北野坂パレット

うにおいくら

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コンクールの二人

レーシーちゃん

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 ピアノの屋根蓋を見ると、そこには良く分からん妖精のレーシーがちょこんと座っていた。いつものように目を閉じて僕の弾くピアノの音に身体を預けて聞き入っていた。

 ピアノを弾く手を止めると、レーシーはゆっくりと目を見開いて僕を見た。
「久しぶりね」

「うん。今日は母さんがいないから話をしても大丈夫やな」
レーシーとこうやって話をするのも久しぶりだった。

「そうね。こうやってお話しながら演奏を聞けるタイミングはあまりないからね」
レーシーはなんだか嬉しそうだ。

「そうやね」

「ところで……この頃、同じ曲ばかり弾いてない? コンクールにでも出るの?」

「うん。そうやねん……出ることにしてん……だからね」
 言われるまでもなくここ数日は毎日この二曲を何度も弾いていた。コンクールには興味はなかったが、出るからにはそれなりに満足いく音は出したかった。まあ、ノーミスで弾ききればそれでも良かったのだけども……流石にその程度の練習はやっていた。

「ふうん。そんなものに出るんだ。もうそんなものには興味がないのかと思っていたわ」
レーシーは『予想外だ』と言わんばかりに驚いたような表情を見せた。もしかしたらそれは呆れていたのかもしれない。

「うん。ちょっとね。出ることにした」
冴子の最後のコンクールについでに出るとはさすがに言えなかった。

「ふぅん。今度はバッハとショパンを弾くのね」
ピアノの上で足をぶらぶらとさせながらレーシーは聞いてきた。

「そう」

「どちらも私の好きな曲が多い作曲家ね」

「そうなんや。なんでコンクールに出るって分かったん?」
と僕は聞いた。
しかしレーシーはそれには答えずに

「ねぇ、亮平はこの曲が嫌いなの?」
と意外な事を聞いてきた。

「いや、そんな事はないけど……なんで?」

「別に。コンクール前になったらいつもこんな音を出していたからね。ただ義務感で弾いているような音ね。亮平の情感があまり伝わってこないあの音。ただ単に譜面通り弾いているだけの音。それはそれで良いんだけど……昔の亮平の音を久しぶりに聞いたわ」
レーシーは見事に僕の気持ちをかぎ取っていた。

「う~ん。かもなぁ……」
レーシーに指摘されて、僕は本心を言い当てられたような焦りを覚えた。
言われてみれば今までコンクールに出る時も、こんな感じで弾いていたような気がしてきた。

 これは冴子のピアノで参加する最後のコンクールだ。確かに冴子に『コンクールで待つ』と言われて僕もその気になったが、どちらかといえば彼女のピアノの音色が楽しみであって、僕がこのコンクールに参加する意義はあまり感じていなかった。冴子と競う気持ちなど微塵もなかった。

 しかしこれをそのまま彼女に伝えたら激怒されそうなので、この気持ちは誰にも言っていない。
レーシーはそれを見透かしたように僕に聞いてきた。

 そして
「でも、亮平の音は綺麗な音の粒よ。気持ちはこもっていなくてもとっても綺麗よ。本当に心ここにあらずだけど良い音よ」
とレーシーは何か引っかかる言い方をする。

「それって褒めてないよね」

「そんな事無いわよ。ちゃんと褒めてるわ。本当に亮平はやさぐれているわね」
と呆れたようにレーシーは言った。この妖精の性格は非常に悪い。その上、日本語にも詳しい。『やさぐれている』なんていつ、誰に教わったんだ?

「はいはい。分かったよ」
と僕は投げやりな返事を返した。

「あら? 納得していないようね。じゃあ、ひとことだけ言ってあげるわ」
レーシーは僕の気持ちを察したかのようにピアノの屋根蓋の上に立ち上がって言った。

 腰に手をやり胸を張って
「今の曲をお父さんの前で弾いてみなさいよ。多分、亮平の納得できる答えが頂けると思うわ」
と言った。

「え? それってどういう事?」

「私にはコンクールが何かなんて良く分からないわ。ただ、そういうモノに出るにはそれなりの音を出さないとダメな事ぐらいは分かるわ。でも今の音にはまだ亮平の本気が見えない。本当に軽い音」

「本気かぁ……」

「うにょぉ? その顔は全く気が付いていなかったって感じね」
レーシーは今度は間違いなく呆れた顔をした。

「いや、そういう訳でもないんだけど……」
僕自身うすうすとは身が入ってない事は自覚していたが、そこまではっきりと指摘される音だとは思ってもいなかった。それなりの音の粒は揃えていたと思っていた。

「うんにゃ。 それの顔は全然わかってない。明らかに考える事を放棄している。本当に亮平はめんどくさがりなのね」
レーシーはもう呆れ果ててあきらめの境地にまで達した様だ。

「うん。よく言われる」
と言いながら僕はあまりにも要を得た指摘に失笑した。
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