけど。
子供のころはいつも僕の片手は空いていた……少しだけ昔の事を思い出した。
今、家族の思い出が一つできた。
……しかしここには、僕達の小中学校時代の同級生は来ないな。やはり港まで見に行ったんだろうか。改めて広場を見回してそう思った。
昨年までは僕らもメリケンパークで見ていたし……。
やはり港で目の前で見る花火の迫力は捨てがたいのだろう。
そんなとりとめもない事を考えていた僕に宏美が
「どうしたの?ボーとして」
と声を掛けてきた。
「いや、何でもない。無の境地に入っとった」
と笑ってごまかした。
「亮平は結構ぼーとしているからいつもの事やん」
と冴子は完璧に僕を上から目線て見下している。
「うるさいわ」
と言ったが、冴子が突っ込んでくれてちょっと助かった気持ちになっていた。
冴子の余計な一言に珍しく感謝していたら、オフクロがブラスチックの長い皿に切ったスイカを並べて
「ちょうどスイカを買っといて良かったわ」
と言って持ってきた。
あの肩から下げたでかいショルダーバックの中身はスイカだったようだ。
冴子が一番に
「いただきます」
と笑顔で応えた。こいつは本当に外面が良い……こんな笑顔を向けられたことは僕は一度もない。
宏美と和樹もスイカを手に取って
「ありがとうございます」
とお礼を言ってからスイカを取った。
僕は当然のごとく黙ってスイカを取った。
「いただきますぐらい言わんか!」
とオフクロに小突かれた。
やはりうちのオフクロは甘くない。
でもスイカは甘くてとても美味しかった。
スイカを食っていると突然、どよめきが走った。
見ると夜空に花火が尾を引いて光の輪をひろげると、少し遅れてドドーンという音が響いてきた。
如何にこの街が港と山が近いとは言え、それなりの距離があるので花火と音にはズレがある。
さっきまで、宴会状態で花火の事など忘れ果てていた大人たちは、立ち上がり花火を食い入るように見ていた。
港で見る花火と違って迫力はないが、神戸の夜景と相まって違う美しさがある。
でも県庁が邪魔だな……とは思うが。
それがこの金星台が今ひとつ人の集まりが悪い理由かもしれない。
もう少し登ったところにあるビーナスブリッジの方がもっとよく見える。
車でそこまで見に行く人はここよりは多い。
僕たちは相変わらずBBQをやっている小屋から見ていたが、オヤジ達はそのちょっと先の広場の入り口辺りまで行って見ていた。
空に広がる花火。
ビルの向こうに上がる花火。
とてもきれいだ。
港では首が疲れるほど上ばかり見ていたが、ここでは全く首は疲れない。
オヤジは手すりの前に腕を組んで立っていた。よく見るとその横にはその手すりに軽く腰を掛けたオフクロが半身(はんみ)になって見ていた。
花火の光でシルエットになって最初は気がつかなかったが、珍しく二人で仲良く並んで見ていた。
そう言えばオヤジとオフクロは同級生だったなとその姿を見て思い出した。
――若い頃はオヤジもオフクロもこうやって二人でここから見ていたんかな――
と思いながら二人を何気に見ていた。花火が炸裂した瞬間に二人の姿がシルエットになったり元に戻たりしていた。
何故か花火よりもオヤジとオフクロの二人に目が惹きつけられていた。
また花火が上がって広がった。その時そこに見えたのは花火に照らされている高校生のように若いオヤジとオフクロの姿だった。
オヤジはオフクロの肩に手を置いていた。
――え?――
そんなまさか。目の錯覚か?
もう一度目を凝らして次の花火を見てみたが、同じようにそこには高校生のように若いオヤジと間違いなく女子高生のオフクロが浴衣姿で仲良く花火を見ていた。
オヤジは手すりに座っているオフクロの肩に手を置き、立ったまま花火を見ていた。
オフクロは花火を見ずにオヤジの顔を見ていた。それに気が付いたオヤジはオフクロの顔を見て笑っていた。
ああ、青春の一コマだ……自分の両親のだけど……。
結婚して離婚しても二人の立ち位置は高校時代から同じなんだ……どんな立場になっても変わらない長年培った距離感とでもいうのだろうか?
僕は二人を見つめながらそんな事を考えていたが、実際は目が点になっていたと思う。
今見えている光景が尋常で無いことはわかっていた。まるで僕が両親の高校時代にタイムスリップしたような気がしていた。しかしこれは今この時に起きている……見えている現実だ……いや過去を垣間見てしまったのかもしれない。
僕の知らない笑顔の二人。この位置からそこまで見えるはずもないのに確かにオヤジとオフクロの笑顔を感じた。この頃の二人は本当に幸せだったんだろうな。
振り向けばそこに君が居る……
そんなお互いの感情までも伝わってくる一瞬だった……そう、一瞬に感じた出来事だった。
僕は驚いて隣にいる宏美にその事を伝えようとしたが、それよりも先に宏美が僕の方を振り向いて
「今、亮ちゃんのお父さんとお母さんが高校生ぐらいに見えた」
と驚いたように言った。
「え? 宏美も?」
僕予想外の言葉に宏美の顔を思わず凝視した。
「え? 本当に? 亮ちゃんも?」
宏美の顔に更に驚きの表情が浮かんだ。
「うん」
と僕は頷いた。
宏美は
「そっかぁ……亮ちゃんにも見えたんやぁ……不思議な気分。なんかね。若い亮ちゃんのお母さんが本当に幸せそうな顔しててん。私もあんな表情で一緒に居られたら良いなぁって思っちゃった」
宏美はそう言って笑った。
その笑顔を見て僕は何故か幸せな気分になった。でも宏美は誰にその幸せそうな表情を向けるつもりなんだろうと少し考えてしまった。
「へぇ。そうなんや。そんな風に見えたんや」
僕は自分の気持ちを悟られないように、宏美の話に頷いた。
もう一度、今度は宏美と一緒にオヤジたちを見たが、いつものオヤジとオフクロだった。
どうやらタイムスリップというショータイムは終わったようだ。
本当にあれは一瞬の幻のような出来事だった。
なんだか不思議な体験だった。
そう言えばオヤジがお嬢に会った時に言っていたな。
『色々なもんが見えるようになるで』って。
それか?……こんな事ならいくら見えても良いけど。
オヤジとオフクロの青春時代かぁ……。
ちょっと嬉しかった……でもちょっと不気味だけど……見てはならんものを見てしまったような気がする。
オヤジとオフクロってどんな高校生だったんだろうか?
安藤さんに少し聞いた事はあるけど、想像がつかない。
でも、今さっき、それを少し垣間見た気がした。
安藤さんが言っていた『お前のお母さんは美人だったぞ』は少し分かったような気がした。
オヤジもそれなりにカッコ良かったと思うが……今は誰もそんな事は言ってくれない悲しい中年だ……。
今日は花火よりいいものが見れたような気がする。
でもなんで宏美にもそれが見えたんだろう? それもちょっと僕も不思議だった。
花火は小一時間ほどで終わった。
近所の人たちは三々五々金星台から降りて下界に戻って行った。
僕たちのBBQも終わりかと思ったら、冴子のお父さんが持ってきた発電機が唸りをあげた。小屋に照明がともった。
どれだけこの大人たちは準備が良いんだ?
花火が終わった後も大人たちの宴会は続く。
オヤジ達は酒がある限りまだ飲むつもりだ。
「持って来たものをまた持って帰るのは嫌だ」
とオヤジは言っていたが、そもそもオヤジは手ぶらで来ていただろう? クーラーボックスを担いでいたのは安藤さんだった。
もっとも僕たちは、それはそれで楽しいので全然かまわないが……。
それでもお開きの時はやって来る。
「そろそろ良い子は寝る時間」というお決まりのフレーズがオヤジの口からでた。
僕は良い子のはずだが、はっきり言ってまだそんな時間ではないと断言できる。
結局BBQの後片づけが済んだらそのまま帰るのかと思ったら、安藤さんの店に場所を変えて飲むだけだった。
酒が飲めない僕たちも一応店までついて行った。
オフクロは結局、車を仁美さんの家の前に停めたままやってきた。明日取りに戻るらしい。
そもそも近いんだから歩いてくればいいのに…スイカが重たかったんだろうけど……。
安藤さんの店は貸し切り状態だった……と言うか、いつもそんな感じだった。
オヤジ達かあるいは常連か、でもみんな知り合いだから仲間内。
冴子はいつものように和樹を子分のように従えている。
あの二人は学校でも全然立場が変わらない。
ただ冴子は思ったより動くし、気が利く。単なるタカビーなお嬢様だけではない。明らかにそこは学校に居る時とは違う。
僕と宏美はテーブル席に並んで座った。
僕らの前に仁美さんが居る。
「今日の花火は綺麗だったわね」
とハイネケンをグラスに注がずに瓶でそのまま飲んでいた。
なんかワイルドな人だ。
「はい。とっても綺麗でした。今日はBBQに参加して良かったです」
と宏美が応えた。
「いつもの顔ぶれが違うと楽しいわ。特に若い子たちが居ると良いわぁ」
と仁美さんは本当に嬉しそうに言った。
「でも花火も綺麗だったんですけど、不思議なものも見ました」
と宏美は僕たちが見たオヤジとオフクロの高校生に見えた件を話した。
僕は話そうかどうかは迷っていたが隠すような事でもないし、話したところで戯言で済むような内容だろうと思ったので僕たちは仁美さんにさっき見たことをそのまま話した。
仁美さんは僕たちの話を面白そうに聞いていたが
「まあ、今でも私には高校時代と同じにしか見えないけどね。でもユノがそんなに幸せそうな顔をしていたのなら、本当にその当時の二人を見ていたのかもねえ……」
と言った。案外素直に受け入れてもらえた。
「そうなんですか?」
僕は思わず聞き返した。
「まぁ、あの二人に限らず、安ちゃんも鈴も昔から見てきているからね。今でもその当時と同じようにしか見えへんのやけどね。でも確かにその当時にしか見えない顔というか雰囲気っていうのもあるのよね。もう忘れてしまっているのがほとんどなんやけど……この歳になってたまにそれに気が付く事があるわ。『あ、雪乃はこんな顔で笑っていたな』とか思う事あるわ。それは私にもあるみたいだけど」
そう言って仁美さんはハイネケンを飲んだ。
やはり飲みっぷりがカッコいいいと思ってしまう。ちょっと見惚れてしまった。
「でも、宏美ちゃんが言うように本当に幸せそうな顔をした高校生のユノが見えたのなら、花火を見ながらユノは本当に昔のように幸せだったんだろうなあ……私も見たかったなぁ。あぁ残念」
と本当に残念そうに仁美さんは言った。仁美さんとオフクロは昔から親友だったんだろう。
「離婚したのに幸せ?」
と僕が聞くと
「そうだよ。離婚しても」
と仁美さんは応えてくれた。
「大人の考える事はよう分からん」
と僕が言うと
「実は私も分からん。なんせ結婚した事ないし……」
と仁美さんは何故か悪戯をした女子高生みたいな顔をして言った。そして笑った。
一瞬、地雷を踏んだかと自分の浅はかさを後悔したが、仁美さんは聞き流してくれた。
しかし、僕と宏美はどう対応して良いか分からずに、ひきつった愛想笑いしかできなかった。
店の中にはEaglesのHotel Californiaが流れていた。
天井の古い民家から持ってきた梁に煙草の煙と、Don Henleyの声が絡みついているようだ。
「こら仁美。うちの星の王子様を口説いたらあかんぞぉ」
とそこへオフクロという名の酔っ払いがやってきて仁美さんの横に勢いよく腰を下ろした。
「なんでぇ? 良いやん」
仁美さんも負けずに酔っている。
「あかんわ。欲しかったら先に一平を持っていけ!」
オヤジはもう既にオフクロの持ち物でもなんでもない。
「要らんわ。あんたのお下がりなんか。中古品には興味がない」
オヤジが聞いたら泣くかもしれんな。中年のおばはん達の会話は容赦がない。
僕と宏美は「凄い会話をしているな」と顔を見合わせた。
どう対応して良いか更に分からなくなった。今度はさっきと違う意味で顔が引きつっていた。
大人になったらこんな話題は普通なんだろうか?
ある意味大人の凄さというかおばはんの凄さを感じた。
少なくとも息子の前で、いや息子と息子の同級生の女の子の前でされる会話なんだろうか?
「しゃあないな。宏美ちゃんが許したらあげるわ」
オフクロは唐突に話題を振ってきた。
「え?」
僕と宏美は二人で固まった。さっきから何回フリーズしただろうか?
仁美さんが宏美の顔を見た。
なぜ彼女に? という疑問符が仁美さんの顔に書いてあったが、それはすぐに消えて笑顔に変わって宏美を見ていた。
僕は恐る恐る宏美を横目で見た。
しかし宏美はニコッと笑って、
「あげません」
と言い切った。
その横顔を見て僕はドキッとした。
人の心は一瞬で盗まれるものだと、初めて知った。
この笑顔が毎日見られるなら、何でもできるとさえ思った……が、今の僕の顔は固まったままだろうけど。
それに比べて、宏美の横顔は凛々(りり)しくて清々(すがすが)しく見えた。
仁美さんは一瞬驚いたような顔をしたが
「しゃあないなぁ。その顔で言われたら勝てません」
と素直に笑いながら引き下がった。当たり前だけど。
オフクロは
「残念やったね。仁美」
と笑いながらグラスの焼酎を飲んだが、直ぐに僕に
「なに、にやけてんねん。この色男が……」
と座った眼のまま口元だけが引きつりながら笑っていた。
多分、宏美の返事を一番驚いていたのはオフクロかもしれない。
「高校時代のあんたと同じやな」
と仁美さんはオフクロに言った。
オフクロは振り向いて
「ちゃうわ」
と否定したが仁美さんは笑って僕に言った。
「良いモノを見れたわ。大事にしなさいよ」
「ほれ、息子を彼女に取られた雪乃ちゃん。飲みなさい。あんたの息子のIndependence Dayなんだから」
とオフクロの肩をポンポンと軽く叩いていた。
オフクロは自分の放った一言で撃沈した様だ。
僕は宏美の顔を見た。
宏美は俯(うつむ)いていたが、僕が見ているのに気が付いて顔を上げた。
この場合。何て言えば良いんだろう……。
「ごめんね。勝手にあげないって言ってしまって」
宏美は笑ってそう言った。
「ううん。『どうぞ』って言われなくて良かった」
とっても嬉しかった。でもこれが精一杯の返事だった。
これって立場が逆じゃないか?と思ってしまった。
男のくせに僕は情けないな……とまで思った。
しかし言葉がでない。何を言っていいのか分からない。こういう時にオヤジならなんていうんだろう?
オフクロが宏美に
「こんな息子だけどよろしく頼むわねえ、宏美ちゃん」
と泣き真似をしながら頼んだ。
少しだけオフクロの言葉に救われた気がした。
宏美は
「はい」
と爽やかに言った。
その横顔を見て僕は彼女には絶対に勝てないなと思った。
やはり、宏美は強い。
オヤジがカウンターから笑いながらこっちを見てグラスを持ち上げて何か言っていた。
声は聞こえなかったが
「か・ん・ぱ・い」
と言っているのは分かった。
僕は苦笑いするしかなかった。
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私の露出…
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旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
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「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
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